深夜のシャーレに遊びに行ったら   作:33z

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五話目。ユウカが裏切られる話。


ユウカ×裏切り

「ユウカちゃんが緊急事態なんです! 今すぐミレニアムまで来て頂けますか、先生!」

 

 端末に向かって怒鳴りつけるかのような様子のノア。彼女の逼迫(ひっぱく)した声を聞くのは果たしていつぶりだろうか。

 当然だ。なぜなら私自身、私に何が起こったのか。なぜまだ息を続けていられるのか。一ミリたりとも理解できていない。理解できる筈がない。

 

 自分の「うしろ」が、無くなってしまうなんて。より正確に表現するなら。

 ──自身の頭頂部から踵にかけての後ろ半分が、きれいさっぱり消失してしまうなんてこと。

 

 

 どんな方程式を用いたところで、計算も理解も導き出せる筈がない。

 *

 時は少し遡る。

 

 年の瀬も近い十二月某日。

 今日も今日とて、ミレニアムの生徒会たるセミナーへ持ち込まれる仕事量は膨大だった。学内自治区のあれこれに、部活の決算周り。それに新規部活立ち上げの企画・要求書などなど。上げればキリがない。

 

 基本的には会計の私、書記のノア。それぞれの役職の領分の仕事を行っているが、この時期になってくるとそうも言っていられない。

 ちなみに、コユキには私とノアの手が届かない部分を担当してもらっている。コユキを引っ張り出してこないとどうにもならないくらいの忙しさで、三者三葉にタスクをこなしていっても忙殺されるほどの業務量。年末など来なければいいのに、と泣き言がついつい漏れる。

 

 あるいは年末だからこそ、だろう。特にミレニアム(ウチの学校)の部活は特に研究肌が多く、自分の興味のない事はおろそかにしがち。そのため提出期限を過ぎて尚出されない書類が多すぎるのだ。

 

 そういった部活に再三再四通達を出し、どうにかこうにか提出させた。そうして集めた書類と格闘するにもまた、問題が発生する。

 

 権限が足りない。会長不在の現在。代行権限は一応行使できるが当然制限が多い。会計や書記までで通せる書類もあるが、中には当然会長のみが承認可能な書類もある訳で。

 

 そういった物に対して、本来なら一手番で済むところを三手番くらいの遠回りを経て承認をおろしている。

 ……会長不在でも業務自体が回るシステムが確立されているのは素晴らしいといえば素晴らしいが。それでも会長本人が居てくれれば業務効率が格段に上がることは言うまでもない。

 

 ともかく。この権限足りないという状態が、業務圧迫の結構な比率を占めていた。

 

 だからだったのだろう。こういった業務上の手続き。いわゆる「お役所仕事」は、彼女には迂遠かつ不合理的で。融通のきかなさが酷くじれったかったのかも。

 作業中、ふと気がつくと処理済の書類がやけに多くなっていた。内訳を調べてみると、なぜか会長権限が無いとどうにもならない筈の書類が優先的に処理されている。

 

 嫌な予感がした。直感に従うままコユキの方を見ると。にんまりとした顔で、事も無げにこう言ってのけた。

 

「にははは! そっちの止まっていた書類、全部承認おろしておきましたよ!」

 

 ……。

 

「それ、会長の承認がないと決済出来ない書類の筈ですよね。ね、コユキちゃん?」

「?」

「はい、なのでちょちょいと会長のアカウントを拝借(クラック)して。だってこんなので書類滞るの効率悪くないですか!? 大体、会長が留守にしてるのが悪いわけで!」

 

 まあ、それは、そう。いや違う。そうじゃない。そこじゃない。

 この時の私は、端的にいって余裕がなかった。根を詰めすぎていた。いらいらしてしまっていた。

 

 そもそも会長が居ればこんなに忙しくなってないのに。あのリオ会長のアカウントなんてどうやってハックしたのか。

 それはやってはいけない事だと、前にも教えたはずなのに。理解していなかったのか。最近は少しまともになってくれてきていたと、そう期待していたのに。そう思っていたのに。

 

 なんだか、裏切られた気分だ。

 

 だから。なぜを聞かなかった。どうしてを聞かなかった。……理由を、聞かなかった。

 何も聞かずに、行動に対して怒ってしまった。せめて、何を思って。誰を思っての行動だったのか。それを聞いてからでも遅くはなかったのに。

 そう後悔できたのも後になってから。今の私はお説教の勢いのまま、コユキを反省部屋に放り込んだ。どうせ直ぐに抜け出してしまうだろうけど、それはそれで良い。

 

 少し頭を冷やせばいい。心底そう思った。自分の事は棚に上げ、その事を自覚すらしないまま。一人で執務室へと戻る。ドアを開ければ、複雑そうな顔をしたノアの姿。

 

「ただいま」

「……おかえりなさい、ユウカちゃん。今回は少し強引だったんじゃないですか?」

 

 反射的に否定しようとしてノアへ目を向ける。私の瞳に映ったのは。いつも笑みを浮かべて周りに接するノアには珍しく、歯切れの悪い、言いたい事が奥歯に挟まったかのような態度。そんなノアの様子を見れば、流石に私も頭に血が登っていたと。そう自覚し始める。

 

 形にしようとした言葉はすぼんで音にならずに。私は椅子まで戻れず、その場に立ち尽くす。

 

「コユキちゃんが行ういつもの、遊び混じりのクラッキングとは少し違いました。何よりユウカちゃん自身も冷静とは言えないような様子だったかと思います」

 

 嫌な形でお墨付きまで頂いてしまった。けれどそう言われればなんの反論も思い浮かばない。

 

「……そうね、そのとおりだと思う。せめて理由くらい聞けばよかったわ。ごめんノア。作業止めちゃって申し訳ないんだけど、もう一回反省部屋へ行ってくる」

 向き合って、頭ごなしにお説教したことを謝って。話を聞こう。しでかしたことを怒るのはその後で良い。決めたのなら早く行動しないと。

 流石にさっきの今だ。いくらなんでもまだ抜け出しては居ないと思うけど、うかうかもしていられない。

 

 そう考え踵を返す。入ってきたばかりの扉をくぐり、来た道を引き返そうとして──

 

「──ちょっと待って下さいユウカちゃん!? 『それ』、どうしたんですか!?」

 

 今までとはレベルが違う、絶叫とも呼べる声量で呼び止められた。

 *

 そうして時間は冒頭へと戻る。

 

 ノアが先生に連絡をしている間、彼女に指摘された自らの後頭部を触ろうと試してみても、手が「すかって」しまう。

 そも手自体を見れば、それでさえもきれいさっぱり半分が消失している。両手とも、薬指と中指の間から線を引いたかのように無くなっていて。恐らくそれが背中まで続いているのだろうと予測できる。

 

 恐る恐る断面を見てみると、そこにあったのはスプラッターな断面図でも血が溢れる臓物でも無く。

 ただの「黒」。一切の光さえ呑み込んで何者も反射しない暗黒(くらやみ)めいた空間。

 思い切って反対の手の、残った指を入れても何にも触らずにどこまでも沈む。なぜこんなにも冷静に検証しているのかと言えば、現実感が皆無だからだ。いや、本当は分かってる。

 

 文字通り身体が半分無くなっているというのに、いつこうなったのか皆目検討も付いていない。今だって、ノアに指摘されなければ何も気に留めること無く反省室へ進んでいた。

 痛みも違和感もなく、体の半分が消失して。なのに死なないどころか気付きも出来ない。今は痛くないかもしれない。なんの問題もなく息が出来ているかもしれない。

 でも一秒後は? 十秒後は? 突然全ての感覚を取り戻して痛みとして認識してしまう、そんなことが起こらないなんて保証はどこにもない。

 

 不可思議に体の半分が無くなって、臓器の機能はどうなる? 一瞬後には機能不全に陥ったって不思議ではない。むしろその方が自然だ。

 自らに起きた変化が恐怖に満ちていて、余計なことを考えていなければ今にも崩れ落ちてしまいそうなだけ。

 

 無意識に身体の震えを抑えようとして、両肘を抱くような動作をしようとして。自らの口が嘲笑の形に変わる。「こっち」は前面だ、ならまだ部位(パーツ)が揃っている。だから笑えた。笑うしかない、そういった方が正しい。

 

 抑えようとした部分には、ただの()()()()が広がっているだけなのに。

 一体身体のどの部位を掴むつもりだったのだ、私は。

 *

 それからどのくらいの時間がたったのだろう。気が付いたら先生が目の前に居た。いつもは付けていないネックウォーマーを付けているなあ、最近特に冷え込んできているからかなあ、なんてぼんやりとした思考がよぎる。

 

 どうやらノアがあらかた事情を説明してくれたようだった。先生はどうやら急いで来てくれたみたい。普段から想像も出来ない程息を切らせている。こんな状況だというのに、少しうれしくなっている私がいて。

 

 ”大変だったね、ユウカ”

 こんな訳の分からない事なのに否定しないでいてくれることが嬉しかった。私を疑わないでいてくれることが嬉しかった。

 同時に、なんてひどいことをしてしまったのだろう、とも。そう思った。

 ──

 ”確認だけど。──大事な確認だから落ち着いて聞いてね。”

 ”ユウカとコユキの間にすれ違いがあった。『コユキのやり方にうんざりして、意趣返しをしたかった』”

 ”この認識で間違いはない? ”

 

「ちっ、違い──」

 背筋に氷を突っ込まれたかのような鋭さ。反射的に、たった半分しかなくなった身が竦む。

 

 ──違います、と。果たしてそう言えるのだろうか。対偶を述べようとした声が思わず掠れた。

 あの時の私は何を考えていた? 余計な事をしてと。仕事を増やすなと。そう心の中で、たった一欠片さえ心に過らなかったかと問われて、果たして何のてらいも無く「はい」と。

 そう答えを返せる? 

 

「先生!? それはいくらなんでも……ッ!」

 ”ノア”

「……っ」

 

 ノアが庇おうとしてくれたみたいだけど、先生のいつもと違う声色に遮られる。

 

 ”さっきも言ったけど、大事な事なんだ。ユウカに答えて欲しい”

 

 いつもの、当番で見る視線とはまるで違う。私の内面まで見透かすような眼差し。あるいはこの質問を受ける前の私ならドキドキできたのかもしれないけど。今はもう、裁判官を前にしているような気分だった。

 

「あっ……その、私は」

 

 言葉に詰まる。

 何を言語化すればいいのか、どうすれば言葉として私の気持ちを外へ出力できるのか。そもそも、私の気持ちはどこにあるのか。

 何もかもが分からなくなって、言葉を紡げない。

 

 言葉を紡げないままどれほどの時間がたったか。部屋に付けられたヒーターの音が煩わしい。そんな音を立てたところで一向に私の身は暖かくならない。

 

 口を開こうとして、閉じる。ぱくぱくと、まるで金魚みたいだと、そんな自嘲が脳を走る。

 酸素を吸おうとしている魚と、言い訳の言葉を探している私。きっと、そこまでの差異はない。私の本心は一体どこにあるんだろうか。言葉を発した直後の事はもう、後から思い返しても何が本当か自分でも分からないけれど。

 

「今」の本心は定まっている。それだけは間違いない。自分の半身が消えても。いや、だからこそ、だ。「裏」が消えて尚、より一層強くなった私の気持ち。

 

 そんな様子の私をしばらく眺めていた先生の雰囲気が、ふいに緩む。私の思い込みが強かったのはあったかもしれないけれど。それでも鋭い視線であったのは間違いないのに。

 

 ”うん、うん。そうだよね。ごめんね、意地悪な質問しちゃって”

 ”それでも。必要な事だったんだ。──ユウカ”

 

 え? 話の脈絡が理解できない。この場の状況は何一つ好転していないように見えるけど、先生の目には違う? 一体先生は何を知っている? 

 

 

 ”ノアから第一報を受けた時点でそこまで不安視はしていなかったんだけど。やっぱり問題ないね”

 ”もう大丈夫。というか、最初から私は要らなかったみたい”

 

「ど、どういう事ですか!? 今だって私の……」

 

「裏」は無くなったままなのに。言いながら、再度後頭部に触れようとする。さっきと同じく、空を切る。何も状況は変わっていない。

 

 ”ううん。明確に変わってる……と言っても、まだ状況は掴めないよね。戻るまでの間は解説で場を繋ごうか”

 

 変わっている。そういうのなら話を聞こう。今にも縋り付いて、不安をぶちまけてしまいたい気持ちは依然そのままだけど。

 変だなんだという話をするなら、まずは「体の半身が消える」こと自体が異常だし、その状況に見舞われた私の姿を見て取り乱さない先生も異常なのだから。

 *

 そう心根を決めて見ても未だに、不安はある。自分の体に何が起こったのか、この現象は何なのか。(かぶり)を振って思考を散らす。

 ここまで来たらそんな心配は今更だ。ここまでの数十分が大丈夫だったのであれば、この先の数十分も無事であると。

 そうやって無理やり不安をねじ伏せる。相変わらず体の震えは止まらないが、再度奥歯で噛み殺す。

 

 ああ、喉は裂かれてても前歯後歯の位置は「前面」だったらしい。

 

 どうしてか、そんなとりとめのない思考が、頭の中をぐるぐると回る。よし、決めた。先生が「大丈夫」と言うのであれば、まずはそれを信じてみよう。

 相も変わらず暗闇が広がる自らの体を抱きしめて、今度は前向きに。先生に向き直った。

 

 ”ユウカの身に何が起こったのか。それから説明していくね”

 ”薄々察しているかもしれないけど、現在ユウカは身体の後ろ半分が無くなっている状態。より正確に表現するなら「裏を切り取られている」。つまり、”

 

 ”ユウカは裏切(うらき)られた”

 ”勿論、敵味方とかそういう話じゃなくて。物理的に”

 

 発音は裏切(うらぎ)り、じゃなくて裏切(うらき)り。ちょっとややこしいけどね。

 先生は続けてそう話す。

 

 背が無くなった、ではなく。裏。裏切り。うらきり。摩訶不思議な現象である事は一度棚に上げ(そうしないと前提を保てない)て考えるなら。その言葉に心当たりはある。

 

 むしろドンピシャと言っても良いくらい。

 

 丸一日どころか半日さえも経ってない程度の記憶を遡ることに、酷く難儀する。その後に色々なことが起こりすぎたせいだが、それはともかく。

 

 確かにあの時の私は、コユキに対してそのような感情を抱いた。……裏切られたと。一方的に、身勝手に。あの子の想いを汲もうともせず、そう思ったのは間違いない。それが原因。だとしても。

 

「先生がこういった事にお詳しそうな様子には一旦振れずに話を進めますが。ユウカちゃんがここまでされる原因になるとはとても思えません。というか、こう言ってしまっては身も蓋も無いですが、ああいったすれ違いなら日常茶飯事ではないですか? 私達に限らず、人が暮らしている以上は」

 ”そうだね。ノアの言う通りだよ。じゃあ何故今回ユウカが「うらき」られたのか。それを説明していくね”

 ”多分話し終わるタイミングで丁度いいんじゃないかな”

 

 未だに身体は戻らない。けれど不安感は薄れている。パニックにならず、落ち着いている人が側にいてくれるから。大丈夫。話の続きを聞こう。

 

 ”二人は「うらきり太郎」って昔話、聞いたことある? ”

「.浦島太郎、なら聞いたことありますけど」

 

 そう答えを返しながら、ノアと顔を見合わせる。表情を見るに心当たりはなさそう。勿論私にもない。先生は、そんな私たちの様子は織り込み済だとでもいうような感じ。

 

 ”ま、そうだよね。かなりマイナー、どころかもう失伝寸前のだし。大元は”

「大元は? どういうことですか?」

 ”この話、実は二種類あるんだ。一つは普通のよくある昔話。「かちかち山」、「うさぎとかめ」、「オオカミと少年」みたいなやつね。利益だけを見て家族友人を裏切ったりするとしっぺ返しがありますよ、みたいな。消えかけているのはこっち”

 

 私もノアも、「うらきり太郎」なんて聞いたことはなかったが。よくあると言えばよくある話、なのだろうか? 

 

 ”それでもう一つなんだけど。こっちが問題でね。今のユウカに直接関係する話”

 

 そこまで語って、先生が一息つく、どころか少し苦しそうに咳き込んで、ネックウォーマー越しに首を擦る。

 一度に大量に話したからだろうか。深呼吸を数度繰り返す。

 私に関係する。そう言われて思わず前のめりになり、続きを促した。

 

 ”大筋はだいたい一緒なんだけど。いわゆる「本当は怖い昔話」。そういう()()()()、聞いたこと無い? ”

 ”「シンデレラ」の姉たちは、ガラスの靴に足を合わせるため踵を切り落としていた、とか。「赤ずきん」は狼に喰われて話が終わってしまうとか。そういう奴”

 

 確かに、小耳に挟んだことはある。学校でそういう話で盛り上がっている生徒達もいた。そういった物に惹かれる年頃というのは、誰にでもあるらしい。

 私は好みではなかったので詳しくはないけれど。

 

 ”「本当は怖いうらきり太郎」はこういう話”

 そう言って先生は、「うらきり太郎」を語り始める。

 

 そしてこの中に、私の身に起きた出来事への解があるのだ。

 *

 長々と説明するのもあれだから要点だけね。

 

 主人公はうらきり太郎。もっとも、その名前がつくのは話の最後だけど。

 この主人公は正義感は強いんだけど人の話を聞かなくてね。ある時、友人を騙して金儲けしたという男の話を聞きつけるんだ。それは良くないことだと。そして、騙して金儲けをした、という触れ込みの男を罠にかけて背後から──裏から斬り殺した。

 

 詐欺師を成敗したとして気が大きくなった主人公はそれからも同じことを繰り返す。勿論周りの人は頼んでもいない自警活動に嫌気が差しているんだけど。

 

 そして別の時。とうとう主人公は大きな過ちを犯した。

 

 早い話が冤罪だね。当事者たちの話を精査していれば気づけた所に気付かず、いつものように騙しを行った、と決めつけた人間を斬り殺した。そういうパターンがついに発生した。

 

 しかも今回主人公の被害者になった人達は恋人同士だったんだ。要は痴情の縺れ。浮気したしてない、そういう問答している所に、話の上辺だけで判断した主人公が行動を起こしてしまった、という訳。

 

 恋人を殺された女は大激怒。主人公の横暴さに嫌気が指していた周囲の人間と結託して、主人公を殺す行動に出た。

 あの男を殺してくれてありがとう。貴方にお礼がしたいの。そう言って主人公を呼び出し、いい気にさせたところで、主人公を裏切って背後から滅多刺し。

 

 周りの人達はヒートアップして、主人公.だった死体の頭頂部から踵まで、後ろ半分を切り取った。

 そうしてアジの開きみたいになった男の死体の前半分と後ろ半分を、川にバラまいて捨てて。

 

 聞く耳を持たない迷惑者は、魚さえも食わずに流されて見えなくなっていきましたとさ。

 *

 ”とまあ、こんな具合。”

 

 そういって先生が語り終え、大きく息を吸う。淡々と要点だけをかいつまんで話してくれたので怖さよりも知識として頭に入れることが出来たが。

 それでも今の私には、無い背筋が冷えるような思いがした。

 

 ”「うらきり太郎」の話も今みたいに、「本当は怖い」お話だとされた。それこそ「シンデレラ」や「赤ずきん」と同じように。でも、他の昔話とは成り立ちが逆なんだ”

「逆、ですか?」

 

 ”基本的に、昔話に類するものは原文の方がどぎつい。それを一般に広めるにあたり、多くの人に受け入れられるよう毒が薄まった話に調整される。その後、知る人ぞ知る、そんな扱いで「本当は怖い昔話」が一部の人に知れ渡る”

 ”そういうルートを辿って「物語」は広まっていく。お話に側面が生まれる。お話は様々な顔を持つようになる。童話は「本当は」怖いかもしれないが、けれどそれだけじゃないと多くの人が知っていく”

 

 ”けど、「うらきり太郎」は逆。元がマイナーで知名度が低い昔話。でも所々に散りばめられている、残酷な描写を入れられそうな部分”

 

 ”例えば元は、主人公は騙した人を注意しただけかも。あるいは、殴りはしても殺しはしなかったかもしれない。復讐に走った女も、『自分が聞いた話では包丁で一突きだった。けれど滅多刺しの方が面白い』。そう考えた「誰か」がいた”

 

 ”そんな風に膨らませて、誇張して。自分流にアレンジして人に聞かせた誰かが居て。聞いた誰かもなにかの拍子で誰かに語る。うろ覚えになった箇所は誤魔化し、あるいは自分で補填して。より大仰に。更に残酷に。一層の興味を引くように。”

 

 ”年月を経て語られる内に変質した。「よくある昔話」から「知る人ぞ知る怖い昔話」へ。人々の怖いもの見たさを煽る、恐怖の一側面だけが強調された「恐怖をもたらすお話」へ。同時に語られなくなった元々の物語は風化し、失伝する。結果として、残虐な昔話としての印象だけが独り歩きしていく。

 

 ”そうして、「うらきり太郎」は「怪談」に成った”

 ”──あるいは、Library of Lore(止め処無い奇談の図書館)。こういうタイプの「噂」の成立を、そう呼ぶ奴もいる”

 人を裏切(うらぎ)るものは裏切(うらき)られる。そんな怪談話へと。

 丁度そう、私のように。

 

 *

 

 ”そうして怪談として独り歩きしている「うらきり太郎」に、ユウカは襲われた。トリガーは多分、コユキの善意を裏切ってしまったかもしれないと、他ならないユウカ自身がそう思ったこと”

 ”それを呼び水にして、裏切り者に制裁を与える。罰は、話の肝にもなっている「裏を切る」。そういう形で「うらきり太郎」の怪談が現実化したんだ”

 

 対象は多分、誰でもいい。裏切った、騙した。その考えを抱いた誰かさえいれば。だから、今回はたまたま私だった。多分そうなのだろう。

 

 なにせ、物語の中で、うらきり太郎は人の話を聞かないと。そう語られているのだから。人の話を都合の良いように聞いて、自分の解釈したい(のぞみ)通りに理解する。挙げ句に、それを人に押し付けて罰する。全く持って迷惑千万。

 

 そんな人間は、裏切(うらき)られても仕方がない。コユキにやった行いが、私に返ってきただけ。

 

 ”ユウカの抱いた考えが正しいのか間違っているのか、それは重要じゃない。いや、大切なことではあるんだけども”

「はい、分かっています」

 

 そこに関しては、私がコユキと向き合えばいいだけで。この現象の本題ではない。

 

 一方で疑問がある。怪談に沿うなら、自分で言うのもおかしいことだけど私は既に死んでいる筈。

 頭から踵までを綺麗に裂かれて。なぜ、私は今も無事……とは言えないが曲がりなりにも生きていられる? 

 

「で、でも先生。その話に沿うならユウカちゃんは……」

 

 同じことを考えたのか、丁度ノアから質問が飛んだ。

 

 ”結局のところ、「うらきり太郎」はどこまでいっても()()()なんだよ”

 ”だって大元は、「人を裏切ることは良くないこと」だと。それを教える物語なんだから。人に教訓を与える話なら。前提として人が生きていなければ”

 

 ”──それこそ、話にならない”

 

 その回答で思い至る。なぜ類似の昔話として「桃太郎」や「浦島太郎」などの、昔話の代表格を上げるのではなく。

「かちかち山」や「うさぎとかめ」、「オオカミと少年」を引き合いに出したのか。

 

 ”どんなに変質しようと、味付けが変わろうと。誇張が過ぎようと。テクスチャが貼替えられようと。その骨子は変わらない。どうしても本質からは逃れられない”

 ”だから、「うらきり太郎」に襲われても死なない。手痛い教訓は受ける。「だから人を裏切ることはやめましょう」と。でも。”

 

 ”聞いた人が学びを得たなら。この話は役目を果たす”

 

 共通点は表題(タイトル)ではなく、種別(ジャンル)

 教訓を与えることを主眼に置いた昔話達。その例に漏れず「うらきり太郎」も怪談に変質して尚、話の目的は恐怖ではなく。

 

 人に、私に教えること。

 

 ならば私の身に起きた現象はあくまで一時的で。最終的には問題が解決するという確信。それが先生にはあった。だから。

 

「だから先生は最初に「(先生)は要らなかった」と。そう言ったんですか!?」

 

 ”? ”

 ”そうだよ? ユウカは私利私欲で誰かを裏切ったりするような子じゃないし。であれば、大方すれ違いが原因。ノアの話を聞く限りこれもほぼ間違いない。そして仮にユウカに落ち度があったとして、それを省みない子でもない。なら自然に戻るかなって”

 

 何を当たり前のことを。そう言わんばかりの視線。

 その眼差しに宿るのは、勘違いでなければ。うぬぼれてもいいなら。

 

 私への、早瀬ユウカという一個人に対しての、信頼。そう呼んで差し支えないもの。

 

「じゃ、じゃあ『コユキのやり方にうんざりして、意趣返しをしたかった』と質問した意図は!? 戻ると思っていたのならあんな言い方しなくてもいいじゃないですか!?」

 

 私に原因があったのだから仕方がない。そう思えるのは先生との会話を経て一定の理解を得たからで、あの時の私は正直結構傷ついた。

 

 ”それは本当にごめん。でも念の為ね。万が一意固地になったままだと「教訓を得る」という条件が満たせずに身体がそのままになってしまうから。ユウカの反応で見極めようと思ったんだ”

 

 流石にその場合は別の対策が必要になるからね。そうなるとは全く思っていない、そんな声色で告げられてしまえば。私に注がれる信頼が温かくて、くすぐったくて。

 身体が半分無くなるなどという異常事態において、平常時よりも何倍にも増して張っていた緊張の糸が切れてしまい。

 

 ──ぺたん、と。尻もちをついてしまった。

 ”ほらね? 大丈夫だったでしょ? ”

 

 その言葉と共に差し伸べられた手を借り体を起こし、頭一つ高い位置へ頷きを返す。スカートについた埃を払えば、もうそこに立つのはいつも通りのかんぺきな私。

 

 さあ、コユキの元へ急がないと。

 ───

 ──

 ─

 その後の事は特に語ることも無く。

 

 思わぬアクシデントにより時間をかけてしまったせいで、既に反省部屋はもぬけの殻になっており。

 ノアと先生にも捜索を手伝って貰い、ようやくコユキに会うことが出来たのは日もとっぷりと暮れた夜になってから。

 

 声にならない掠れ声で謝ろうとするコユキを抱きしめて、私も謝罪を返す。そこまでが、私の頭に残る鮮明な記憶。

 

 後のことは、ぼんやりとした記憶でだけ覚えている。

 疲労困憊の私とコユキは、ノアと先生によってセミナーの執務室へ運ばれたらしい。そのままソファで二人、朝まで寝こけていた。

 

 翌朝。執務室を訪れたノアに起こされる。と言っても、ノアの声は心地よくてむしろ睡眠を促して来るような──

「おはようございます。ユウカちゃん、コユキちゃん。今日の書類仕事、頑張っていきましょうね?」

 

 ──覚醒した。

 まずい昨日はほぼ業務が進んでいないと言っても過言ではないというか実際に進んでいないしそれを巻き返すのに三人だともう無理だしどうやっても取り返せないからこうなったら頼るべきは会長の遺作のアヴァンギャルド君に書類仕事はできないので正道ではなく邪道.! 

 

「コユキ! おはよう! 起きて! もう全部やっちゃって良いわ! 昨日私が止めたことなんてさっぱり忘れて!」

「はえっ? ……おはようございます先輩方……ちょっ、がくがく揺らさないでユウカせんぱい……」

 

 部屋の中には。いつもの笑みを浮かべるノア。絶賛大混乱の私。寝ぼけまなこのコユキ。そして。

 

 大量の仕事の山。

 

 もしまた私が昔話に遭うなら。その時は「こびとのくつや」が良いなあ。そんな事を考える年の瀬の朝だった。

 

 仕事はまだまだ、終わりそうにない。

 

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