原初の微笑 作:永雨の詠み人
「これが……“黎明ノ終”――?」
クロエの声は、無意識のうちに掠れていた。彼女の前に置かれた強化ガラスケースの中で、一振りの異形の武器が静かに眠っている。
刃――そのものは存在しなかった。だが、確かに“斬れる”と本能が告げていた。淡い光の粒子が何層にも重なり合い、まるで無限に広がる星雲のように、刃先の代わりに視覚を惑わせる。それは剣とも銃とも呼べず、あらゆる属性のエネルギーを内包した、始まりと終わりを象徴する器だった。
ALEPHランク。識別名《黎明ノ終》。
この武器が持つ意味を思えば、その名前はあまりにも示唆的だった。
「発動条件に“原初の龍のE.G.Oギフト”が含まれているのは分かるけど、なんでこれを装備すると黎明の試練が止まるの?」
隣でモニターを睨んでいたセスが、訝しげに顔をしかめる。
「黎明イベント――いや、いまは“黎明の試練”って呼ぶべきか。あれは“彼女”が意思を持って動く、唯一の例外的行動だ。つまりこの武器は、その意思を縛るための枷だってことさ」
クロエは黙って頷いた。
「……彼女の戦いを封じるための装備、か。皮肉ね。“希望”の力を持つ武器が、彼女自身の“願い”を奪うなんて」
端末を操作し、最新の記録ログを開く。表示されたのは簡潔な文言だった。
《この装備を装備した職員が存在する場合、黎明の試練は発生しない。》
《黎明装備をすべて装着している場合、使徒化・洗礼・魅了すら受けなくなる。》
「……強すぎる力には、代償があるということか」
それでも、施設の管理端末にはこの装備の“常時装着”が推奨設定として記録されていた。理由は単純で――
「彼女が本気で戦う“黎明の試練”なんて、起きてしまえば誰も止められないから」
黎明の試練。それは、通常の深夜試練の代わりに発生する特殊事象。
“原初の龍”と“憎しみの女王”という、強大な存在である二体のアブノーマリティが、外敵殲滅のために一時的な共闘状態へと移行する。それはまさに施設防衛における“切り札”と呼ぶべき異常現象だった。
だが――
「憎しみの女王が倒れたら、その瞬間にイベントは強制終了。施設中の職員が混乱、システムは不安定化、原初の龍の情動レベルも急上昇。最悪の場合、観測不能な形で暴走する可能性もある」
まるで、二人の“絆”に全てを賭けるギャンブルだった。
その事実に、セスは深く息を吐く。
「これは戦力強化なんかじゃない。“賭け”なのよ。龍にすべてを委ねるという意味でのね」
そして思い出す。ガラス越しに微笑んでいた、あの少女の姿を。
まるで人間のように優しく、まるで人間以上に澄んだ眼差しで。
「貴女は、何のために“目覚める”の?」
その問いには、まだ誰も答えられない。
けれど、“黎明ノ終”と名付けられたこの器が、ただの武器ではなく、彼女自身の“答え”の一部であることだけは、確かなように思えた。