ソドンに乗ってるホラ吹きおじさん   作:銃病鉄

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エグザベ少尉とホラ吹きおじさん

 初めてソドンを訪れた時の記憶は、エグザベ少尉の脳内に鮮明に焼きついている。特に、あの中年士官に出会った時のことは。

 

「本日付けでソドンに着任いたしました。エグザベ・オリベ少尉であります」

 

 着任初日、ブリッジでシャリア・ブルを始めとしたソドンの中核クルーに挨拶をした後、エグザベ少尉はMSドックに足を運んでいた。

 

『あなたの上官になる人がいるのですが、今頃はドックにいるでしょう。彼にも挨拶をしておくといい』

 

 シャリア・ブルからの提案は、渡りに船だった。元々、キシリアから極秘の任務を言い渡された際に、その男については言及されていたからだ。

 

『エグザベ少尉。あくまで本命はシャリア・ブルの監視だということは肝に銘じてほしいが。もう一人、注意すべき者がいる。奴とシャリア・ブルが裏で手を組んでいれば、厄介なことになりそうでな』

 

 その言葉とともに渡されたのは、とある中尉の資料だった。ジオン独立戦争の終結以来、ずっとソドンで活動している。たしかにシャリア・ブルと強いつながりがあってもおかしくはないが。

 資料を見る限り、戦時中の目立つ経歴はルウム戦役への参加ぐらいで、その後は宇宙パトロール艦隊での任務に従事して終戦を迎えている。わざわざキシリアから名指しで注意を喚起される理由が分からなかった。

 

『もし必要であれば、密かに始末しても構わん。……今となってはな』

 

 最後に付け足された言葉を思い出し、わずかに表情が強張るのを意識した。

 

「少尉殿!」

 

「!?」

 

 そんなタイミングで突然に声をかけられ、思わず肩をビクッと震わせてしまう。できるだけ平静を装って顔を向けると、声の主は若い兵士だった。メカニックらしい。

 

「あのギャンは少尉のMSですよね? すでに収容は完了しております。いやー、ザク以外のMSを見るなんて、自分がソドンで二年働いていて初めてですよ」

 

 軍人としての諸々をすっ飛ばしてかけられる言葉に、思わず苦笑する。メカニックの本能なのか、珍しいMSを目にして気分が浮き立っているらしい。

 

「ああ、ありがとう。ところで、ここに上官がいると教えられて来たんだが。着任の挨拶をしたくてね」

 

「ジコッテ中尉ですよね? あちらです」

 

 兵士が示した先には、エグザベ少尉の愛機を指差して周囲の兵士と話し込む士官の後ろ姿があった。ギャンを見上げる体勢で頭頂部をさらしているせいで、黒髪を半分ほど侵食している白髪が目立つ。

 

 メカニックに礼を言ってから目的の人物に歩み寄っていくと、会話の内容が耳に届いた。

 

「いやー、まさか本物のギャンを目にできるとはな。こいつは一年戦争の末期に製造されたMSでな。盾にミサイル仕込んでいるのはイカレているが、性能は折り紙付きだ。しかし、さすがに機雷まで盾に入れてるってのはガセだったな。まあ、そんなバカなことあるわけが──」

 

「失礼いたします!」

 

 エグザベ少尉が声を張り上げると、ピタリと会話が止まる。そして、目的の士官がゆっくりと振り返った。

 

「おーう?」

 

 ずいぶんと陰気そうな男だ、というのが初見の印象だった。

 

 ゲッソリと落ちくぼんだタレ目に、ワシのくちばしのように突き出た鼻。軍人というより、スラムで難民相手に非合法の仕事を斡旋をしてそうな顔だと、今から思えば失礼すぎる感想を抱いたものだ。

 

「ああ、今日からソドンに来るっていうニュータイプか」

 

「はい。エグザベ・オリベ少尉であります」

 

 エグザベ少尉が挙手の敬礼をすると、相手の士官はやや間を置いてから、右手をこめかみに当てた。

 

「ジコッテ・カコニール中尉だ。よろしく頼む」

 

 見た目とは裏腹に、こちらの背筋を自然と伸ばさせるような重厚な答礼だった。が、それはすぐに崩れて、快活な笑い声が挙がる。

 

「まあ、御大層な階級をもらってはいるが、MSでドンパチするだけが能の男でな。これからはオレの方が頼りにさせてもらうだろうから、そのつもりでいてくれ」

 

「は、はい」

 

 典型的な現場の叩き上げらしい。初めて相手にする部類だが、顔からは想像できないカラッとした受け答えに、内心で安堵していた。少なくとも、理不尽にいびり倒されることはなさそうだ。

 

「少尉はもう初陣は済ませているのか?」

 

「自分はまだ初陣を迎えていません。スクールを卒業して、初めての配属先がここですから」

 

「そうか。こんな特殊な任務だからな。なかなか機会は来ないと思うが、ガッカリしないでくれよ?」

 

「は、はあ……」

 

 やはり、ちょっと苦手なタイプかもしれない。

 

「?」

 

 ふと、MSドックの様子が気にかかる。ドック内にいる兵士たち全員が、こちらの様子をうかがっているのだ。着任したばかりの新米士官のことが気になるのかと思ったが、それにしては何かを期待しているような視線を感じるのだが。

 

 エグザベ少尉が周囲の様子を怪訝に思っている間にも、中尉は「うん、うん」と何やら勝手に納得した風に頷いている。

 

「まあ、もう戦争が終わって長いからな。初陣をどうのこうの言うのもロートルの悪いクセか」

 

「初陣……。もしよろしければ、中尉のお話を聞かせていただけますか。独立戦争では、どの戦場に参加されたのですか?」

 

 とっくに資料で把握してはいるが、素知らぬ顔で質問してみる。キシリアから言い渡された監視の件もある。懐に入る機会は逃さないべきと判断した。

 

 それが間違いだった。

 

「ああ。ア・バオア・クーの防衛戦だ」

 

「そうですか、ア・バオア・クーの…………え!?」

 

 想定していたものとはかけ離れた答えに、思わず声が裏返る。

 

(ア・バオア・クーの? 防衛戦?)

 

 絶賛混乱中のエグザベ少尉をよそに、中尉は昔を懐かしむかのように宙に目を向けていた。

 

「今でも詳しく思い出せる。陥落したソロモンを足掛かりに、連邦軍がア・バオア・クーに押し寄せてきてな。四方八方からジムとボールの大群が迫ってくるのを、オレは愛機のザクで迎え撃って──」

 

「ジ、ジム? ボール?」

 

 おそらくMSのことを言っているのだろうが、何一つ理解ができない。呆気に取られて立ち尽くしていると、肩に中尉の手が回される。

 

「まあ、せっかくだから座って話そう。食堂が談話室を兼任していてな。コーヒーぐらいなら飲めるんだ」

 

「え!? ボ、ボクは遠慮を──って、力つよッ!?」

 

 恐ろしい怪力で、相応に鍛えているエグザベ少尉の身体がズルズルと引きずられていく。抵抗もむなしくMSドックを後にすると、背後から兵士たちの笑い声が聞こえてきた。

 

「今回はパイロットだけあって長くなりそうだ」

 

「やっぱり新入りが来たら、アレやられてるところを見ないとなぁ。すっかり名物だよな」

 

 何か期待するような目線を受けていたのはこのせいかと、遅ればせながら理解する。しかし、分かったところでどうにもならなかった。

 

 その後に中尉から聞かされた話は……詳しく覚えていない。ただ根も葉もないデタラメな戦場エピソードを延々と語られて、ようやく解放された時には頭がクラクラしていたものだ。

 

 そんな最悪のファーストコンタクトを決めたジコッテ中尉だったが、翌日には申し訳なさそうに頭を下げてきた。「ソドンに若いパイロットが来てくれたことが嬉しくて、ついハメを外してしまった」とのことだった。上官から長話の謝罪をされたのは、後にも先にもあの時だけだろう。

 

 それからは同じMSパイロットということで、日常的に接するようになった。戦闘シミュレーションのたびに修正点を洗い出すのを手伝ってくれたり、メカニックと上手に付き合うコツを伝授してくれたり、何かと気にかけてもらっている。

 ただ、中尉の突発的な奇行の犠牲になる頻度が、クルー内でダントツに多いという悩みも抱えることになったが。

 

 

 

 

 

「よう、エグザベ少尉」

 

 不意に背後から響いた声が、エグザベ少尉の意識を現在に引き戻した。

 

「あー……何か心ここにあらずって感じだったが、邪魔したか?」

 

「いいえ」

 

 バツが悪そうに頭をかく中尉に、エグザベ少尉は苦笑を返した。

 場所はソドンのMSドック。二人の前では、メカニックたちがエグザベ少尉のギャンを囲み、騒がしく作業を行っている。 

 

「ギャンの整備に立ち会っていたんですが。ソドンに来た日、このドックで初めて中尉に会った時のことを思い出していまして」

 

「なるほど。あの時は悪かったな。若いパイロットで、しかもニュータイプというもんだから。つい昔を懐かしんで舞い上がってしまってな」

 

「……知り合いに、ニュータイプのパイロットがいたんですか?」

 

 そう問いかけると、中尉は「ああ、まあな」と応じて目を細めた。

 

「少尉と比べたら、とんだ問題児でな。反骨精神の塊みたいな奴で、いつもオレに暴言を吐いて突っかかって来たもんだ。……全く、生意気なガキだったよ」

 

 ウンザリした調子で語る中尉だが、その口元がかすかに緩んでいるように見えるのは、気のせいではないのだろう。

 

「だが、あいつはパイロットとしてはオレなんか目じゃないぐらいに強かったし、もっと上を目指せる人間だった。少尉と同じでな」

 

「よしてください。ボクはそんな」 

 

「謙遜はいい。オレはもう、MS乗りとしては消費期限が迫ってる。身体能力も反射神経も、後は衰えていく一方だろう。だが、少尉は違う。経験を積めば積むほど、いくらでも伸びる時期だ。……なんて、毎回シミュレーションで負けているオレが、偉そうに言えることじゃないがな」

 

 おどけた調子で付け加えて笑う中尉だったが、不意に笑い声が止んだかと思うと、いつになく真剣な表情でエグザベ少尉に向き直った。

 

「けどな、慢心はするなよ。あいつも相当に強力なニュータイプだったが、それでも戦場で殺された。同じニュータイプにな」

 

「連邦軍のニュータイプ、ですか?」

 

「そうだ。恐ろしい男だったよ」

 

 言われて記憶を探ってみるが、それらしい存在の話は聞いた覚えがない。独立戦争時、ドズル中将を撃破したという軽キャノンのパイロットもニュータイプと噂されていたが、女性だったはずだ。

 

「間違いない。あの男は、最強のニュータイプだ。少なくとも、オレが知っている限りではな」

 

「ちょ、ちょっと待ってくださいよ。中尉」

 

 エグザベ少尉の困惑を気にかける様子もなく、中尉は確信を込めた声でつぶやく。しかし、さすがにその内容は聞き流すことはできなかった。

 中尉もよく知っているはずだからだ。ジオンにおいて最強のニュータイプ、“灰色の幽霊”の強さを。

 

「まさか、シャリア・ブル中佐より強いなんて言うつもりではないでしょうね」

 

「そうだ。いくら中佐でも、条件が同じなら相手にならんだろう」

 

「……ッ」 

 

 淡々と告げられた言葉に絶句する。

 

 他のジオン兵が聞けば、迷うことなくあり得ないと断言しただろう。救国の英雄であるシャリア・ブルの名は、それほどまでに重い。

 だが、エグザベ少尉は即座に虚言と切り捨てることはできなかった。中尉とは決して長いつき合いとは言えないが、ここまで度を越したデタラメを言うとは、どうしても思えなかった。

 

「その……。中尉も、そのニュータイプと戦ったことが?」

 

「一分だ」

 

「え?」

 

 脈絡のない返事に戸惑う。

 

「オレの率いるMS小隊が、奴に全滅させられるまでにかかった時間だよ。時計の秒針が一周する暇もなかった」

 

「……」

 

 エグザベ少尉が絞り出す言葉を探している間にも、中尉はこちらに背中を向けて、MSドックの扉へと歩き出した。

 

「奴は、悪魔だ」

 

 その言葉を最後に、中尉は去っていった。

 

「え、ちょっと」

 

「すみません、エグザベ少尉。こっちに来て確認してもらえますか」

 

 反射的に中尉を追おうとしたエグザベ少尉だったが、そのタイミングでメカニックから声をかけられる。

 

「あ、ああ。分かった」

 

 少し逡巡した後、エグザベ少尉はメカニックたちの方へと足を向けた。

 

「……いつものホラ話だよな」

 

 存在するはずがない、そんなバケモノが。理性がそう断言している。

 しかし、どうしようもなく背筋に走る悪寒がどこから来るものなのか、エグザベ少尉には知る由もなかった。







もうすぐ終わってしまうんですねぇ。

今後は投稿頻度がガクっと落ちると思います。アニメ本編に入るまで、相当かかりそうです。それでもよろしければ、どうか長い目でシリーズを追っていただければ幸いです。
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