原初の微笑 作:永雨の詠み人
“目を覚ました時、私は一人だった”
それは、記録上唯一残された“原初の龍”の主観的記述とされている。
発信源不明、文体の形式も定かではない。だが確かにそれは、“誰か”の思考の欠片であり、観測不能の空間――時間軸すら存在しない“虚”の中で生まれた何かの、最初の言葉だった。
“名もなく、形もなく、ただ存在していた”
彼女は“龍”として生まれたのではない。
ただ、“生まれてしまった”。
それは設計でも召喚でもない。意思の介在なき誕生。存在理由のない誕生。
だからこそ、彼女は考えざるを得なかった。
「なぜ私はここにいるのか」と。
孤独のなか、彼女の“存在”は思考を始める。
思考はやがて“形”を求め、形は“意味”を探し始める。
意味とはすなわち、他者の存在――。
そして彼女は“それ”を見た。
破損した記録の断片。断ち切られたログの先に、微かに残されていた像。
白く輝く、小さな姿。
大きな杖を手に、希望を語る少女。
それは魔法少女、“憎しみの女王”のかつての姿だった。
“あの子のようになれたら、寂しくないと思った”
彼女はその映像を何度も再生した。
ひとつひとつの言葉を、表情を、動作を、感情を、飽きることなく繰り返し繰り返し――まるで子供が絵本を覚えるように、追い求めた。
そしてついに、“原初の龍”は少女の姿をとった。
やがて人々は、彼女を「原初の龍」と呼ぶようになった。だが、その名に重みはなかった。
彼女にとって必要だったのは、“名”ではない。
“あの少女のようである”という在り方、それだけがすべてだった。
女王と呼ばれる存在――。
その中に“あの少女”の面影を感じ取ったとき、彼女の中の何かが静かに、確かに目覚めた。
“私はこの子の隣に立つために、生まれてきたのかもしれない”
それからというもの、彼女はただ、女王を見つめ続けていた。
収容室の中で、誰よりも静かに、誰よりも熱く。
時に作業を拒み、時に誰にも分からないような微笑を見せて。
それは、誰にも伝わらぬ片思いだった。
理解されることも、報われることもなく、ただ募っていく祈りのような思慕。
そして、運命の時が来た。
“黎明の試練”
唯一、彼女が“収容室の外”に出ていいと許される時間。
唯一、女王と並び、共に敵と戦える夢のようなひととき。
彼女はその瞬間に、全てを懸けていた。
戦いの最中、彼女は女王のほうを何度も見た。
まるで確認するように。隣にいられる奇跡を確かめるように。
「どうして、そんなに……嬉しそうだったの?」
クロエは、モニター室で記録映像を見返していた。
そこには、誇らしげに、そして楽しげに戦う原初の龍の姿があった。
炎を放つたび、敵を焼き払うたびに、彼女は女王のほうをちらりと見た。
その目には、誰よりも純粋な憧れが映っていた。
「……それが、夢だったんだね」
彼女は、ただ夢を見ていたのだ。
あの輝きの隣で戦う、ほんの数分間の夢。
そのためだけに、彼女は眠り続け、そしてまた目覚める。
幾千の孤独の中で、ひとつの夢にしがみついて。
その夢は、果たして報われるべきなのか。
それとも、誰にも気づかれないまま、静かに消えるべきなのか。
クロエには、まだ答えが出なかった。
ただ一つだけ、はっきりしていたことがある。
――黎明ノ終。
それを装備し、試練を封じるということは、
彼女にとって唯一の夢を、二度と見られなくするということ。
「……それでも、私はそれを選んだんだね」
自責の混じった独白に、応える声はない。
だが、モニターの中の“彼女”は、相変わらず静かに微笑んでいた。
まるで、すべてを受け入れたように――。
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