皆でプールに行くと綾小路と佐倉にバッタリ会った。そういえば佐倉のトラブルを解決してから、佐倉は綾小路の方をチラチラ見てたな。それはそれとして、話したらまずい事が口から出てしまうかもしれないので、綾小路を少し借りて噂について話した。
「…という事で綾小路よ。早急に彼女を作ってくれ、全力で。」
「…そう簡単に出来たら誰も苦労はしない。だが、確かに対処する必要はありそうだ。」
占い師の婆さんが「本気を出せば彼女くらい容易に出来る」って言ってたので無茶振りした。佐倉には悪いが「誰でもいい、こいつを貰ってやってくれ」と、ちょっと思うくらいにはとっとと終わってほしい噂なので。
「どうやらAクラスは運動が苦手な奴らが多いらしい。だからそっち方面で全力を出すほうがいいだろう。足が速いとモテるらしいし。」
「…そうなのか?」
「信憑性はあまり無いですね。ですが、出来ない人より出来る人の方がまず選ばれるのは事実かと。『何も出来ないくせに理想ばかり高い人はまず無い』と仰る方も居ますし。」
俺の腕に抱き着いてる有栖の辛口な一言である。ちなみに、俺は俺自身が気に入った子かつ好きになってくれる子がタイプになるので、何が出来るかとかはそこまで気にした事は無い。自分が出来る事を精一杯頑張ってるならそれで充分だし。
「それと、よく考えたらお前は影に徹してたのもあって少し侮られそうだなって。何かしら一目置かれるくらいのほうが悪目立ちしないだろう。どっちにしろ目立っちまうなら、コバンザメとしてではなく期待の新戦力として見られるほうが良いだろう。」
「なるほど、一理あるな。」
「それ以上に同性愛者疑惑をどうにかしたいから、何が何でも本気を出して貰うぞ。」
「………もう少しマシな理由が良かったんだが。」
綾小路にも責任がある問題なので理由についての文句は聞かん。兎にも角にも2学期から綾小路は運動面で本気を出す事になった。それはそれとして、ずっと気になっていた事を聞く事にした。
「…ところで、なんでこんなクソ暑い中あの3人は打ちひしがれているんだ?」
「山内があっちの石に躓いて堪えようとしたんだが、よろけたのを立て直そうとたたらを踏んで、もう少しで立て直せるって所でそこの石を踏んでバランスを崩して、荷物にバックドロップする形で盛大に転んでた。妙に鈍い音を出してたから、中の荷物が壊れたのかもしれないな。」
「何そのピラゴラスイッチみたいな挙動、ちょっと見たかった。…しかしまあ、なんでこんなところに石が?」
「さあ、誰かの悪戯じゃないか?」
多分ポイントが入ったから思い出作りにビデオカメラなりを持ち歩いてたのだろう、ご愁傷様である。
少しばかりの立ち話ではあったが、腕を引っ張られる感触があった。いい加減プールに行こうって事らしい。だんまりだけど腕に抱き着いている真澄の目がそう語っている気がする。
「…んじゃまあ、俺らは行くわ。多分プールで浮かんでたりするだろうから会ったらよろしく。」
「ああ、また。」
魂が抜けてそうなくらい打ちひしがれてる3人を尻目に更衣室へ向かった。それはそうと、頼んだのは俺だけど更衣室ギリギリまで腕にしがみ付いてなくてもいいのよ?出てきた男子生徒がちょっとギョッと見てたぞ。
先に着替え終わって邪魔にならない所で待っている。そういえばこういうレジャー系のプールは大分久しぶりだな。夏の暑い中走ってられん時も多かったから、普通のプールではそれなりに泳ぎ続けたのだが。
ぼんやりと周りを見回してると、覚えのある声が聞こえてきたので顔を向けると、案の定着替え終わって出てきた5人だった。有栖とひよりはワンピースタイプ、帆波と真澄と桔梗はビキニタイプの水着だった、全員よく似合っている。
「おまたせー………八幡くんって着痩せするタイプだよね。引き締まってるっていうか、無駄なお肉が無いっていうか…腹筋も割れてるし。」
「受験勉強で衰えてるって言われてましたけど…凄く逞しいですね。胸板も厚いですし。」
そう言いながら帆波とひよりがペタペタと触ってきた。流石に恥ずかしいし、ちょっと変な気分になるから止めてほしいんだが。周りの視線もちょっと痛いし。
真澄も背中をペタペタ触りながら聞いてきた。
「そういえば八幡って泳ぎは得意なの?船のプールで泳いでたって言ってたけど。」
「…クラスで3番目だな。それなりに速いはずだ。」
地味に悔しかった記憶に苦笑いが零れる。そこそこ自信があったんだが、上には上が居ると思い知らされたので。
「綾小路くんと高円寺くんは本当に速かったね。八幡くんたちが泳いでる時、皆が有り得ないものを見る目をしてたのをよく覚えてるよ。堀北さんですら目を見開いて驚いてたし。」
「…化け物のように見られてたのか。あの2人はともかく、俺は除外してもらいたいもんだが。」
「無理じゃないかな?皆から見る八幡くんって、出来ない事が無いって印象だよ。」
「今はまだ本気出してないだけ」な2人と違って、俺はいつも全力なのだが。まあ、今はそれはいいか。
「ところで無駄に豪華なプールだが、何して遊ぶ予定なんだ?漂ってればいいのか?」
「それも悪くは無いですが、準備を済ませてからアレをやってみませんか?」
有栖が指さした方向を見ると、結構な長さのウォータースライダーがあった。小学生の頃珍しく親が休みで連れてって貰った時以来だ、懐かしい。小町がとても気に入って、一緒に何度も並び直して滑り続けた思い出が蘇る。
「2人で滑る事も出来るようなので、私も楽しめそうですし。」
「なるほどな、良いと思うぞ。昔妹と一緒に滑った以来だから、ちょっと楽しみになってきたし。」
「…真澄ちゃんと一緒に?」
「私じゃないわ、八幡には小町って名前の妹が居るからその子ね。…残念だけど、私は夏が来る前に引っ越しちゃったし。」
…当時を思い返すと大分懐かれてた自覚はあるけど、流石に付き合っても無い時の真澄と2人でウォータースライダーを滑るのは俺でも勇気が要るぞ。当時は今ほど精神的に落ち着いてなかった気もするから、多分小町と一緒にやらせてたと思う。
「問題はなさそうですし、誰から八幡くんと滑るかを決めながら行きましょうか。」
あ、俺は5回滑るのね…。
スライダーへ行く前に日差しが強いので日焼け止めを塗らなきゃという話があり、全員から塗ってくれと言われた。「彼女とはいえ、ええんか…」と聞いたけど今更だと言われたので、観念して塗りにくい箇所に塗ってやった。
「八幡くん、ありがとうございます。でも、なんだか塗り慣れてる気がしたのですが…。誰かにやってあげた事があるのでしょうか?」
「……夜の応用でやってみた。とりあえず上手い事やれたならよかった。」
「そ、そうですか…。」
ちょっと顔の赤いひよりに聞かれたので馬鹿正直に答えたが、さらに顔が赤くなった。ちょっとからかいが過ぎたか。頭を撫でて詫びを入れつつ、時間ももったいないので皆の背中にどんどん塗り進めていった。ひよりとやった時同様に無心で。なんか全員顔を赤くしていてどうしたのかなと思っていたが、最後にやった帆波が顔を真っ赤にしながら頬を引っ張ってきた。
「…八幡くんの顔を見て無意識だって分かるけど、触り方がちょっといやらしかったかにゃっ。………良かったけど。」
「………悪い。」
各々うなずいてるのでそういう事だったらしい。やり方が分からないからって夜の技術で応用するのはまずかったようだ。なお、来年は来年でこの塗り方を所望されるのだが。ともかく塗り終わったので、準備運動を済ませてからスライダーへ向かった。
有栖と一緒に滑る前は微笑ましい顔で見送られて、帆波と一緒に滑る前はぎょっとした目で見られた。真澄と一緒に滑る前は女の敵を見るような目になり、ひよりと一緒に滑る前は信じられないものを見る目で見送られた。だがもう1回変顔をしてもらう必要がある。
一緒にウォータースライダーへ移動していると、桔梗が今までで一番と言えるくらい穏やかな顔をしている。どうしたんかなと思ったら桔梗が口を開いた。
「…入学した時はこうなるなんて想像もしてなかったなぁ。今度こそ上手くやってみせるって意気込んで、私の過去を知ってそうな堀北さんを見て絶対に退学に追い込んでやるって決意したり…。」
「…そういえば俺も胸倉を掴まれたな。」
「あの時はどうやって八幡くんを黙らせるか悩んでたのもあったからねっ。…しかもあっさり私の弱みを当ててくるんだもん、初めて誰かを怖いって思ったよ。ねえ、どうして分かったのかな?」
「…今なら言ってもいいか。俺も学級崩壊させた事があるんだよ。」
桔梗は俺の言葉に滅茶苦茶驚いている。そして納得した顔になった。
「…そっか、だから八幡くんもDクラスだったんだね。」
「どっちかというと堀北に近い理由かもしれんけどな。中三の頃の俺は、ひよりと出会うまでは人当たりが悪かったし。…まあ話を戻すが、俺はどっちかと言えば足代わりに過ぎなかった。いじめに遭ってた奴が杖を壊されて動けなくなってた所に声を掛けてな。」
「それってもしかして…」
「ああ、有栖だ。この学校で再会した時は落ち着いた雰囲気に驚いた、当時はお転婆だったからな。」
当時のあやつは「ほら、行きますよ比企谷くん。早くかがんでください」と催促するくらいには、おんぶされる事を気に入っていた。今なら重くないだろうが、当時はそんなに力の無いガキだったから苦労した。思った以上に邪気の無い笑顔で言うもんだから言いなりだったが。
「そんでまあ2週間くらいだったけど、一緒にチェスをしたり、校内に仕掛けてあったカメラを回収していじめの証拠を集めた。…まあ、俺にとっては楽しい思い出だったな。学級崩壊どころか学校崩壊までしかけたけど。」
「………有栖ちゃん、いいなぁ。私にはそこまでしてくれる人が居なかったから…。4人に嫉妬した時もあったよ。…でもね、八幡くんが私に優しくしてくれたおかげで、生まれて初めて満たされた気がしたよ。…そのせいで置いて行かれると思った時にちょっと暴走しちゃったけど。」
「あれは確かに驚いたな。あそこまで言われるほど好かれてるとは思わなかったし。」
「皆が言ってた事が良く分かったよ。そういう所だよ、八幡くん。…誘ってくれたから許してあげるけど。」
拗ねたような顔をしながら言われた。好意の有無はなんとなくわかるが、どこまで好かれてるかは多分言われない限り絶対に分かりそうにない。話しているうちに俺たちの番が回ってきた。スタッフさんの目は「誰が本命なんだろう」という感じになっていた。視線からちょっと好奇心を感じるし。
スライダーの後は全員で流れるプールを楽しんだり、途中でバッタリ会った綾小路とまた対決をしてリベンジが成らなくて悔しがったりと、俺なりにプールを満喫出来たと思う。新学期への英気を養えるくらいには。
いつも通り次回はまだ白紙です。何人か絶望しそうですが。