1490ミリメートルの惑星   作:椎九印ver.2

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第二訓『楽器を習うのには根気がいる』

 

 

 

「まず有名なのが、現在穏健派攘夷浪士として名を馳せている桂小太郎っスよね」

 うんうん、と頷く。

「狂乱の貴公子って呼ばれてたらしいっスよ」

「へ〜」

「あとは……桂浜の龍、坂本辰馬。白夜叉……白夜叉と坂本は今攘夷派で動いてるワケじゃないみたいっスね」

「そうなんだあ」

 そして。

「我等が総督! 晋助様っスよ〜!! 攘夷戦争時代から鬼兵隊を率い、戦場で活躍した! あの……!」

 そこまで言うとまた子ちゃんは晋助様ァ〜!! と自分の世界へ入ってしまった。

「あの……白夜叉の名前は…………?」

「晋助様ァァァ!! 私また子! 一生着いていくっス!!」

「あのー……」

 ダメだ。仕方ないのでまた子ちゃんを置いてとぼとぼ歩く。

「ハァ〜結局あんまりわからなかったな……」

 ぼんやりと宛もなく歩く。自室にはまた子ちゃんがいるし、どこ行こう……。そう途方に暮れていると、声がかけられた。

「オイ、友成(ゆうな)

 艶やかな着流しに、煙管の紫煙。あれは……。

「晋助殿、どうかしました?」

「ああ、ちょっとな。てめーにうってつけの話だ」

「……? と、言うと」

「紅桜だよ。お前なら……お前の丈夫な体なら、試用にいいんじゃねェかと思ってな」

「あ〜紅桜ね、紅桜……ハイハイ」

 なんだっけ? 紅桜って……。そう思いつつ、話に相槌を打つ。……聞いてると、なんだか紅桜って厄介そうな物のような……気が?

「アレが量産できりゃ、江戸が火の海になる日も近いぜ。……まずはその第一歩として使ってみる気はねェか?」

「あぁ、別にい」

「それは困るでござるな」

 声のした方を向くと、万斉さんがいつの間にかいた。

「万斉さん……?」

 どうしたのだろう。晋助殿が呟くように言う。

「お前はコイツに甘いんだよ、万斉」

 そうかなあ。

「友成は拙者のプロデューサー業の代理をしてもらわねばならん。紅桜に関わっている暇はないでござるよ」

 万斉さんはこちらに来て、私の前に出る。……そういや言ってましたね、手伝いって……え? 代理? 聞いてないんですけど。それからちらりと晋助殿の顔を見る。

「…………まあ、いいだろう。アレはガキにゃ早すぎるかもな……」

「ガキじゃないんですけど」

「他に使えそうなやつはいるしな。ソイツに任せることにするよ」

 無視された!?

「さて」

 万斉さんはこちらを振り向くと言った。

「昨日の続きにござる、友成」

「あっ、ハイっ!」

 万斉さんの後を着いて歩く。恐る恐る、万斉さんに聞いた。

「あの、『代理』……って?」

 万斉さんは歩きながら説明をする。

「ああ、言っていなかったにござるな。ぬしにはプロデューサー代理を務めてもらう」

「へ?!」

「メディア露出がないのも考えものでな。代理としてぬしが必要なのでござる」

「は、はあ……」

 で、でも。

「わ、私……芸能界のことだとか、音楽だとかよく……わからないんですけど……!!」

 大丈夫だ、と万斉さんは言った。

「……拙者が一から全てぬしに叩き込む」

「ヒエ」

「だから腹をくくっておけ。芸能界には生き馬の目を抜く輩が多いでござるからな」

「ひゃい……」

 思わず喉が狭まり、空気が抜けるような声が漏れた。

「……まずは歌と、三味線にござるな」

「え?」

「仕事柄、音楽に携わっている故……楽器の一つでも出来ていた方が都合がいいのでござるよ」

「な、なるほど……」

 出来るかなあ、と呟くと万斉さんがサングラスをくいと押し上げ呟く。

「『やる』のでごさる」

「ヒッ……」

 この日から地獄のレッスンが始まった。

 

 § § §

 

 芸能界の約束ごとを頭に詰め込むのはまだよかった。しかし、三味線はどうにも難しい。そもそも私は楽器をしたことがないのだから……。

 間違っていると、ぴしゃりと手をはたかれる。

「バチの持ち方が違う」

「はい……」

「バチは薬指と小指で握りを上から挟んで、親指の腹はバチをしっかり持つのでござるよ」

 背中側から手を正される。まるで抱き締められる形になり、不覚にもドキッとした。そんな甘酸っぱい雰囲気に浸っていると、万斉さんはどうした? と言った。

「な、なんでもないですっ!」

「ならそのままやってみろ、そう……うちわを返すような形にござる」

 ……相変わらず万斉さんは私に興味がないようだ。そう思いめそめそと三味線の練習をしていると、万斉さんが背に手を添えながら言った。

「背筋を伸ばせ」

「! はい」

 三味線の胴と腹に隙間を作る。先程は背筋を伸ばせていなかったため、構えが崩れていたのだろう。バチをゆっくりと振り下ろす。ベン、と独特な音が鳴った。

「おお……」

 音が鳴ればどんどん弾いてみたくなる。適当に爪弾いてジャンジャカ音を鳴らした。

「友成」

「あ、はい」

「調弦の仕方を教えるでござる。……見ていろ」

 万斉さんの指の動きをじっと見る。見ていると、目が合って少し照れてしまった。

「ちゃんと見ているでござるか?」

 軽く頭をはたかれる。

「あいてっ」

 気を取り直し万斉さんの動きを見ていると、構えながらしているように見えた。

「これで終わりにござる」

 終わっちゃった。万斉さんを見ながら呟いた。

「あの、どうやって調弦……し終わったってわかるんですか?」

「音の高さでわかる。どれ、鳴らしてみせよう」

 三味線の音色が響く。なんだか心地がよくて、思わずウットリとしてしまった。

「……とまあこんな感じにござるよ。わかったか?」

「た、たぶん……」

 私の反応にまあいい、と言って万斉さんは立つ。

「わからぬことがあれば聞くといい。今日はここまでだ、お疲れ様にござる」

「はいっ! ありがとうございました」

 先程習ったことをやってみる。するとさっきと違って、動きが悪くなった気がする。まるで油を差していない機械のよう。

「ま、まあ? 習い立てホヤホヤだし……」

 ムキになって三味線を弄る。音を出すことに躍起になっていると、がたりと襖越しに音がした。

「……?」

 そちらを向くと、武市殿がいた。

「あ、武市殿。おかえりなさい……」

「はい、ただいま戻りました」

 そう言うが早いか三味線に向き直る。ベン、ベンと音を鳴らしていると、武市殿が部屋に入ってきた。そのまま三味線を鳴らす。

「ふむ。三味線ですか……万斉殿からでしょうか」

「はい、そーです。今日が初めてなんで……上手く弾けませんけどね」

「そうですか。…………確かに旋律と言うには程遠く、外れていますね。音程」

「…………」

 黙って強めに三味線を掻き鳴らす。武市殿はやれやれと呟いた。武市殿を視界の外に出して黙って弾く。そのうち三味線へ夢中になって、いつの間にか暗くなりかけていた。……いつの間にか武市殿はいなくなっており、マッチを手に行灯の明かりをつける。すると輪郭が伸びて影絵のように、障子へ写った。それを目の端に一瞬捉えてそれから、楽器を弄る。…………まだまだ、先は長い。ベン、ベンと三味線を鳴らす。バチを弦に当てて掻き鳴らしていると、少し手に痛みが出た。

「……っ」

 それを皮切りに三味線を畳に起き、体を伸ばす。

「んー……」

 ペキバキと体の節々からと音が鳴った。立ち上がると体を軽く揺すりながら、ストレッチをする。

「疲れたー……」

 ふう……と三味線を持つ。最後に鳴らしてみようか? そうして構え、鳴らす。始めた当初より、運指やバチの動きが慣れてきた気がする。段々楽しくなってきた。……といったところで頭がはたかれる。

「イッテ!!」

 な、なにを……! そう思って振り向くと、万斉さんがいた。

「え……? 万斉さん……? なんですか……一体……!」

「一体もなにもないでござる。もう夜だぞ」

「はい……?」

 なにが言いたいのかわからず、不思議な顔で万斉さんを見上げる。

「夢中になるのは構わぬが、もう夜更けだ。そろそろ仕舞いにするでござる」

 小さくあっ、と声を上げる。

「はい……すみません……」

 三味線をケースに仕舞う。万斉さんはこちらを見、小さく言った。

「部屋には戻れるでござるか?」

「戻れますよ!」

 幾ら私が方向音痴だからってそんな! ちょっと怒りつつ言い返すと、万斉さんはそうかと頷く。

「貸せ」

 ケースを奪われた。持ってくれるのはいいけど、言うと同時に持たれるとな……。そういえば、万斉さんの三味線は刀や鋼鉄製の弦が仕込まれているけど、私のものはどうなんだろう?

「万斉さん」

「どうした」

 前を向いたまま、万斉は言う。

「私の三味線って普通のやつなんですか? あ、ホラ万斉さんの三味線って、刀とか仕込んであるじゃないですか……」

「ぬしのものは普通のものにござる」

 やっぱり? 万斉さんは続ける。

「仕込み三味線だと音に違いが出る故。ぬしでは使いこなせぬよ」

「ハイ……」

 少し項垂れる。すっかりしょんぼりとした私だったが、その内私の部屋へと辿り着く。

「あ、ありがとうございます」

 万斉さんは私に三味線ケースを渡すと、頭を一撫でして言った。

「おやすみ」

「あ、ハイ……おやすみ、なさい……」

 あっ、くそう……スキンシップに照れてしまった。優しく撫でる手つきに頬が熱くなる。……でも、万斉さんは別にこっちのこと意識してないんだろうなあ……。そこまで思って辛くなる。頭(かぶり)をぶんぶん振って溜息をついた。

「…………寝るか」

 三味線ケースを置いて布団を出す。寝巻きに着替え、潜った。三味線ケースの方向をちらりと見る。それはそこに変わらずあって、立て掛けてあった。…………ちょっと眠れないけど、今弾いたら流石に怒られるかな……。

「………………」

 そっと布団から抜け出して三味線が入ったケースを一撫でする。

「流石にこの時間は迷惑か……」

 ならば。

 三味線ケースを手に持ち寝巻きで、外へ出る。まだ楽譜は持っていないために、適当に打ち鳴らすしかない。

「ま、でも……『さくら』とかは弾けるかも」

 船主に腰掛ける。そしてケースから三味線を出し、構える。バチを弦に当てる。ビィン……と張り詰めたそれは音を奏でた。

「…………」

 ふう、と息を吐く。簡単な『さくら』を弾く。所々音を外していたが、始め立てにしては及第点だろう。伏し目がちに三味線を鳴らす。そうしていると微かに足音が聞こえた。そちらを向くと、予想外の人物に目が丸くなった。

「……え」

 当人はやれやれ、と言いたげな表情で、こちらを見ていた。

「…………万斉さん」

「まだやっていのでござるか?」

「え、ええ、まあ……」

 少し恥ずかしくなり、三味線を弾く手を止める。

「うるさかったですか?」

「……いや」

 万斉さんは着流しに身を包んでおり、普段とはまた違って見えた。…………なにしててもカッコイイんだもんな、ずるいよ。ほんのり頬が熱くなる。万斉さんはゆったりと言った。

「弾かぬのでござるか?」

「え、えっと」

 指先を啄くようにしていじる。少しして、万斉さんの方を見ると、思ったより顔が近くてギョッと驚いて身を僅かに引いた。

「ッ! ば、万斉さん!」

「どうした。拙者が見てやると言うのだ、引いて見せろ」

「は、はい……」

 緊張して、指先が震える。でも『さくら』を弾いているとそれを微かに忘れられた。弾き終わって万斉さんの方を見ると、彼はなにか考えているようだった。

「……あの」

「先程より上達しているでござるな」

「あ……ありがとうございます……」

 微かに熱かった頬がもっと熱くなる。

「……手首を、もっとゆっくり動かした方がいいでござる」

 後ろから手が私の三味線バチを持つ手を包む。もう片方の手は肩に置かれた。そしてゆっくりとバチが振り下ろされる。澄んだ音だった。

「……わかるか? こう下ろす、のでござる」

「は、はいっ」

 万斉さんの手はまだ離れない。そのまま二回、三回とバチが弦に振り下ろされる。なんかもう体全体が熱く、噴火するようだった。

「……やってみせろ」

 頷くと万斉さんの手が離れる。……まだ、手も肩も、触れられていたところが火傷したみたいに熱い。もう片方の手で触れられていた手を摩った。それから三味線を抱え直し、バチを下ろす。三味線の音が響いた。

「この感覚を忘れずにおくのでござるよ」

「……はい」

 ぺこりと頭を下げる。すると万斉さんは私の手を引いた。

「ッッッ!?」

 思わず身を引こうとする。しかし万斉さんはそれを許さず、前を歩いた。

「あ、あのっ」

 声が裏返る。万斉さんはこちらを振り返らず、呟くように言う。

「……子供の夜歩きは危ないでござるよ」

 先程まで赤くなっていた顔が、別の意味で赤くなる。ムッ、とした顔になって半目で言い返す。

「…………子供、じゃないですけど!」

 万斉さんは少し微笑むと、再び言う。

「ぬしから見ればな。…………拙者から見れば、ぬしはまだまだ子供にござる」

 ……今年で二十三歳なのにぃ………………。

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