原初の微笑 作:永雨の詠み人
彼女――原初の龍は、静かに目を閉じていた。
白い部屋。白い床。白いベッド。どこまでも無機質なその空間に、ただ一つ異質な存在として、少女の姿をした彼女が座っていた。その静寂は、まるで時間さえ凍りついたように思えた。
“異物”。
観測記録の第一報には、そんな単語が含まれていた。どんなアブノーマリティよりも、彼女の存在は不安定で、同時に完成されすぎていた。
「こんにちは、今日も来てくれたんだね」
目を開いた少女は、優しく、穏やかな声でそう呟いた。まるで、長い付き合いの友人に語りかけるように。先ほど愛着作業に訪れた職員を認識し、まるで昨日の続きを話すかのように振る舞う。
だが、彼女に“記憶”があるはずはない。
観測が開始されたのは、わずか二日前のことだ。クロエはモニターの前で腕を組みながら、映像ログを何度も巻き戻しては見直していた。彼女の発言には、一貫した“意図”と“感情”がある。そしてそれは、あまりにも“人間らしすぎる”。
「……なぜ、彼女は“知っている”ように振る舞うのか?」
まるで過去を生きたかのように語る少女。特に“憎しみの女王”に言及する場面では、その傾向が顕著だった。
「その子、まだ泣いてるの?」
その瞬間、クロエの背筋に冷たい汗が走る。
“その子”。
まるで姉が妹を案じるかのような、優しく、懐かしさすら感じさせる言葉遣いだった。だが、“原初の龍”が他のアブノーマリティと接触した記録は存在しない。
部屋に入ってきたセスが、資料の束を机に置きながら言った。
「面白い仮説があるよ。“原初の龍”は、憎しみの女王が“意義を失う前”に夢見た存在の具現じゃないかって」
クロエは視線を逸らさずに返す。
「……なるほど。彼女の中に、最後まで残っていた“希望”の化身、か」
“龍”という名前から想起されるのは、威厳と破壊、そして超越的な力だ。だが、目の前にいるのは、どこまでも静かで、優しげな少女の姿だった。彼女の中にあるのはむしろ、誰かを思いやる“記憶”と、“情”だった。
――なぜ、少女の姿なのか?
その問いの答えは、やがて彼女自身の口から語られた。
「最初はね、ただ彼女のまねをしただけだったよ。可愛らしい女の子の姿なら、きっと気に入ってくれると思って……でも、気づいたら私、この姿が好きになってたの」
彼女はふわりと微笑む。まるで、自分の選択に満足しているかのように。
「わたしは、始まりの名前を持つ。終わりを恐れぬために、ね」
その言葉の意味を、クロエは理解しきれなかった。ただ確信した。
この存在は、危険だ。
だがそれ以上に、美しい。
そしてその奥には、まだ誰も観測していない“何か”が眠っている――。