「事後承諾で悪いが、今回の試験で俺たちはAクラスに移籍するから。」
「………いつか来るとは思っちゃいたが、このタイミングかよ、テメェ………。」
龍園の部屋にひよりと一緒にお邪魔してます、八幡です。目の前には青筋が立ったクラスの王様が座っております。今、試験前日の夜なんですよね。そりゃキレるわ。
「…だがまあ仕方ないだろう。俺のボスは確実に勝つために下剤まで仕込むんだから。味方でも警戒するのは普通だ。だから俺は悪くない。なあ、ひより。」
「はい!リスクを考えると八幡くんは何も悪くないです!」
「…人の部屋に来てまでイチャついてるんじゃねえ、このクソボケめ……。」
クリスマスで綾小路にボコられた時くらい凹んでる気がする。意識してやったけどちょっと悪い気もしてきた。謝らんけど。謝ったら謝ったで逆上しそうだしコイツ。
「後はまあ…この先敵になる俺が言うのもアレだが、個人個人を鍛えるようにしたほうがいいぞ。龍園翔という男が頼りになり過ぎた。『この人が居ればなんとかなる』という考えが毒になっている。」
「………。」
「…っていうか俺とひよりが抜けた後のDクラスは大丈夫なんですかね、学力面で。マジで今からでも勉強させないと、定期試験の結果のせいで最後の最後でクラスポイントが足りなくて負けましたは泣くに泣けないと思うぞ。負けた理由としてもクソださくなるし。実際にそうなったら俺は世紀のマヌケを見たと笑うかもしれんが。」
「…テメェも大概イイ性格してやがるな。」
正直言えばクラス全体の学力の底上げが出来なかった事だけは心残りである。敵になるとはいえ別に龍園に対して不利に動きたかったわけでもないし。でもそれが原因で僅差で負けましたとかなったら噴飯ものだろ。
「…それで、いつ移籍するんだ?」
「………試験中、俺なら俺が出る種目、ひよりならひよりが出る種目が終了した直後だ。」
「…なんだと?」
龍園が目を見開いて驚いてる。まあ、あまりにも意味分からないタイミングだわな。
「…まあ、そういうわけだから今日のうちに伝えた。本来はもっと早く言うべきなんだろうが、日頃の行いを改めてから文句言ってくれ。お前を誰よりも警戒してるのは恐らく俺だろうし、そうせざるを得なかったわ。」
「…チッ、5月の時点でボコって手懐けておけばよかったか。なんなら今からでも間に合うか…?」
「やめてね?その頃の俺も大分ナメたこと言った自覚はあるけども。」
「…?八幡くんは龍園くんに何かおっしゃったんですか?」
「…クククッ。ひより、コイツはな。格付けを済ませた後の俺に対してお前を貰ってAクラスに行くっつってんだよ!ハッハッハッ!」
「…!」
龍園の言葉にひよりが目を見開いて驚いている。まあ、そんな頃からそう思ってるって伝えては無かったしな…。そして腕に抱き着いて頭をぐりぐりしてきた。龍園の前でやられると俺もちょっと恥ずかしいんだけど。
「……やっぱり八幡くんは女誑しです。この一年の間、張り付くように横に居て正解でした。…もっと女の子を捕まえていたでしょうから。」
「えぇ…それは流石にないと思うが…。」
「大した色男ぶりじゃねえか比企谷!ハッハッハッ!」
やかましい、龍園。とにかく伝えるべき事は伝えた。後は明日、自分の仕事を果たすだけだ。龍園に断りを入れて自分の部屋へ戻った。ひよりと一緒に。というか俺にベッタリで離れる気が一切なかった。しょうがないので一緒に寝る約束して用意をさせて、明日のために少し早めに一緒にベッドに入って寝た。
「比企谷、頼むぞ!」
「…おう。とりあえず仕事を果たしてくるわ。」
試験当日、俺の出番は5種目目だった。シンプルな200メートル競争である。結果は無難に勝利した。相手の司令塔がやり直しを要求して2度走ったが問題なかった。これで俺が龍園のクラスでやる仕事は完全に終わった。余韻に浸る暇はないが。
運動服のままAクラスの連中と合流する。全員が驚いてるが特に帆波が一番驚いていた。俺が来るのもまあ意味わからんだろうし、伝えられる事でもなかったからな。とりあえず混乱してる帆波に今の状態を聞くことにした。
「…戦況は?」
「……え、あ、うん…。今3勝2敗、だけど…。今、Cクラスが提出した弓道対決で劣勢、かな…。」
…思った以上にギリギリの勝負だった。Cクラスも結構粒揃いのようだ。初月でクラスポイント0にしたのは舐めプだったのかな?それとも山内が本当に知将だったのか…?そんな事考えながらモニターに映し出されている弓道を見ていたが、Aクラスは敗北した。Aクラスの面々も流石に心配そうな表情をしている。
そして最後の種目に選ばれたのはAクラスの種目だった。だが、全員が驚いた顔をしていた。チェスを選択したと思っていたであろうが、実際に表示されたのは、1500メートル走である。司令塔の介入は俺の移籍が遅くなりそうな場合の保険として、開始前に代走を出せる権利だった。選択されてる名前が俺なもんだから叫び声すら聞こえてくるわ。
実を言うと有栖に頼んだ時のメールで夜に電話をかけてくれと書かれており、その際に今回のこの選択について聞かされた。
「…え?それOKなのか?」
『はい。真嶋先生に確認してみたところ、Aクラスに移籍した後なら可能だそうです。』
「………参加を引き受けるのはいいが、間に合わなかったらどうするんだ?それに、綾小路にチェスでリベンジしたいんじゃないのか?」
『…リベンジしたい気持ちが無いと言えば嘘になりますね。ですが、綾小路くんは正真正銘の天才です。今の私では勝てないでしょう。クラスに迷惑をかけるわけにはいきませんから。…それに』
「…?」
『八幡くんと心中するなら、それはそれで悪くないじゃないですか。』
「……やっぱりお前はカッコいいわ。昔も今も。」
Aクラスの面々が騒然とする中、帆波に断りを入れて競技場へ向かう。競技場へ向かう途中で、綾小路と顔を合わせた。こいつにしては珍しく、目を少し見開いて驚いていた、ように見える。
「…まあ、体育祭のあの走りを忘れてなけりゃあ出してくるよなぁ…。」
「…一応聞いておくが、なんでお前がここに居るんだ?」
「ついさっきAクラスになったんだわ。予約移籍ってところか。おかげでポイントはすっからかんよ。飯奢ってくれると嬉しい。」
「…この土壇場でも相変わらずふてぶてしいな、お前。」
軽口を叩きながら一緒に競技場へ向かう。正直、綾小路や高円寺以外なら問題なかったんだけどなぁ…。とにかく自分の仕事を果たす。勝ち目がゼロでない事を祈りつつ。
「…初めてかもしれないな。」
「ん?何が?」
「…いや、何でもない。」
兎にも角にも競技が始まる準備が整った。俺と綾小路はトラックに並び、構えた。そしてピストル音が鳴りスタートした、同時のスタートだったと思う。どちらも短距離走かというくらいのダッシュっぷりである。
「こいつ、マジで速すぎだろ…」と思いながらひたすら走り続ける。これだけは結構自信があったんだが、横をぴったりとくっつくように並走を続けている。天は二物を与えずって言うが、こいつにはいくつも与えたのかって思うくらいやれることが多すぎるわ。その分のマイナスがクソデカかったんだが。
大体半分くらい走り終えたが、互いに全くスピードを落とさない。コイツ、しぶとすぎだろ。もっと人間味出してへばってくれてもいいのよ?といっても流石に少しは息が荒くなってるので疲労が無いわけではなさそうだが。
残りがトラック半周分になったあたりでスパートをかけた。しかし、綾小路も同じ考えだったようで全然突き放せない。久々に勘弁してくれって弱音が浮かびかけたわ。結局最後の直線まで勝負はもつれ込んだ。
多分俺は他の事では一生綾小路には勝てないだろう。綾小路ほどいろんな虐待じみた教育を受けてきたわけでもないから。ただ、まあ。馬鹿みたいに走り続けてきた意味はあったようで。最後の直線でほんの僅か、足一歩分だけ俺の方が早くゴールしていたらしい。そんな事見てる余裕がなかった俺たちは、とりあえず互いにぜーぜー言ってる呼吸を整えた。ここまで消耗したのは初めてだった、3000メートルとか調子こいてたら負けてたかもしれない。
「…ふぅーっ。ああやっと落ち着いた…。お前早すぎるだろ、もっと手加減してくれよ。」
「…ふぅーっ。…俺に勝っておいてよく言う。」
「…友達には何か一つくらい勝っておきたいもんだろう。知らんけど。」
「…まあ、一つくらいは譲ってやってもいいか。」
俺にふてぶてしいって言ったけどこいつも大概だろ。
「ま、いい勝負だった。お疲れ。多分この競技で対決はもうないだろうから勝ち逃げするわ。」
「…ああ、お疲れ。気が向いたらリベンジさせてもらう。」
当分はご遠慮ください。死んでしまいます。
流石に消耗したせいか、ゆっくりとAクラスへ向かう。夜はぐっすり眠れそうだ、なんなら今廊下でそのままぐっすり出来る。寝るわけにはいかんが。っていうか多分明日は足が動かない気がする。休みでよかった。
廊下を進んでいると、耳馴染みのある杖を突く音が聞こえて来た。音の鳴る方を向くと、当然ながら有栖が居た。互いにゆっくりと近づいて対面した。微妙に瞳が潤んでる有栖に、抱き着かれて倒れそうになったが堪えた。足プルプルだから結構ヤバかった。
「………なんとかなったわ。負けたかと思った。」
「ええ、ちゃんと拝見していました。とても格好良かったですよ。…お疲れ様でした。本当にありがとうございました。」
「…当分は綾小路との対戦は遠慮したいわ。」
「ふふっ。ええ、お休みください。それと…」
「…?」
「やはりあなたは最高ですね、八幡くん。惚れ直しちゃいました。」
頬を染めながら満面の笑顔で言われた。有栖の笑顔を見てようやく達成感が出て来た。有栖に土付ける真似をせずに済んでよかったと。心からそう思った。
原作主人公を1章ラスボスにしてしまいましたが、彼は強すぎるので演出ではなく一歩だけが私なりの最大の譲歩でした。