「比企谷くんこんにちは、色々と見て回りたいので付き合ってください。」
授業が終わり廊下に出てすぐに、壁にもたれかかっている坂柳が居た。どうやら帆波や真澄は手の離せない用事や部活があるようで、一人だった。
「…まあ、特に用事はないが。同じクラスの奴のほうが良いんじゃないか?」
「ふふっ。私は比企谷くんが良いんですよ。」
柔らかな笑顔でそう言ってくる姿に、周りが少し騒がしい。観念して一刻も早く、無理なく坂柳とこの場から離れることにした。
「…お前な、もう少し言い方をさぁ。」
「いいじゃありませんか、嘘ではないのですし。」
……杖代わりでおんぶしていたあの頃より、坂柳の人間性が、どことなく柔らかくなっている気がする。…確かこいつ耳があまり強くなかったよな。…よし。
「…はいはい、お手を拝借しますよ、クイーン。」
「…!ふふっ、お願いしますね。私のナイト。」
「…ふ~。」
「ひゃあ!…何するんですか。」
顔を真っ赤にして上目遣いで睨んでくる坂柳は可愛らしくあまり怖くない表情だった。仕返しの怖さはもれなく反比例しそうだが。
「…まあいいです。行きますよ、エロ谷くん」
エロガッパみたいな呼び方に口元が引き攣ったが、こちらから悪戯したので受け入れるしかなかった。
日用品の買い足しなどの荷物持ちとして一緒に歩きつつ、気になっていた事を尋ねた。
「そういえば前に言ってた、勝ちたい奴とは決着がついたのか?」
「いいえ、まだ戦えてもいませんね。とはいえチャンスは巡ってきそうですが。」
「……同学年か?」
「………相変わらず、いえ以前にも増して貴方の勘の鋭さは素晴らしくなりましたね。」
驚いた後、懐かしさを感じている目で坂柳はそう答えた。
「…あなたには伝えておきましょうか。」
「…おう。」
「…私の父は、ある施設の出資者でしてね。その時に見かけた方なのです。彼を見て私はチェスを始め、今日まで腕を磨いてきました。その彼と全力で戦いたいのです。」
…こいつの目に敵う時点で只者ではないだろう。正真正銘、坂柳有栖は天才なのだから。
「…で、そいつの名前は?」
「はい、綾小路清隆くんです。」
只者じゃないって言うか人間かどうかすら怪しいレベルの感情のなさそうな奴だったわ。あいつが隣の部屋で、挨拶に来た時の顔合わせで悲鳴を上げかけたし。
「…あいつかぁー。」
「おや、ご存じなのですか?」
「隣の部屋だしな。」
「…比企谷くんは、隣の部屋の方でもスルーしそうな気がしますが。」
「失礼な、大当たりだよ。」
「白状が早いですねぇ。」
反対隣りの奴は全然知らないからな。覚える気も無いし。
「…挑まないのか?」
「ええ、まだタイミングをうかがってまして…。」
「いつでも挑めるっちゃ挑めるのか。」
「そうですね。」
「じゃあ、今から挑戦しに行くか。」
「え?」
「準備はしてあるが………一体どういうつもりだ?」
微妙に敵意の見られる目でこっちを見る綾小路にビビる。0か100なのやめてくれませんかね、濃度が濃すぎるわ。
「…一応俺なりに気を使ったつもりだが。」
「…?どういうことだ?」
「…多分坂柳はもっと大舞台でやり合おうとしているだろう。そのためにお前を表舞台に引きずり出そうとする予定だったはずだ。」
横に座っている坂柳が目を開いて驚いている。こいつをここまで驚かせたってことは多分俺も成長したんだろうと少し喜びを感じた。
「…そして綾小路、理由は知らんが多分お前は、静かに過ごしたがってるだろ?」
「…!ああ、そうだ。」
「…だからよ、急だろうが今日この場で戦う方が、いろんな事情を無視してどちらも全力でやれるだろ。」
そして始まった対決だが、どちらも超強ぇ…!坂柳の超攻撃的な攻めに対して、綾小路は完璧な解答を叩き出している。坂柳がこの対決を追い求めていたのもよく分かる。終盤までギリギリの攻防だったが、綾小路に軍配が上がった。
「…見事です。負けちゃいましたか。」
「…ああ。一歩間違えたら俺が負けていた。背筋が凍ったよ。」
俺だけが観客として独占してみるのが勿体ないくらいの名勝負だったと思う。
「…ふふっ。綾小路くん、ありがとうございました。」
「…ああ。俺も楽しめた。」
「…では、終わりましたし部屋に戻りますね。比企谷くん、手伝ってください。」
「…あいよ。」
「まったく比企谷くんは、もうっ。」
「…悪かったって。」
部屋に送って別れようとしたら、そのまま部屋に案内されて正座で座るように指示された。…まあ、確かに計画を邪魔したようなもんだからなぁ…。
「…ふふっ、冗談です。確かに大舞台で戦いたい気持ちはありましたが、人生は何があるかわかりませんからね。同じ条件で戦うなら今が一番でしたし。」
そんなに怒っていなさそうだが正座は解けない。さっきまでまあまあピリピリしてたし…。
「でも私を怒らせたのですから、比企谷くんは私のお願いを一つ聞いてもらいますよ。」
「…お、おう。何だ…?」
「…いい加減、良い機会ですし………。」
「…?」
「名前で、呼び合いましょう?」
盛大に何も始まることなく終わらせた気もするが、とりあえず俺たちの時計の針は進んだと言える。
たった2週間の出来事だったけど、私の人生で一番楽しい時期だった。その間の付き合いで八幡くんはなんだかんだ面倒見が良く、友達が居ないのは嘘なのではと思ったくらいだった。周りの見る目が無いと結論付けたと同時に、八幡くんを独り占め出来る嬉しさを覚えている。恥ずかしかったから言えなかったけど、彼にはもっと撫でてもらいたかったのは秘密だ。
そして、八幡くんと別れるときに「この善良な少年に付き合わせてしまった」という罪悪感が有った事は、自身の冷徹さからは想像できなくて自分でも驚いた。そして八幡くんの「カッコいい奴」という言葉に、少なからず救われた気持ちにもなった。別れた後の八幡くんの成長した姿を、再会していつか見たいなとも。
そうして再会した八幡くんは、私の想像よりもずっと磨かれていた。自分でもチョロいなって思ったけど完全に目を奪われたほどだ。隣に女の子を侍らせてたのはいただけないけども。
綾小路ポイント+100獲得です。