3日目はひよりを見送ったくらいで特に問題も無く過ごせたが、4日目に今日も小屋で寝ようと夜の点呼が終わってから小屋に移動した。小屋に入る直前で後ろから声が聞こえたので、振り向いたら真澄だった。目が合った瞬間にこっちに駆け寄ってきてタックルのように抱き着かれた。
「…お兄ちゃん、会いたかった。」
「…中々会わなかったからな。俺が釣りばかりしてるせいかもしれんが。」
実は、5人の中で一番甘やかしてるのは真澄だったりする。Aクラスに会いに行った時に「あのクールな神室さんが…」と誰かが言ってたが、あんまりこの子にそういうイメージが俺には無い。出会った当初はそうだったかもしれんが、割とすぐに懐いてくれたし。
しかしまあ、外ではここまでの甘え具合は見た事がない。再会してからは部屋に遊びに来たり、メールで会話など繋がりが途切れていなかったが、それすら出来ない無人島生活の影響なのだろう。なんかいつもより緩んだ笑顔になってるし。「可愛いな、こやつ」と思いながら頭を撫でたが、真澄も嬉しがっている。
「でも俺が言うのもアレだが、なんでこんなとこに居たんだ?」
「…テントで女子が恋バナ始めてて、ちょっと騒がしかったから落ち着くまで静かな場所で休もうとしてた。お兄ちゃんこそなんでここに?」
「4日目なのに元気だな…。こっちは疲労困憊な奴が結構居るせいか、テントだといびきがうるさいんでな。こっそり小屋で寝ようかと。」
全員疲れてるから仕方無いが、うるさい事には変わりがない。同じくテントで寝ていない高円寺はどうしてるのかと聞いたが、人気の無い洞窟の中で寝ているとか。ベットにしては硬いが、一番自然を感じられて良いと言っていた。すげえな、あいつ。
「………私もお兄ちゃんと一緒に小屋で寝たい。」
「いやいやいや、一応試験中だから。リーダー当てがある以上、他のクラスの奴との密会だと取られたらまずいだろ。」
「…バレなきゃ問題ないし、お兄ちゃんと一緒に居る事以上に大事な事なんてないわよ?」
真澄が普段以上のデレを見せてくる。俺から全然離れようとしないし。しかし、流石にAクラスの連中からみれば面白い事でもないだろう。さてどうしたものかと思ったが、真澄から提案された。
「…ちゃんと知らせて許されたなら、一緒に寝てもいいのよね?」
「………許可が取れたならな。」
本当はそれも駄目と言おうと思ったが、真澄のもっと一緒に居たいと言わんばかりの目に負けた。最近の俺は勝てない事が増え続けている気がする。とりあえず真澄がAクラスに戻っていくのを見送った。まあ、流石に許可は下りないだろう。
「許可、取れたわよ。八幡なら良いって。」
「えへへ、よろしくね?」
小屋の前で空を眺めながらぼーっと待ってたら、戻ってきて嬉しそうに報告された。なんで許可が取れたんですかね?しかももう1人増えてるし。しかし、帆波に帰れとも言えそうにない。スッゲェ嬉しそうだもん。
「いやいやいやいや、誰に許可貰ったんだ?普通出さんだろう。」
「多数決を取って、賛成の方が多かったから許されたよ。」
「篭絡してこいって言われたわ。」
「君らのクラス大丈夫?」
こんな場所でそういう事を決めるほど頭ゆだってねえぞ。それにしても、新学期からは仲間だからいいけど今は敵だぞ。リーダー当てのリスクも考えると完全にアウトだろうに、大分余裕があるな。あるいは俺が試されてるのだろう、リーダーを聞き出して舞い上がるアホなのかどうかを。
「…AクラスはAクラスで対策済みって事か。仮にここで俺が聞き出しても、ギリギリでリーダーをリタイアさせて新しいリーダーを据え置くんだろうな。」
そう言ってみると、2人とも努めて隠そうとしていたけど一瞬表情が揺らいだ。どうやら正解らしい。
「昨日どう見ても元気なひよりを見送った時点で、実際にそうでなくても正当な理由でさえあればリタイア可能だと明確になったからな。リーダーを当てられるリスクを考えるなら30ポイントのペナルティは安いだろう。…そういえばAクラスはCクラスの奴を保護してるか?」
「…ううん、Cクラスの人は初日にうちのクラスに来た龍園くん以外は一度も来てないよ。」
「龍園かぁ…。なんか取引でも持ち掛けられたか?」
「葛城が契約しようとして、帆波が拒否してたわね。やるなら葛城と取り巻きだけの契約にしろって。」
「俺も契約しなくて正解だと思うが、どうしてしなかったんだ?」
「私じゃ龍園くんとの騙しあいには勝てないからね。どんな抜け道があるか分からないから、どれだけ良い契約でも絶対に拒否する事にしたんだ。」
龍園、やっぱり暗躍してた。そして帆波は護身開眼してた。っていうか、もうすでに化け始めてる気がする。逃げるという選択を取るのは意外と難しいし。しかしAと契約しなかったとなると…Bクラスと契約出来たのか。この無人島であいつが一番働いてるんじゃねえか?
「八幡、外で立ち話し続けるのも疲れるし小屋に入らない?」
「…それもそうだな。」
「凄い寝やすいってわけじゃないけど、静かで寝やすいね。」
「そうね、テントよりも窮屈しないで寝られそう。…最終日までここで寝ようかしら。」
「いいねー、そうしよっか!」
帆波と真澄に挟まれながら寝転がっている。俺でも流石に緊張してるんだが、この子たち無防備すぎないか?
「あー、一応俺も男なんだが…。」
「襲ってくれるの?」
「…いつでも襲ってもいいわよ?」
「いや、襲わんわ。普通に駄目だろ。」
あらやだ大胆。さらに理性を削られる気がするのでその物言いはやめてほしい。心がざわつくくらいには、出会った時よりも皆が綺麗になったと感じているのだ。だがぴっとりとくっつかれっぱなしで、離れる気はないらしい。
「試験が始まってから会えなかったからね、私たちも八幡くんに癒されたいなーって思ってたよ。八幡くんはどんな感じだったの?」
「…釣りして桔梗に魚を捌き方を教わってからは、そればっかやってたな。それだけは身に付いた自信があるわ。」
「魚………そんなに釣れたの?」
「この試験が終わったら別の物が食いたい。刺身は美味しかったが。2日目からは自分で釣りするって言うよりは桔梗たちのサポートをしてたが。」
傷んだらまずいので、作ったそばから消えていくわんこそばみたいなスタイルだったが。無人島試験は板前試験だった…?バカンスとは到底かけ離れた状況にちょっと戦慄してたら、横からかかる力が強くなった。両側とも。
「…八幡くん、とっても美味しそうなもの食べてたんだね。食べ物の恨みは恐ろしいんだよ?」
「恨みて。逆恨みでは?そこまでの事か?」
「そこまでの事よ。そうそう釣れるわけじゃないから。なんでポイントも使わずに、そんなに贅沢出来てるのよ。」
どうやら盛大に逆鱗に触れたようだ。今までで一番の怒りを買ってる気がする。いつもより声が低いもん。だが、確かに俺でもイラっとするだろうな。
「八幡くん。」
「あっはい。」
「私たちも、明日から一緒に釣りに参加させてもらうからね?」
有無を言わさぬ迫力がそこにはあった。というか終了まで参加つもりなのね。まぁ魚くらいいいかと、明日と明後日の朝に小屋の前で待つと約束した。この後は少しばかり話をして、帆波がうとうとしてたのでそのまま寝た。
翌日の点呼前に拠点へ戻ったが、何故か女子が全員起きていて物々しい雰囲気を出している。篠原が怒りの表情でこっちに近寄ってきた。
「……比企谷くん、どこに行ってたの?」
「小屋で寝てた。テントは煩いからな。…んで、何かあったのか?」
「軽井沢さんの下着が無くなってたの。男子の誰かが盗んでる。」
「………とりあえず緊急事態だし、茶柱先生か星之宮先生を呼べ。話はそれからだ。」
俺の言葉に女子たちは怪訝そうな顔を浮かべている。男子も何人か起きてきたが、何事かとこっちの様子を伺ってきている。
「なんで呼ぶ必要があるの?」
「…逃げ場のない無人島で、しかも新学期からのポイントのかかった試験中に下着泥棒をするような奴は居ないだろう。即バレるからな。」
「でも、実際に無くなってるのよ!」
「だから徹底的に調べるために先生を呼んでもらいたい。軽井沢の下着に、軽井沢以外の指紋がついてないかを確認するために。」
「指紋がつかないように盗んだかもしれないじゃない。」
というか試験中にそこまでのスニーキングで下着泥棒できる奴は相当ヤバい奴だろ。男子目線ですらきっちり裁いてほしいわ、怖すぎる。結局女子たちを納得させることは出来ず、持ち物検査をするハメになった。予想通り男子の、というか池の鞄に仕込まれていて綾小路が下着を押し付けられていたが、平田の執り成しで冷戦に留まった。綾小路からどうしようって目で見られたが、俺にはもうどうする事も出来なかったので平田への尊敬の念が深まった瞬間でもある。裏切る事になるけど。
「…とまあこんな感じでDクラスは無事ガタガタになったぞ。男女でスペースを区切ってるくらいだからな。桔梗に最終日までは別行動取った方がいいって言ったら胸倉掴まれたけど。」
約束通り真澄たちと一緒に釣りをしながら、今朝にあった事を話した。
「理由は分からなくもないけど、それは八幡が悪いわよ。私が同じ事言われたら絶対に離れないし。」
「はっきりと割り切れる事は良いと思うけど、寂しい事には変わりがないからねー。…やっぱり、Cクラスの子の仕業なのかな?」
「間違いなくそうだろうな。そもそもの前提として、女子にバレずにテントに忍び込んで下着を盗める男子が、Dクラスには多分3人くらいしかいないだろうしな。しかも全員やるような奴じゃねえ上に一番効果的な奴から盗んでるし。」
電気も無しに、カーストトップの軽井沢の下着を狙い撃ちにしているのである。盗むだけなら綾小路や高円寺あたりなら可能そうだが、流石に暗闇の中で狙った獲物をつかみ取るのは不可能だろう。
「…そんな真似が出来る奴って誰なの?」
「やろうと思えばできる奴の1人は俺。後の2人は要らぬ疑いをかける訳にもいかんので言えんが。」
俺の場合、特定の人物に頼めばパンツを貰えそうっていう別の問題があるがそれは流石に言えない。本当に渡された場合、死ぬほど困るのは俺だし。
「…八幡は確かに出来そうだけど、絶対にやらないわね。」
「そうだね。見えそうなときにこっそりチラチラ見てるくらいだもんね。」
「…すいません、出来心だったんです。」
思わず敬語で謝った。本能の行動がきっちりバレてる。俺も別に枯れてるわけでもないのだ、どうしても目が行ってしまう時がある。咎められるかなって思ってたらなんか機嫌がよさそうだった。
「ふふふっ、八幡くんなら別に気にしてないよ。」
「ちょっと枯れてるか心配だったくらいだからね。優しいけどそういう事をしてくる雰囲気が微塵もなかったし。」
「…おっと。魚掛かってるぞ、帆波。」
「あっ、本当だ。すごく引いてる、大きい魚かも…。」
「ダメそうなら言ってくれ、代わるから。」
なんか話が変な方向に行ってたので釣りに意識を持っていかせた。互いのバケツが一杯になるまで釣れて、流石に重いのでクラスの拠点近くまで運んでやった。その際に葛城に「明日も頼む」と言われた。葛城ですら「魚>他クラス」になった瞬間である。
この後は拠点に戻り、空気の悪い中黙々と魚を捌き続けて今日の仕事は終わった。無駄な期待だろうが、明日にはもう少し空気が良くなっていてほしい。
明確に有効な作戦を考えられる綾小路が居る時点で八幡君は試験攻略に動く気はそんなに無いです。後、魚釣れ過ぎて食糧調達と調理から外れないでくれと言われています、何気に味を占めた綾小路君に。