ソドンに乗ってるホラ吹きおじさん   作:銃病鉄

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ホラ吹きおじさんとザク

 暗礁宙域。

 

 一年戦争序盤の激戦、ルウム戦役の舞台となったサイド5の成れの果てだ。戦争の犠牲となったコロニーの破片に軍艦など、あらゆるスペースデブリが無数に漂うばかりか、高濃度のミノフスキー粒子まで滞留している。

 不法投棄された大質量と倫理観が生み出した、宇宙でも屈指のデンジャーゾーンである。

 

 航行するだけでも危険な宙域なのだが、それゆえに秘匿性は高い。一年戦争に敗れたジオン軍残党は、ここを本拠地としてゲリラ戦を繰り広げた。

 

 ちょうど、今のオレのように。

 

 搭乗したザクの背中をサラミス級の残骸に寄せて、オレはモニター越しに宇宙をにらみつけていた。

 

「フラッシュバンはさっきので使い切った。ザクマシンガンの弾倉もこれが最後」

 

 記録のために状況を声に出しながら、索敵を続ける。流れる汗が目に沁みるが、目をかっぴらいたまま敵影を警戒していた。

 モニターを埋め尽くすデブリ群に紛れて、恐ろしい敵が潜んでいる。一瞬でも視界を閉ざせば、狩り取られるという確信があった。

 

 そろそろ、相手がオレの存在を感じ取り始めているころだろうか。正直に言って、状況はオレが圧倒的に不利だ。逆転するにはバクチを打つしかないのだが。

 

「ッ!」

 

 とっさにサラミスをキックして距離を取る。数秒後、数発のミサイルがサラミスに着弾した。

 

「見えてなかっただろ。なんで分かるかね」

 

 オレがぼやく間にも、急速に接近する敵機がモニターに映る。 

 大昔の甲冑のようなボディに、威圧感のあるランス。そう、ギャンだ。

 

「決着をつけにきたな。エンジンリミッター、全解除ッ」

 

 牽制のマシンガンを放ってから、ザクのスラスターを限界まで吹かす。甲高く響き続ける警告音を無視し、高密度のデブリ群の隙間を縫うようにしてミサイルをかわしながら、オレはギャンから逃げ続けた。悲しいかな、そこまでしても距離は詰まっていく一方だ。

 

「せめてゲルググに乗せてくれたら、まだやりようがあったってのに」

 

 思わずそんな愚痴をこぼしてしまうが、まだオレにはわずかな勝算が残されていた。オレだって、やみくもに逃げているわけではない。これまでの戦闘中に見つけたアレを利用すれば、ギャンの不意をつけるはずだ。

 

 そうして逃げ続け、ようやく目的地であるムサイの残骸が見えてきた。

 

「暗礁宙域の戦い方を教えてやろうか。トラップをしかける!」

 

 ザクを無理やりひねり込み、ムサイの裏に回り込む。その勢いのまま、オレはそこに浮いているスペースデブリをタックルで押し出した。

 次の瞬間、ギャンのランスが俺の押し出したスペースデブリ――半壊したザクの残骸を貫く。

 

 かかったな。ギャンが見せた一瞬の動揺を逃さず、オレはヒートホークを構えてスラスターを噴射した。このまま、ギャンの横っ腹にヒートホークを叩きつけてやる。

 

 オレの、勝ちだ。

 

「勝った! 死ねぃ!」

 

 オレの気合に応えるかのように、ザクも「ボフンッ」と小さな爆発音を響かせる。

 

 …………爆発音?

 

 

 

 

 

「戦闘シミュレーション終了。ジコッテ中尉、戦死判定。エグザベ少尉の勝利です」

 

 シミュレーションルームの床に膝をついて、まさかの敗北を喫したオレは呆然としていた。

 いくら機体性能の差があったとはいえ、オレの作戦は完璧にはまっていたはずなのだ。それをこうもあっさり叩き潰すとは。

 

 ……エグザベ少尉、バケモノかよ。

 

「あの、中尉。いくらなんでも、あれは無茶ですよ」

 

 勝利したにも関わらず、エグザベ少尉は微妙な顔だ。まあ、あんな結末を迎えたら、誰だってそうなるか。

 

 勝利を確信したオレに何が起こったかというと、リミッターを外して酷使し続けたザクが、エンジントラブルを起こしたのである。

 混乱するエグザベ少尉のギャンを尻目に、見当違いの方向へ射出されたザクはピンボールよろしく周囲のデブリにはじかれ続け、星くずの仲間入りを果たしたのだった。

 

 まあ、うん。簡単に言うと、オレの自爆だ。

 

「あんなにメチャクチャな機動を続けたら、そりゃ限界がきますよ。何を考えてるんですか」

 

 暇つぶしに集まっていたギャラリーの中から、メカニックの呆れ声が聞こえる。だが、オレは納得いかなかった。

 

「あれぐらい、何度かザクでやったことがある。オレのザクの設定がおかしいんじゃないか?」

 

「責任転嫁ですか? ダサいですよ」

 

 ダサいって、お前……。オレ、一応は上官なんだが、分かってんだろうな。

 

「しかし、実際に暗礁宙域でだな……」

 

 あれは、デラーズ・フリートの一員として地球連邦に抵抗を続けていたころ。本拠地である「茨の園」が築かれた暗礁宙域で、オレは今回と同様の動きでゲリラ戦を行った経験がある。

 もちろん、ザクでだ。その時の感覚から言えば、まだ機体は持ちこたえたはずで……。

 

「…………んぁ」

 

 そこでオレは、ようやく自分の勘違いに気づいて頭をピシャリと叩いた。

 そうだった。ザクとはいっても、当時オレが乗っていたのはザクⅡF2型、いわゆるザクの後期型だった。従来のザクより軽量化と推力の増強がされていた機体だ。

 そりゃ、おんなじ要領でブン回していたら、限界はより早く訪れる。

 

「あぁ、すまん。たしかにオレの操縦が間違っていた」

 

 素直に自分の非を認めて、メカニックに頭を下げる。

 

「いえ、別にいいんですけど。それにしても、中尉が暗礁宙域で負けるところなんか初めて見ましたよ」

 

「あー、まぁな」

 

 何せ、かつてのホームグラウンドだからな。ランダムで今回の戦場に選ばれた時は、ようやくエグザベ少尉に勝てるかと意気込んだのだが。 

 もう勝てる気がしないぞ。ニュータイプであることを差し引いても、エグザベ少尉は優秀だ。次に同じ宙域で戦っても、完璧に対応してくるだろう。二十年MSに乗っているオレのメンツがヤバい。

 

 ……シミュレーション前に、下剤でも盛ってみるか?

 

「中尉、変なことを考えていませんよね?」

 

「そ、そんなわけがないだろ」 

 

 ヤケになって盤外戦術を考えていると、半眼になったエグザベ少尉に指摘された。これだからニュータイプってのは面倒なんだ。

 

「すみません、質問いいですか?」

 

「おーう、なんだ?」

 

 ギャラリーから質問が飛んできたので、これ幸いに話題を向ける。

 

「戦闘中にゲルググならって言ってましたけど、たしか中尉はゲルググが嫌いだと言ってませんでしたっけ?」

 

「好きだぞ。本物のゲルググはな」

 

「本物?」

 

 説明してやろう。本物のゲルググとは、ジオニック、ツィマッド、MIPの三社が総力を挙げて開発し、一年戦争終盤に実戦投入された高性能機。あのガンダムにも劣らないスペックを持ち、ビームライフルとビームナギナタを装備した傑作MSなのだよ。

 

「……?」

 

 オレが説明しても、ギャラリーの頭にはクエスチョンマークが浮かんだままだ。

 

 まあ、だろうな。なにせ、こいつらにとってのゲルググとは、ガンダムのリバースエンジニアリングによって生まれたジムもどきだ。

 最初にジムのパチモンみたいなMSをゲルググだと言われた時は、理解が追いつかなかった。未だにあれをゲルググと認めたくない自分がいる。戦場で不意に遭遇したら、味方を撃ってしまいそうだ。

 

 あんなジオンの魂を感じられん奴をゲルググ呼ばわりして、恥ずかしくないのかお前らは。

 

「あの、ナギナタってなんです?」

 

 え?

 

「こう……柄の両方からビームの刃が出るんだよ。で、手首ごとグルグル回して攻防一体に使えるんだ」

 

 オレが身振り手振りで説明すると、その場にいた全員が呆れ顔になった。

 

「なんで両方から刃が? そんなの絶対危ないでしょ」

 

「ナギナタってそんな武器でしたっけ?」

 

 盾からミサイル飛ばすのも大概だろうが! オレに言うなよ、そんなこと。開発チームに言えよッ。

 おいそこ、「また中尉が変なこと言ってるよ」とか、聞こえてるぞ。お前らは知ることないだろうが、将来的にはゲルググどころじゃないキテレツメカたちがいくらでも出て来るからな。

 

 そんなやりとりをしていると、エグザベ少尉が遠慮がちに声をかけてきた。

 

「中尉はゲルググにも乗れるんですか?」

 

「いや、オレはゲルググの操縦訓練は受けていない。乗ったのはザクだけだ」

 

 こっちに来てからの話だが。

 

「そうですか」

 

「なんだ? 残念そうだな」

 

「いつもいつも、ボクに有利な条件でばかり戦っていますから」

 

 なるほど。気が引けるのか。別にエグザベ少尉が気に病む必要はないんだが。実戦のためのシミュレーションだ。お互いに実際に乗る機体でのデータを使わないと意味ないしな。

 心の底から生真面目な男なんだよ。どこぞの中佐殿にも見習ってほしいくらいに。

 

「なんというか、対等な条件で戦わないと、訓練の意味がないように思うんです」

 

 ……ああ。生真面目なのは、自分の技量に対してだったか。

 この程度の訓練では、物足りないと。どうにも頼りないところがあると思っていたが、とうにMS乗りとしての気骨は育っていたらしい。まっすぐでオジサンの心に沁みるねぇ、その向上心は。

 

「ヘッ、いい目をするようになりやがって。若いころのオレにそっくりだ」

 

「え!? あ、はい。ありがとうございます……」

 

 おい、今のけっこうしんみりするシーンだっただろ。なんで「普通に嫌だけど、褒めてくれたつもりなんだろうから、お礼は言わないとなぁ」みたいな感じになってんだよ。逆に傷つくぞ。

 

「しかし、エグザベ少尉の新型とやらはいつ届くんだ?」

 

「さあ。そろそろだとは思うんですけど」

 

 エグザベ少尉には、特別に最新鋭のMSが用意されることになっている。だが、こいつがなかなか届かない。どうも正式な受領ではなく一時的な借用になる上に、条件のすり合わせが難航しているらしい。

 

「いつになったらボクは初陣を迎えられるんですかね」

 

 おかげで、未だにエグザベ少尉は初陣を迎えられていない。

 まあ、さすがにギャンはな。いいMSだとは思うんだが、シャア・アズナブルを騙るアホ相手には威力過剰だ。あの冗談みたいにバカでかいランスはなんだ。怪獣にでもブッ刺すつもりなのか?

 

 正直なところ、新型は永遠に届かないでほしい。シャリア・ブル中佐が熱心に貸し出しを要請しているということだが、なんか、オレの経験上きな臭いものを感じるんだよな。

 

 ……エグザベ少尉に白兵戦特化のギャンから新型に乗り換えられたら、いっそうオレに勝ち目が無くなりそうだしな。

 

「そう焦るな。これから実戦経験を積めば、今よりもずっと強くなれるさ」

 

「やはり、実戦はシミュレーターのようには」

 

「いかないな、こればっかりは。オレも初陣の時は手が震えてしょうがなかったもんだ。懐かしいね。場所はア・バオア・クーのEフィールド、あの時もオレはザクに乗っていた。敵はいつやって来るのかと、ただそればかり考えながら――」

 

「エグザベ少尉、これで十連勝ですね。おめでとうございます」

 

「ああ、ありがとう」

 

 ちょっとは聞く姿勢を見せてもいいんじゃないか。なんでオレが貴重な経験を語り始めた途端、みんなして談笑タイムに入るんだ。

 おかしいな。スウィートウォーターの若い奴らにはバカ受けだったんだが。これも時代が変わったせいか。いや、戻ったというべきなのか?

 

 危うく殺されそうになっていたところを、銀色のゲルググに助けてもらった話とか。逃亡中に拾ってもらったムサイの艦長が徹底抗戦を叫ぶタカ派で、オレのその後の人生が決まった話とか。色々ドラマが詰まってるんだが。

 

 そんなことをぼんやり思っていると、オレの目線は自然とモニターに映し出されたザクへと向かった。

 

 今となっては遠い昔のことだが、十六歳の新兵だったオレは、ア・バオア・クー防衛戦で初陣を迎えた。同年代の学徒兵たちのほとんどが最新鋭のゲルググに乗る中、オレが乗っていたのはすでにロートルとなっていたザクだ。

 別にイジメを受けていたわけでもない。志願兵の対象年齢が引き下げられるとほぼ同時に軍に志願したオレは、一足早くザクのパイロット訓練を始めていて、ゲルググへの転換に間に合わなかったのだ。

 

 まさか、コイツにもう一度乗ることになるとはな。こっちでもとうにロートルになっているが、それでもコクピットの中で心を躍らせている自分がいる。オレに取って「ザク」というMSは特別だ。

 

 遠い日の思い出と重ねながら、ザクの全身を眺める。腹部に二本繋がる動力パイプ。股間部分から突き出すバーニア。そして、せり出すように接続されたぶっとい脚部。

 

 …………。

 

 いや、すまん。五年もコイツに乗っていて今さらなんだが、やっぱり言わせてくれ。

 

「おい、やっぱりオレのザク、何かおかしいぞ!?」

 

 腹にあったパイプは一本だけだったはずだし、腰にあったスカートはどこいったんだよ。その股間のバーニアどっから生えてきた。何より、両脚から突き出てた動力パイプはどこに行っちまったんだよ。

 上半身はともかく、下半身のシルエットが強烈に違和感を醸し出している。なんかコイツ、オレの知ってるザクと違うんだが!?

 

「やっぱり責任転換ですか。ダッサイなぁ」

 

「いや、だってオレの乗ってたザクⅡはこんなんじゃ」

 

「ザクⅡって何ですか? これはただのザクですよ」

 

 いくら騒ごうが、この場にオレの味方が現れるはずもなく。今日もまた、クルーたちからオレへの評価は、微妙に下がっていくのだった。

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