ニュータイプ、シャリア・ブル──通称“灰色の幽霊”、または“木星帰りの男”。
木星船団の隊長を務め、一年戦争末期には大尉の階級でシャア・アズナブルのマヴとして活躍。特に、グラナダへのソロモン落としを阻止したことから、救国の英雄の一人とされているな。
戦後は中佐へと昇進し、強襲揚陸艦ソドンの指揮官としてシャア・アズナブル捜索の任務に就く。戦場から離れて久しいものの、未だにジオン最強のニュータイプとして知られており──。
「あの、中尉。そういうことを聞きたいわけではないんですけど」
テーブルの正面に座ったエグザベ少尉が、微妙な顔でオレの話を中断させる。
オレがソドンの通路を歩いていたら、エグザベ少尉とたまたま出会ったのがつい十分ほど前のこと。何やら相談したいことがあるというので食堂に場所を移した後、エグザベ少尉が問いかけてきたのだ。「シャリア・ブル中佐ってどんな人なんですか?」と。
「だから、説明していただろうが」
「誰でも知っている情報じゃないですか。ボクは、もっと中佐個人のことが気になるというか……」
中佐個人のこと……だと?
「ん、ムムム。……くぅううううッ」
「そんな苦悩するほどのことなんですか!?」
「いや、だってなぁ」
オレはコーヒーを一口すすり、テーブルを指でトントン突っつきながら考えを整理する。
あの人、秘密主義というか自分のことを話したがらないというか。別に会話をしないわけではない。ただ、いつも巧妙に自分自身のプライベートを明かさないんだよな。
会話の主導権を握ってウヤムヤにするのが、やたら上手なんだよ。昔、中佐と世間話をしていた中で、木星船団時代のことを尋ねてみたのだが。いつの間にか話題がすり替えられていて、気がついたら二人でズムシティ公王庁のデザインについて語り合っていたんだよな。
なんでオレは中佐とズムシティ公王庁の話を? まあ、最高にかっこいいデザインではあるが。
ザクを始めとしたMSの姿が記憶と違って、「ん? なんかオレの知っているジオン公国と違うぞ?」と漠然とした不安に襲われているオレなのだが。あの建物だけは少年の頃に見たのと変わらぬ姿でそびえたち、オレに安心を与えてくれる。
あれこそジオンの魂の結晶。ありがとう、ズムシティ公王庁。永遠なれ、ズムシティ公王庁。
「あの建物の秘密を知ってるか? あれな、見えているのは実は巨大MSの頭部でな。いざという時には下から胴体がせり出して、最終兵器グレート・ジオンになって動き出すんだよ」
「そうなんですね。話を戻してもいいですか?」
いいぞ。
「ボクもソドンに来てからそれなりに経ちますけど、中佐のことがよく分からないんですよ。話をしていても、どこかはぐらかされているような気がして」
なるほど。それで悩んでいたのか。相変わらずエグザベ少尉は生真面目だな。
「オレだってもう五年は部下やってるが、あの人は誰に対してもあんな感じだよ」
「そうですか。ひょっとしたら、壁を感じるのはボクが期待に応えられていないせいじゃないかと」
「ああ。それだけはないから心配するな」
エグザベ少尉の働きぶりで満足できないんなら、どんな超人を連れてきたらいいんだって話だよ。
むしろ、少尉が来てからというもの、だいぶ機嫌がよさそうだぞ。たぶん。
ん。そういえば。
「この前、中佐が少尉のことを話題に出していたな」
「えッ! なんて言ってましたか!?」
「忘れた」
ネオ・ドラッツェの悪夢を見た日に、ギャンがどうのこうのとは言っていた気はするんだが……。
キケロガがMS形態に変形するとかいうホラのインパクトがデカすぎて、そっちに全部もっていかれてしまった。
あれ以来、仕事してる最中にも不意にキケロガから手足がニョキニョキ生えて来るイメージが頭に浮かんで、笑いそうになってしまうんだよな。勘弁してください、シャリア・ブル中佐。
「あ、エグザベくん。それにジコッテ中尉も」
「おーう、コモリ少尉か」
そんな風に話し合っていると、コーヒーカップを片手に持ったコモリ少尉がそばを通りかかる。
「何をニヤニヤしているんですか。エグザベくんはグッタリしてるし」
「なんでもない。ただの思い出し笑いだよ」
エグザベ少尉が肩を落としている理由は知らん。
「二人でシャリア・ブル中佐のプライベートについて話していたんだよ。コモリ少尉はよく中佐の補佐で一緒にいるだろ。何か趣味や好みの話とか聞いてないか。実は胸よりも尻派だとか」
「仮にそんなの語られたら、とっくに人事に連絡を取ってます」
ため息を吐いてから、コモリ少尉は近くにあるオレの隣の席をスルーし、エグザベ少尉の横に座る。おい、オレの隣は嫌か。
ちょっと心が傷ついたオレをよそに、コモリ少尉は話を続ける。
「中尉が知らないのなら、誰も知りませんよ。0080からずっと中佐の部下なんですよね?」
「まあ、なあ」
ゼクノヴァ後に意識不明で宇宙を漂っているところを見つけてくれたから、命の恩人とも呼べる人ではあるのだが。
「ダメだ。あの人のことは、よう分からん。この五年というもの振り回されっぱなしだな。クタクタだよ」
「本当ですよ。いつも前触れもなく突拍子もないことを言い始めて。理由を聞いても、ハッキリした答えなんて返ってきたことがないんですから。少しは、上官たちに振り回されるこっちの身にもなってほしいです」
よほど鬱憤が溜まっているのだろう。コモリ少尉は顔を伏せ、心底ウンザリとした調子で不満を吐き出している。
……あれ? なんか、困った上官が複数いるみたいな言い方だったな?
しかし、コモリ少尉も大変だよな。本来の職務を超えるもの押しつけられて。
ソドンは、グラナダから送られてくるゼクノヴァやシャア総帥に関する情報を基にして行動している。これらの情報に対応しているのがコモリ少尉だ。その中には、オレですら知らない機密情報も含まれている。
本当ならば士官学校を出たばかりの少尉に扱わせていいものではないのだが、シャリア・ブル中佐の独断による采配らしい。木星帰りの勘ならしかたないな。
ちなみに、コモリ少尉が機密を知っているという事実も機密である。
この件は、グラナダで中佐と二人で飲んだ時に教えてもらったのだが、ペラペラしゃべられた後で「あ、これも機密なので気をつけてくださいね」と言われた時は酒を吹き出しかけた。ホント、油断のできない人だよ。
「ああいうところ、絶対に昔の上官から割とよろしくない影響を受けてるよなぁ」
遠い昔の日々を思い起こして、しみじみとぼやく。オレがシャア総帥の部下だった時も、散々に無茶ぶりをされたよ。
その中でも極めつけだったのは、小惑星5thルナを地球に落とそうとした時のことだな。
オレは当然ギラ・ドーガに乗って妨害に来るロンド・ベルと戦うつもりでいたのだが。作戦を一週間前に控えたある日、突然シャア総帥に呼び出されたと思ったら、開口一番言われたのだ。
お前はMSに乗らなくていいから、決死隊を率いてサイド2のレーザー砲を潰してこい、と。
総帥たちが5thルナを巡ってMS戦をしている一方、オレはライフルを連射しながらサイド2のレーザー砲台へ突入していた。圧倒的に多数の連邦兵を相手に銃撃と格闘を繰り広げ、最後は自分たちの仕掛けた時限爆弾の爆風が迫る中、負傷した隊員を背負って九死に一生の脱出をやり遂げたのだ。
あんなに必死になって逃げたのは、ダヴリンで味方の落としたコロニーに巻き込まれかけた時以来だったぞ。決死隊全員で生還したのは奇跡だろ。
「ん? どうした、エグザベ少尉」
かつてくぐった修羅場のことを思い返していると、エグザベ少尉が腑に落ちない表情をオレに向けていることに気づいた。
「えっと。中佐の昔の上官というと、シャア大佐のことですよね。中尉は大佐と面識があるんですか?」
「エグザベくん。中尉の言うこと、真面目に聞かなくていいから」
質問するエグザベ少尉に、コモリ少尉が呆れ声をかける。
悲しいねぇ、人を信じられないというのは。コモリ少尉、どうしてそんなにやさぐれてしまったんだ。初めてソドンで会った時は、あんなに澄んだ目をした新米士官だったというのに。
まあ誰が悪いかと言ったら、八割くらいはオレが悪いのだろうが。あと二割は中佐な。
面識があるどころか、三年くらいはシャア・アズナブルの部下をやっていたのだけどな。
アクシズ崩壊後、スラム街で野垂れ死ぬ寸前だったオレを拾ってくれたのがシャア総帥だった。実はネオ・ジオンの中だとそこそこ古株だったんだぞ、オレ。
組織が水面下で勢力を拡大していた時期には、総帥の護衛としてそばにつくことも多々あったし、腹心とまではいかないがそれなりに距離が近い部下ではあったのだ。
今にして思えば、味方だったと思えば敵になり、最後には直接の上司になるという複雑骨折してそうな関係だったな、総帥とも。
本当にオレも総帥とは色々あったものだ。メガ何とかランチャーとかいうバカでかいメガ粒子砲で、ガザCごと消し飛ばされそうになったり。オレが総帥をメリケンサックで殴り殺そうとして返り討ちにあったり。
……おかしいな。5thルナの一件といい、オレがひどい目にあっている思い出ばかり出てくる。
と、つい昔を振り返って本題であるシャリア・ブル中佐のことを忘れてしまっていた。
事の発端であるエグザベ少尉をうかがうと、何を考えているのやら難しい表情を浮かべている。その隣ではコモリ少尉もうつむいて悩まし気な顔つきだ。
どうしたものかね。オレの経験上、こういった指揮官への小さな不信感が積み重なると、シャレにならないことにつながるんだよな。ちょっとしたフォローを入れておくとしよう。
「あー、なんだ。シャリア・ブル中佐に話を戻すが、あの言動もオレたちのことを想ってのものかもしれんぞ?」
オレの言葉に、少尉たちは顔を見合わせる。いきなり何を言いだしたんだ、という感じだな。
「少尉たちも中佐の経歴は知っているだろう。元々、あの人はギレン総帥からキシリア閣下の部隊へ送られてきたんだ」
瞬間、少尉たちの顔にわずかな緊張が走る。オレが何を言いたいのか、ある程度は察したのだろう。
「まさか、派閥争いにボクたちを巻き込まないために?」
「予想だがな」
オレはすっかり冷めてしまったコーヒーを飲み切ってから、話を続ける。
「今となっては完全にキシリア閣下の派閥に組み込まれているがな。その経歴から、身内からも警戒されていることは簡単に想像できる。本人の意志とは関係なく、陰謀の渦中にいる人なんだよ」
「……」
「考えたくはないが、何か起これば中佐と距離の近い人間も無関係では済まない。その辺りのことを、中佐も憂慮しているんじゃないか」
オレが言い終えると、重たい沈黙がテーブルに広がった。
うむ。即興で考えたにしては、かなりそれっぽいストーリーが自分の口から出てきて、我ながら驚いている。
オレとしては、中佐のあれはだいぶ素の部分が大きいと思うぞ。これまでニュータイプには何人も知り合ってきたが、一癖も二癖もある連中ばかりだったからな。一々、その言動の裏まで考えていたらキリがない。ある程度はこっちもテキトーに流すのが一番だ。
オレがそんなことを考えていると、ふと、コモリ少尉がこちらを凝視してるのに気づいた。
「どうした?」
「ジコッテ中尉って、そういう政争とか考察できる人だったんですね。てっきり、思考のほとんどは食事と戦闘で占められているイメージだったんですけど」
「野生動物か、オレは」
黙っていると思ったら、そんな失礼なこと考えていたのか。派閥争いからのゴタゴタとか、アクシズ時代に嫌というほど味わってるんだよ。生き地獄を見たからな、マジで。
「ひょっとしたら、ソドンの中にもギレン総帥派への内通者がいるかもな」
「やめてくださいよ。不安を煽るのは」
「冗談だよ」
ジト目を向けてくるコモリ少尉にヒラヒラと手を振ってから、オレは腕組みをして少尉たちに告げる。
「とにかく、中佐にも立場というものがあるんだよ。そんな簡単にな、本心を他人には明かせない事情があるんだ」
そういうことにしとけ。
「それじゃ、オレは先に抜けさせてもらうぞ。ちょっと用事があるんでな」
「あ、はい。相談に乗ってもらってありがとうございます」
「お安い御用だよ。困ったことがあったら、オレはいつでも時間を取るからな」
エグザベ少尉からの感謝に、できる限りの爽やかな笑顔で応じ、その場を後にする。
完璧だ。今のオレの姿は、部下の悩みと真摯に向き合う上司そのもの。今回の一件で、あの二人からの評価もさぞかし上方修正されることだろうと、オレは内心でニヤニヤしながらその場を後にした。
「中尉の言ったこと、どこまで本気だったと思う?」
「さあ……」
コモリ少尉の疑問に、エグザベ少尉は言葉を濁した。最後の最後に向けられた、この上なく怪しいうすら笑いを思い返しながら。
(結局、肝心なことは何も分からなかったな)
キシリアから命じられたシャリア・ブルの監視任務。それなりの期間が経過したが、今のところは信用できるともできないとも言い切れない、どっちつかずな状態だった。
相談を口実として虚言癖のある上官に探りを入れてみたのだが、ただごまかされて終わった気がしてならない。
どうしようもない虚脱感を覚えて胸中で嘆息していると、隣のコモリ少尉がボソリとつぶやいた。
「だいたい、ジコッテ中尉も人のこと言えた立場じゃないよね」
「え?」
「だってさ、口数は必要以上に多いけど、いつもデタラメばっかりじゃん。戦時中はルウム戦役に従軍していたらしいけど、その時の話なんて一回もしてくれたことないし」
(そういえば……)
エグザベ少尉には、他にも思い当たるふしがあった。
キシリアから渡された書類によると、中尉の出身はグラナダだったはず。ソドンの活動拠点でもあるのだから、クルーたちにも馴染みの深い場所だ。地元での思い出話などいくらでも出てきそうなものだが、そうした類のものは聞いた覚えがない。
改めて考えると、不自然な点が多かった。さっきまで話をしていた中尉も、シャリア・ブルに負けず劣らず得体の知れない人物なのかもしれない。
(この任務、まだまだ時間がかかりそうだな)
いったい、あの困った上官たちを相手にどう立ち回ればよいのか。今日も頭を悩ませるエグザベ少尉だった。