甘やかせと言われた日以来、櫛田に「これからは名前で呼べ」と言われたくらいで大きな問題もなく、7月に入り中間テストでクラスポイントが増えたのでポイントが入るはずだが、全く増えていなかった。有栖たちにメールで聞いたら入ってると返ってきたが、ひよりは入ってきていないそうだった。今のDクラスでも授業態度は改めてるから、クラスポイントが減る原因はほとんどなくなっている。つまりトラブルですね、分かります。
部屋から出たら綾小路が俺の部屋の近くに立っていた。多分確認のためだろう。
「比企谷、お前はポイント入ってきてたか?」
「いや、全く増えてなかったな。ちなみに有栖たちは入って来ていたそうだが、ひよりも入ってなかったらしいぞ。」
「…0ポイント継続か?流石にそろそろ勘弁して欲しいんだが。」
「少なくとも例年のDクラスより貰ってないよな、俺ら。せめて少しでも入ってくれば、漫画の回し読みとかしてもいいんだが。」
5月と6月のDクラスは残ったポイントでやりくりしてたからな。俺は賭けで稼いだポイントをそれっぽく残して、残りは有栖に預かってもらっていた。ポイントの亡者に付き合ってやるほど俺は暇じゃねえし。
「漫画の回し読みか。それはやりたいな。」
「1人で買えば定価だけど2人で出し合えば半額だからな。ただまあ、娯楽に使ってる場合じゃないくらいにはポイント難民なんだが。」
それにしても今度はどんな問題が起こったのか。面倒な事になりそうだと若干辟易しながら教室へ向かった。
クラスポイントは増えていたが、問題が発生したため一時的に支給を止めてるって言われた。そして次の日に赤髪くんこと須藤が言うには、特別棟でCクラスの連中が突っかかってきて殴り掛かってきたから返り討ちにした、正当防衛だと当たり前のように言ってた。赤点の次は暴力事件とは恐れ入る。
情報が少ないので、放課後にCクラスを覗いてみた。3人ほど怪我をしているのを見つけた。赤髪くんと見比べても明らかにこいつらのほうが重傷だ、派手にやったもんだ。溜め息が出るわ。
須藤が本当の事を言っていたとしても過剰防衛として扱われるだろう。カメラの設置されていない特別棟にも問題はあると思います。…いや、監視カメラがある事のほうが異常か。くだらない事を考えてたが、そろそろ目の前の問題をどうにかしなければなるまい。
「ダメです。嫌です。絶対に嫌です。私たちには関係ありません。」
「いや、クラス同士の敵対を無視するのはまずいと思うんだが。」
「知りません。無視しましょう。」
「えぇ…。」
天使が拗ねる所を見たことはありますか?俺は今日見ました。一週間ちょいの間なのだが。ひよりも理解はしてるだろうからこの話だけ済ませるつもりが、抱き着かれて動けなくなった。ひより相手では無理に振り解くわけにもいかんし。Cクラスの連中も見てるだけで何も言ってこねえし。今の状況だと、不良品と仲良くしてんじゃねえくらい言ってくるもんだと思ってたが。龍園もこっち見て笑ってるだけだし。
「ほら、ひより。無理な願いじゃなけりゃ頼み事を一つ聞いてやるから。」
「…なんでもですか?」
「いや、限度あるけども。」
「………なんでもじゃなきゃ、嫌です。」
「………分かったよ、なんでもだ。」
降参の意を示して、ようやくひよりは離れてくれた。欲しいものが手に入ったみたいなニコニコ顔だった。俺がそういうのに弱い事を熟知されてるな。ため息をつきつつ、味を占められてもいけないので忠告をした。
「今回は折れるけど、次はダメだからな?」
「はい、分かりました!」
返事は立派だなーと思いつつ、多分次回も許してしまうんだろうなという予感を抱えながら荷物を取りにDクラスへ戻る。戻ったら戻ったでクラスの雰囲気は最悪なのだが。いつも通り平田が宥めて、どうにか静かにはなっていた。相変わらずのリーダーシップである。もう一人のまとめ役はと言うと、
「八幡くん、どこに行ってたのかな?」
「…Cクラスに行って、須藤に殴られた奴らを見に行ってた。」
桔梗が少し圧のあるニコニコ笑顔で聞いてきたので正直に答えた。顔をぐいっと近くまで寄せてきて上目遣いでこっちを見てきている。
「それにしては遅かったねー?何してたのかな?」
「近い近い、少し離れろ。アレだ、ひよりにこの問題が終わるまでは会わない方がいいって言ってきた。」
「ふぅーん、それで抱き着かれてたんだー。」
バッチリ見られてるじゃねえか。もう少し背中に目をつけるべきか…?出来る筈もない事を考えながら、教室に居ない須藤について聞いてみた。
「まあ、とりあえず俺の事はどうでもいいだろう。須藤は?」
「怒って帰っちゃったよ。居心地も悪そうだったからね。」
怒って帰っちゃったかぁ。あいつの好きなバスケで表現するなら「まるで成長していない…」という言葉が死ぬほど似合うな。人生から退学するよりはマシだろうけど。この時点で俺はまともに動く気がほとんど無くなった。堀北がどうにかしようと動くだろうから、それに任せる。だが、何もやらないってのもアレなので1つだけ力になる事にした。
「綾小路、桔梗。少し付いてきてもらっていいか?」
「神様仏様有栖様、20万ポイント貸してください。」
「………第一声がそれですか、八幡くん。」
誠意とは金、つまりポイントである。預けていたポイントを渡してもらい、それを綾小路と桔梗に渡して活動資金にさせる。こうすれば俺は身銭を切ってクラスに貢献したと言えるだろう。はたから見たら好かれてる女の子に金をせびるヒモクズだが、須藤のために動く気が起きないから仕方ない。
「はいどうぞ、とこのまま渡してもいいんですが…1つ条件があります。」
「えっ、条件?」
「はい。…ひよりさんと同じお願いですよ。私たち3人にもお願いしますね。」
どうやら有栖たちにも見られていたようだ。絶対に逃さないという目で有栖たちがこちらを見ている。やだ、対価の切り売りが過ぎない…?しかし条件を吞むしかないのも事実。それくらいには今の俺にはやる気がないし、外面から見ればポイントを借りてる立場なので。
「…こっちからも一つ条件を追加してもいいか?」
「なんでしょうか?」
「今回の問題にAクラスが首を突っ込むのを禁止にしたい。特に帆波。」
「えっ、ダメなの?」
「ダメだ。」
放っておくと、帆波は手伝いを申し出ていただろう。だが、迂闊な行動は自分のクラスにダメージが行くのだから止めさせる。それに、帆波が助けてやるほど今の須藤に価値は無い。まあ、要は俺の我儘だが。
「正直言って俺自身、須藤を助けようって気がほとんどないからな。綾小路と桔梗に、活動資金としてポイント渡して後は見守るつもりだ。」
「…桔梗ちゃん、そうなの?」
「今初めて聞いたね。八幡くん、どうしてかな?」
「奴もこの学校に入って3か月だ、ついカッとなってやったが通用しない事くらい分かっているだろう。ちゃんと自分の責任くらい取れるだろうよ。」
嫌味10割で言った。そもそも須藤は今、自分がどんな状況に置かれているのかすら完全に理解していないのだろう。何せ奴は、一度もクラスメイトに頭を下げていないのだから。変に助けて蟠りが残るくらいならきっちり責任を取って貰う方がいい。退学なら退学で、どれくらいのダメージを受けるのか分かるから無駄も無い。
「それに、ひよりとの関係を考えると俺は迂闊に動けないし。身銭切って後は大人しくするくらいでちょうどいいだろう。」
「ああ、変に勘繰られちゃっても大変だからねー。」
「そういうことだ。…とりあえず、ポイントの件はこれでいいか?」
「いいですよ。八幡くんに送っておきますので、後はお任せしますね。」
「比企谷、俺は堀北にこき使われるのにお前だけ動かないのはずるいぞ。」
「そうだね。理由も分かるしポイントも工面してくれるのはありがたいけど、手伝えないのは八幡くんの都合じゃないかな?」
「えぇ…。俺にこれ以上何をしろと?」
大っぴらにやるわけにもいかんので綾小路の部屋でポイントを渡したが、その直後に綾小路と桔梗に駄々を捏ねるように言われた。君たち仲良いね、そんな素振り一切見せてこなかったのに。理がないわけでもないのがまたいやらしい。どうしたもんかと思ってたら綾小路から提案された。
「…比企谷、賭けをしないか?」
「賭け?何を賭けるんだ?」
「俺たちが須藤を無罪放免にしたら、櫛田と俺の頼み事を一つずつ聞いてもらうのはどうだろうか?」
「いいねーそれ!八幡くん、どうかな?」
お前らもかよ。しかも2人とも乗り気でいらっしゃる。桔梗は綾小路が見えない位置から「分かってんだろうな?」って目で圧をかけてくるし。しばらく黙っていたが、観念して聞き入れる事にした。
「…本当に無理な頼み事はやめてくれよ?」
「んー、八幡くん次第かな?」
「そうだな、比企谷ならほとんどの事が出来るだろうしな。」
綾小路は俺の評価が高すぎる。こいつの中で俺はどんなバケモンなんだよ。
「…んで、勝算はあるのか?」
「ああ、堀北を上手い具合に誘導する。あいつが一番須藤を手懐けてるからな。」
すでにゴールが見えてる時点でこいつも大概だと思う。堀北の名前で表情筋が少し動いたあたり、桔梗の堀北アレルギー克服は遠いようだ。「堀北に実績積ませるなよこの陰キャが!」っていう綾小路に対する心の声が聞こえるわ。
「まあ、ポイントは返さんでもいいからきっちり仕事してくれ。それなりに必要になるだろうからな。」
「分かった、堀北が足りない分を補う形で出すとしよう。」
悪魔かこいつ。堀北は綾小路のポッケナイナイの犠牲になるんやろなぁ。桔梗の「やるやんけ陰キャ」っていう心の声が聞こえる。ちょっと口角が上がったのが見えたぞ。仮面緩くなってないか?別にいいけども。
「ついでに言っておくが、須藤が退学になっても別にポイントは返さなくてもいいぞ。」
「えっ、いいの?10万ポイントだよ?」
「まだ残高には余裕があったはずだからいいわ。」
「…?どういうこと?」
「年会費無料の有栖銀行に必要な分以外のポイントを預けてるだけだ。ポイント難民に亡者の如くたかられるのも馬鹿みてえな話だし。」
桔梗は驚きつつも納得はしているようだった。現に女子の間ではタカリはあったわけだし。その為の有栖銀行です。有栖にはそれを逆手に取られてなんか結果的に貸し1みたいになったけど。
「…だからポイントがあってもそうそう使えないわけか。」
「ヒモクズ呼ばわりかポイントをタカリに来た奴の対応を強いられるかだったら前者のほうがまだマシだろ。」
「どっちもどっちだと思うが、煩わしさを考えるならそうなるか。」
「怖いぞぉ、そういう人種は。仮に根負けして1人に貸したら、全員がむしり取るようにポイントを借りようとしてくるからな。気づいたら手元には残らず、返せるかも怪しい奴らに全部持ってかれたってなってもおかしくはないし。」
俺の親父も、そういう理由から金の貸し借りだけは極力するなと言っていた。それを伝えただけだが、どこか世間知らずな綾小路がちょっぴり青くなってるように見える。桔梗は中学時代の勝手なクラスメイトを思い出したからか笑顔が引き攣ってる。余計な事を言ったかもしれない。
「だからまあ、しばらくの間は大人しくしてるつもりだ。1か月でポイントを全て溶かす連中を信用出来るわけねえし。」
「八幡くんもその一員なんだけどね。」
「言うなよ、悲しくなる。」
3人ともその事実にちょっと暗くなる。とりあえずやるべき事はやったのでお開きにした。後は綾小路たちの働きに完全に任せた。
審議の結果から言うと、再審議にまで持ち込んで逆転無罪を達成したそうだ。予め特別棟にカメラを仕込んでから、桔梗に件の3人を呼ばせた。「本当は特別棟にはカメラがある」と誤認させて訴えを撤回させたと綾小路から聞いた。一応俺も考えはしたからポイントを渡したが、「本当に成功するんだ…」と言ったらCクラスの連中はコロッと騙されてたぞと綾小路に言われた。まあ、成功は成功なので綾小路と桔梗の頼み事を聞く義務が発生したようだ。
ちなみに、頼み事を聞く必要のある相手で一番最初にその権利を行使したのは綾小路である。
このイベントは基本的に原作通りに進行してます。違う点は多分、逆転無罪を勝ち取って権利を得た綾小路君と桔梗ちゃんがこっそりガッツポーズを取ったくらいでしょうか。