体育祭の次の日の休日に、日課はお休みにしたがいつもの習慣で早めに目が覚めてしまった。俺の横には桔梗とひよりが眠っている。クソでかい力士が余裕をもって寝られるサイズのベッドなので、3人でもゆとりがある。むしろこのサイズのベッドが置いてあった事が驚きだったが、業者さんの「最近の学生ヤバいな」という目を一瞬だけした事はまだ覚えている。
起こさないように慎重にベッドから抜け出し、顔を洗ってからリビングのソファに座った。まだ少し薄暗いので卓上ライトで自分の周りを明るくしつつ、水を飲みながらボーっとしている。横を見ると棚にトランプの入ったカードケースが置いてあった。俺は買った覚えが無いので、帆波あたりの私物かもしれない。
拝借してカードを雑に切り、一番上のカードを引く。目論見通り、ジョーカーだった。なんとなくだが、以前よりも思い通りになってしまっている気がする。プラスの要素が大きいのは承知なのだが、相変わらず俺には誰かとまともに遊べる権利は無いらしい。
扉が開く音が聞こえたのでそちらを見ると、有栖が立っていた。外は太陽が昇ってきたばかりなので、どうやら有栖も早く起きたようだ。
「おはようございます、八幡くん。今日は休むと聞いていましたが早いですね。」
「ん、おう。おはよう、有栖。習慣だからな、体に染みついてるんだろうな。」
「トランプ、ですか。何をなさっていたので?」
「……今の自分を確認してた。船に乗る前から薄々感じてたけど、今は誰が相手でも負ける気がしない。…自惚れが過ぎるかな。」
隣に座る有栖を含む5人と付き合い始めてから、漠然とだが自分のステージが上がった気がしていた。占い師の婆さんも有栖と出会ってから剛運になったと言っていたが、俺もそんな気はしている。あそこまでやっておいて、別に何の被害も被らなかったし。
「そういえば、八幡くんと私たちはこういったもので遊ぶ事をしてきませんでしたね。」
「いや、だってさ………有栖たちに嫌われるのは俺でも辛いし。」
「………あなたはたまに可愛い事を言いますねえ。それにしても、私が相手でもダメですか?これでも少しは自信があるのですが。」
有栖と出会ってから運命が変わったという事は、この子なら俺を真正面から破れる何かがあるかもしれない。
「……試してみるか。ポーカーでいいか?」
「ええ、ポーカーで構いません。…ですが、折角なので何か賭けませんか?勝った方が負けた方に頼み事をする権利を1度だけ得られる…というのはどうでしょうか?」
「…何かを賭けるとさらに強くなるんだが、大丈夫か?」
「はい、八幡くんの本領を見たいので。」
10戦ほどやってみたが、10回勝利した。有栖もここまで一方的だとは思っていなかったようで悔しそうな顔をしている。
「有栖でも駄目かー…。」
「手も足も出ないとはまさにこの事ですね…。1回くらいは勝てると思ったのですが。イカサマすらまともに出来なくなるなんて想像も出来ませんでしたよ。『やれるならやってみてくれ』と言われた時は随分と舐められたものだと思いましたが、そういう意味だったんですね。」
「賭け麻雀をやった時に先輩が仕掛けようとしてたらしいんだが、牌を溢して失敗していたな。まあ俺はイカサマに気づいてなくて、後で綾小路に教えられてようやく判明したんだが。んで、その時はただのミスだと思って『やり直しましょうか』って親切に言っただけなのに、先輩方絶望的な顔をしながらこっちを見てきたのは覚えてる。」
イカサマに敗れるなら船で賭けなんてしないほうがいいという意味合いも含めて、何も対策をしていなかった。何故か全部見透かされてるみたいな怯えようだったが。
「…知らないというのも武器になるんですねえ。先輩方は最後まで冷静に勝負を出来なかったでしょうね。」
「何戦かしたが、死屍累々だったな。ほら、こないだ俺が見てたカードゲームのアニメで負けた奴みたいな感じで地面に倒れ伏してたぞ。ポイントをまだ貰ってなかったから一人ずつ話しかけて送ってもらったが。」
「絵面が追い剥ぎかカツアゲですね。取られる額がそのようなもので済まなかったわけですが。」
「ちなみにポイントを返却しに行った時、全員が俺を凝視して顔を引き攣らせてたぞ。」
先輩の一人は「うわああああ!?」って悲鳴を上げてきて、地味に傷ついた事を思い出す。賭け事自体は闇かもしれないけど、俺程度の浅い闇であそこまで絶叫を挙げられる筋合いはない。
「八幡くん、賭けは私の負けという事になりますが…どうしますか?10回分ありますが。私にイヤらしい事でもどうですか?」
「10回て。1回でもパッと思いつかんのに。後、朝からそういう事する気にならんからイヤらしい事はパスだ。」
10戦で1回だと思ってたんだが、有栖の中では1戦毎のカウントだったらしい。ひとまず権利の行使は保留させて貰った。有栖は不満そうだったが。
「明日打ち上げをしないか?」といった旨のメールが綾小路から昨日届いてOKを出した。鬼頭も誘ってみたらしいが、今日は用事があるとの事だった。移籍組で一度話し合う名目も兼ねているので、ひよりと桔梗を連れて昼前にしゃぶしゃぶの店に現地集合した。綾小路は山村にも声を掛けていたらしく、一緒に店まで来た。個室のある店で周りの目を気にせずに美味しい食事を楽しめるちょっとお高い店なので、楽しみにしてたりする。
「…メニューを見て、気にせずに注文できるって良いよね。無駄遣いしたいって訳じゃないんだけど、ちょっと前まではどうしてもポイント残高を気にしなきゃいけない生活だったからね。」
「ああ、ポイントが一切入ってこなかったからな。生活水準を上げても問題が無くなった事が、クラス移籍での一番のメリットかもしれない。」
しみじみと桔梗と綾小路が今までを思い返している。まあ、控えめに言ってDクラスは環境が良いと言えなかったからね。ひよりと山村はキョトンとしているが。
「まあ、今後はたまには贅沢していくくらいでいいだろうな。…山村も綾小路に誘われたら懲りずに付き合ってやってくれ。凶悪な面もあるが、悪い奴じゃない面もあるから。」
「あ、は、はい!分かりました!」
「…比企谷、お前は俺を褒めてるのか貶してるのかどっちなんだ。」
「俺は善悪で友達選んでるわけじゃないから…。」
ジーっと見られてる気がしたが、メニューから目を逸らさずに言った。事実ではあるし思った事を言ったけど、後ろめたさもあるし。
「私がCクラスに居た頃は、龍園くんはポイントを取り上げるような事はしてこなかったので困った事はなかったですね。どちらかと言えば、仕事をした人に報酬としてポイントを渡してる事がありました。」
「アイツのクラスのまとめ方だとそれが最適解だろうな。…ひよりに対しての落とし前が無かったあたり、意外と義理堅い所もあるし。」
「そういえば借りをポイントで返してきたって言ってたね。…今更だけど、いくら出したの?」
「…3000万渡した。だからアイツは少なくとも5000万近く動かせるかもしれない。」
小声で伝えた。有栖以外には伝えていなかったので全員が驚いている。いや、綾小路は違うな。「こいつ、本当に椎名には甘いな」って感じの呆れを綾小路から微かに感じる。
「すみません八幡くん、私のせいで…。」
「気にしなくていい、3000万でも安いくらいだと思ってるから。…桔梗も同じ立場だったら同じ行動を取ってるだろうから、そこまで不安そうな顔をしなくてもいい。」
申し訳なさそうにしているひよりと、ちょっと暗い顔をしている桔梗の頭を撫でてあやす。ひよりが隣に居てくれる生活か残高3000万上乗せかであれば、圧倒的に前者のほうが良い。中学時代と同様、ひより目当てにCクラスへ行ってた訳だし。桔梗も比翼…とまでは言い過ぎだろうけど、Dクラスで苦労を分かち合って来た。こやつの何に対しても負けてたまるかって精神は素直に尊敬出来るし気に入ってる。それに、懐いてくれている子を置いていけるほど俺は冷徹にはなれそうにない。
「…山村、男が求められるハードルってここまで高いのか?」
「え、えーっと……流石に、高すぎるんじゃないかと…。」
そういえば今日は綾小路も居たんだったと手を離そうとしたが、両手首を掴まれた。まだ止めるなって事らしい。頼んだものが届くまで顔を赤くした山村と興味深そうにしている綾小路に見られながら頭を撫で続けた。
八幡君が頼み事を使い切る日は来るんでしょうかね。