基地の広大な訓練施設の一角。そこでは、新旧様々なモビルスーツたちが、思い思いに調整や情報交換を行っていた。
そんな中、最新鋭の風格を漂わせるνガンダムが、少し緊張した面持ちでRX-78、通称「ガンダムさん」に近づいていった。
「ガンダムさん、少しお時間よろしいでしょうか?」
νガンダムの声は、彼の高性能なセンサー類が示す通り、冷静沈着そのものだったが、どこか探るような響きも含まれていた。
「おお、νくんやないか。かしこまってどないしたん?ワシに何か用か?」
ガンダムさんは、いつものように人懐っこい笑顔、のように見えるメインカメラの動き、で振り返った。
彼の周りには、ジムくんやザクくんも集まって、何やら談笑していたところだった。
「はい。単刀直入にお伺いします。どうすれば、ガンダムさんのように強く、そして仲間を守りながら戦えるのでしょうか?貴方の戦歴と、その…戦い方を拝見するたびに、圧倒的な差を感じるのです」
νガンダムは、真摯な瞳でガンダムさんを見つめた。彼の言葉に、周囲のモビルスーツたちも興味深そうに耳を傾ける。
ガンダムさんは、少し考えるような素振りを見せた後、ニカッと笑った。
「そらもう、アレや。毎日しっかりワックスかけて、ボディをピカピカにしとくことやな!敵さんも、あんまり綺麗な機体やと、撃つのん躊躇するかもしれんで?知らんけど!」
「えっ…わ、ワックスですか…?」
νガンダムは、予想外の答えに少し戸惑った表情を見せる。ジムくんとザクくんは、
「またガンダムさんの冗談が始まったで」
と、顔を見合わせて苦笑している。
「あとは、あれや。戦闘前には、お気に入りの演歌を大音量で流すんや。そしたら気合も入るし、敵さんも『なんやアイツ、趣味悪いな…』思うて油断するかもしれん!これはアムロのボンには内緒やで、あいつ、ああいうの嫌いやからな」
「え、演歌…ですか…?」
νガンダムのメインカメラが、困惑に揺れる。最新鋭のプロセッサが、その戦術的有効性を分析しようとして、わずかに処理落ちを起こしているようにも見えた。
「まあまあ、今のんは半分冗談やけどな。ガハハハハハハ!」
ガンダムさんは、ひとしきり笑った後、ふっと真顔になった。
ガンダムさんが大体こういう時は、白い悪魔としての片鱗が見え隠れする。周囲のモビルスーツたちの間に、わずかな緊張が走る。
「ハハハ……本気で強うなりたいんやったらな、νくん」
ガンダムさんの声のトーンが、一段低くなる。いつもの温厚な響きはそのままに、しかし、その奥に底知れない何かが潜んでいるのを感じさせた。
「敵をな、『生き物』やと思うたらアカン」
シン…と、ハンガー内に静寂が訪れた。冷却ファンの音だけが、やけに大きく聞こえる。
νガンダムは、息を飲んだように動きを止めた。ジムくんとザクくんも、先ほどまでの和やかな雰囲気は彼方へと消え去り、固まっている。
「感情なんか、一切挟んだらアカン。たとえ相手がどんな事情を抱えていようが、どんな想いがあろうが、そんなもんは戦闘には一切関係あらへん。目の前にいるのは、ただ排除すべき『ターゲット』や。その一点に集中するんや」
ガンダムさんのメインカメラが、νガンダムを射抜くように見据える。その光は、いつもの暖かさとは程遠い、冷徹で非情な輝きを放っていた。
「撃墜確認?そんなもん、スコープ越しに爆散するのを見れば十分や。相手のコックピットがどうなったかなんて、確認する必要すらない。ただ、次の『ターゲット』を探し、より効率的に、より確実に『処理』する。それを繰り返すだけや。アムロのボンもな、最後の方は…まあ、そんな感じやったわ。……ワシも、そうやって生き延びてきたんやからな」
その言葉は、まるで絶対零度の刃のように、νガンダムの装甲を貫き、内部の回路を凍てつかせた。彼の高性能な思考ルーチンが、そのあまりにも無機質で、あまりにも「悪魔的」な戦術論を理解しようと空回りする。
ジムくんは、思わず一歩後ずさった。ザクくんは、メインカメラを逸らし、何かを見ないようにしている。
ハンガーは、気まずい沈黙に包まれた。誰もが、目の前のRX-78が、本当にあの温厚な「ガンダムさん」なのか、一瞬疑ったほどだった。
その重苦しい空気を破ったのは、ガンダムさん自身の、からからとした笑い声だった。
「ナハハハハハハ!……なーんてな!今のんは、ちょっと昔のワシの、イキってた頃の話や!真に受けたらアカンで、νくん!あははは!」
ガンダムさんは、いつもの調子で手をヒラヒラさせながら笑う。しかし、その笑顔はどこか乾いており、メインカメラの奥の光は、まだ完全にはいつもの暖かさを取り戻していないように見えた。
「ま、真面目な話、一番大事なのは…あれやな。どんな状況でも、諦めへん心と、仲間を思う気持ちや。それがあれば、どんな強敵にだって立ち向かえる。…多分な!」
そう言って、ガンダムさんはνガンダムの肩をポンと叩いた。
νガンダムは、まだ完全に混乱から抜け出せていない様子で、
「は…はい……ありがとうございます…」
と答えるのが精一杯だった。
彼の最新鋭のセンサーは、目の前の旧型機の、底知れない側面に触れてしまったことを、明確に記録していた。
ジムくんとザクくんは、まだ少しぎこちない雰囲気を醸し出しながらも、ホッとしたような、それでいて何かを見てはいけないものを見てしまったような複雑な表情を浮かべていた。
「ほな、ワシはそろそろパトロールの時間や。νくんも、訓練頑張りや!」
ガンダムさんは、いつも通りにそう言うと、ゆっくりとハンガーの出口へと向かっていった。
残されたνガンダムと他のモビルスーツたちは、しばらくの間、言葉もなく立ち尽くしていた。
ハンガーには、先ほどの「白い悪魔」の言葉の残響が、まだ微かに漂っているような気がした。