3人で寿司を食った後「じゃあ俺、説教されてくるから…」と言って2人と別れた。軽井沢は「何言ってんだこいつ」みたいな顔をしていたが、綾小路は「ああ、いつもの奴か」という目をしていた。今回は自分から伝えたけど、普段は綾小路が告げ口担当者だから慣れたものである。
それにしてもバスで見かけた時から今日に至っても謎の多い男だが、俺の中の綾小路がさらに超人強度が増した気がする。あの修羅場に1人で乗り込んできた時は「マジかコイツ」と思ったが、見事な完勝っぷりだった。戦い方が妙に慣れた動きをしていたし、龍園に止めを刺している時の綾小路の目は怯えても仕方が無いと思うくらい闇深く見えた。ただ、その目が自分に向いていないから「目でも殺せるんかアイツ」と呑気していたが。
まだ1年足らずの付き合いだが、何でも出来そうな感じなのに普通の事をやり慣れてない、というのが俺の中での綾小路の印象だ。因習村で最強の男を作るために地獄のような訓練を課せられ続け、逃げるチャンスが生まれたから脱走してきたと言われても信じられそうだ。連日ニュースでやっていたレッサーパンダを知らないのは、あまりにも世俗に疎い。そんな簡単な問題は分からんのにテストの点数を好きに調整出来るのだから、冗談で考えた笑い話みたいなこの設定を笑い飛ばせなくなってしまった。
それでも出会った当初から大分人間味が増した。今回の件で言えば、打ち上げ感覚で寿司屋の予約など入れてから赴くとか、金銭的な面を抜きにしてもやらなかっただろう。最近有った事で言えば、誕生日プレゼントに買ってやったヨーグルトメーカーを手に入れてから頻繁に使っているようで、綾小路の部屋に遊びに行ったら「やっとベストのが出来た」とラッシーを少し自慢げに出して来たし。言うだけあって美味しかったと伝えたら、表情には出ていないが手をグッと握っていたので喜んではいたと思う。顔には出ないが、意外と手には出ている気がする。
まあどういう境遇だろうと、綾小路との関係の説明は「友達」の一言で済ませるのだが。踏み込んでほしくない部分なのは察してるし、言う気になったら勝手に言ってくるだろう。
寮の部屋に入って「ただいまー」と呑気に言ったら、いきなりボディチェックとして上を脱ぐように言われた。脱いだ上着は帆波が受け取り仕舞いに行き、その間に真澄と桔梗がシャツとズボンを素早く脱がせてきた。暖房が効いてるので寒くは無いが、流石にちょっと恥ずかしい。
「…よかった、リンチに遭ってなくて。連絡通り怪我してる所は無いみたい。」
「八幡くんは隠しそうだからね、龍園くんは見えない所を執拗に殴り続けそうだし。」
痣が無かった事と、全身くまなく触って痛がる様子を見せなかったのでホッとしたようだ。ちなみに藍は俺が脱がされ始めた時点で「ひゃあっ」と顔を真っ赤にしながら手で顔を覆った。指は完全に開いていたが。
確認も終わったのでとっとと服を着させてもらい、ソファに座っている有栖と対面になるよう座布団に正座した。一応これでも反省はしているつもりなので床に直で座ろうとしたら止められた。割といつも微笑んでる印象の有栖だが、無表情でこちらを見ていてちょっと怖い。
電話でさらっと伝えただけだったので、ちゃんと一から説明した。実際の被害者は軽井沢だった事と、綾小路が異常に強かった事。後はこちらサイドには被害が出なかった事を伝えた所、無表情を崩した。なんでそうなるのかが分からないという感じの、なんともいえない味わい深い顔になった。
「………ええ、まあ無事でよかったです。来れたら来てと曖昧に頼んだのは減点ですが。一応聞いておきますが、軽井沢さんを見捨てなかった理由は?」
「…俺も幻滅されるのはしんどいからな。仮にボコボコにされたとしても、Aクラスの連中が奮起してくれるならプラスだろうし。まあ、綾小路のおかげで綺麗な顔で帰ってこれたが。…とんでもない奴と同じ時代に生まれちまったもんだな、有栖。」
「ええ、そうですね。ですが、綾小路くんも八幡くんと同じ感想だと思いますよ。呑気に寝過ごして修羅場に巻き込まれるとは流石に考えもしなかったでしょうねえ。」
チクチクする物言いで返答された。心配かけた理由が酷いから何も言えないが。ただ、龍園も本当の所はボッコボコにしたかったと思うよ。拳から血が出そうなくらい握り締めてたし。
「八幡くん、有栖さんも私たちも本当に心配だったんですから。あんまり心配かけたら駄目ですよ?」
「………悪かった、謝るよ。次からはもっとちゃんと立ち回る。」
ココアを持ってきてくれたひよりに頭を撫でられながら諭された。この中だとこの子が一番付き合いが長いのもあるのだろう、俺がどういう風に言われたら一番効くのかを熟知されている。ちゃんと反省したというのが伝わって、場の空気が柔らかくなるのも織り込み済みなのだろうから本当にかなわない。ただ、藍が「おー…参考になります」って言ってるけど、君はどっちかというと俺と一緒に悪ふざけする側だよね?わざとらしさを含みながら言ってきそうで、効果は半減しそうだし。
「それにしても、プールで八幡くんと競ってた時や体育祭の活躍で運動が出来るのは知ってたけど、喧嘩も強かったんだね。…強すぎって言った方がよさそうだけどね。」
「実際に戦った綾小路も、ダメージが殆どなかったからなあ…。龍園の心を折ったくらいにはタコ殴りだったし。」
「龍園くん、再起不能になっちゃったの?…ちょっと可哀そうだなって思うのは、甘いかな?」
「良いんじゃねえの、と言いたい所だけど…甘いだろうな。アレで結構慕われてるから、周りに呼び止められて再起するだろうよ。…復活したら復活したで、退学者を出すのに1番抵抗が無い奴だから情けをかけた事に後悔しそうだ。」
ちなみに1番と言っても同率1位なのが怖い所である。綾小路と高円寺、有栖あたりも同じくらい抵抗が無さそうだし。まあ、高円寺はどちらかと言えばどうでもいいとしか思っていないだろうが。
「…そういえば、八幡がこの学校に入った理由を聞いてませんでしたね。殴られる覚悟も有ったようですから、将来の夢もそれなりのものだと思っていますが。」
退学云々の話になって少し考えていた様子の藍から、そんな質問が飛んできた。少し考えてみたものの、そこそこの企業に勤めてそこそこ働きながら人生をそこそこ楽しむくらいしか浮かばない。しかしこれ、どう考えても夢じゃねえな。
「いや、夢は無いぞ。総武高校って名前の進学校か高育かの2択で、学費が浮くからこの学校に進学した。なんとなくだったけど、高育にしたほうが良いって俺の勘が言ってたのもある。」
「…椎名ひよりと一緒に進学するためだったんですか?」
「特にそういう話をしなかったせいで、勝手に別れの時期が近付いてきたと感じてたな。」
真澄との別れの時と同じくらい寂しい思いになっていたのは、今でもよく覚えている。だからこそ一緒の学校になるかもしれないと言う自分の勘に従って動いたと言うのに、ひよりとの別れが辛かったのには人生ままならねえなと内心思ったものだ。互いにただの確認不足で、さらには勘が当たった上にどちらも自分の彼女になったのには人生分からねえもんだなと思っているが。
「………私も自分の思うまま動いていた自覚はありますが、貴方には負けますね。」
「『高円寺六助は間違いなく完璧な勝ち組であると同時に、果たすべき責任が存在する。対して俺は不安定ながらそれなりの手札があって、自由に生きる事を憚る必要も無い』と高円寺に伝えたら、高笑いしながら誰よりも自由な男だと最近言われたな。」
何となくの印象で高円寺に対して言った事だが、出来過ぎる男というのも大変そうだなと思う。それを是とする程大人しい男でもないだろうが。
「自由に……そういえば森下さん、まだ彼女じゃない頃から粉かけるように八幡くんを連れまわしてたよねっ。」
「そういえばそうだったねー。…まだその時のお仕置きをしてなかったかにゃ?」
2学期中の事を思い出したのか、桔梗と帆波が藍を拘束する。珍しく動揺している藍に、笑顔でひよりと真澄がくすぐり攻撃を仕掛け始めた。丁寧な触診で弱点を探って、確実に効く部分を見つけてからやり始める手腕に恐れを感じる。スゲー笑ってるし。「見ないで」と言われた相手に対して目を伏せる情は俺にもあった。
危険な場面に遭遇はしたが何事もなく、こういう呑気な空気のまま冬休みに入れる事はよかったと思う。
ちなみに八幡君は親しい子が居るから考えてはいませんが、仮に1人だとしたら退学になっても「じゃあな」の一言で済ませます。そういう所も含めて、綾小路君は八幡君の事を透明と表現してます。