「
「は、はいっ」
新入隊士二人は姿勢を正す。万斉さんは私の肩に手を乗せた。そして肩を優しく掴み──……新入隊士二人の前へ突き出した。
「この娘は酒井友成、と言う。鬼兵隊の幹部であり、拙者の部下にござる」
「……というワケでーす…………」
もうどうにでもなれ。そう言えば、隊士二人は
「友成、お通殿はどう──……」
その瞬間、ヌッと影が落ちる。あ、煙草の匂い。
万斉さんと私は同時にその人物の名を読んだ。
「……万斉、友成。お前ら、なんにも知らねェ隊士二人捕まえて、なにやってんだ」
「私は悪くないです」
即座に返す。すると晋助殿は目を僅かに見開き、こちらを見た。私悪くないもん。次いで万斉さんの方を見る。彼は肩を竦め、言った。
「そうでござるな……。確かに、友成は悪くはない。…………新入隊士二人が、友成のことを子供と侮っていた故な。認識を正したワケでござるよ」
「なるほどなァ。して、万斉。お前に話がある」
「了解にござる。ああ、少し待て──」
万斉さんはそう言いつつ、晋助殿へと『待て』という仕草をした。
「友成と話がある」
晋助殿はそれに頷くと煙管を吸い、一拍して煙を吐く。なんだろう、話って。気になって首を傾げると、万斉さんは私の顔をじっと見た……ような気がした。わかんない、気のせいかも。それから彼は尋ねる。
「お通殿とは、どうだった」
「あ、ああ! お通殿の芸能界復帰ライブですね!」
お通殿とのことを手短に話す。すると万斉さんは腕を組んで頷いていた。
「……そうか。初めてにしては、上々でござったな」
ふと笑みが漏れる。えへへ、と笑えば万斉さんはゆっくりとした手つきで頭を撫でてくれる。…………ぐぅ。意識しちゃう。いとも簡単に。頬だって耳だって、きっと紅く色付いていることだろう。少し、ほんの少しだけ万斉さんが狡く思えて、思わず睨んだ。すると彼は一瞬、動きを止める。それがなにを意味するのか、私には全くわからなかった。晋助殿がじっとこちらを見……ていたような?
「?」
気のせいかな。まあ、いいか。表の稼業の話を万斉さんと続ける。
「やはりライブ、それにアルバムを出す運びになったか。うむ、いい傾向でござるな」
「はいっ!」
万斉さんに褒められた! それが嬉しくて体がうずうずしてしまう。それを見抜かれたのか彼は私の右肩に手をそっと置くと、耳打ちをする。
「また……頼むでござる」
「ひ」
熱い吐息が耳へ直に触れ、ビクリと体が震えた。顔から火が出そうだった。
「ひゃい……」
叫び出しそうなすんでのところで、喉から返事を絞り出す。もう駄目だ。ここで告白しなきゃ、私は後悔する!! 晋助殿もいるけど知るもんか。
「ば! 万斉さんっ!! 私──……!! あなたを、お慕いしておりますっ!! つつつつつ──付き合ってくださいっ!!」
やった、告白した。頭が真っ白になりつつも返事を待つ。万斉さんの一挙一動を注視していた。
「付き合う? ……どこへでござるか?」
「は──、だ、だから! 私と!」
「ぬしと、どこへ?」
ゆっくりと言われる。万斉さんは鈍いひとじゃない。だから、これは。事実上の失恋宣告だった。
──それから少しの間、記憶がなかった。呆然としていたのか、気付いた時にはもう二人ともいなかった。……顔に手を寄せ、思わずしゃがみ込む。あ、ああ……なんであんな思わせ振りのようなことをするのだろう? 私のことを誤解して、アプローチに気付かないフリをして……!! その癖、簡単に触れ合ってくる。本当に狡くて、残酷なひとだ。
「…………ううぅ〜……!!」
瞳の表面にせり上がってきた熱い膜が、零れないようにするので精一杯だった。しゃがみ込んだまま、激しいやるせなさを見て見ぬ振りをする。大丈夫、きっとすぐまた気にしてないフリだって出来るはずだから。
§ § §
万斉と連れ立つように歩く高杉。不意に高杉は呟いた。
「お前も悪い男だねェ」
「……なんのことにござるか」
万斉は素知らぬ顔で返した。高杉は重ねて言う。
「おちょくるのは結構だが、あんまり虐めてやるなよ」
「おちょくった覚えはないでござるが。晋助にはそう見えるでござるか?」
煙管に口をつける。高杉は煙を吐き出し、万斉をちらりと見た。
「ガキはガキだが、
「…………童に手を出すほど腐ってはござらん」」
万斉はサングラスのブリッジを押し上げる。
「出来るだけ、負担はかけてやりたくないでござるからなあ……」
「ぞっこんじゃねェか。なにしてんだ」
考え込む万斉に高杉は言った。片眉を吊り上げ、唇から煙管を離す。続けて言う。
「そんなんじゃあ、お前…………」
そこまで言って、止める。どこか高杉は呆れているようだった。万斉はさほど気にしていないようで、再び思索に耽る。
──友成の誕生日が三日後に迫っている。たちまち十八になる。しかし自身の年齢を二十三だと言っていた。だが恐らくアレは年若いが故であろう。幼い童が背伸びしたくなるのと同じだ。真に受けてはいけない。まだ、友成の想いを受け入れる訳にはいかないのだ。……彼女と接していると、心が穏やかになる。いちいち仕草にも心が踊ってしまう。そういう自身の弾む想いとて、抑えなければなるまい。我々は鬼兵隊なのだから。
面を上げ、高杉と並ぶ。高杉は万斉を一瞥すると、『仕事』についてまるで世間話でもするように言う。
「……そういや万斉、幕吏襲撃の件あったろ。こそこそ嗅ぎ回る鼠がいるらしくてなァ」
「ふむ……決行日は?」
「三日後だ。場所は──日比谷辺りだったか。友成連れて、行ってこい」
「……晋助」
万斉は目をサングラスの下で
「お前の理念なんぞ知らねェが、とっととモノにしちまいな。まだるっこいんだよ、テメェらは」
煙管に口をつける。数秒置き、紫煙を漂わせた。
「ぬしに気を遣われるとは。明日は槍が降るやもしれんな」
万斉は少し笑って言った。高杉もニヤリと笑む。
「そうかもな」
高杉と別れ、一人思い返す。
友成と初めて出会ったのは奉行所の牢屋から出た時であった。彼女は磔にされ、捕まっていた。──この小娘はどうあったとして、攘夷志士には見えない。なんの為に捕まえたのか? 考えるより先に足が動く。縄を切ってやると、瞳に光が差した。そして小さな唇が震えるように動く。
『私、あなたを好きになりました』
変な小娘だと思った。それから妙に懐かれ、今に至っている。──……昔は呆れていた。行動力があり暇さえあれば、拙者へ好きだという立ち居振る舞いを隠さない。それが、今では心地好いとさえ感じている。
「拙者も、務めを果たさねばならんな……」
§ § §
ボロボロになって戻ってきた。自室で独り泣く気にはなれなかった。とぼとぼと歩いていると、また子ちゃんの部屋の前で。
「また子ちゃん〜!!」
扉が開いてすぐにまた子ちゃんに飛び付いた。彼女は驚いた様子で私を引き剥がそうとしてくる。
「一体なんなんスかァァァ!!」
「ふ、フラれたァァァ……」
抱き着いてメソメソする。また子ちゃんは呆れた様子で呟いた。
「またっスかァ?」
「まただよ〜!! もう諦めるしか、ないのかな……」
ベソっかきの面でまた子ちゃんに詰め寄る。彼女はちょっと引いた様子で、私の頭を掴む。
「万斉先輩、
「テロリストなのに!? 反社なのに!?」
「知らないっスよ! 個々人のポリシーじゃないんスかァ!?」
「そんなポリシー捨てちまえ〜!!」
泣きながらギャアギャアと叫ぶ。
「知らないっスよ!! 私に言うな!!」
叫んで落ち着いた後、はらはらと涙を畳に落としながら震える声で呟いた。
「……脈ナシ、なのかな」
ぐすん、と鼻を啜る。また子ちゃんも落ち着いたのか、腕を組みながら言う。
「…………わかるっスよ……相手からの反応が薄かったりなかったりすると……辛いっスよね……」
うんうんと頷く。やっぱり私が子供っぽいから、ダメなのかな。男のひとって、ボンキュッボンの大人のお姉さんが好きなんだ…………。再び涙がぽろぽろと流れてくる。こんなに打ちのめされたのは初めてだ。だから、どうすればいいのかわからない。畳の上にぐったりと寝転んでいると、また子ちゃんが言う。
「そんなとこで寝るなら、ちゃんと部屋に戻って寝た方がいいっスよ〜?」
「……ウン」
そうやってグダグダしていると、また子ちゃんに連れられ部屋へ戻ることになった。……うう。共に歩いていると、前から似蔵殿がやってくる。また子ちゃんは一瞬、足踏みをしたがそのまま気にせず歩く。似蔵殿はこちらに気が付いているようで、口の片端を上げると呟いた。
「おんやァ? 楽しそうだねェ、お二人さん」
返事する元気がなかったので項垂れていると、また子ちゃんが返す。
「そっスか。……ただ部屋に戻るだけっスよ」
「このガキのお守りかィ? アンタも大変だねェ」
せせら嗤うように呟かれたそれに、また子は眉尻を吊り上げた。
「アンタには関係ないことっス。ホラ行くよ、友成」
「……ウン」
「……ああ、ちょいと待ちな」
確かめたいことがあるんでねェ。
「なんなんスか! 一体──」
また子ちゃんが怒鳴るように声を上げた──その刹那、似蔵殿が肉薄する。また子ちゃんを庇って掌を貫通した刀をそのまま掴んだ。刀は鎖骨の辺りまで突き抜かれている。
「……なにを」
くつくつと喉奥で笑った。似蔵殿はぐい、と刀を動かし深く刺し込む。
「──っ」
痛い。でもこんなの、どうってことない。闇を切り裂く玉鋼が、妖しく光っていた。似蔵殿は素早く刀を引き抜くと、血振りをして納刀する。
「話には聞いていたがねェ。『そういう』ことかィ」
刀で刺された箇所はみるみるうちに傷が塞がっていく。後に残ったのは、肩口の辺りの血痕であった。夥しいという程ではないが、ただの怪我と見るには深手のような。そんな塩梅である。似蔵はそのまま去って行く。
「…………」
そんなこんなで自室へと戻ると、また子ちゃんは舌打ちをする。
「どうしたの」
「似蔵のヤツ……あいつ、間違いなく友成を狙ってたっスよ!!」
「そう? また子ちゃんもあのままだと危なかったんじゃない?」
「それは…………そうっスけど。とにかく! 似蔵には気を付けることっス。あいつ……なにするか……」
また子ちゃんはなにか思うところがあるようだった。そっかあ、と頷くと戸棚から煎餅を取り出す。菓子盆に乗せ、また子ちゃんと自身の間へ置いた。煎餅を食べつつ再び愚痴合戦になる。
「万斉先輩の態度、思わせ振り過ぎてキツイっス。あれはない」
「えぇー、でもぉ。晋助殿はいいのぉ?」
そう言えばまた子ちゃんはカッと赤くなって叫んだ。
「晋助様は! そういうのじゃないっス!! 言うなれば高嶺の花、雲の上の存在、夢のまた夢──……私はあの方の助けになれれば、それでいいんスよ!!」
「本当にィ〜??」
「ほ、本当っスよ」
少したじろいだまた子ちゃんに追求の一手を差し向ける。
「本当? もし、晋助殿と両想いだったら──どうする?」
「そ、そんなっ! わ、私が、晋助様と両想い──……?! し、し、晋助様………………!」
顔がより一層赤くなっている。もうここいらでやめとくか。そう思ってまた子ちゃんに声をかけようとした時、障子の向こう側から声をかけられる。
「友成殿、いらっしゃいますか」
「あ、はい。どーぞー」
すると鬼兵隊の隊士が姿を現す。彼は背の低い私と視線を合わせるために、屈んでいた。
「……高杉殿から、任務の話にございます」
あぁ、はいはい。お仕事ね。そんな気分じゃないけど、頷いて詳細を聞く。
「場所は江戸、日比谷。決行日は三日後」
三日後と聞き、片眉を上げる。
「三日後? それは随分と性急ですね」
「は。急に決まったとか」
「それで内容は全部ですか? また一人で?」
問うと続きを話し始める。
「いえ、万斉殿と向かえとのことでした」
「万斉さんか…………」
思わず微妙な顔になってしまう。別にいいけど。伝令の隊士にありがとう、と言って送り出す。また子ちゃんもまた微妙な顔をしていた。まさか、晋助殿がこんな……あんなことを目の当たりにしときながらよく私と万斉さんを一緒の任務に出来たな…………。そこまで考えて頭を横に振った。任務なんだから、切り替えなくちゃ。
また子ちゃんが去った後、任務の用意を始めた。三日後といえばもうすぐそこだ。故に用意をし、臨まなければなならない。別の服を引っ張り出し、着替える。
「……万斉さんと合流しなくちゃ」
表情を引き締め、歩を進めた。