夕食後のコーヒーを味わいながら、有栖から今回の戦略について尋ねている。攻撃先はBクラスを指定するようで、真っ向勝負で挑むようだ。こちらが問題を盗まれたり盗撮されるなどの対策は当然行うが、Bクラスの用意するテスト問題を調べる事は無いらしい。
「私たちの一番の強みが出る試験ですからね。どのクラスが相手でも、横綱相撲でちゃんと勝つくらいはしてもらわないと話になりませんからね。万が一他クラスの影を踏む事になった場合は………下位の方々には地獄を見て貰いますよ。」
「…一応聞いておくが、どんな地獄なんだ?」
「『期末試験後に一週間ほど、八幡くんの日課をして頂く』と伝えました。内容をお伝えしたら皆さん顔を青くされてましたね。葛城くんには『理由としては正当だが、少し厳しすぎないか?』と言われましたが、後々も足を引っ張り続けて惨めな思いをされるよりは、取り返しのつく今の時期のうちに矯正すべきとお伝えしました。無暗に足切りをするつもりはないですからね、私なりの慈悲ですよ。」
すでに俺は地獄に居たらしい。色々やってきた自覚はあるが、再会した時に今まで何をしていたか聞かれ、事細やかに説明をしたら物凄く心配されたのは今となっては懐かしい。だが、有栖の言葉は厳しいが、この先味方を切り捨てる可能性のある特別試験が無いとも言い切れんので正しく慈悲になるかもしれない。「逃げるのは自由だけどこの先どんどん自分の居場所が無くなるよ」という言葉も含まれてるのにも気付いてるだろうし。
「八幡くんが成績を落とされたらどうしましょうね?私の奴隷にでもなって貰いますかね?」
「恋人からの落差が凄いな……。どこまで行っても俺は凡人だから、ある程度の容赦をして貰いたいんだが。学力は有栖やひより相手に劣るし、身体能力では綾小路や高円寺に劣ってるどっちつかずだし。」
「出会った頃の貴方ならそうだったかもしれませんが、今の貴方を凡人というカテゴリに含むのは無理ですね。誰が相手でも物怖じしませんし、あの綾小路くんを手懐けられていますから。…本当にこの学校に入る前、ひよりさん以外に友達がいらっしゃらなかったのですか?」
「居なかったなあ…。真澄はなんていうか家族みたいな感じだったし、帆波は一瞬の出会いだったから。」
初めての友達だったから甘いと言われるような行動を取ってきたのかもしれない。…いや、差し引いても行動が変わる気がしねえな。当時から嬉しそうな笑顔で近づいてくるひよりに対して、自分でも驚くくらい心を許していたわ。
「………友達ではなかったとすると、八幡くんにとって私は何だったのでしょう?」
「……………憧れ、だな。体は弱いしちっこいのに、誰よりも強い意思と高い知性で計画をやり切ったスゲー奴だと思ってた。………後、スッゲェ可愛かった。」
「ちっこいは余計ですよ。…ふふっ、そう思われていましたか。悪くない気分です。」
流石に口に出すのは恥ずかしいと思って言い淀んでいたら、こやつらしからぬ不安そうな表情だったので白状した。少しばかり顔が熱いが、有栖は満足そうな顔を浮かべているのでひとまずホッとした。落ち着きを取り戻すためにコーヒーを一口飲んで、マグカップを置いたら後ろがちょっと重くなった。
「いいないいなー、みんな八幡くんとの思い出が深くていいなー。お母さんとも相談して、私なりに探したんだけど再会出来なかったからなー。」
「…帆波と初めて会った日の後はずっと、受験勉強と息抜きを図書館で済ませてたからな。後、桔梗はこの学校からの付き合いだけどな。」
「同じクラスで頑張ってこれた価値はプライスレスだよ。桔梗ちゃんの表情がどんどん明るくなっていってったからね、楽しかったんだと思うよ。私はその分羨ましさが積もり続けたけど。」
少しばかり拗ねたような声で、顔と顔をくっつけながら言ってきた。しばらくくっついたままだったが、背中の柔らかい感触が無くなり落ち着いたのかなと思ったが、俺の膝の上に頭を乗せてきた。じーっと見つめてきたので頭を撫でてやると、ご満悦といった表情になった。愛い奴よ。
「俺の出る幕は今回無いけど、もう一緒のクラスだし嫌でも協力していく事になるだろう。まあお前さんは人気者だから、取り合いになりそうだけどな。」
「…八幡くんもそうでしょ?真澄ちゃんにじゃんけんで負けたの、私まだ忘れてないよ。」
「ちなみに小テストで八幡くんには0点を取って頂き、私と組んで頂く予定です。」
余計な事を思い出させたようだ。そして有栖がさらっと追い打ちをかけてる。「ふしゃー!」と猫みたいに起き上がり、有栖に襲い掛かる…というよりは抱き上げて膝の上に乗せ、抱き締めたり匂いを嗅いだり頭を撫でたりと、猫かわいがりし始めた。「血が通ってる分お人形さんより可愛い」とは帆波の言である。有栖が俺に助けを求めてきてるが、どちらかに肩入れをする気はないので助けない。有栖が俺とペアを組むと言った以上、それに従うのは決定事項なので。結局、帆波が満足するまで有栖はかわいがりを受け続けた。
一週間と少しが経ち小テストが行われ、言われていた通り白紙のまま答案を提出した。例年だと退学者を出すというのは、小テストの点数がほとんど横並びで本当にランダムにペアが決まってしまっていたのだろう。小テストの内容が大分簡単だったので、おそらくだが例年のDクラスは何も考えずに真面目に解いてしまったとかそういう話かもしれない。そして運悪く苦手な教科が共通のペアが出来てしまい、本番までに克服出来ないまま退学に追い込まれたか。つくづく意地の悪い学校である。
小テストが返ってきて、法則と共にペアが発表された。予定通り有栖とのペアだったので、自動的に退学を免れたとも言えるな。誰がペアでも落第する事にはならない程度の勉強はしてきたつもりだが。ちなみに、ペア発表までの間に有栖は皆からそれぞれのかわいがりを受けていたりする。「思った以上に反応が可愛らしかったのでつい」と、皆が供述している。
この日の授業が終わり帰り支度をしていると、綾小路が話しかけてきた。
「比企谷、明日は俺の誕生日だからメシとプレゼントを奢ってくれ。」
「……奢るのはいいけどもうちょっと早く言ってくれ、プレゼントが用意出来ねえぞ。」
「大丈夫だ、欲しい物はバッチリ決まってる。まだ何を食うかが決まってないが。」
「んー………寿司はどうだ?」
俺の提案に、綾小路の目にほんのり力が宿った気がする。半年見続けてきて分かってる…気になってるだけかもしれないが、「それだ!!!」という目をした気がする。自由に食えるようになって色々と食べ歩きした結果、体系維持のためにトレーニングをし始めたらしい。そのくらいには食を楽しんでるよ、こいつ。
「友人の誕生日を祝いたいので、メッチャ美味しい寿司屋を教えてください」と、パフェの前に沈んだ先輩にメールを送った。「予算は?」と返ってきたので「3万ポイントくらいでお願いします」とさらに返信したら店の情報が届いた。こじんまりした店なので10人くらいが限度の店だが、隠れた名店らしい。お礼のメールを送り、綾小路に内容を伝えたら即決でこの寿司屋に決定した。美味しかったら皆で行くのもいいかもしれない。
「そういえばお前が欲しい物って何なんだ?」
「ヨーグルトメーカーだ。」
…本当に食べ物に対する執着が強くなったようで。兎にも角にも、明日の放課後の予定と夕食が決定した。
かわいがりで、全員が優しい目で頭を撫でながら見てくるので何も言えなかった有栖ちゃんだったりします。