「キケロガ?」
「はい。ちょうどその話をしていたんです」
今日も今日とて、シャア・アズナブルを探して宇宙をえんやこらしているソドンの艦内。
オレはメカニック連中に差し入れするために、MSドックに足を運んでいた。パイロットとしては、MSを万全に整備してくれるメカニックには足を向けて寝られないし、懇意にしていて損はない。
軍艦での生活は、娯楽が少ないからな。私物で持ち込んだ甘味とかでも、けっこう喜んでくれるのだ。で、差し入れを配っている時に、若いメカニックから話しかけられたというわけだ。
「キケロガというと、シャリア・ブル中佐が乗ってたらしいな。グラナダで見たことぐらいならあるぞ」
「いいなぁ。自分、生で見たことないんですよ。メカニックとしては、サイコミュも触ってみたいですね」
「やめろ。死ぬぞ」
オレの経験から言うが、あんなのに関わったらどんな目に会うか分からんぞ。
「そういえば」
キケロガと聞いて思い出したが、あれ全天周囲モニター採用してるらしいな。ギラ・ドーガについて質問された時にドヤ顔で未来のモニターについて説明したら、「ソレ、もうありますね」と言われた時は衝撃だった。
え、オレが知らないだけでジオンは開発に成功してたのか?
あれが初めて実装された量産機はハイザックだったはずだよな。ティターンズのドブカスどもが、ジオン残党へ嫌がらせするためにザクを模して作った機体だ。
あれが以前の歴史で登場したのが、宇宙世紀0085あたりだったはずなんだが。どうなってるんですか、シャリア・ブル中佐。
……ああ、全天周囲モニターといえば。
オレはあることに思い至り、メカニック連中に憐憫の眼差しを向けた。
「どうかしましたか?」
「いや、何というか、がんばってくれよ」
そう。オレの経験から言えば、もうすぐ来るはずなのだ。可変MSの全盛期が。
アクシズに合流してから数年後、オレに渡されたのは当時最新鋭のガザCだった。全天周囲モニターにリニアシート、そしてMA形態への変形という新技術がこれでもかと盛り込まれた機体だったのだが。
運動性は劣悪で、格闘戦なんて自殺行為。とにかく数をそろえて主砲で弾幕を張れという、MSというより自走できる砲台みたいな機体だった。
いや、それで戦果を上げたのだからコンセプトは間違っていなかったんだろう。ただオレとは相性が最悪でな。後日にドライセンを受領した時は嬉し涙をこぼしたもんだ。
そんなガザCだが、必要最低限の耐久性と可変機構のコンビネーションは、パイロット以上に整備を担当したメカニックを地獄に突き落とした。
一度出撃しただけでガタガタになってたからな。戦場から戻るたびに、死んだ目をしたメカニックたちがゾンビのように群がってきた光景は忘れられない。
あの時期は、敵も味方も可変MSを採用して戦場に投入していた。もし歴史が同じように進むなら、メカニックの暗黒期がすぐそこまで迫っていることになる。差し入れ、もっと増やしてやるか。
「ところで、オレのザクはどうだった? ちょっと右腕の動きに違和感があったんだが」
「関節部に劣化がありましたので、メンテナンスをしています。本当はパーツを交換したいところですが、予備の在庫がカツカツで」
「もうロートルだからな。いっそのこと、オレにも新しく機体を回してくれんかね」
「それは難しいでしょう。ジオンの財政は火の車ですよ」
ザクを民間に払い下げてるくらいだからな。エグザベ少尉に新型MSが手配されるというが、オレは当分ザクでがんばらなければいけないみたいだ。
「中尉は乗ってみたい機体があるんですか?」
「あー」
本音を言えばギラ・ドーガを返してほしいんだが、それをこの場で言ってもな。
どうなったんだろうな、あいつ。どうせバラバラにして解析されたんだろうが。けっこうなオーパーツを持ち込んでしまったわけだが、オレの知る限りでは現時点でMS開発にそれっぽい影響は見られない。
これ、たぶんアレだろ。キシリア閣下が戦後の派閥争いを見据えて、外部に情報遮断したんじゃないか。本国にまでデータが届いていたら、さすがにオレでも分かる影響が出ているだろう。
グラナダの最深部で、密かに生産されている決戦兵器とかがあるのかもしれない。オレの愛機が兄妹ゲンカの道具にされてるかもと思うと、気分が滅入るな。
と、思考が横にそれてしまった。ええと、乗ってみたいMSか。
ドムももう旧式になっているし、ゲルググは生理的に受けつけない。かと言って、元ジオン残党としてはガンダムの流れをくむMSには絶対に乗りたくない。
この時点で存在するMSで乗りたい機体といえば……。
「そうだな、ヅダに一度は乗ってみたいと思ってたんだが」
「ヅダ?」
「ツィマッドのMSだよ。採用試験でザクには敗れたが、性能自体は高かったはずだ」
オレがそう言うと、「ああ」と声を漏らした奴がいた。
「たしか、試験中に事故を起こしたとかで正式採用されなかったMSがあったとは聞いていましたが。そんな機体、よくご存じですね」
「戦場で見たからな。あの機動力はザクとは比べ物にならんぞ。それにかっこいいんだ」
思い返すのは、オレの初陣であるア・バオア・クーの防衛戦。オレが戦ったEフィールドには、数機だけだがヅダが配備されていた。高出力の土星エンジンで戦場を駆け回る姿に、若かりしころのオレは頼もしさを覚えたもんだ。
加速しすぎると空中分解する? そんな欠陥品が正式に配備されるわけがないだろ。連邦軍のプロパガンダに踊らされるな。
「中尉は今まで乗ったMSで、忘れられない愛機とかありますか?」
「オレはザクしか乗ったことないぞ」
「またまたぁ。MSにもう二十年乗っているんですから、さぞ色んな機体に乗ったんでしょう?」
メカニックの一人がニヤニヤ笑いながら茶化してくる。微塵も信じてないよな、お前。しかたないことだが。
「そうだな……」
忘れられない愛機、ときたか。難しいな。そもそも乗ったMSが多すぎる。ちょっと整理してみるか。
まずは初陣で乗ったザクは当然として、一緒にタイムスリップしたギラ・ドーガ。他に長いこと実戦で乗ったMSと言えば、ザクⅡ後期型、ガザCにドライセン。
一度きりの搭乗だったMSも多いし、ちょっと動かしたことがある程度まで範囲を広げれば、旧ザクにマラサイ、ゲゼやR・ジャジャ、ZZガンダムとまだまだいくらでも出て来るんだが。
……そうだな、あいつの話をしてやるか。まさに忘れられない愛機と言えるだろう、悪い意味で。
「ドラッツェ、かなぁ」
こいつに関しては、できれば思い出したくないんだが。
「オレが核バズーカを装備したガンダムと一緒に、連邦軍の観艦式を強襲した時の話なんだが」
「いきなりすげえシチュエーションがきたな」
あれは、デラーズ閣下による宣戦布告から数日後。
オレの所属していたムサイは、みんなで仲良くジークジオンしながら、本拠地である茨の園を目指していた。コンペイトウと改名されたソロモン付近で友軍と合流する前に、物資を補給するためだ。
ところが、運悪く連邦のパトロール部隊と小競り合いが起こってな。オレを含むMS隊のかく乱もあってなんとか暗礁宙域に逃げ込めたものの、問題が発生した。
無茶をさせたムサイのエンジンに不調が起こったのだ。友軍が次々と茨の園を出航する中、メカニック総出での応急修理が数日にわたって行われた。そのおかげで、なんとか作戦に間に合うギリギリでオレたちも出発することができたのだった。
で、実は問題はもう一つ起こっててな。
オレのザク、ムサイを逃がすための戦闘中に被弾して、完全に下半身がいかれてしまったのだ。
星の屑作戦も大詰めという段階で、ただでさえ少ない戦力を減らしたくはない。かといって物資もほぼ底をついていて、ザクの予備部品なんて残ってない。さて、どうする?
「……ヒントをください」
「ガトル」
「ガトルって、あの戦闘爆撃機の? なんでMSの話でガトルが?」
正解は、残ったザクの胴体にガトルのメインスラスターや燃料タンクをくっつける、だ。その上で両肩に球形のスラスターポッドを増設し、頭部を高速戦闘用のものに置き換えれば、デラーズ・フリートの台所事情が形になったようなMS、ドラッツェが完成する。
「それ、MSなんですか?」
「MSだよ。敵機にタックルかまそうものならこっちがバラバラになるような代物だが、MSだ」
それで、オレのザクもドラッツェに生まれ変わることになったわけだが。なにせ時間がない。改造に必要な部品を大慌てで積み込んで、合流地点への道すがら急ピッチでの作業が行われた。
使い物にならなくなった下半身をとっぱらい、燃料タンクを接続。ガトルのスラスターに手を加えて、バックパック代わりにくっつける。ショルダーアーマーとシールドを外し、スラスターポッドを装着。
残念ながら、ここで時間切れとなった。いや、メカニックたちはがんばってくれたよ。不眠不休でムサイのエンジン直した後で、他の機体の整備と並行してやってくれたからな。
こんな経緯で、ザクの頭部と両腕をそのまま流用した、簡易版MSドラッツェのさらに簡易版とでもいうべき機体ができあがった。青く塗装する暇すらなかったからな。ガトー少佐も二度見してたぞ。
「それで戦ったんですか?」
「戦ったに決まってるだろう。まあ、ほぼ直線機動しかできなかったから、一撃離脱戦法でチクチク嫌がらせするのが精一杯だったが」
この上なく目立つから、いい囮にはなったと思うぞ。
さて、このドラッツェもどきなんだが、コロニー落としをめぐる戦闘の最中に限界を迎えた。ガトー少佐たちが戦闘を継続する中、オレは泣く泣く自壊寸前のドラッツェでアクシズ先遣艦隊に合流するハメになったんだよな。
今から思えば、良く生き抜いてアクシズへ行けたものだ。この次にガザCに乗ることになったのだから、あの時期が一番MS運から言えばドン底だったかもしれん。
「パイロットは乗るMSを選べない。……いや、これもおこがましい考えだな」
不意に過去の光景が目の前に浮かび、オレは愛機であるザクに目をやった。
「どうしたんです、急に」
「いや、何でもない。じゃ、オレはもうお暇するわ」
「また差し入れお願いしますよ」
ちゃっかり催促するメカニックに片手を挙げて応え、オレはドックを後にした。
「MSに乗れるだけありがたい、か」
ア・バオア・クー防衛戦にはオレを含む学徒兵たちが動員されたが、それでもMSに乗ることができた者はまだ幸運だった。
オッゴとかいう、追い詰められたジオンが“決戦兵器”と称して開発したモビルポッドに乗る連中もいたのだ。あの中の何人が生き残れたことやら。
幸いというべきだろう。この歴史ではオッゴの名前は確認できなかった。オッゴにとっては不本意なことかもしれないが、それで失われるはずだった若い命が救われているのだから、勘弁してほしい。
「こっちじゃ長生きしろよ。戦友たち」
ホント、戦争ってロクでもないな。
・ドラッツェ(主人公専用機)
デラーズ紛争の末期に製造されてしまった機体。ザクの頭部と両腕をそのまま流用していることが特徴である。
従来のドラッツェと異なり頭部が高速機動に対応していないため、フルスピード時の視界が著しく制限されるというささいな欠点があるが、ザクの武装を使用することが可能で比較的優れた汎用性を実現することに成功した。
アルビオンの周りをブンブン飛び回り、乗員にストレスを与えるという戦果を挙げている。最後には投棄され、去っていく主人公とアクシズ艦隊を見届けるように自壊、爆発四散した。
なお、主人公がパーソナルカラーを好まなかったなどの理由もあり、二十年間で唯一彼個人のために製造された専用機とも呼べる機体である。