「なるほど。そうきたか」
ソドンの食堂で、オレはテーブルに置かれた木製のボードを見つめていた。
縦横に引かれたラインが何本も交わる幾何学模様、そこに白と黒の石が交互に置かれていく。
そう、今やっているのは宇宙世紀以前から存在する日本のゲーム、イ=ゴである。
「フフン。これでどうだ」
パチンと黒石を盤上に置き、オレは対戦相手であるオシロ軍曹を見やる。いかにも勝ち誇ったような態度。それは見せかけ。顔に張り付けた笑みの裏で、油断なく相手の反応を観察する。
さあ、どう出る。オシロ軍曹。
「中尉。ちょっと質問いいですか?」
「ん。なんだ?」
「何も分からないまま石を置いてるんですけど。何したらいいんですか、これ?」
知らんのか。
「相手の石を、自分の石で挟むんだよ。そしたら相手の石を裏返して、自分の色の石を増やしていくんだ」
「この石、裏返しても色が変わらないんですけど」
…………だよな。やっぱり。
「どうもオセロとは違うみたいだな」
「そりゃ、そうでしょうよ」
いそいそと囲碁セットを片づけるオレに、オシロ軍曹が呆れ声を返す。
「どうしたもんか。誰か、暇つぶしできそうなもの持ってないのか?」
オレはオシロ軍曹との対局を見ていたギャラリーに問いかけるが、反応はない。まあ、あったらルールも知らないゲームなんてやってないし、見てないよな。
「なんでルールも知らないのに、囲碁のセットなんて持ってるんですか?」
「こいつは先代の機関長の私物でな。その人がソドンを去る時にオレにくれたんだよ。囲碁セットの他にも、作りかけのジグソーパズルとか、用途の分からない健康器具とか色々と譲ってくれてなぁ。気前のいい人だった」
「処分に困ったもの押しつけられただけですよ、それ」
いいんだよ。もらえるものはもらっとく主義なんだ、オレは。
「せっかくの半舷休息だから試しに遊んでみたものの、こいつは無理だな」
半舷休息──つまり、クルーの半数が今日は休みを与えられている。
シャア総帥の偽物を捕まえた後の恒例である。もし犯人がジオンの国民なら後処理も簡単に済むのだが。これが他サイドの住民となると、その処遇について決めるのも、政治的な要因が様々に絡んでくる。
今頃はシャリア・ブル中佐とコモリ少尉がサイド1で向こうの代表と難しい話をしているのだろう。その間、やることもないクルーたちには休息が与えられているのだ。
しかし何度も言及しているが、軍艦生活は娯楽というものに乏しいわけで。
何をするでもなくダラダラしている野郎どもが、オレの周りにたむろしているわけである。
どうしてオレの周りにはズボラな奴らばかり寄って来るのか。貴重なオフの時間を、トレーニングやスキルアップに使っているクルーもいるというのに。
理由は知らないが、そういった真面目なクルーに限ってオレのことを避けてるのだよなぁ……。
そんなことを考えていると、クルーの一人が何やら思いついたのか「あ、そうだ!」と声を挙げる。
「中尉。久しぶりにあれを弾いてくださいよ。アコーディオン」
あー。
「すまんな。オレのアコーディオン、しばらく前に壊れたんだよ。修理しないとダメだ」
「あ、そうだったんですか。残念」
「元がボロだったからな。しかたがな──おい、その顔はなんだよ」
会話を中断してまで問いかけた相手は、何やら呆気に取られた表情をオレに向けてくるオシロ軍曹だ。オレが楽器を弾いたら文句あるのか。
「え、中尉が? アコーディオン? もしかして何か暴力的な行為の隠語ですか?」
「今からそんな意味を加えてもいいんだぞ、コノヤロー」
自分でも分かってるよ。似合ってないことは。
元々、音楽には縁も興味もなかったからな。スウィートウォーターにいた時、たまたまアコーディオン弾きの男と酒場で意気投合することがなければ、死ぬまで楽器に触れることもなかっただろう。
あいつ、シャア総帥に演奏を聴いてほしいとか言っていたが、望みは叶ったのだろうか。
「あーあ。せめてサイド1のコロニーに行けたら、いくらでも遊べるんだけどな。ジコッテ中尉、なんで自分たちは上陸許可が下りないんですか?」
呑気にぼやくクルーに、オレは辛うじて舌打ちをこらえる。
「理由があるんだ。こうしてのんびりできるだけ、ありがたく思え」
まったく。グラナダで遊ぶのとはわけが違うんだぞ。こいつら、理解しているんだろうな。
人類の半数が犠牲となった一年戦争。死んだのは連邦とジオンの人間だけではない。
サイド1を含むスペースコロニー群も、両軍の戦闘に巻き込まれて壊滅的な被害を受けている。大多数のスペースノイドにとっては、ジオンの人間も憎悪の対象だ。
これはソドンのベテラン組とも何度か話し合ったが、戦後組はそこら辺の事情に疎いというか危なっかしく感じることが多い。
これは若さとか実戦経験の有無だけでなく、本国のプロパガンダの影響でもあるので、頭の痛い問題である。
他サイドに上陸なんてさせたら、絶対にトラブルが起きる。
こっちはただ路上で寝ていただけなのに、角材を持った男たちに囲まれてタコ殴りにされることだってあるんだからな。
「でも、中尉はコロニーに行くんですよね」
「ああ。まだいつになるか分からんが」
「いいなー」
そんな恨みがましい視線を寄越すなよ。仕事で行くのだぞ。犯人を捕まえた本人ということで、毎回色々と面倒くさい聴取をされるのだ。
「まあ、自由時間もそれなりにあるはずだからな。ちょっとした買い物ぐらいならできるだろう。欲しいものがあるなら今のうちに言っとけよ」
「マジで!? さっすが中尉!」
オレの言葉に、クルーたちのテンションが跳ね上がる。現金な奴らである。
しかし、こうも素直に喜ぶ姿を見ていると、オレの新兵時代を思い出すな。
ア・バオア・クーや茨の園にいた頃は、周りのベテランたちがことあるごとに貴重な菓子とか食料を分けてくれたものだ。
若かったオレは、なんて優しい人たちなんだと感激するばかりだったが、今から思うと不憫に思われていたんだろうな。
当時のオレの技量を考えれば、戦場に出ればただの数合わせ。弾除け程度にしかならない、ヒヨッコだったのだから。
そんなオレが、こうして若い奴らに物を与える側になっているとは。人生というのは、本当に──。
ん。ア・バオア・クーで思い出した。
「へへっ」
「どうしました?」
「いや。オレが新兵だったころ、こんな暇な時間にやってたことを思い出してな。もう二十年も前だが。暇を持て余した奴らが、ザクとかゲルググを使った遊びを思いついてな」
「ほう」
なお、「二十年前にはザクもゲルググもねえよ」などと今さらなツッコミを入れる人間はここにいない。
「MSに音響システムが搭載されてるだろ。カメラが拾った映像を分析して、あらかじめ設定された音を出してくれるのが」
「ありますね。でも、あれでどうやって遊ぶんです?」
「音の設定をな、いじるんだよ」
本来なら敵機を認識して鳴る警告音を、適当に拾ってきた効果音に変えるのだ。ピロロンとかポコォンとか、気が抜けるものにな。そうすると、画面の中で敵が愉快な音を響かせて接近してくる光景ができあがるわけだ。
「何ですか、それ」
オレの話を聞いたクルーたちは、一様に苦笑を浮かべる。まあ、言葉で説明するとしょうもないよな。
当時はそれなりに楽しんでいたのだが。連邦軍が迫っているア・バオア・クーでの娯楽なんて、なんにもなかったからなぁ。
余談だが、この遊びをオレに教えてくれた戦友の一人がとんでもない奴で。一年戦争に星の屑といった死線を乗り越え、アクシズ時代まで交友が続くことになった。たしか戦史作家になったんだったか。数奇な人生だよな。
「だいたい音響システムを勝手にいじるなんてルール違反でしょう。とてもじゃないですが、真似できませんよ」
「だろうな。頼むから、コモリ少尉には内緒にしといてくれよ。こんな話を部下たちに吹き込んでたなんて知られたら、おかんむり間違いなし…………おい、どうした?」
話の途中、急にクルーたちがオレに背を向けたと思ったら、そそくさと逃げるように散っていく。
なんだ? 気のせいでないなら、みんなオレの背後に目をやっていたような。
「ジコッテ中尉」
その時、聞き慣れた声がオレの背中に投げかけられた。
「よう。コモリ少尉、帰艦してたのか」
なるべく平静を装って応じるが、声がわずかに震えるのを抑えきれなかった。バカな。コロニー内に行ってたはずだろう。いつの間に帰ってきてたんだ!?
「ご、誤解なんだよコモリ少尉。オレは別に軍規違反を吹聴していたわけではなくて。ただ、こんなことをしちゃいけませんよという例を」
「軍機違反? なんですか、それ」
コモリ少尉が、おなじみのジト目で小首をかしげる。
さっきの話を聞かれていたわけではないのか? となると、とんだ藪蛇を踏んでしまったかもしれん。
だが、ごまかしてみせる!
「ところで、アイシャドウ変えたか? 似合ってるぞ」
「変えてません。そんなことより中尉にお話があります」
オレの世辞を一蹴し、冷たい目で見下ろすコモリ少尉。
これはまずい。怒っているとまではいかないが、明らかにご機嫌ななめだぞ。理由に心当たりが多すぎて、まるで特定できないのが恐ろしい。
「アサーヴ中尉に送るように言われた反省文、ずっと放置しているでしょう。早く送るように伝えてほしいと、こっちに連絡が来てたんですけど!」
…………。
「あ、それか」
「それか、じゃないですよ。本当にルーズなんですから」
心底呆れたとでも言いたげにうなだれるコモリ少尉には悪いと思いつつ、オレはひっそりと胸をなでおろした。なんとか致命傷は避けた感じだな。
ちょうどいいから、この場でコモリ少尉に今後の予定を確認しておくか。
「少尉、オレの聴取はいつになるか決まったか?」
「明後日です。向こうもそんなにやる気はないみたいでしたし、すぐに終わると思いますよ。それまでにするべきことをしといてくださいね」
「心配しなくても、アサーヴの野郎の件は今晩にでも終わらせとくよ」
「今すぐしてください」
「ア、ハイ」
有無を言わさない圧を感じ、オレは席を立った。新米少尉にしてこれほどの威圧感を出せるとは。コモリ少尉、将来が楽しみだ。
「ええと、これでいいか」
数分後。自室に戻ったオレは、パソコンの画面に映った文章を確認していた。
「やれやれ。ようやく返事ができるな」
催促された反省文であるが、実はすでにほとんど完成させている。それでもアサーヴに送らなかったのは、この時を待つ必要があったからだ。
赤いガンダムもどきを捕縛した後、オレがサイド1のコロニーで行動できる日時が決まる時を。
「よし。送信っと」
反省文を送った後、パソコンを操作して以前に受け取った警告文を開く。
第三者が見れば、オレの勤務態度に対して苦言を呈する事務的な文章にしか見えない。だが、あらかじめ二人の間で決めていた符丁と照らし合わせれば、隠されたメッセージが浮かび上がってくる。
オレがサイド1で取るべき行動に、向かうべき場所。そして接触すべき人物の特徴。
アサーヴから送られた指示を、あらためて頭に焼きつける。少しのミスも許されない。
「……つくづく、面倒な役を引き受けてしまったよな」
椅子に背中をもたれ、宙に向かってつぶやく。どうにも億劫な気分が湧いてきて、もう何かをしようという気にもなれない。
結局そのまま部屋を出ることもせず、オレは代わり映えのしないソドンでの休息を終えた。