1490ミリメートルの惑星   作:椎九印ver.2

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第六訓『ノスタルジーって爺さんの新種?』

 

 

 

「三日後か……」

 一人ごちて、ぼんやりと息を吐く。三日後といえばもうすぐ、そこだ。待ち合わせ場所には万斉さんがいた。…………別にいいけど、いいけど! そうは思っても今万斉さんを見るのは、少し、辛い。俯きながら、声をかけた。

「……万斉さん」

「ん。友成(ゆうな)か……向かうぞ。概要は、わかるな?」

「はい……」

 万斉さんの後ろをゆっくりと歩く。特にお互い声をかけることもなく、終始無言が続いた。

「……」

「……」

 これまでの無言ならなにも特に思わなかったが、今の状態は結構心にくるものがある。張り詰めているとは言わないが、柔らかな雰囲気ともいえない……気が、する。薄ぼんやりと、過去を思い返していた。…………私と万斉さん(わたしたち)の出会いからして、意識されていなかった。あの時……私は……。

 

 § § §

 

「また子ちゃん、また子ちゃん」

「どうしたの、友成」

 また子ちゃんはこちらを向いて、難しい顔をしていた。彼女の肩に触れ、尋ねる。

「また子ちゃん。昨日の夜、どこ行ってたの?」

 夜中に起きるとまた子ちゃんはいなかった。だから帰ってくるまで起きていたのだ。するとそのうち彼女は帰宅し、今に至る。答えない彼女。ねえ、と追求をした。

「また子ちゃんがすることに私はなにも言いたくないけど、寝てるうちにいなくなるのは……心配だから。だから」

 どこかへ黙って行くのはやめて欲しい。そう言った。

「……ごめん」

 とまた子ちゃん。いいよ、と呟く。また子ちゃんは私の恩人だし、辛い目に遭って欲しくない。だから、そう言った。

「どこ行ってたの?」

「…………ごめん。言えない」

 そっかあ、と一応頷く。また子ちゃんは親御さんもいないし、この長屋に一人きりだった。私を見つけてくれたから──精一杯、彼女のことを手伝いたい。そう思い口を開こうとした、その時。けたたましい怒声と引き戸になにかを叩きつける音が聞こえた。

「なにっ!?」

 また子ちゃんの方へ手が伸びる。……幕府の役人らしいそいつらは、また子ちゃんを一瞬で取り押さえてしまった。

「また子ちゃん!!」

 離せ! と彼女が叫ぶ。役人たちに掴みかかる。頬に強い打撃と体を軽々弾き飛ばすような衝撃。刹那くらくらと目前に星が散った。

「っ、また子ちゃん……!!」

 疾る痛みを無視して再び、掴みかかる。役人の手が伸びた。力の限り、それに噛み付く。

「ぐっ……! なにをする!!」

「なにをする、のはこっちの台詞だ!! その子を離せ!!」

 血が滲むほど、手の甲へ歯を食い込ませた。後ろに構えていた役人が、静かに言う。

「連れて行くのは、この小娘だけでよい!! 斬れ!!」

 頷く役人。そいつは飛びかかろうとした私を蹴りつけ──肩から脇腹まで、刀を一閃させる。スローモーションに見える辺りの光景。薄らと冷たい感覚が疾った次の瞬間には、灼けるような熱さがこの身を襲った。紅い液体が宙を舞う。斬られた箇所を見ると、衣服と体が綺麗に切り裂かれ──紅く赤く染まりつつあった。思わずくの字に体を曲げる。

「あ────ぐっ──……」

 呻くしか出来ず、また子ちゃんの方に顔を向けた。彼女は目を大きく見開き、叫ぶ。

「友成ーッ!!」

 再び、刀が振り上げられる。それが振り下ろされた時にはもう、意識が闇に溶けそうになっていた。次第に痛みは減っていき、役人の足元へ縋るように掴まった。

「その、子を──離、せ──!!」

 三度(みたび)、刀を振り上げる役人。背中へどすりと突き刺さるそれ。冷たく、熱く、指先が痺れるような、感覚。しかし身を起こす力は尽きない。

「その子を、離せーッ!!」

 小さく、また子ちゃんがなにかを言ったようだった。しかし、興奮していた私には聞こえない。襟ぐりを掴まれ、強制的に身を起こされる。再び鈍い音を立て、胸元を血に濡れた鋼が貫通した。喉奥からなにかがせり上がってくる。こほ、と小さく咳をすると生温い赤が口元を汚した。

「ぁ──……?」

 血だ。膝から、体から、力が抜けていく。くずおれるように倒れ、また子ちゃんを連れて行くのを血を吐きながら喚きながら見ているしか、出来なかった。

「……ま、た子、ちゃん…………!」

 意識がそのままブツリと途切れた。

 目を覚ますと、血の海が広がっている、あの長屋の一室だった。

「……どれくらい、経った……?!」

 血に濡れた口元を袖で拭いて、辺りを見回す。人っ子一人いない。そして気付いた。なんで私は、生きている? 破れた衣服を寛げると、肌には傷一つなかった。

「……!?」

 どういうことなのだろう。あれは、夢だったのだろうか? と錯覚するくらいだった。しかし辺りの血痕が、それが夢ではないと叩きつけてくる。

「そうだ、また子ちゃん──!!」

 どこに捕まっているのか見当つかない。まずは奉行所へ行くしかないのか。そう思い、血に濡れたままの着物で歩を進める。

「はあ、はあ……!」

 奉行所に息も絶え絶えに辿り着くと、門番が二人いた。それを無視し、奉行所へ入ろうとすれば、門番に道を遮られる。

「なんだ貴様。ここは貴様のような小童が来る場所ではないぞ!」

 無視して歩こうとすれば、そのまま取り押さえられてしまった。小さく呻く。奥から役人数人がやって来る。──昨日の役人もいた。

「なんだ、そのガキは」

「へ、へえ──侵入してこようとした小童で」

「その顔──……」

 ギラリと笑ったかと思えば、後ろ手に拘束される。そして役人は言った。

「生き試しにでも使ってやれ」

 部下が返事し、そのまま奥へと連れていかれる。遠ざかってく役人の背に叫んだ。

「あの子は! 昨日の女の子は! どこにいる!!」

 役人はこちらを一瞥することなく、去っていった。

 薄暗い部屋に押し込まれ、転がされる。拘束されているからか、受け身すら取れない。そして三人ほど、抜き身の刀を手に男たちが入ってきた。一人の男は刀を振り上げ、私を斬る。血が迸る。もう一人の男は私の首を刺した。三人目の男は足を斬る。

「あ──があっ……!!」

 既に血に塗れていた着物には、もう赤くない場所などなかった。幾度も幾度も、刀で斬り刻まれ続ける。そして、傷はひととは思えない速さで癒えていく。私って、人間じゃなかったんだ。絶望の淵に、その現実が嫌でも叩き込まれる。痛い、と叫ぶことが出来ないくらい刻まれ続ける。指先が落ちようとも、首を裂かれようとも、頭が割られようとも。死ねない現実だけが叩き付けられていた。

 それが一昼夜続けられ、反抗する気力さえ削がれる。男たちは刀を手に、足早にその場からいなくなる。一時間も経たず、ガラリと扉が開かれた。気怠げに顔を音のした方向へ向けると、黒髪を結った男が見下ろしていた。

「誰…………?」

 疲弊した声で小さく呟く。すると男は刀を抜き────後ろ手に拘束していた縄を解いてくれた。

「お前がどうしてここにいるかは拙者にはわからぬ。だが──お前の受けた待遇は、拙者にも推測出来る。────行け」

 ゆっくりと体を動かす。指先から、胴、首、頭。去ろうとする男のひとの足元に這いつくばって叫んだ。

「あ、ありがとうございます! あなたの、お名前は、なんですか!! 私、私は──酒井友成、と申します!!」

 息継ぎなしに喚かれたその様子に、目の間の男のひとは静かに言った。

「河上、万斉にござる。──人斬り万斉、とも呼ばれているな」

 自嘲的な表情を気にすることなくそのひとの名前を呼んだ。

「万斉、様──……!」

 そのひとが光り輝き、神々しく見えた。薄暗い血の匂いのする部屋だって、色付いて見える。きっと、この人は、私がついていく人だ。そして。

「私、あなたを好きになりました」

 だから。

「共に、歩かせてください。あなたの歩く未来(みち)を、私に」

 万斉様は口を噤むと、再び開いた。そして言う。

「小娘がそのようなことを言うでない。──拙者が往く道は、血に塗れているゆえ」

 だから連れていくことは出来ない。そう言った。でも。

「いやです。私はあなたと共に──いきたい」

 頑なな私の態度を見て取ってか、万斉様は言う。

「…………ならば、拙者のことは様付けしなくともよい。立てるか?」

 手を取って、立ち上がる。

「はい、万斉さん」

 

 § § §

 

 私の恋は、そこから始まっていた。でもまさか、五年も相手にされないとは。一緒にいられるだけでも幸せだと思うべきなんだろうなあ。

「…………諦めちゃおう、かな」

 小さく呟く。万斉さんは立ち止まり、こちらを見た。

「どうした、友成」

「……なんでもないでーす」

 とぼとぼ歩く。万斉さんは普段と変わらない。……私、私だけが、囚われているのだ。

 二日かけて辿り着いた現場を二人でこっそり見る。そこは襲撃にはもってこいの、草や木が生い茂った場所だった。幕吏はここを移動に使うらしい。幕吏を万斉さんと挟撃し、殺す。それが今回の仕事。

 少し歩き、泊まる場所へと向かう。その間も特に会話はない。

「……ここ、ですか? 宿って……」

 辿り着いた目の前の民泊。万斉さんに尋ねると、是と返ってきた。手続きを済ませ、部屋へと向かう。────問題はここだった。

「ふ、二人でこの部屋使うんですか!?」

 そう。二人でこの部屋に泊まる、と言うのだ。いやだいやだとごねる私に万斉はぴしゃりと跳ね除ける。

「二部屋とったところで、部屋が遠ければ作戦を立て辛いであろう。一部屋でこと足りる」

「で、でもぉ……!!」

 万斉さんはふ、と笑って呟いた。

「なに。ぬしが不安がることは起きまい。拙者も見境なしにはござらんよ」

 ぴしりと心に亀裂が入るような胸の痛み。結局受け入れ、小さく小さく、はいと頷いたのであった。ごはんを食べ、寝る時。布団は隣り合わせに敷かれ、それがドキドキを助長させていた。ね、眠れるかな……? でも、寝ないと。そう思い目を閉じる。万斉さんは気にしていないようだった。

 翌朝。目を覚ますと、万斉さんは既に身支度を済ませており、急いで支度をした。今日が決行日。つつがなく、早く仕事を済ませたいものだと外套を羽織りながら思った。

 通り道に潜伏し、合図を待つ。フードを目深に被って息を殺していると、護衛をつけた幕吏が歩いてくるのが見えた。万斉さんの方を見る。──今だ。飛びかかるように身を幕吏たちの目前に躍らせる。護衛をさっさと片付け、幕吏にじりじりとにじり寄った。護衛もいない、独りきり。万斉さんが幕吏に弦を使い、袈裟懸けに刀を振り下ろす。私は、幕吏の心臓に短刀を突き刺した。お互いに血振りをすると、その場を後にする。今日は指先にすら、血は付いていない。万斉さんは歩きながら、こちらに話しかけてきた。

「……疲れたか、友成」

「いえ……大丈夫です。早く宿に戻りましょう」

 ……万斉さんは普段と変わらない。……変わらないのが辛かった。…………本当に、諦めた方がいいのかもしれない。そう思い溜息が漏れる。万斉さんがそれを聞き咎め、呟く。

「やはり、疲れたか」

「そんなこと────……」

 あるのかもしれない。万斉さんの言葉を肯定することにした。

「そうかも、しれませんね……ちょっと、疲れたのかも」

 そうだ。もう、疲れたのかも。万斉さんのことは好きだけど、もう一方的に想い続けるのはやめた方がいい。今にも溶け出しそうな斜陽に視線をやり、そう思った。少し経った後、万斉さんがこちらに向き直って言う。

「──友成。お前はもう十八を越えたでござるか?」

「え? まあはい」

 本当は二十三だけど。万斉さんは十八だと思ってるみたいだしとりあえず頷いておく。そうか、と頷く万斉さん。

「友成。ぬしは初めて出会った時、拙者にこう言ったな」

 拙者を好きだ、と。

「あの時はなにかと思ったが──……なるほど、今は少しわかる」

 過去の告白。まだ今より若かったそれを蒸し返され、私は顔を赤くしたり青くしたり。落ち着かない。

「そ、それが、どうか、したんですか?」

 平静を装い、震える声で聞いた。すると彼は。

「拙者もぬしを──……」

 その時、けたたましい音量で万斉さんの携帯が鳴いた。万斉さんは手馴れた様子で、携帯に出る。

「はい。もしもし──あ、お通殿?」

 お通殿から、らしい。黙って聞いていると万斉さんの口振りからしてなにか緊急を要する事態りしかった。

「え?! MCが来れなくなったにござるか?!」

「えっ」

 MCというと芸人のひとだっけ。名前は……なんだっけ? とりあえず耳をそばだてる。

「いやー困るでござるなあ。代役を立てるにも、ライブはもうすぐにござろう? リスケがし辛いでござるなあ……」

 困る、困るとば……つんぽさんは呟く。

「なに? ……正気にござるか。彼女はプロデューサー代理……芸能人ではあり申さん。……なるほど、お通殿がそういうのであれば、一計案じてみせよう」

 私のこと話してる? 電話を切り、『つんぽ』として彼は私に話す。

「……ぬしにお通殿の復帰ライブの司会を、と」

「ゑ?」

 つい聞き返してしまった。つんぽさんは言う。

「ぬしが司会であれば、お通殿も心強い……と」

「え、えー!? そ、そんな」

 大勢の前で話したことそんなにないのに。焦っていると、つんぽさんは元気付けるように肩に触れてくれた。

「大丈夫。拙者も電話でぬしに指示を出す。……お通殿のライブを、成功させてみせようぞ」

 静かに頷いた。つんぽさんが言うなら、きっと大丈夫。私は彼と仕事仲間として、これから──共に進んで往くのだ。

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