特に大きな問題が起こる事も無く、体育祭一週間前になった。9月の頭と比べてクラスの奴らも動きは良くなっている。だが、他のクラスも同じではあるので結局は出たとこ勝負になるだろう。「参加表の内容が他のクラスにバレないように」くらいしか意見言ってないし。
後はもう体育祭で龍園に気を付けるくらいだろうから、個人的な問題を消化する。
「そういえばAクラスはクラス全体で打ち上げとか、そういうのをやったりするのか?Dクラスは個々ではともかく、全体では無かったけど。」
「やってもよろしいのですが、皆さんの都合もありますからねえ。以前、帆波さんと葛城くんに尋ね回って頂いたのですが、賛成と反対の割合は半々でした。」
「半々か……なら打ち上げ用のポイントでも配って、それぞれ楽しんでもらう方がいいか。」
有栖に学生証を出して貰い、86万ポイントを送る。1人あたり2万ポイントあれば打ち上げには十分だろう。むしろ多いはずだ。
「手間かもしれんが、体育祭が終わってから皆に2万ずつ送金してやってくれ。有栖から労いの言葉と一緒に渡される方がスマートだろう。」
「自分以外には大盤振る舞いですねえ。八幡くんと一か月ほど一緒に生活をしましたが、貴方は自分の為にあまりポイントを使いませんでしたし。」
「一応食事のグレードを上げるとか、本を買うくらいはしてるから使ってるんだけどな。…元々金遣いが荒い訳でもないし、毎月の支給額が多くなったのもあってこういう時に消費しないと全然ポイント減らないんだよな、大金があるとバレたらタカられるって俺の親父も言ってたから、分不相応なポイントが減ってくれると期待してたんだが。彼女が相手なら、全部タカられてもいいかなって納得してたし。」
ちなみに求められたのは金ではなく行動が10割だった。頭を撫でろとかキスしろとか抱き締めろとか、そんな感じのお願いである。
「警戒心があるのか無いのかよく分かりませんねえ。ああ、私も皆さんも遠慮をしている訳ではないですよ。以前よりも良い環境で暮らせていますし、必要な物も不足無く八幡くんに買って頂いてますからね。そこまで支払ってもらったら、後は自分たちのポイントで十分足りますし。」
「……お金を無駄遣いするのも才能が必要かもしれないって知れたのは学びかもな。」
「ふふっ、そうかもしれませんね。尤も、全く要らない才能ですが。」
5月の頭にゲーム機を売って生活費を得ようとしていた山内や、缶ジュースすら買えなくなっていたを本堂を思い出す。あれも才能なんだな、全く尊敬は出来ないが。とりあえず有栖への頼み事は終えつつ、数年前よりマシになったが、劣勢から覆せないままの盤面へと意識を向けた。綾小路はよくこやつに勝てるな…。
それから怪我も無く、万全の状態で体育祭当日になった。俺以上の奴が居ないとも限らんので少し心配していたが、100メートル走で危なげなかったあたり単純な勝敗に関しては杞憂のようだ。相も変わらず睨まれてる現状はそんなに変わっちゃいないが。
クラスメイトの一喜一憂を横に他のクラスの様子を遠目で眺めているが、インテリヤクザさんは相変わらずニヤニヤしてるしDクラスは須藤が大層張り切っている。Bクラスは運動が苦手な奴が少ないのか、士気も低くない様子である。
こういうイベントで一番無茶苦茶するのは龍園だし、ひよりを奪っていった報復があるかもしれないので注視しているが、どうやら俺の方に矢印はあまり向いていないらしい。須藤みたくDクラスで速い奴には遅い奴、ちょっと速い奴にはより速い奴をあまりにも正確にぶつけている。どうやって手に入れたのかは知らんが、Dクラスの参加表の内容はモロバレっぽいな。
「桔梗、まず無いと分かってる上で聞くけどDクラスの参加表をCクラスに渡したりはしていないよな?」
「…やれなくはなかったかもしれないけど、今回は動いてないよ。…なんで私にそんな事聞くのかな?」
「だってお前、堀北大嫌いウーマンだし。」
「八幡くん、私にもやるべき時じゃないっていう分別はあるよ?失礼じゃないかなっ?」
「そうだよ八幡くん、桔梗ちゃんはそんな迂闊な事はしないよ。やるなら堀北さんがもっと大きなダメージを受けそうな時にやるよ。」
隣に座っている桔梗に頬を摘ままれながら、反対側に座っている帆波に諫められた。というかさらっと以前の帆波からは絶対出てこない言葉が聞こえてきたんだが。
「………帆波、お前さんも堀北の事嫌いなのか?」
「ううん、別にそういうわけじゃないよー。ちょっと考え方が変わっただけだよ?」
「…後学のために、その考え方を聞かせて貰ってもいいか?」
「ふふっ、そんなに大した事じゃないよ。八幡くんに『甘い』って言われてからさ、私なりに考えた後に有栖ちゃんに相談してみたんだよ。『貴女の甘さは時として武器になるでしょうが、常に切っていてはなまくらになりますよ』って言われたよ。」
納得出来る意見だが、昔の有栖の口からはまるで出る気がしないアドバイスだな。勉強になるし、俺も価値観をアップデートする必要がある。
「そう言われてから、クラスの皆が必死にAクラスで卒業する事を考えてるのに誰彼構わず優しく接するのも違うなって思う様になって…。だから私なりに出した結論が、優しくするなら完全に決着がついてからか、本当に弱ってる時くらいかなって。差し伸べた手に噛まれるって事も有り得ない話じゃないから、見極めも必要だけどね。」
「驚くほどタフになったなぁ。…そういう考え方が出来る奴と長い事戦わされる所だったのかって戦慄してるわ。」
「…八幡くんがAクラスに来るって言ったから、決心したんだよ?情けない姿を見せられないから。」
上目遣いで「褒めて褒めて」という目をしている。その要望通りかは分からないが、帆波の頭をゆっくりと撫でる。普段は「八幡くんより私の方が誕生日が先だから、私が姉!」みたいな雰囲気があるが、甘えてくる時は妹みたいになる時がそこそこある。多分、真澄の影響だろうなぁ…。羨ましかったのか、桔梗が顔を真っ赤にしながら俺の手を自分の頭の上に乗せたので、次のハードルまで両手で撫で続けた。
棒倒しの際に、Dクラス…というか須藤が明確に狙われてるなと確信した。山田の進撃を緩やかにしながら見ている光景だが、蹴り入れられてるっぽいし。…それにしても力強いなコイツ、見た目を裏切らないパワーだわ。どちらかと言えば俺は持久力重視だから、俺一人だと簡単に負けるな。まあメインは俺ではなく綾小路だから、二人掛かりで棒に届かない位置で足止めを食らわせているが。
山田を止められるかがスタートラインだったが、須藤が封じ込められた以上こっちの勝ち目はゼロだった。総合的な身体能力で言えばAクラスは劣ってるし。他の奴に攻め込まれて、先にこっちの棒が倒されて1本目は敗北した。
「…ふーっ。1クラスに1人は山田を配備して欲しいな。山田には山田をぶつけて対処したい。」
「…山田がゲシュタルト崩壊しそうだな。残念だが、どうあがいても山田は1人だけだぞ。」
「山田をスカウト……………駄目だな、龍園の指示にきっちり従ってるあたり、大分義理堅いタイプっぽいし。」
綾小路と軽口を叩きつつ、攻守交替により棒を倒しに行かなければならない。とりあえずやれるだけやるけど、多分駄目だろうなぁ…。龍園の顔をチラっと見たけど、邪悪な「まだまだ遊べるドン」フェイスで笑ってるし。須藤もバッチリ頭に血が上ってるし。
2本目は足並み揃えて攻撃に向かったが、警戒されていたようで分断され、今度は逆に綾小路が山田に抑え込まれてしまった。本気の綾小路なら山田相手でもねじ伏せるかもしれんが、予定通り7割のまま行くと言ってたので拮抗していた。どうにか棒まで辿り着いたが、俺の力では及ばず、先に自陣の棒が倒されてしまった。
実質テント常駐の有栖に催促され、隣に座った。敗北した事を詫びつつ、女子の玉入れを眺める。パッと見だが、帆波たちが勝ってるように見える。だが必死に頑張ってる女子を見ていて、ある事実に気付いてしまい無意識に顔を歪めていたらしい。
「…八幡くん?難しい顔をしていらっしゃいますが、何か問題でもありましたか?」
「あ、いや…なんていうかそのー…。」
「何に気付いたのか分かりませんが、勿体ぶらないで言ってください。」
言ったらキレるだろうなと思いつつ絶対聞き出してくるだろうなと思ったので、耳打ちで伝えた。流石に大っぴらに言う気になれない事なので。
「…女子の皆が必死に頑張れば頑張るほどお胸が揺れておられるなって、特に帆波や桔梗が。ああいうのって痛いとも聞くから、来年からはスポブラ着用を義務付けたほうがいいんじゃねえか?」
「………どこを見ているんですかねぇ、八幡くんは。」
動きやすさとかも考えると着用したほうが良い気はするのだが。俺も口から出す気は無かったが、有栖相手だと聞き出すために延焼するレベルで色々と口から洩れそうなので言った。まあ、有栖はスッゲェ不機嫌になったけど。というか、デリカシーが無いといった感じで、男子の綱引きの前まで説教は続いた。
多分体育祭は次で終わります。