人類初のスペースコロニーが建造された、スペースノイドにとっては始まりの場所とも呼ぶべき宙域。それがサイド1である。
オレ個人としても、まあ、色々と因縁がある場所だな。
赤いガンダムの目撃情報を受け取ったソドンは、数日前にサイド1の宙域へと到着した。その行程はとほうもない波乱に満ち溢れ──ということもなく。特に言及することもない、順調そのものな道のりだった。
あえて言うのなら、オレのシミュレーターにおける連敗記録がそろそろ二十に達しそうなぐらいか。
もう、アレだな。エグザベ少尉の前では、MSに二十年がどうとか言わない方がいいな。
で、赤いガンダムの捜索任務を開始したわけなのだが。
「ソドン。目標は停戦信号を無視した。デブリ群に向けて逃走を開始」
オレは慌てた様子で逃げようとする相手を追いながら、カメラガンを通してその姿をまじまじと確認する。
「予想通りだな。ずいぶんといじくられているが、素体は軽キャノンで間違いない。しかし、今までの偽物たちと比べると、偽装もずいぶんと手間をかけたもんだ」
呆れが半分、感心が半分の独り言が漏れる。
ひどい時には、民間に放出されたザクを赤く塗っただけの奴とかいたからな。総帥の乗っていたザクは、ちゃんとサイド7で回収されてるんだよ。
「エグザベ少尉には待機と伝えてくれ。初陣の相手にするには、役者不足が過ぎるってな」
それにしても、こうもあっさり見つかるとは。こんな事件を起こす奴は目立ちたがりのアホと相場が決まってはいるが。
これに関しては、警戒する暇すら与えずにサイド1との交渉をまとめ、作戦を展開したシャリア・ブル中佐やコモリ少尉の手腕によるものも大きいか。
と、頭の中ではとりとめもない思考を浮かべながらも、身体は寸分の狂いもなくザクをコントロールして赤いガンダムもどきと一定の距離を維持する。
『ジコッテ中尉。あのデブリ群の中に逃げ込まれたら厄介です。その前に目標を無力化してください』
「そう焦るなよ」
ベノワ伍長から通信が入るが、オレはあえて指示を無視し、ザクの速度を保ち続ける。
おいおい。そいつは逆だよ。目標が無数に浮かぶスペースデブリの中に逃げこもうとしているなら、それまで待ってやればいい。
向こうの考えは分かる。どうせ、自分の勝手知ったるデブリ群の中に誘い込めば、地の利を活かして追跡を躱せると踏んでいるんだろう。
デブリ群に到達して、緊張の糸が緩んだ一瞬。そこを叩く。
「今だ。仕掛ける」
直感で捉えたタイミングを逃さず、オレはザクを急加速させた。身体を操縦席に押しつけようとするGをフィジカルではねのけながら、赤いMSとの距離を一気に縮めていく。
進路上の障害物を感知した機体が警告音をがなりたて、さらには通信機からも「ち、中尉ッ!?」とベノワ伍長の切迫した声が響く。
『危険ですッ。そんなスピードで突入したら!』
「ん、ああ」
制止の声を聞き流しながら、モニターを埋め尽くしていくデブリたちの位置関係を頭に叩き込んでいく。
「そんなに騒ぐなって。……暗礁宙域に比べたら、まるでリゾート地だぞ?」
リゾートになんて行ったことないが。
衝突の寸前にバーニアを一瞬だけ噴射し、側転じみた機動でこれを躱す。間髪入れずにAMBACによる姿勢制御でデブリ同士の間隙を潜り抜ける。
そんな動きを繰り返していると、上下左右に激しく回転する視界の中で、赤いガンダムもどきとの距離はすぐそこまで迫っていた。
向こうもオレの接近に気づいたようで、その動きが明らかに乱れた。ザクがデブリ群の中でもフルスピードで追跡してくるのは、完全に想定外だったのだろう。パイロットの狼狽が透けて見える。
サイド1のジャンク屋ということで警戒していたが、肩透かしだな。このまま決めに行くか。
「届いた。目標を無力化する」
オレがソドンに告げるのと同時に、ザクの左腕から伸びたワイヤーが目標に絡みつく。直後、ワイヤーを伝った電流が赤いガンダムもどきに流し込まれた。
「いやー。あっけなかったなぁ」
ソドンのMSドックで、オレはヘルメットを脱いで一息ついた。
騒ぎを起こした犯人は無事に確保。一応はエグザベ少尉がギャンで周囲を警戒しているが、もう終息したと見ていいだろう。
宙を漂いながら、念入りに固定された赤いガンダムもどきをクルーたちが調査しているのを見ていると、オレの視線に気づいたクルーの一人が声をかけてきた。
「お疲れ様です。ジコッテ中尉」
「おーう。犯人の様子はどうだ」
「応答しないんで、まだ気絶してるみたいですよ。しかたないので、これからコクピットをこじ開けるところです」
「そうか」
「電流が強すぎたんじゃないですか?」
「かもしれん。まあ、マシンガンの弾を叩き込まれるよりはマシだろ?」
ジャンクから作られたMSだ。その耐久性なんて知れたものではない。こっちが急所を外して弾を撃ちこんだとしても、何かの拍子で大爆発なんてことも普通にあり得るからな。
この任務に就いてからしばらくは、偽物たちを生け捕りにする方法について、だいぶ頭を悩ませた。
そしてオレが思いついたのが、今回も使用した電磁ワイヤーである。ギラ・ドーガを愛機にしていた時代には割と多用していた装備でな。シャリア・ブル中佐に直談判して、ザクでも使えるものを特別に手配してもらった。
あの時の中佐は「そうですねぇ。それならリック・ドムの装備を流用すれば簡単に済むでしょうし、上にかけあってみますか」なんて言っていたが。リック・ドムの装備に電磁ワイヤーなんてあるはずがない。
あれは中佐なりの照れ隠しだろう。本当は、オレの頼みを聞いて上に無理を通してくれたんですよね。分かってますよ。
そのおかげでだいぶ仕事がやりやすくなった。不幸な事故も、
オレが過去に発生した痛ましい事例を心の片隅にしまいこんでいると、クルーが歯切れの悪い言葉を投げかけてきた。
「……中尉、あれは大丈夫なんですか?」
「あれってどれだよ」
「デブリ群にフルスピードで突っ込んだことですよ」
ああ、そのことか。
「あんな危険を冒す必要があったんですか? 一歩間違えれば即死でしたよ」
「間違えなかっただろ?」
「そんな。ブリッジにいるコモリ少尉も、きっとカンカンになってるでしょう」
その懸念に、オレは鼻を鳴らして応える。
「不必要な行動だったというのは結果論だ。する価値があると思ったから、そうした。それでも少尉が文句を言ってくるようなら、オレの判断に口を出すなと心の中で念じてやるよ」
「言葉にはしないんですね……」
しない。怖いからだ。
正直、デブリに衝突するよりも、本気でキレたコモリ少尉が怒鳴り込んでくる方がよっぽど恐ろしい。
残念なものを見る目を向けてくるクルーを尻目に、オレは大きく伸びをする。口では強がっているものの、さすがにあれはこたえた。身体が休憩を訴えている。
「オレはそろそろ待機室に引っ込ませてもらう。大丈夫だとは思うが、ザクの整備も急がせてくれ」
それだけ伝えて、オレは格納庫を後にした。
「ふー」
パイロット用の待機室に入ったオレは、大きく息を吐いた。疲れのせいではない。この宙域に来てから、今もなお胸にしつこく粘りつく感慨のためだ。
こうして一人きりになれる場所に来ると、あらためて過去の幻影が重たくのしかかってくるようで。
「サイド1のジャンク屋、か」
口からポツリとこぼれ落ちたつぶやきが、記憶の底から遠い過去の光景を呼び起こす。
サイド1から始まったガンダムとの死闘の日々を。そして、散々にこっちの思惑をひっかき回してくれた少年の姿を。
奇しくも、あいつはかつてのシャリア・ブル中佐と同じく木星に旅立っていったと。そう風の噂で聞いていた。
敵にさえも救いの手を差し伸べずにいられなかった、あのどこまでも優しい少年。あいつは、地球圏を離れる間際に何を思っていたのだろうか。
「…………ん?」
だが、爽やかな少年の姿は早々に脳内から掻き消えていく。その代わりに浮かび上がってきたのは、ド派手なピンクスーツに太鼓腹のむくつけき大男のニヤニヤ顔で──
「うおおお!? ゲ、ゲモンが……ゲモンの奴がイメージに割り込んでくる!?」
あまりにひどすぎる落差に、オレは頭を掻きむしった。
まあな、うん。サイド1のジャンク屋といえば、お前もそうだものな、ゲモン。
短い間だったが行動を共にしていたし、ヤザンとも一緒にけっこう楽しくやっていたしな。心象の中に居座られても文句はないのだが。
今じゃないんだよ。がらにもなく感傷的な気分に浸っていたのが、台無しだ。
「それにしても、奇妙な組み合わせだったな」
待機室の椅子に腰かけて、しみじみと昔日を振り返る。
コロニー・シャングリラでの活動中、愛機のガザCをクソガキどもに盗まれたオレは、自力で取り戻すまで帰ってくるなとエンドラを追い出された。
あの時のマシュマーの嬉々とした顔を思い出すと、今でもイライラさせられる。
まったく器の小さい野郎だった。いくらオレが部下たちに「口を開けばいつもハマーン様がどうのこうのと気色悪い。騎士じゃなくてストーカーの間違いだろ」と陰口を広めていたからって、あの態度はないだろ。
で、追放されたオレはしかたなくサイド1のジャンク屋ゲモンと行動を共にすることになった。あいつ、自分をアクシズに売り込もうとエンドラに押しかけていたからな。戦力を借りるにはちょうど良かったわけだ。
途中からは素性不明のヤザンも加わって、三人でアーガマ相手に戦闘なんだかコントなんだか分からんドタバタ騒ぎを繰り広げたなぁ。
その時に、オレはゲモンがジャンクから自作したMSゲゼに搭乗した。ゲモン曰く、ガンダムにも劣らぬ性能を備えた傑作とのことだったが。まあ……その実態は察してほしい。
特に、胴体を一周して回転するゴンドラ式コクピット。あれが本当に最悪の代物だった。
よりにもよってガンダムと戦っている最中に故障を起こしてな。コントロールが効かなくなったコクピットは、オレを乗せたまま延々と高速でぶん回り続けたのである。
本当にアレは死ぬかと思った。人生で五回目の走馬灯が見えたからな。
当然だがオレたちはガンダムにコテンパンにされ、ゲモンとヤザンの二人ともはぐれてしまった。
オレは運よくガザCをとり戻せたので、なんとかエンドラに復帰できたのだが。あいつら、どうなったのやら。殺しても死にそうにない奴らだったが。
こっちじゃ、バカなマネせずに元気でやってろよ。オレに関係ない所で。
──いや、ちょっと待てよッ!?
オレはバネで弾かれたように椅子から飛び上がり、通信機でMSドックに連絡を取る。
サイド1のジャンク屋で。魔改造MSに乗ってて。目立ちたがりのアホで。
どんどん胸中で嫌な予感が膨らむ中、ようやくメカニックが通信に応じてくれた。
『あれ、中尉? どうしたんです?』
「おい、もう犯人の姿は見たか」
『見ましたけど』
「どんな奴だった。まさかとは思うが、背も腹も態度もでかい中年男じゃないだろうな!?」
『やけに具体的ですけど、全然違いましたよ』
そ、そうか……。よかったぁ。
額の冷や汗をぬぐいながら、胸をなでおろす。
さすがにオレの考えすぎだったか。まあ、それはそうだ。あれだけ派手に動いて、捕まえた相手が知り合いだったとか悪い冗談だろ。
知り合いという表現が適切なのか分からないが。こっちのゲモンがオレのことなんか知るはずもないしな。
『そんなことより、ちょうど良かったです。今、外が困ったことになってて』
メカニックの言葉に、オレは首を傾げた。
「外っていうとエグザベ少尉か。何があった」
『民間人が近づいてきて騒いでいるんですよ。艦の責任者に会わせろって、しつこいのなんの』
「なるほど」
厄介なお客さんが来ているらしい。道理をわきまえない人間はどこにでもいるからな。エグザベ少尉も対応には苦慮するだろう。
「分かった。オレがガツンと言ってやるよ」
『頼みます。あのジャンク屋をなんとかしてください』
……ジャンク屋?
『自分が作ったMSをジオンに売り込みたいって、メチャクチャなこと言ってるんですよ』
「そのジャンク屋、名前は言ってたか?」
『名前ですか? たしかゲモ』
その時、急に通信が途切れてしまった。
古い通信機だったからな。急に不調を起こしてもしかたないな。本当にしかたない。
聞いた話だと、そのジャンク屋は散々にエグザベ少尉を疲弊させた末、引き上げていったらしい。
もしオレがその場にいれば、代わりになんとかしてやれたものを。無念の極みである。
ザク(ジコッテ機)
五年に渡ってシャアの偽物たちをしばいてきたソドンの古参兵。任務内容に合わせてカメラガンと電磁ワイヤーを装備している点を除けば、標準的なザクである。
全身至る所ところにガタがきているが、ジオン公国の悲しい懐事情のために、応急措置に次ぐ応急措置によって稼働を維持している。さらに主人公からはたびたびその姿について文句を言われるなど、不遇な機体である。
主人公は右腕に違和感を覚えているようだが?