パフェを食べて店を出て、次に寄ったのはペットショップである。こういう店は無いと思っていたが、この学校の敷地内に住んでる人も居るから有ってもおかしくなかった。森下を猫みたいだと思ったせいかカマクラを思い出し、なんとなく猫が見たくなった。俺も少しホームシックなのかもしれない。
「…ほう、比企谷は猫派ですか。」
「犬も好きだけど、実家で猫を飼ってるからそうかもな。小学生の頃に東京わんにゃんショーで、妹が一目惚れして親にねだって家族入りした。ちなみに名前はカマクラだ。」
「ほーほー、征夷大将軍からですか?」
「雪で出来てる方のカマクラだな。俺に対してのふてぶてしさは将軍並かもしれんが。」
小町には従順だし抵抗せずにされるがままだった。だが俺相手だと逃げるし、呼びかけてもあくびで返してきやがった時もあった。そのくせ俺が自分の部屋に戻ろうとしたら、足にへばりついてきていた。相当な天邪鬼だったなと思う。まあ俺も、カマクラのそういう所が気に入っていたのだが。
カマクラを思い出しながら呑気に寝ている猫を眺めていると、横から視線を感じる。横を向くと、ガン見と言っていいほど森下がこっちを見ていた。
「…せっかく可愛いと言えるペットが居るんだし、そっちを見たらどうなんだ?」
「いえ、お構いなく。一番興味の尽きない対象を眺めていますから。藍ちゃんパワーもグングン溜まっていきますから。」
「…俺はお前さんが分からん時があるわ。」
「他人に対しての理解なんて、大半が分かった気になってるのですから問題ないでしょう。でも藍ちゃんパワーが減った気がするので、ご協力お願いします。」
そう言いながら、手を突っ込んでるポケットに手を差し込んで侵略してきた。背中に突っ込まれていたら飛び跳ねそうなくらい、森下の手は冷たい。こいつならやりかねないとは思うので、内心ちょっとホッとした。
「いや冷てえよ。なんでこんなに冷えてるんだよ。」
「おー、温かい…。さっきのパフェの冷気ですね、責任取ってください。」
「…まあいいけどよ、移動できねえから温まったら手を抜けよ?」
「嫌です、その程度ではすぐに手が冷めて寒いじゃないですか。熱くなるまではこのままで。」
そう言いながらもう片方の手も突っ込んできてガッチリ俺の手を掴んできやがった。手が温まってきたからか、森下の頬もちょっと赤らんできている。それにしても距離が近い、照れ臭いからもう少し離れて欲しいのだが。
森下に手をにぎにぎされながら2匹の子猫を見る。どちらも大人しい性格なのか互いにじゃれる事なく、こっちに目を向けながら並んで丸くなっている。若干癒されつつアニマルセラピーとして動物を飼った生徒は居るのか考えてみたが、不意打ちで特別試験を行うような学校だから無理だなと結論付けた。仮に餓死させても何の補填もしてくれなさそうだし、そもそも学生が買うにはお値段がとてもお高い子たちである。
「…付き合わせて悪かったな、そろそろ寮へ戻るか。っていうかいつまで手を突っ込んでんだ、もう十分温まったろ。」
「………いえ、まだもう少し温めないと。」
いやずっとポケットの中で、俺の手をにぎにぎしてたせいでもうホッカホカだよ?汗ばんでる気すらするくらい温まり切っている。なんか意地でも離してなるものかという気迫すら感じるが、そろそろ移動をしたい。しょうがないので森下の手ごと引き抜いて、片方の手を離させた。
「今日に限って手袋を忘れちまったから、これで勘弁してくれ。」
「………ひゃい。」
思いっきり噛んでるが、指摘しない情は俺にもあった。なんとなく分かってきたが、こやつはこういう触れ合いに関しては慣れていないのだろう。まあ、俺もあまり慣れていないが。今でも急に抱き着かれたりされると、内心キョドりそうになってるし。
顔を赤くしてるくせに手を離そうとするとガッチリ掴まれるので、そのまま寮へと戻った。誰かとすれ違ったりとかが全く無かったのは幸いだった。寮に着いてお開きかと思っていたが、何かを決心した様子…というか逃がす気のない目の森下に部屋に招待された。この時点で、俺はすでに皆に怒られる覚悟は出来てる。無碍にするのは違うなと感じているので森下に付き合ってるが、彼女が居る奴が付き合ってない女子の部屋に行くのはアウトだろうし。
森下の部屋に入るのは3度目になるが………なんとなくだが、以前より物が少ないと言うか部屋がスッキリしているというか…というか段ボールがちょっと目立つ。あまりジロジロ見続けるのもよろしくないので、未だに俺の手を離さない森下に視線を戻す。決心したような顔をして俺を見て、赤くした顔を背けるを繰り返している。こやつ相手なら別に待つのはいいんだが、ルールは守らなくてはならない。
「………森下よ、門限が近い。今日言えそうにないなら明日でもいいぞ?」
「………いえ、今言えないのなら後に言える訳が無いので言います。」
…勘違いかもしれなかったのでその可能性を否定していたが、流石に俺でもそうなのだろうと悟った。自分でも驚くほど嬉しく感じているが、不義理が過ぎるのも事実なので断るしかねえよなぁ…。
「………やっぱり、どうあってもこう言うしかないですね。比企谷。」
「…おう。」
「………私を貴方の物にしてください。もし断るようなら、この後すぐに退学手続きをします。貴方に貰われずに惨めに学校生活を過ごすくらいなら、退学した方がマシです。」
「ちょっ、いやいやいやいや。」
「この数日どうしようか考え続けましたが、あまりにも手段がありませんでした。自分の優秀さを呪って下さい。そして私も彼女にしてください。」
俺への不満も垂れ流すように森下は言ってきたが、こっちはこっちで鬼札を切られて動揺を隠しきれていない。というか、森下が居なくなる事は個人的にも戦力的にも許容できる事ではない。動揺しながらもハッタリなのかもしれないと森下を見るが、最後まで突っ走ってやるという目をしている。どうやら相当追い詰めたらしい。しかも追い詰めてはいけないタイプの人種らしい。
「………お前の事だから俺の現状を把握してるだろうけど、それでも俺を選ぶのか?」
「はい、やる事もすでに何度もやってる色ボケ野郎だとしても貴方を選びます。」
「…妙に詳しくない?」
「相談相手は櫛田桔梗をはじめ、貴方の彼女たちですから。…相談した次の日にあなたの顔を見た時に『このやろう』って思いました。」
思いの外筒抜けだった。…でもどっちかというと俺は求められる側なんだが。彼女たちの名誉の為に言わんけど。
「……そういう事をしたいかもしれませんが、もうちょっと待っていてください。心の準備がまだ整っていませんから。」
「…お前の、常識をちゃんと持ってる部分は安心感覚えるわ。そして負けが無いとすでに考えてる部分もな。」
「…私を退学に追い込みますか?それはそれでとても悲しいですが、弱みに付け込んだ自覚はあるので縁が無かったと諦めますよ。」
「せんでいいせんでいい。…ったく、どうやって断るか全部吹っ飛ばす鬼札切りやがって。」
苦笑いしながら軽口を叩いた。俺の周りの子は、一撃必殺を好む傾向でもあるのかと考えずにはいられない。
「そういやあ部屋に段ボールが多い気がしたのって…」
「引っ越しか退学の準備ですね。前者になってホッとしています。」
「………ああそうか、部屋の空きももう聞いてたのね。しかしまあ、どうして言い淀んでたか漸く分かったわ。賭けてる物が極大だもんな。」
「………いえ、告白が物凄く恥ずかしかったので中々言えませんでした。」
こやつなりに勇気を出したのには違いないので、『そっちかよ』という言葉をなんとか飲み込む。こやつらしいとも思うし。
時計を見ると20時が近かった。そろそろ自室に戻った方が良いだろう。
「藍、そろそろ時間だから戻らにゃならん。明日はちょうど休日だし、必要そうな物や欲しい物があればリストアップしておいてくれ。ポイントに関しては俺が出すから遠慮なく言ってくれ。………藍?」
「…急に名前で呼ばないでください、は、八幡…。………心の準備がまだ出来てないんですから。」
さっき俺を押し切った相手と本当に同一人物かな?彼女なんだし名前で呼んだ方がいいと思ったが、思った以上の初心っぷりである。俺の事をフルネームで呼ばなくなったの、まさか名前を言うのも恥ずかしかったのか?
ほっとくのもアレかもしれないが、本当に時間が無いのでそろそろ部屋を出る事にした。藍も落ち着く時間は欲しいだろう。『また明日』と言いながら頭を撫でたが、顔を真っ赤にしながら小さい声で『はい』って返ってきた。そのまま部屋を出て、明日の予定を考えながら自分の部屋に戻った。
気付いたら藍ちゃんが、私の想定以上に初心になってしまいました。