実を言うと、神室とは6月に入ってから学校で少しずつ話をするようになった。お兄ちゃん発言は彼女にとっても大変恥ずかしかったらしい。先生をお母さん呼びするようなもんだから、いや少し違うか…。
「偵察に来ましたー」で流してもらえるのは、おそらくCクラスでも無害な奴と認識されていることと、自分たちが一番優秀なAクラスである自負があるからだろう。龍園に対しても一応許可をもらえるかの確認は取ったが、坂柳とのパイプを残しておく駄賃代わりとの事。
「比企谷、付き合ってほしい事があるんだけど。」
「お、おう。なんだ?」
「…絵のモデルに、なってくれない?」
あの時に聞いたことだが、当時も美術部に所属していたらしく一応コンクールで入賞をした事もあるそうだ。存在しない家族の記憶で空しい受賞をしたって言われたときは小町ですら凍り付いたが。今でも人生で五本の指に入るくらい反応に困るエピソードだった。
まあそれはそれとして自分をモデルにされるのはやはり抵抗があったので断ろうとしたのだが、
「いや、俺なんか描いても…」
「…ダメ?」
神室の不安と寂しそうな目には勝てなかったよ。俺の中のお兄ちゃんが「ちゃんとかまってやれ」と自分に言ってくるのだ。とにかく、俺の部屋で写真を撮ってそれを基に描く予定らしい。
「…えーと、とりあえずどうすればいいんだ?」
「うん、まずはベットに座ってくれない?」
言われた通りベッドに座り、その様子を神室は3枚くらい撮影していた。その後神室はベッドに乗り、後ろから俺と肩を組み…って!
「ちょちょちょ、近い近い!」
「…あの時だってこれくらい近かったでしょ?今更じゃない。」
頬を染めながら言うってことは、こいつもこいつで緊張してるじゃねえか…。と思っていたらそのまま肩を組んで、一緒に自撮りを始めていた。構図が気に入らなかったのか、肩を組む以外にも後ろから抱き着いて肩に顔を置いたり、頭の上に顎を乗せて俺に撮らせたりと結構な時間をかけて撮影を済ませた。押し付けられてたものの感触はとてもいいものでした。絶対口には出さんけど。
撮影を終えて俺の上に座ろうとしたのを慌てて止めようとしたのだが、そんな様子に業を煮やしたのか無理矢理座ってきた。
「………えっち。」
「…………すまん。」
半端じゃないくらい気まずかった。俺も男だったんだなとちょっと現実逃避したくらいには。俺の周りの子たちはどうしてこうも理性を削ってくるのが上手いのか。
「…ふふっ、ごめん。ちょっと意地悪だった。」
「お、おう…。」
「……抱きしめて?」
思い出の中の神室以上におねだり上手になってる…。普段の神室からは想像も出来ないくらいの猫なで声だ。正直庇護欲がそそられている。言われた通りに抱きしめた。
「…ん。」
「………」
「………正直ね。結構疲れちゃってた…。」
別れてからの彼女は、やはり諦めきれずに全ての事に力を注ぎ切るように打ち込んだが、自分を見てもらえることはなかったそうだ。進学先を決める際にも「分かった」と言われただけで、関心を示すかのような反応は見受けられなかったらしい。
「…だからさ、この学校の謳い文句を見てさ。すぐに自分で稼げるようになって…。早くあんたや小町に会うのがさ、心の支えだった。」
「…ああ。」
「…でもこの学校で再会できるとは思ってなくて。思わず感極まっちゃって…悪かったわ、謝る。」
「…まあ、気にしてないと言えばウソだが気にしてない。」
「…ふふっ、何それ。」
そう言って笑う神室を、思わず少し力を強めて抱きしめた。少しビクッとしたもののすぐに受け入れられた。
「…こうやって再会できたんだ。俺の部屋でなら、前みたく甘えてもいい。」
「…!うんっ…!…お兄ちゃん、八幡お兄ちゃん…!」
これからの俺たちがどうなるかは、この学校の魔境具合を見るに予想は付かないが、とりあえず彼女にとっての休める止まり木になれたらなと思う。
ひとしきり甘えられた後、やっぱり恥ずかしい物は恥ずかしかったらしい。その日は顔の熱が全然取れずに、どこか嬉しそうな神室を見送った後にベットで転がりまくってた。自分らしからぬキザ野郎ムーブは致命傷になりうる、身を以て知った日だった。
後日、描いた絵を見てほしいと言われて美術室に連れていかれて、美術部の先生に生暖かい目で見られたのに恥ずかしがりながら、完成した絵と今まで描いた絵を見せてもらった。
「想像してたよりも上手ぇ。」
「まあね、褒められて悪い気はしないけど。」
「それにしても近い…近くない?」
「…いいじゃない。兄妹みたいなもんなんだし……。」
…照れてる顔は可愛らしいけど、それ以上に先生の不審者を見るような目が気になった。「コイツまさか」って目で見られてるぞ…。
「おい神室…。」
「真澄。」
「えっ?」
「名前で呼んで。そのほうが、距離を感じないし…。」
「…真澄。」
「…んっ。」
とりあえず、以前よりも親しくなれたのは良かったと思う。でも先生、ずっと俺の事をヤベー奴みたいに見るのはやめてくれませんか?
そうなったらいいなでこの作品は成り立っております。