着ていたコートとひざ掛けを畳んで強引に鞄へ仕舞う。困惑する石崎と伊吹に落ち着いている山田、そしてこっちを睨み続けている龍園と、4人に捕まって絶望してそうな軽井沢。監視カメラは暗いせいか薄っすらとしか見えんが、いつもと違ったカラーリングをしている気がする。居眠りしてしまった結果、思った以上に詰んでる状況に巻き込まれたな。
缶に残っていたコーヒーも一気に飲み干し、ビニール袋にゴミを一纏めにした。どうしようかなと考えたが、どうにもならねえなと速攻で諦めた。軽井沢と一緒に人質になるしかあるまい。それはそれとして、負け惜しみの一つでも言っておこう。
「龍園、お前もっと休めよ。トップが動きっぱなしだと下の者は休みが取れねえんだぞ。」
「うるせぇ、知るか。誰かに言われたくらいですぐに方針を変えるような奴には王は務まらねえんだよ。」
「それはそう。」
…いかん、寝起きのせいか頭があまり回ってないようだ。思ったままの返答が出てしまったが、逆に気勢をちょっと削いでる感じがする。…ただし、龍園は除く。
「…知ってるか?サーカスで一番技量を求められるのはピエロなんだぜ。」
「…博識だな。でも、それが何か?」
「テメェはピエロだ、比企谷。たとえこの場に偶然居たとしても、甘く見積もる気は無ぇ。…時期尚早なのが悔やまれるぜ、テメェごと黒幕を潰すチャンスだってのによ。」
…なるほど、現時点でついでに俺をボコボコにしてしまったら本格的にAクラスと当たってしまう。それを避けたいって所か。仮に綾小路が敗れたら警戒レベルを上げるくらいで済むが、俺までやられたらまあ、Cクラス潰しに入るだろうな。それはそれで有りなのでボコられるのは良いんだが、龍園という男が厄介なのはイケイケな口調に反してきっちり準備をしてくる事だ。今回で言えば準備不足なので、損切があっさり出来る事に当たる。どいつもこいつも過分な評価をしてくるのは気になっているが。
「今回は自滅みたいなもんだが、最近は負けてばかりで自信を失いそうだわ。…選手交代してもいいか?」
「…テメェ、やっぱり知っていやがったか。」
欠片の油断も無い龍園相手では、他に手段がもう残されていないので携帯の画面を龍園に向けた。発信前の画面には「魔王」と表示されている。ちなみに綾小路は俺の電話番号を「鬼神」と登録している。掛けろと促してきたので遠慮なく掛け、数コールで繋がった。
「『…どうした?』」
「屋上でのんびりしてたら居眠りしちまって、ここがパーティー会場だったみたいで見事に巻き込まれてる。」
「『……………お前は何をやってるんだ。』」
「ほんとそれな。」
せめて携帯にタイマーくらいはかけておくべきだった。あるいは寮に戻って、ベッドにでも寝転んでおけばよかった。余計な事を話すと龍園に後ろから蹴られそうなので、必要最低限の事を話して切るか。
「一応ヘルプの要請だけど、気が乗らなかったり今はまだその時ではないって事なら来なくてもいいぞ。軽井沢はなんとか解放させて俺は社会勉強の一環と思ってボコられるから。」
「『いや、行くよ。元からそのつもりだった。ただ、駄賃として寿司を奢ってくれ。』」
「…おう、分かった。これ以上余計な事言うと殴られそうだから切る、それじゃあ頼むわ。」
綾小路の奴、森下理論に納得してたからなぁ…。再度あの寿司屋に行った時に「寿司が美味しすぎて分からなかったんじゃないのか?」って聞いて、「1回目と比べて2回目からは、どうしても感動が薄れます。その分を補ってくれるんですよ。」と返って来てたのに頷いてたもんなぁ…。少しばかり世間に疎すぎやしないか?藍の奴、1回目と同じくらい目を輝かせて寿司をモリモリ食べてたよ?
「…来るってさ。その間、俺でも殴る?」
「やらねえよ、マイナスがデカすぎる。」
なんだかんだケリを付けられると分かったのが功を奏したのか、龍園の機嫌がマシになった気がする。そして殴らせようとする俺にドン引きする4人。困惑しているうちに軽井沢の腕を取り、隅っこの方に座らせてからその前に座った。やらんとは思うが、龍園が暇つぶしで軽井沢に何かをしないとも限らないので。
数分くらいで扉が開き、いつも通りの無表情の綾小路が1人でやってきた。自信なのか過信なのか分からんが、おそらく1人で処理出来ると判断しての事だろう。仮に戦力を必要とするなら、鬼頭くらいは連れてきているだろうし。あいつなら嬉々として龍園に殴りかかりそうだ。
軽井沢が俺に「加勢に行かないの?」と言ってきたが、邪魔になるだけだから行かんと伝えた。俺はびっくりするほど誰かを殴る事に適性が無い。「痛そうだなー」と思った時点で殴る気が失せてしまうくらいには雑魚である。まあ、今回の件を考えると護身術を習う必要は生まれたが。
後々思い返してもこの時の龍園は、綾小路を甘く見ていなかったと断言できる。最初から4人で囲むように立ち、即席でコンビネーションを組んで攻撃を開始していた。最初は綾小路が押されているようにも見えたが、全員の攻撃を捌きながら1人ずつ減らしていた。後で聞いた時の綾小路曰く、「観察する余裕は有ったから観察して、処理していっただけだ」との事である。底知れなさのある男と思ってたけど想像を遥かに上回っている。こないだ9個入りの雪見大福を2人で分けて食った時に、食いたそうにしてたから「最後の1個食っていいぞ」と言ったら喜んだ奴と同一人物とは思えん。
再度立ち上がってきた石崎と山田に腹蹴りと顔面キックで仕留め、伊吹は顎を揺らして失神させられた。どう見積もっても今の龍園に勝ち目は無い状況になったが、たった1人になってもまだまだ余裕を崩さない龍園は流石と言える。
程なくして殴り合いは再開され、いいのが入っても龍園の闘志は衰えを見せない。だが、それ以上に綾小路が強すぎる。攻撃を完璧に捌き切って有効打を全く貰わず、龍園に壁へ押し付けられながら殴り掛かられてもきっちり受け切っている。強すぎない?
戦局は進み、綾小路が龍園に馬乗りした時点で勝敗が付いた…と思いきや、龍園はまだ獰猛に笑っている。ここまで来ると尊敬の念すら浮かぶが、それに対して綾小路はいつも通りの無表情である。っていうかどんな生き方をしたらあんな目が出来るのかというくらい、目から感情を読み取れない。どちらかが倒れるまで終わらない戦いなので止めようがないが、龍園の殴る時の綾小路の動きが一定だったので、綾小路にとっては作業だったのだろう。
そして龍園が何かに怯えるような表情を浮かべている所に止めの一撃を加えて決着がついた。手傷を負わされる事も無い完璧な勝利と言っていいだろう。事が終わったので軽井沢を立たせ、背中を押して綾小路の方へ行かせた。軽井沢の無事の確認をしている。それを眺めていると、綾小路が話しかけてきた。
「…比企谷、お前はなんでそこから動こうとしないんだ?」
「いや、不測の事態とは言え無駄に修羅場に巻き込まれたから………お仕置きパンチが飛んで来たら怖ぇなって。」
「…そんなつもりはないから、早く行くぞ。予約の時間までまだ余裕はあるけど、あの店は早めについても受け入れてくれるからな。」
…全く負ける事を考えてなかったのは龍園だけじゃなかったようで。とりあえず風邪を引かれるのも後味が悪いので、龍園たちを屋上から中に運んで雑魚寝させてから3人で寿司を食いに行った。有栖に事情を伝えたら「後でお話があります」と言われたので、怒られるのは確定したが。
実は綾小路君もこのルートでは、何気に身体能力がパワーアップしています。好きなものを食べるためによく動くようになりましたので。素早さはそのままに力が強くなった感じで。