宇宙世紀0079、十二月三一日。ジオン公国の宇宙要塞ア・バオア・クーでは、一年戦争最後の激戦が始まろうとしていた。
『Nフィールドに大規模なビーム攻撃! 戦闘艇部隊を前面に展開し、連邦の主力部隊が接近しつつあり!』
『敵軍はSフィールドにも接近中! Nフィールドを主攻線、Sフィールドを第二線として突入してくるぞ!』
『ミサイルで対応しろ! MS部隊はまだ出るな!』
ミノフスキー粒子に阻害され、激しいノイズが混じった通信が近辺の宙域を飛び交う。そんな緊迫した状況でも、グラナダ方面に位置するEフィールドでは、未だに表面上の平穏が保たれていた。
「き、来た……ッ」
哨戒任務にあたるザクのコクピットで、まだ幼さの残る少年が震える声を漏らした。
少年が見つめるザクのモニターには、Nフィールド方面で絶え間なくほとばしる光芒が映し出されている。実戦を知らない彼には、どれほどの規模の戦闘が行われているのか、その光景から推し量ることはできない。ただ、光の奔流の中で、無数の命が溶けていることだけは確かだった。
「あんなに戦いの火が。敵の半分はソーラレイで沈んだんじゃなかったのか!?」
少年は、冷静になれと何度も自身に言い聞かせるものの、どうしようもなく呼吸は荒くなる。両手の指が小刻みに震えるのを止められず、パイロットスーツの膝に手のひらを押しつけなければいけなかった。
『落ち着かんか、伍長』
唐突に、貫禄のある男性の声が通信に入る。
「す、すみません。少尉」
『おーう。武者震いするのは分かるが、今からそんなに気張っていてもしかたないだろ』
少尉の豪快な笑い声に、少年は幾分かプレッシャーが薄れるのを感じた。
彼の所属するMS小隊の隊長は、歴戦の軍人だ。ソロモンで左目を失ったために、主戦場になると予測されなかったEフィールドに回されているが、それでも彼にとっては頼もしい存在だった。
『こいつは度胸がありますよ、少尉。訓練兵時代には、いつも最後まで飯をがっついて教官に殴られてましたから』
「おい、やめろよロデリック。お前だって教官に──」
からかってくる訓練兵時代からの同期に、言い返そうとした時だった。
「──ッ!」
ザクのセンサーに反応があり、慌ててザクマシンガンを構えながら小隊に警告する。
「グ、グラナダ方面から敵艦が接近! でかいぞ!?」
とうとう敵がやって来たのかと、少年はほとんど悲鳴に近い声を上げる。が、返ってきたのは呆れ交じりのため息だった。
『はぁ……。あのなぁ、お前』
『あれはグワジンだろうが。間違っても撃つんじゃないぞ』
「……え!?」
予想外の指摘に、少年の頭の中が真っ白になる。彼が呆然としている間にも、小隊のメンバーは自分の仕事をこなしていた。
『こちらEフィールド、フォルゴーレ22。グワジンが侵入。キシリア少将のものと思われる』
少尉が報告しているのを聞きながら、少年はうつむいて頭を抱えた。羞恥で、全身がカッと火照るのを感じる。穴があったら入りたい気分だった。
『……気にするなとは言わないが、もうちょっと冷静になれ』
「は、はい」
少尉から戒められ、少年は蚊の鳴くような声を絞り出した。
『だが、援軍が間に合ったのは幸いだな。あれがキシリア少将の船なら、乗っているはずだぞ。あの赤い彗星が』
『シャア大佐が!』
聞こえてきた会話に、少年の目が大きく見開かれた。
赤い彗星のシャア・アズナブル。
一年戦争の開戦以来、一騎当千の英雄としてジオン公国にその名を轟かせたトップエースだ。彼の戦場での活躍がニュースで報道されるたびに、学生時代の少年も目を輝かせたものだった。
「そ、そうか。あの赤い彗星が来てくれたのなら……」
『勝てるぞ、この戦い!』
『おーう。赤い彗星のほかにも、ソロモンの悪夢に深紅の稲妻といったエースたちがここにはいるんだ。連邦なんかに、ア・バオア・クーは陥落しねぇよ』
少尉の断言に、少年たちは歓声を挙げる。
その少尉の言葉が、弾除け程度にしか思われていない学徒兵たちを安心させるための虚勢だと、少年たちは気づかない。そのことに思い至るには、彼らはまだ若すぎた。
数時間後、ア・バオア・クーは陥落した。
「どうして、オレがこんな任務を」
戦艦グワダンに向かって近づいてくるランチをにらみつけ、ガザCを操縦する青年は毒づいた。
宇宙世紀0087。約七年の期間を経て地球圏へと帰還したアクシズは、アースノイド至上主義のティターンズと対立するエゥーゴに接触した。
そのランチには、ハマーン・カーンと交渉を行うためにエゥーゴの一団が乗っているはずだ。万が一にも妙な動きを起こさないよう、青年はガザCで警戒するように命じられている。同様に、こちらからも手出しをするなと厳命されていた。
「あの中に赤い彗星が乗っているのだろ?」
『そのように聞いています、曹長』
「ふんッ」
僚機に確認してから、青年は苦虫を嚙み潰したような顔で鼻を鳴らした。
「アクシズを裏切って行方をくらませた男が目の前にいるのに、ただ指をくわえて見ているだけとはな」
『しかし、ハマーン様の決定ですよ? シャア大佐ほどのお人が味方になってくれれば──』
上官をなだめようとした僚機だったが、その言葉は怒号に遮られる。
「だまれ! ジオン再興という大義を忘れ、アースノイドと手を組んだ恥さらしだ。今さら、あんな
『わ、分かりましたよ……』
辟易とした様子で応じる僚機との通信を一方的に切り、青年は「フヌケがッ」と悪態をつく。
「情けない。デラーズ閣下さえご存命なら、こんなことには……」
グワダンに乗る将兵たちは、素人に毛が生えたような者がほとんどだ。地球圏に帰還する航海の途中にも、どれだけのトラブルに見舞われたことか。ア・バオア・クーや星の屑といった激戦を戦い抜いた青年に言わせれば、弱兵の集まりだった。
そして、そんな弱兵たちと同列に扱われている現状に思いをはせるたびに、青年の胸中には言いようのない苦々しさが湧き上がってくる。
「何がハマーン
青年は苛立ちのままに吐き捨てると、ガザCをランチへ向けて急接近させた。衝突の寸前で停止し、ランチの中を覗き込む。
ランチに乗っているのは六人。全員に視線をやってから、青年は赤いノーマルスーツを着た男に気づいた。
「あいつか」
青年も昔は憧れたこともある。だが、今となってはその姿は怒りを煽るだけだった。
ハマーン・カーンとエゥーゴの交渉次第では、敵となって戦場に現れるだろう。実際のところ、彼はそれを望んでさえいた。
「ア・バオア・クーの時のオレとは、もう違うんだよ。今のオレなら、ハマーン・カーンだろうがシャア・アズナブルだろうが!」
それだけ言い放ち、青年はガザCをランチから引き離した。
「おい、なんだか様子のおかしい野郎がいるぞ」
「よせ! あいつが例のアクシズ崩れだよ。目を合わせるな、いかれてるって噂だぜ」
宇宙世紀0090。アクシズがグレミーの謀反による混乱から瓦解して、およそ一年。
とあるスラム街の路地で、青年は廃ビルの壁に背中をもたれ、路面に座り込んでいた。
時折、何やら通行人が気味悪そうにささやく声が耳に届くが、今の彼にとってはどうでもいいことだ。
ジオン再興という夢が目前で崩れ去ったあの時から、青年の外側に広がる世界は、厚い膜を通して見るようにおぼろげなものになっていた。
「……ッ」
腹部に走った痛みに、彼は思わず息を詰まらせる。数日前にジオン残党狩りを自称するゴロツキたちに暴行を受けて以来、痛みは激しくなる一方だ。放っておけば取り返しがつかなくなる可能性もあるが、医者に診てもらう金も、生を望む気力も、今の彼には残されていなかった。
「……日々、想い続け、た。スペース、ノイドの……権確立を信じ……業火に焼かれ……」
青年はただ、濁った瞳で虚空を見つめながら、記憶の中にある言葉をうわ言のようにつぶやき続ける。
そうしてしばらくの時間が経過した時だった。青年はわずかに身じろぎ、顔をゆっくりと横に向ける。彼に向って近づいてくる二人組の気配を感じたからだ。
「…………」
コロニーの人工太陽灯が逆光になり、二人組の姿は正視できない。それでも、男女であることだけは分かる。
二人は青年のすぐそばまで歩み寄り、足を止めた。
「急な訪問で申し訳ない」
男の方が最初に口を開いた。
「この辺りで、赤い彗星と戦ったと話す者がいると耳に挟んだものでね。君さえよければ、私にも話を聞かせてくれないか?」
殴り倒して追い払おうかという考えが、青年の頭に浮かぶ。だが、男の声がそれをさせなかった。不思議と耳に優しく響く、奇妙な魅力があったのだ。
「……グリプス戦役。……最後の、戦闘だった」
青年は短くない沈黙を経て、途切れ途切れのかすれ声を絞り出す。
「あと少しで、オレが、仕留めてやれたんだ。ハマーンと木星野郎さえ、横やりを入れてこなければな……」
「どうも私の記憶とは違うようだが。やはり君だったか、あのガザCに乗っていたのは」
男が苦笑しながら放った言葉の意味を、青年が理解するまで数秒かかった。
「──お前はッ!?」
驚愕しながらも青年は立ち上がり、話しかけていた男の顔を凝視した。
彫刻のように整った顔立ちに、柔らかな金髪。そして、額に残った傷跡。
あの赤い彗星のシャアが、青年の目の前に立っていた。
「シャ、シャア……アズナブル?」
すぐには理解が追い付かなかった青年だが、事態を飲み込むにつれて、その表情は鋭くなり目が血走っていく。
「う、裏切り者がッ。グリプス戦役で、どれだけの同志がお前に殺されたか!」
腹部の痛みも忘れて、青年はとっくに枯れ果てたはずの怒りと憎悪に駆られて叫んだ。右手で懐を探り、護身用のメリケンサックを取り出す。
「大佐!」
「いい、ナナイ。彼と話をさせてくれ」
シャアは、青年を警戒して割り込もうとする女をなだめると、どこか今の状況を楽しんでいるかのように語りかける。
「たしかに私は多くの命を奪った。だが、私の父であるジオン・ズム・ダイクンの唱えた理想を忘れてはいない。君も宇宙に生きる人々の未来を憂いているのなら、どうか私の話を──」
「うるっせえ死ね!」
殺意を込めて、青年は殴りかかった。
「気分はどうだね? 体調の方はだいぶ回復したと聞いているが」
質素ながらも清潔が保たれた部屋の中で、青年はベッドに腰を掛けたまま、訪問者へと顔を向けた。
この数週間、彼の目の前に立つ男は、たびたびこうして病室を訪れた。そして数分ほどの短い時間の中で、連邦政府の宇宙政策やスペースノイドの未来、あるいは単なる世間話を語っていく。
だが、今日はいつもと違うようだ。
「それで、そろそろ返答はもらえるだろうか。ただの一般人として、故郷へと帰るか。それとも、私の同志として人類のために戦ってくれるか」
「……」
青年はその言葉を受けて立ち上がる。そして姿勢を正し、目の前の男──赤い彗星のシャアに向けて敬礼した。
「ジーク・ジオン」
「うぇ、ゲロ吐きそう……」
ソドンの寝室で目を覚ましたオレの気分は、なんというか、最悪だった。
「ずいぶんと、懐かしい夢を見ていた気がする」
なんだろう。どんな夢だったか、はっきりとは思い出せないのだが。「あなたと赤い彗星の十年間:ダイジェスト版」みたいな内容だったような……。
とにかく思い出したくもない記憶を、延々と見させられた。新手の拷問か?
未だに覚醒しきっていない頭を拳骨でポカポカやっていると、不意に寝室の壁に設置された通信装置から呼び出し音が鳴る。
……コレ、出ないとダメか? なんだか猛烈に面倒なことになる気配がするのだが。オレの経験からすると、こんなタイミングでわざわざ呼び出されるなんて、ロクな要件じゃないんだよな。
せめてもの抵抗として、意味もなく部屋の中をウロチョロ歩き回ってみるが、呼び出し音が鳴りやむ様子はない。オレは観念してボタンを押した。
「あー、どうした?」
モニターに映ったコモリ少尉に尋ねる。
『中尉、お休みのところを申し訳ありません。至急ブリーフィングルームに来てください』
「何があったんだ? しばらくはサイド4でゼクノヴァ探しじゃなかったか?」
胸騒ぎが、だんだんと大きくなっていくのを感じる。
『赤いガンダムの情報が届きました。すでにソドンはサイド4を離れ始めています』
「……どこだ?」
オレの問いかけに、予想の斜め上の答えが返って来た。
『サイド1、それにサイド6です。二件の情報が、ほぼ同時に確認されました』
ほらな、面倒なことになった。