綾小路に防御はもう大丈夫と言われ、次の段階として合気道を仕込んで貰っているが悪戦苦闘している。
「正直言って俺はホッとしているぞ、比企谷。攻撃面でも優れていたらここで潰すことも視野に入れていた。」
「いや怖ぇよ。お前が言うと冗談に聞こえないんだよ。」
「冗談じゃないが。」
あらやだ怖い。適度に弱くてよかった、こいつはやるといったらやるだろうし。
「そういえば比企谷、明日はバレンタインだが。」
「ん、ああ。高値でもチョコが爆売れする理由の日だな。」
「…嫌な視点だな。」
「だが2月は年間平均の4倍くらい板チョコが売れるらしいぞ。今は友チョコとか自分へのご褒美として買うのも珍しくないとか。バレンタイン過ぎた後の売れ残ったチョコが安くなってるかもしれないから、それ狙うのも悪くないな。」
「…大分商魂逞しいイベントに思えて来たな。」
「実際そういうイベントだしな。」
普段だと買わないであろうチョコとかを試すのにちょうどいいんだよな、甘い物は嫌いじゃないし。綾小路はそういう事を言いたいわけでもないだろうが。
「…まあ、綾小路は何だかんだ数貰えそうなイメージはあるな。というか1年は櫛田が居るから、最低保証で1個は貰えそうなのが凄いな。」
「ああ、そういう意味では上の学年よりは恵まれてる事になるのか。」
モテない男子にとっては女神でしかないかもしれない。櫛田なりに何か考えがあっても、やってる事自体は悪い事じゃないし。そういう理想の女性ムーブを続けられているのは素直にすげーなとは思う。
「まあ、チョコ貰える事に期待して当日を迎えればいいんじゃねえのか?知らんけど。」
「…比企谷は確実に4つは貰えそうだから余裕があるな。」
「確かに期待感はあるし貰えそうなのは嬉しいが、貰えんでもそこまで悲観する事ないかなって。今までと変わらんだけだし。」
仮に貰えんでも彼女たちからはそれ以上のものを既に貰ってるし。
「…うちのクラスの何人かは金曜の時点で浮足立ってたけどな。」
「気が早すぎだろ。」
焦った所で貰えるかもしれないチョコすら存在してないのでは?
結局1時間ほど稽古を付けて貰った。後はこんな感じの会話をしてから、綾小路も用事があるそうなのでポイントで対価を支払ってから午前が終わる頃に解散した。
部屋に戻ると4人が居た。来るとは聞いてなかったので少し面食らった。
「ああ、来てたのか。」
「こんにちは、八幡くん。お邪魔させてもらってます。」
上着を脱いでると帆波が受け取り仕舞ってくれた。嫁さんみたいな事してくれるな、こやつ。とりあえず定位置に座ると、ひよりと真澄が冷蔵庫から何かを取り出してきた。
「バレンタインのチョコとしてケーキを皆で作りました!みんなで食べましょう?」
出されたものを見るとザッハトルテとテリーヌっぽい感じのチョコケーキだった。正直普通のチョコよりも期待値が高くなった。しかし疑問は残る。
「いや…スッゲェ嬉しいけどなんで今日?早くない?」
「私たちは考えたんです。別に明日を待つ必要は無いと。平日より関われる時間が多く取れる休日の方が良いと。」
「…少しばかりロマンに欠ける合理的な考え方を感じるな。」
「この世で一番愛してる人から学んだので。」
有栖にストレートに言い返されて少し照れる。多分口喧嘩とかしても完封されるんだろうなぁ…。人数分の飲み物を用意してた帆波が戻ってきた。
「明日チョコをあげて終わるより、今日にしたほうが八幡くんに一杯構って貰えるからねー。当日じゃないとか些細なことだよ。」
「八幡くんも最近は、いつもより忙しかったみたいですから。私たちも寂しくなっちゃいまして。」
「うっ………悪かった。」
確かに綾小路に稽古を付けてもらってる分、今までより構ってやれてはなかった。必要な事とはいえ、寂しいと言われてしまった以上謝るしかない。
「……でも、今まで格闘技に関わって来なかったとは思えないくらいの動きだった。…凄く格好良かった。」
実は腹パン事件で不安になったのか、稽古の様子を見せろって真澄に言われた。ショッキングな光景になるかもしれないから見学でも止めさせようとしたけど、梃子でも動かなかったからね、君。っていうか大分マシになってるけど、今でも微妙に綾小路を睨んでる時あるし。
「…そこまで動けるようになったんですか?八幡くんは。」
「…綾小路が本気かは分からないけど、結構苛烈な攻撃だったわ。全部捌いてたけど。お腹への攻撃も対処出来てたし。」
いや、まだ根に持ってるわ。腹への攻撃に対してちょっと怒気を感じるし。
「…あんなもん貰うのは一回だけで充分だからな。」
「しばらくの間痣が残ってましたからね。痛そうでした。」
実際にこういうダメージだといういい勉強だったと今は割り切ってるが、食らった時は何すんのコイツ?って思ったわ、俺。
「その話も気になるけど、ケーキ食べよっか。飲み物も冷めちゃうし。」
「そうですね。では、切り分けましょうか。」
そう言いつつ有栖はケーキを4等分に切り分けて皿に盛っていく。…あれ?
「えっ、4等分?俺のは?」
「ふふっ。目の前にあるじゃないですか。」
そう言うと有栖はケーキを一口大にして差し出してきた。
「はい、あーん。」
「………あーん。美味いな。」
しばらく固まってたら、ダメだったかな?みたいな不安を感じてそうな目で見られた。その目はやめてほしい。普段は自信を崩さない有栖に演技でもそういう目をされると弱いし。まあ、真澄や帆波、ひよりに同じ目をされても俺は雑魚に成り下がるんだが。とりあえずケーキ美味ぇ。
有栖が上手くいったからなのか、それぞれがケーキを差し出してくる。一口貰えたし君ら自分が食べてもいいのよ?スッゲェ期待した目で見てくるから食うけども。美味いけども。というか君ら差し出し過ぎじゃない?
「…後は自分らで食べていいのよ?」
「………もうちょっとだけだから。」
「はい、八幡くん。あーんしてください?」
「何が楽しいのか分かりませんでしたが、やってみると結構良いですね。」
「ねー。恥ずかしがりながらも美味しそうに食べてくれるから見てて飽きないね。」
ハマってるじゃねえか。ケーキ無くなるぞ。少なくとも昼飯はこれでいいというくらい与えられた気がするわ。
ケーキを食べ終わった後、ちょっと気になってた都市伝説を題材としたホラー映画を皆で見ていた。突っ込みどころの多い映画だった。例によってくっつかれながら見てたから驚かせるような演出でビクッってなった時に全員が反応してたのはちょっと面白かったが。
映画を見終わってからしばらくして、帆波から何気なく聞かれた。
「そういえば八幡くん、どうして急に格闘技なんて始める事になったの?」
「…必要性を感じたから?」
「何かあったんですか?『そういうのはとりあえずいいや』って言われてましたが。」
どう説明したものかと思っていたが、綾小路周りの話をしなけりゃいいかと思い理由を説明した。
「実は少し前に有栖の親父さんに会う機会があってな。」
「え?外部の人とは会えないんじゃないの?」
「私の父はこの学校の理事長ですので。まあ、今回八幡くんと顔合わせしたのはついででしたが。」
ついででラスボスとエンカウントするイベントはやめてほしい。今までで一番気疲れしたぞ。
「まあ、有栖の親父さんは人格者だったな。そんで、あの親にしてこの子ありみたいな鋭さも持ち合わせた方だと思う。」
でもあんなに鍛えていらっしゃるとは思わなかった。殴られたら死ぬかもしれんってちょっと思ったぞ。本当に高校生の娘さんのいる歳かってくらい鍛え込まれてたし。
「で、俺たちの関係も完全に把握してるからめっちゃ睨まれた。思いっきり殴られる事も覚悟したが、覚悟しても怖いもんは怖いんだなって思って急遽慣れるためにやり始める事にした。ついでに暴力振るわれそうな場面の対策にもなるし。」
「…思ったより情けない理由だった。どことなく八幡らしいけど。」
「ふふっ。ですが、お父様と対面された時の八幡くんは恰好良かったですよ?私たちの関係を誤魔化さずに伝えてくれたのも嬉しかったですし。」
「…おう。」
相手見て言うの止めるのはダメな事だからね。俺も龍園みたいに芸術的な顔面にされる事までは許容してた。俺が同じ立場だったら殴ってただろうし。
「まあ、親御さんに皆を貰えるように頼み込む事になる未来には憂鬱だが………。」
「ああ、私もお母さんに凄く怒られそう………。」
「お父さんとお母さん、物凄く怒るでしょうね………。」
「…私はいつでも嫁に行けるわよ?」
帆波とひよりの3人で憂鬱になる。真澄は完全に吹っ切れてる。無敵か?
「まあまあ、まだ先の事ですし今は一度忘れましょう。せっかく久しぶりに八幡くんの時間を頂けてるんですから。」
「…そうだね。八幡くんが諦める気がないって思ってくれてるのは嬉しかったし。」
「…いざとなったら駆け落ちしましょう。」
「ひよりさんや?落ち着いて?」
とりあえずこの話はここで打ち切られた。その後は各々自由にやりたい事をしたり、構ってほしくなって抱き着いてきたのを甘やかしたりして過ごした。夜は一緒に夕食を食べてから、やる事やって一日を終えた。
余談だが、次の日になって学校で何のアクションもなかったからか「ついにアイツ振られたか?」とにわかにざわついたらしい。当日にやらないとそういう問題も起きるんですね、知らなかった。
実は櫛田さんと八幡君の相性はとても良いです。やってる事や表裏の性格も肯定するので。ひよりガードによりチャンスは無かったですが。