「まず有名なのが、現在穏健派攘夷浪士として名を馳せている桂小太郎っスよね」
うんうん、と頷く。
「狂乱の貴公子って呼ばれてたらしいっスよ」
「へ〜」
「あとは……桂浜の龍、坂本辰馬。白夜叉……白夜叉と坂本は今攘夷派で動いてるワケじゃないみたいっスね」
「そうなんだあ」
そして。
「我等が総督! 晋助様っスよ〜!! 攘夷戦争時代から鬼兵隊を率い、戦場で活躍した! あの……!」
そこまで言うとまた子ちゃんは晋助様ァ〜!! と自分の世界へ入ってしまった。
「あの……白夜叉の名前は…………?」
「晋助様ァァァ!! 私また子! 一生着いていくっス!!」
「あのー……」
ダメだ。仕方ないのでまた子ちゃんを置いてとぼとぼ歩く。
「ハァ〜結局あんまりわからなかったな……」
ぼんやりと宛もなく歩く。自室にはまた子ちゃんがいるし、どこ行こう……。そう途方に暮れていると、声がかけられた。
「オイ、
艶やかな着流しに、煙管の紫煙。あれは……。
「晋助殿、どうかしました?」
「ああ、ちょっとな。てめーにうってつけの話だ」
「……? と、言うと」
「紅桜だよ。お前なら……お前の丈夫な体なら、試用にいいんじゃねェかと思ってな」
「あ〜紅桜ね、紅桜……ハイハイ」
なんだっけ? 紅桜って……。そう思いつつ、話に相槌を打つ。……聞いてると、なんだか紅桜って厄介そうな物のような……気が?
「アレが量産できりゃ、江戸が火の海になる日も近いぜ。……まずはその第一歩として使ってみる気はねェか?」
「あぁ、別にい」
「それは困るでござるな」
声のした方を向くと、万斉さんがいつの間にかいた。
「万斉さん……?」
どうしたのだろう。晋助殿が呟くように言う。
「お前はコイツに甘いんだよ、万斉」
そうかなあ。
「友成は拙者のプロデューサー業の代理をしてもらわねばならん。紅桜に関わっている暇はないでござるよ」
万斉さんはこちらに来て、私の前に出る。……そういや言ってましたね、手伝いって……え? 代理? 聞いてないんですけど。それからちらりと晋助殿の顔を見る。
「…………まあ、いいだろう。アレはガキにゃ早すぎるかもな……」
「ガキじゃないんですけど」
「他に使えそうなやつはいるしな。ソイツに任せることにするよ」
無視された!?
「さて」
万斉さんはこちらを振り向くと言った。
「昨日の続きにござる、友成」
「あっ、ハイっ!」
万斉さんの後を着いて歩く。恐る恐る、万斉さんに聞いた。
「あの、『代理』……って?」
万斉さんは歩きながら説明をする。
「ああ、言っていなかったにござるな。ぬしにはプロデューサー代理を務めてもらう」
「へ?!」
「メディア露出がないのも考えものでな。代理としてぬしが必要なのでござる」
「は、はあ……」
で、でも。
「わ、私……芸能界のことだとか、音楽だとかよく……わからないんですけど……!!」
大丈夫だ、と万斉さんは言った。
「……拙者が一から全てぬしに叩き込む」
「ヒエ」
「だから腹をくくっておけ。芸能界には生き馬の目を抜く輩が多いでござるからな」
「ひゃい……」
思わず喉が狭まり、空気が抜けるような声が漏れた。
「……まずは歌と、三味線にござるな」
「え?」
「仕事柄、音楽に携わっている故……楽器の一つでも出来ていた方が都合がいいのでござるよ」
「な、なるほど……」
出来るかなあ、と呟くと万斉さんがサングラスをくいと押し上げ呟く。
「『やる』のでごさる」
「ヒッ……」
この日から地獄のレッスンが始まった。
§ § §
芸能界の約束ごとを頭に詰め込むのはまだよかった。しかし、三味線はどうにも難しい。そもそも私は楽器をしたことがないのだから……。
間違っていると、ぴしゃりと手をはたかれる。
「バチの持ち方が違う」
「はい……」
「バチは薬指と小指で握りを上から挟んで、親指の腹はバチをしっかり持つのでござるよ」
背中側から手を正される。まるで抱き締められる形になり、不覚にもドキッとした。そんな甘酸っぱい雰囲気に浸っていると、万斉さんはどうした? と言った。
「な、なんでもないですっ!」
「ならそのままやってみろ、そう……うちわを返すような形にござる」
……相変わらず万斉さんは私に興味がないようだ。そう思いめそめそと三味線の練習をしていると、万斉さんが背に手を添えながら言った。
「背筋を伸ばせ」
「! はい」
三味線の胴と腹に隙間を作る。先程は背筋を伸ばせていなかったため、構えが崩れていたのだろう。バチをゆっくりと振り下ろす。ベン、と独特な音が鳴った。
「おお……」
音が鳴ればどんどん弾いてみたくなる。適当に爪弾いてジャンジャカ音を鳴らした。
「友成」
「あ、はい」
「調弦の仕方を教えるでござる。……見ていろ」
万斉さんの指の動きをじっと見る。見ていると、目が合って少し照れてしまった。
「ちゃんと見ているでござるか?」
軽く頭をはたかれる。
「あいてっ」
気を取り直し万斉さんの動きを見ていると、構えながらしているように見えた。
「これで終わりにござる」
終わっちゃった。万斉さんを見ながら呟いた。
「あの、どうやって調弦……し終わったってわかるんですか?」
「音の高さでわかる。どれ、鳴らしてみせよう」
三味線の音色が響く。なんだか心地がよくて、思わずウットリとしてしまった。
「……とまあこんな感じにござるよ。わかったか?」
「た、たぶん……」
私の反応にまあいい、と言って万斉さんは立つ。
「わからぬことがあれば聞くといい。今日はここまでだ、お疲れ様にござる」
「はいっ! ありがとうございました」
先程習ったことをやってみる。するとさっきと違って、動きが悪くなった気がする。まるで油を差していない機械のよう。
「ま、まあ? 習い立てホヤホヤだし……」
ムキになって三味線を弄る。音を出すことに躍起になっていると、がたりと襖越しに音がした。
「……?」
そちらを向くと、武市殿がいた。
「あ、武市殿。おかえりなさい……」
「はい、ただいま戻りました」
そう言うが早いか三味線に向き直る。ベン、ベンと音を鳴らしていると、武市殿が部屋に入ってきた。そのまま三味線を鳴らす。
「ふむ。三味線ですか……万斉殿からでしょうか」
「はい、そーです。今日が初めてなんで……上手く弾けませんけどね」
「そうですか。…………確かに旋律と言うには程遠く、外れていますね。音程」
「…………」
黙って強めに三味線を掻き鳴らす。武市殿はやれやれと呟いた。武市殿を視界の外に出して黙って弾く。そのうち三味線へ夢中になって、いつの間にか暗くなりかけていた。……いつの間にか武市殿はいなくなっており、マッチを手に行灯の明かりをつける。すると輪郭が伸びて影絵のように、障子へ写った。それを目の端に一瞬捉えてそれから、楽器を弄る。…………まだまだ、先は長い。ベン、ベンと三味線を鳴らす。バチを弦に当てて掻き鳴らしていると、少し手に痛みが出た。
「……っ」
それを皮切りに三味線を畳に起き、体を伸ばす。
「んー……」
ペキバキと体の節々からと音が鳴った。立ち上がると体を軽く揺すりながら、ストレッチをする。
「疲れたー……」
ふう……と三味線を持つ。最後に鳴らしてみようか? そうして構え、鳴らす。始めた当初より、運指やバチの動きが慣れてきた気がする。段々楽しくなってきた。……といったところで頭がはたかれる。
「イッテ!!」
な、なにを……! そう思って振り向くと、万斉さんがいた。
「え……? 万斉さん……? なんですか……一体……!」
「一体もなにもないでござる。もう夜だぞ」
「はい……?」
なにが言いたいのかわからず、不思議な顔で万斉さんを見上げる。
「夢中になるのは構わぬが、もう夜更けだ。そろそろ仕舞いにするでござる」
小さくあっ、と声を上げる。
「はい……すみません……」
三味線をケースに仕舞う。万斉さんはこちらを見、小さく言った。
「部屋には戻れるでござるか?」
「戻れますよ!」
幾ら私が方向音痴だからってそんな! ちょっと怒りつつ言い返すと、万斉さんはそうかと頷く。
「貸せ」
ケースを奪われた。持ってくれるのはいいけど、言うと同時に持たれるとな……。そういえば、万斉さんの三味線は刀や鋼鉄製の弦が仕込まれているけど、私のものはどうなんだろう?
「万斉さん」
「どうした」
前を向いたまま、万斉は言う。
「私の三味線って普通のやつなんですか? あ、ホラ万斉さんの三味線って、刀とか仕込んであるじゃないですか……」
「ぬしのものは普通のものにござる」
やっぱり? 万斉さんは続ける。
「仕込み三味線だと音に違いが出る故。ぬしでは使いこなせぬよ」
「ハイ……」
少し項垂れる。すっかりしょんぼりとした私だったが、その内私の部屋へと辿り着く。
「あ、ありがとうございます」
万斉さんは私に三味線ケースを渡すと、頭を一撫でして言った。
「おやすみ」
「あ、ハイ……おやすみ、なさい……」
あっ、くそう……スキンシップに照れてしまった。優しく撫でる手つきに頬が熱くなる。……でも、万斉さんは別にこっちのこと意識してないんだろうなあ……。そこまで思って辛くなる。頭(かぶり)をぶんぶん振って溜息をついた。
「…………寝るか」
三味線ケースを置いて布団を出す。寝巻きに着替え、潜った。三味線ケースの方向をちらりと見る。それはそこに変わらずあって、立て掛けてあった。…………ちょっと眠れないけど、今弾いたら流石に怒られるかな……。
「………………」
そっと布団から抜け出して三味線が入ったケースを一撫でする。
「流石にこの時間は迷惑か……」
ならば。
三味線ケースを手に持ち寝巻きで、外へ出る。まだ楽譜は持っていないために、適当に打ち鳴らすしかない。
「ま、でも……『さくら』とかは弾けるかも」
船主に腰掛ける。そしてケースから三味線を出し、構える。バチを弦に当てる。ビィン……と張り詰めたそれは音を奏でた。
「…………」
ふう、と息を吐く。簡単な『さくら』を弾く。所々音を外していたが、始め立てにしては及第点だろう。伏し目がちに三味線を鳴らす。そうしていると微かに足音が聞こえた。そちらを向くと、予想外の人物に目が丸くなった。
「……え」
当人はやれやれ、と言いたげな表情で、こちらを見ていた。
「…………万斉さん」
「まだやっていのでござるか?」
「え、ええ、まあ……」
少し恥ずかしくなり、三味線を弾く手を止める。
「うるさかったですか?」
「……いや」
万斉さんは着流しに身を包んでおり、普段とはまた違って見えた。…………なにしててもカッコイイんだもんな、ずるいよ。ほんのり頬が熱くなる。万斉さんはゆったりと言った。
「弾かぬのでござるか?」
「え、えっと」
指先を啄くようにしていじる。少しして、万斉さんの方を見ると、思ったより顔が近くてギョッと驚いて身を僅かに引いた。
「ッ! ば、万斉さん!」
「どうした。拙者が見てやると言うのだ、引いて見せろ」
「は、はい……」
緊張して、指先が震える。でも『さくら』を弾いているとそれを微かに忘れられた。弾き終わって万斉さんの方を見ると、彼はなにか考えているようだった。
「……あの」
「先程より上達しているでござるな」
「あ……ありがとうございます……」
微かに熱かった頬がもっと熱くなる。
「……手首を、もっとゆっくり動かした方がいいでござる」
後ろから手が私の三味線バチを持つ手を包む。もう片方の手は肩に置かれた。そしてゆっくりとバチが振り下ろされる。澄んだ音だった。
「……わかるか? こう下ろす、のでござる」
「は、はいっ」
万斉さんの手はまだ離れない。そのまま二回、三回とバチが弦に振り下ろされる。なんかもう体全体が熱く、噴火するようだった。
「……やってみせろ」
頷くと万斉さんの手が離れる。……まだ、手も肩も、触れられていたところが火傷したみたいに熱い。もう片方の手で触れられていた手を摩った。それから三味線を抱え直し、バチを下ろす。三味線の音が響いた。
「この感覚を忘れずにおくのでござるよ」
「……はい」
ぺこりと頭を下げる。すると万斉さんは私の手を引いた。
「ッッッ!?」
思わず身を引こうとする。しかし万斉さんはそれを許さず、前を歩いた。
「あ、あのっ」
声が裏返る。万斉さんはこちらを振り返らず、呟くように言う。
「……子供の夜歩きは危ないでござるよ」
先程まで赤くなっていた顔が、別の意味で赤くなる。ムッ、とした顔になって半目で言い返す。
「…………子供、じゃないですけど!」
万斉さんは少し微笑むと、再び言う。
「ぬしから見ればな。…………拙者から見れば、ぬしはまだまだ子供にござる」
……今年で二十三歳なのにぃ………………。