「──とまあ、こんな経緯でオレがサイド1付近の宙域をMSで索敵していた時だった。無数に浮かぶ隕石をかき分けるようにして進んでいくと、目の前に未知のコロニーが姿を現したのだ。中へ踏み入ったオレを出迎えたのは、盾と槍で武装した現地民たち。これが、オレとムーンムーンの光族との出会いだったわけだ」
「…………」
「科学技術を放棄し、自然と共生した生活を営む光族たち。彼らに導かれるように、オレは鬱蒼と茂るジャングルを進んでいった。道中で襲い来るライオン、ゴリラ、サメにカッパといった猛獣たちを、オレは槍一つで撃退しながら、さらに奥深くへと足を踏み入れる」
「…………」
「その時、ついにオレたちの前に巨神が姿を現した! 天を突くばかりにそびえる巨神の威容に、さすがのオレも言葉を失ったもんだ。しかし、オレは我に返るやいなや、雄たけびと共に巨神めがけて一目散に──」
「…………」
場所はおなじみソドンの食堂にて。オレは食事を終わらせた後、我が心の友との会話に花を咲かせていた
普段はブリッジで働いている心の友とは、なかなか自由時間が重ならない。久々にゆっくり会話できるのは嬉しいものだ。普段の倍ぐらいは舌が回るな。
「あのー……、中尉?」
「おーう、どうした」
話に夢中になっていると、困惑の色が濃い声をかけられる。
「ベノワ伍長か。食堂で会うのは珍しいな。どうかしたのか?」
視線を向けた先にいたのは、我らがソドンの通信士を務めているベノワ伍長だった。食事の載ったトレーを手にしたまま、苦笑いを浮かべている。
「いえ、これはどういう状況なのかと」
「見れば分かるだろ? 二人で楽しく談笑中だよ」
「中尉が一方的に絡んでいるだけに見えましたが」
失礼なことを言うな。
「そんなことないって。なあ、タンギ曹長」
「…………」
オレは笑いながら、隣に座るタンギ曹長の肩をポンポンと叩く。が、返ってきたのは正面を向いたまま微動だにしない視線と沈黙のみだった。
黙々と食事を続けるタンギ曹長。相変わらず、クールで痺れるねぇ。
「オレたち、すごく仲良しだよなぁ?」
「…………」
「ほらな」
「そんな、ほらなと言われても……」
苦笑を浮かべながら、ベノワ伍長も食事の席に着く。
「なんですか、槍で武装したコロニーの住人って。今日の話は一段と現実離れしてますね」
まあ、そう思うよな。ところが、話こそ盛っているが六割ぐらいは実話なんだよな、コレ。初めてムーンムーンに接触した時は、オレも自分の正気を疑った。
あのコロニーの中では、散々な目にあったもんだ。
上官の護衛として集落を散策していたら、馬車から飛び出てきた男たちに袋叩きにされたり。ドサクサ紛れに上官のR・ジャジャをパクッて出撃しようとしたら、クソガキが急にコクピットに乗り込んできて、二人で揉み合っているうちに森に墜落したり。
そこら辺の内容も語ってやりたいんだが、いかんせんとんでもないドタバタ劇だったからなぁ。自分でも途中で何言ってるのかわけが分からなくなりそうでな。
シャングリラに寄った時も、目も当てられないようなトラブルの連続だったんだが、サイド1は呪われているんじゃないか?
「それにしても、中尉はもう食べ終わったんですか? 食堂に入ったタイミングは同じくらいだったはずなんですが」
「当たり前だろうが。飯を手早く腹に入れるのは、軍艦乗りにとって芸のうちだぞ? MSのパイロットならなおさらだ。敵はこっちが飯を食い終わるのを、待ってはくれないんだからな」
などと偉そうなことを言っているオレだが、これは訓練兵時代に教官から言われた言葉をそのまま引用しているだけだ。
軍に志願した後、MS適正ありとしてパイロット訓練を始めたオレだったが、担当した初老の教官がもんのすごいスパルタでな。ちんたら飯を食ってたり、少しでも気の抜けた気配を見せたりしたら容赦なく拳が飛んできたもんだ。「貴様らは祖国の盾という自負を持て!」と怒声を浴びせられてな。
当時は同期たちといつも愚痴を言い合っていたものだ。アクシズに合流してから聞いた話だが、あの教官、ア・バオア・クー陥落の報を聞いた直後、周囲に何も言わないまま拳銃自殺したらしいな。
その胸中は推測するしかないが、なんか、同期たちと裏で「暴力ハゲ」とか陰口を叩いててすいませんでした。でも、できればお孫さんと仲良く余生を送っていてほしかったんですがねぇ、オレは。
オレがそんな風にちょっとセンチメンタルに浸っていると、近くにいた若い兵士が会話に割って入って来た。
「せっかくの食事なんだから、ゆっくり食べればいいじゃないですか中尉。敵がどうとかよしてくださいよ、戦時中でもあるまいし」
ううむ。もし昔のオレだったら、「たるんだことを抜かすな」ぐらいのことは言って修正を加えていたんだが。今はそんなご時世でもないからな。これも平和になった証拠と考えておくべきなのだろう。
こういう時は、昔のノリを引きずらず、周囲に合わせるべし。アクシズ時代の大失敗から学んだのだ。
星の屑作戦に従事したオレは、奇跡的に生き残ってアクシズに合流した。だが、当初はガラッと変化した環境や価値観に馴染めず、それはまあ苦労することになった。
何せ十六歳から四年間の青春をデラーズ・フリートで過ごしたからな。その時の生活や気風が骨の髄まで染みついていた上に、まだ二十かそこらの若僧だったオレは、それを簡単に変えるということがどうしても許容できなかったのだ。
「あの頃はオレも若かったなぁ……」
「どうしたんです? 急にしみじみと」
そんなこんなで孤立気味だったオレなんだが、特に同年代の将校たちとの仲が最悪だったな。
アクシズの若手将校というと、子供の時に親に連れられてアクシズに逃れ、成長してから士官教育を受けた連中がほとんどだったんだが。かなりの割合で、ジオンの名家や高官の一族出身の奴らが含まれていたわけで。
死線を何度もくぐったオレが、実戦を知らずに家柄だけで出世したエリートどもに指図されることが我慢ならないという、割とよろしくないこじらせ方をしてしまってな。
ある程度そこら辺のことを受け入れられるようになるまで、何度か独房に叩き込まれるレベルの騒ぎを起こしたもんだ。
結局のところ、あの頃のオレはMS乗りとしては一人前でも、軍人としてはまだまだ未熟だったということなのだろう。
もし当時のオレをこの艦に乗せて、エグザベ少尉やコモリ少尉に会わせたとしたら……。
あまり想像したくないな。ソドン中を揺るがす壮大なスペクタルが巻き起こることは間違いないんだが。
今から思うと本当にバカだった。若気の至りというか、黒歴史とでも表現すればいいのか。とにかく、そんな苦い経験があるからこそ、今では周囲と溝ができないように注意を払っているのだ。
「オレは反省ができるおじさんだからな」
「急に黙り込んだと思ったら、意味の分からないことをつぶやかないでください」
「すまんすまん。ちょっと過去に思いをはせていてな」
「はあ……」
釈然としない表情で相槌を打つベノワ伍長。もう二十年ぐらい軍人生活を続ければ、分かってくれるようになる日も来るさ。
それにしても、アクシズ落とし後に宇宙世紀0079に戻るというわけの分からん事態に巻き込まれて以降は、本当に苦労させられた。
どうにもオレの記憶の中のジオン軍とは色々と異なっているような気がするんだが。まあ、オレも数ヶ月しか在籍していなかったし、戦勝国になったことで変わった部分もあるんだろうしな。戦争に勝った後の軍って、こんな感じになるんだな。初めて知った。
特に、あのコンプラとかいうやつな。シャア総帥捜索の任務中にも、定期的にコンプラ事案の事例が回ってくるんだが。「氏名とかはぼかすけど、こんなことがあったからみんなも気をつけましょうねー」というやつだ。
たいていは過去のオレにも心当たりがあるような事例を目にした後で、どんな制裁が加えられたかまで書かれているもんだから。目を通すたびに、機雷のばらまかれた宙域を目隠しでマニューバさせられているような、何とも形容しがたい恐怖に襲われている。
特にパワハラ系は完全にアウトだな、コレ。昔のノリで部下に修正を加えたら、もはやソドンにオレの居場所はなくなるだろう。
セクハラ系は大丈夫……だと思いたいが。ネオ・ジオン時代にはブチキレたレズンに頭をカチ割られかけたこともあるので、怪しいところだ。
今後も細心の注意を払いつつ、やっていくしかないのだろう。全く、どこにでもいるロートル士官として周囲に溶け込むのには苦労させられる。
「ふぅ、おいしかった」
考え込んでいると、ベノワ伍長も食事を終わらせたらしい。
今後は、オレももっと味わって食べるようにしてみてもいいのかもな。せっかく作ってもらった食事だ。オレにもどうしても見過ごせないラインはあるが、これぐらいならいいだろう。
……ん?
「おいおい、ベノワ伍長。まだ食べ物が残ってるぞ?」
「え? 全部いただきましたよ」
「ほら、そこ」
「…………はい!?」
オレがトレーの隅を指差すと、ベノワ伍長は顔を引きつらせた。
「え、中尉、これはオレンジの皮ですよ!?」
まさか、食えないとか言うつもりじゃないだろうな。修正されたいのか。
「宇宙世紀の男なら、オレンジは皮ごと食うもんだろうが」
「初耳なんですが!?」
ベノワ伍長の大声に、驚いたクルーたちの視線が集中する。だが、オレたちの様子を見ると、即座に苦笑の輪が広がった。
「あーあ、ベノワ伍長がやられてるよ」
「中尉の近くでオレンジ食う時は気をつけろって、もう一度周知した方がいいんじゃないか?」
どいつもこいつも呆れ顔でヒソヒソと何やら話しているが、オレはかまってはいられなかった。
「ほら、だまされたつもりで食ってみろ。意外とうまいから」
「タ、タンギ曹長、助けてくださいよ!」
「…………」
こうしてギャアギャアと騒がしい日常の一幕も交えつつ、ソドンは今日も宇宙を征くのだった。