冬休みと言えどやる事に大きな変化が有る訳でもなく、机に向かって予習をしている。この学校をAクラスで卒業できたなら不要になると思う奴は居るかもしれんが、どの道に進むだろうと勉強からは離れられない事は何度も聞いてきた。幸いな事に今の時代は職の多様性と言えるくらいには道が増えているが、勉強する事に慣れる事も重要なのでサボらない方が良いと。………そういう習慣が無い人が入社してきて、要領が悪くて付いて行けなくなって辞めていく事も多い、と嘆いてた事も覚えている。子供に何教えてんだあの親父という気持ちも無くはないが、苦虫を噛み潰したような顔に実感がこもり過ぎてて何も言えなかった。
一夜漬けのように一気に詰め込むより、時間をきっちり決めてキリの良い所で終わる。今日も同じようにタイマーを設定して、鳴った所で背中を伸ばして終わったのを実感した。
「あー…お疲れさん。なんていうか、君らも真面目よね。折角の冬休みなんだから遊びに行くとか、体を休めてもいいと思うぞ。」
「やだなぁ、八幡くん。そうやって緩んだ気持ちで過ごして、3学期が始まってから自分より成績が下の子に負けたら凄く悔しいんだよ?自分より上の子に勝ったら凄く嬉しいんだよ?」
「…まあ、分からなくもないが。」
「あはは…。」
以前より一番に拘らなくなったとはいえ人に劣る事は別に許容をしている訳ではないし、誰かに勝った時の優越感は人並み以上に有るのが今の桔梗である。俺相手に負けた時も「くやしぃぃぃ…!」と言いながらガッチリしがみ付いてきた。どうしたもんかとあやすように撫でていたら「この女誑しっ」と返ってきたので「勝者の特権だ」と返したら滅茶苦茶頭でグリグリされた。挑発した俺が悪い。
「私も負けたら悔しいって気持ちはあるけど、それ以上に勉強に困ってる子たちに教えられる方が良いからねー。有栖ちゃんも聞かれてばっかりだと負担も凄そうだからね。」
「桔梗、帆波のこの天使っぷりについてはどう思う?」
「あざとさが全く無いのが逆にあざといかなっ。八幡くんにはよく抱き着いて甘えてるし。」
「えぇー、桔梗ちゃんがそれ言うの?『以前よりもあざとさを感じなくなった気がする』って八幡くんに言われてたのにー?」
「…八幡くん?人に対して失礼な事を言うのは良くない事なんだよ?」
前にぽろっと口に出したことをバッチリ覚えておられたようで、それに反応した桔梗が攻撃的な笑顔で
こちらを見てきている。相手に事実を突きつける事が最も相手を怒らせる行為って言われているが、まあまあ怒らせたらしい。余計な事言ってたお仕置きとして、両頬を甘んじて引っ張られる。
しばらく引っ張られていたが、溜飲が下がったようで離して貰えた。別に痛くもない頬を労わりつつも、出会って間もない頃の桔梗と比べたら大分柔らかい反応になったものだとも思う。桔梗なりに俺の弱みを握ろうとしてきたのも今となっては懐かしい。場も落ち着いたので、なんとなく気になった事を聞いてみる。
「そういえば今まで聞いてこなかったけど、2人はどういう道に進むつもりなんだ?」
「んー…お母さんに楽をさせてあげたいし、自分に向いてそうでお金が一杯稼げそうなお仕事だったかな。今はちょっと悩んでるけどね。」
意味ありげな横目で、帆波がこちらを見ている。有栖から俺の進路について聞いたのだろう。帆波とは実家同士がそれほど離れていない事を考えると、卒業後は俺と同じ大学に進学したいのかもしれない。
「…八幡くんのお嫁さんとして付いて行くのは当然としてー、朝から一緒に居られる生活スタイルを目指せる環境が良いんだよねー。投資家になる場合、そのお手伝いするのも有りだよねー…。後夜も…」
「…八幡くん、天使じゃなくて堕天使の間違いじゃないかな?色ボケさせすぎじゃない?」
「…まあ、どっちでも帆波は帆波だから…。」
考えに浸る帆波の頬を、桔梗が撫でるように叩いて我に返らせる。未来への展望は本心だろうが、夜の内容についても口を滑らせたのは流石に恥ずかしかったようで「にゃー!」と言いながら転がっている。言うのは憚られるが、そういう事に一番熱心なのは帆波だから。ひとまず復活するまでは放っておく。
「…桔梗はどうなんだ?別れが必要なら今のうちに覚悟しておくぞ。」
「んー、私も別れる気は無いから安心して良いよ。やり直すために地元から離れたのもあるからね、八幡くんの所に転がり込むほうがずっと良いかな。…そう考えると、私も八幡くんと同じ進路になりそうだね。」
「…そう言って貰えると助かるわ。桔梗と離れる事になったら、なんというか………凄く辛い。」
「………八幡くんって、たまに凄くあざとくなるよね。」
誤魔化す事でもないので素直に言ったのだが、ちょっと頬を染めながらのジト目で見られた。
「気の利いた言い回しは出来ねえからな。…それに、自分の執着については自覚してるからな。」
「執着?」
「…ちょっと前の休みに占い師の婆さんに、俺の運っていつか収まるのかと占って貰ったんだが………死ぬまでそのままって言われたわ。今後食うに困る事も無いとも言われた以上、お金で手に入れられる物に関しては執着心が薄れちまった。」
うつぶせで「うー…」と言いながら冷却中の帆波の体を半回転させる。「えっ?えっ?」と戸惑っているのを無視して、少し頭を持ち上げて膝を差し込む。そのまま戸惑っている帆波の頭を撫で続けると、ほにゃほにゃの笑顔になった。
「…とまあこんな感じに、親しくなった子たちに構いたいって欲求が一番強いかもしれない。だから、そう考えると執着の対象は桔梗たちになるな。」
「よく分かったけど、なんで急に見せつけて来たのかな?」
「何となく分かりやすい例かなって思ったのと、許されるならいつでもやりたい事だからかな…。」
「えへへー」と嬉しそうにしている帆波の頭を撫で続ける。真澄からねだられ続け、それにひよりが続いた結果、こうしていると心が落ち着く体になってしまった。それはそれとして冷たい目のままの桔梗をそのままにするのも怖いので、撫でるのを切り上げ帆波の頭を持ち上げて座布団を2つ折りにして差し込んだ。「あっ…」と切なげな声の帆波に後ろ髪を引かれるが、聞かなかったフリをして桔梗の隣に座り腕を広げた。間を開けずに胸に飛び込むように抱き着いてきたのを抱き締めながら、桔梗は意外とノリが良いよなと改めて思う。
「…こうやってたまに八幡くんに抱き着かないと落ち着かないの、なんでだろうね?」
「…それが当たり前になったからじゃねえか?たまにって言うには、結構な回数だったけどな。」
「……いいじゃない、減るものじゃないし。」
「…まあ、そうだな。」
少しだけ強く抱き締める。同じように、少し強めに抱き締められる。何となくそうするのが、桔梗とのコミュニケーションの一つになり続けている。そのままの流れで、普段からの感謝や頑張った事に対する褒めを伝える。と言っても気の利いた事はやはり言えず、これでいいのかとは思い続けているが。桔梗本人にも聞いたら「それがいいんだよ」と返されてはいる。
しばらくの間抱き合ったままだった。帆波が復活して後ろから抱き着いて来て「私もお願いねー」と言われて、名残惜しさを感じつつ離れた。この後は帆波も同じように抱き締めた後、体が温まったからか眠くなったので3人で川の字で昼寝をした。
この作品の帆波ちゃんはガッツリスケベです。元気で良いですね。