唐突な話になるが、現在のソドンクルーの中では、オレはかなりの古株になる。
シャリア・ブル中佐に保護してもらった後、それなりのゴタゴタを間に挟みつつも、オレは宇宙世紀0080にソドンに着任した。それから五年、ドレン艦長を始めとした0079以前のクルーはしだいに艦を去っていき、今ではほとんど残っていない。
これはオレのお粗末な頭で思いついた推測になるが、政治的な理由ではなかろうか。
ソロモン落としという、ジオン公国存続の危機を払いのけた英雄たちだ。シャリア・ブル中佐を筆頭とした彼らがそのままソドンに残っていては、戦後のあれやこれやによろしくない。そんな判断が働いたのではないだろうか。
まあ、完全に邪推なので、真相はもっと高度な判断が働いている可能性もあるが。
厚遇はされても冷遇されることはないだろうから、オレとしては彼らの栄転を祝福するだけだ。
で、オレがこんなことを考えている理由なんだが。
「えッ!? ジコッテ中尉ってソロモン殴り込み艦隊のメンバーじゃなかったんですか!?」
こんな勘違いが時折起きるからだ。
「オレがソドンにやって来たのは、戦後だからな」
何やらショックを受けている若い女性兵士に説明する。こいつは、最近ソドンにやって来た看護兵だったな。
体力維持のために艦内をランニングした後、ちょっと食堂で休憩していた最中に話しかけてきたのだ。で、何事かと思ったら、「ソロモン落としを阻止した時のことを教えてください」ときた。
すまんな、オレも聞いた話しか知らないのだ。
「中尉は古参のクルーだと聞いていたので、てっきり」
「だいぶ戦後に入れ替わったからな。ブリッジなんて、もう一人も残ってないくらいだよ」
ブリッジは艦の頭脳なんだから、数人ぐらいはベテランが残っていてもよさそうなものだが。
ただ、任務内容が内容だからな。戦争を生き抜いたベテランたちにはもっと相応しい居場所があると言われれば、反論はできない。
「えー。アタシ、同期に自慢しちゃったんですよ。ソドンに来て初日に、あの作戦に参加した上官と話ができたって」
「残念だったな。迷子になっていたお前を案内したのは、ただMSに二十年乗っているだけのロートルだよ」
一応、オレもソロモンに殴り込みをかけた経験はあるんだけどな。ドラッツェで。
それにしても、やっぱり祖国が失われるかどうかの一戦だけあって、参加したメンバーは英雄視されているんだよな。昔、作戦中の様子をデミトリー中尉が自慢げに語ってくれたが、相当な激戦だったみたいだし。
ソロモン内部でザクの核融合炉を起爆させる作戦が失敗に終わり、もはやグラナダを救うすべはなし。そう思われた時に、突如としてガンダムを中心に発生した光がソロモンを削り取った。この奇跡のような現象により、ジオン公国は破滅を逃れることとなった。
いやー、みんな興奮して語ってくれたものな。
あのシャア・アズナブルが。
ジオン公国を救うために、颯爽とソロモンに乗り込んで。
最後は自分の身と引き換えに、キシリア閣下とグラナダを守ったんだものな。
……。
…………。
オレ、どんな顔して聞けばよかったんだよ。
どう考えても、何か裏があっただろ。シャア総帥の出自とか本人の面倒な性格とか考慮しても、絶対に世間一般で言われているような美談にはならない。
アクシズを地球に落とそうとするような人だぞ。グラナダへのソロモン落としとか、むしろ本人がやりたかったレベルじゃないのか。
しかし、こんなこと誰にも言えないしなぁ。
シャリア・ブル中佐は何か勘づいているようにも思えるんだが。さすがにこんなこと問いただせない。
他に何か気づいてそうな人物と言えば、ドレン艦長くらいか? あの人、ソロモン落としの話題になると、微妙な顔をする瞬間があったよな。
まあ、ジオンでは救国の英雄ということになっているんだ。わざわざ掘り返すこともないだろう。真相がどうであれ、オレのやることに変わりはないしな。
……しかし、赤い彗星が最後に乗った艦が、このソドンとはなぁ。
「まさか連邦軍の奴らも、自分たちの建造したホワイトベースにソロモン落としを阻止されるとはな。さぞかし驚いただろう」
オレも、ゼクノヴァ後に意識を取り戻してからソドンについて説明された時は、自分の耳を疑ったものな。「オレが乗ってるの、ホワイトベースなの!?」って。
「ホワイトベース?」
「あ、すまん。ペガサス級だよな」
そうだった。オレも可能な限りの資料を当たってみたのだが、あくまでペガサス級の一隻というだけで、ホワイトベースの名前は確認できなかった。結局、ホワイトベースではないのか?
それにしても、艦長をしたブライトの奴がどうなったのか気になるな。鹵獲される時に総帥がブリッジを焼き払ったらしいんだが。まさかとは思うが、それで死んだんじゃないだろうな。
グリプス戦役の最中に敵対して以来、最後までバチバチやっていたわけだが、知らない仲でもない。せめて心の中で無事を祈っておいてやるか。
オレもラー・カイラムを撃沈する気満々で攻撃をかけたことがあるが、それはいったん横に置いといて。
「しかし、思えばソドンも厄介な軍艦だよ。強襲揚陸艦なんて、ジオンには他に例がない。艦隊に編入されずに、こうして単艦での任務に回されるのもしかたがないか」
「本当ですよ。やっぱりジオンの軍艦とは構造も違うし、おかげでアタシは今でも迷っちゃいます」
さすがにソドンの中で迷子になる奴は、お前の他に見たことないんだが。
「初めて会った時はお世話になりました。助かりましたよ」
なんか見慣れない顔がウロチョロしてるなと思って声をかけたんだが、助けになったのなら良かった。
ただ、オレの顔を見るなり悲鳴を上げたことは、絶対に忘れないからな。
「中尉は、ソドンに来る前はどんな艦に乗っていたんですか?」
「それはまあ、色々な艦に乗ったぞ。戦艦グワジンよりでかいのもあったぐらいだ」
「もー、いつものデタラメはいいんですよ。そんなのドロスぐらいじゃないですかぁ」
ところが、あるんだよな。グワジン級の流れをくむ超大型戦艦、グワダン級が。
一年戦争後にアクシズで建造されたグワダン級は、超長距離を踏破する巡航性能と、破格のMS搭載数を誇ったバケモノのような戦艦だった。
その巨大さといったら、ティターンズの腐れネズミどもの旗艦だったドゴスなんとかよりも、さらにでかかったからな。
オレが乗っていたのは、そのネームシップであるグワダン。アクシズが地球圏に帰還する際の尖兵として、ガザCと共に乗り込んでいた。
そういえば、オレがシャア総帥の姿を初めて生で見たのも、グワダンでのことだったな。ついでにブライトも。
ハマーン様と交渉するために、エゥーゴの一団がグワダンにやって来たのだが。その中の一人がシャア総帥だったのだ。交渉が決裂した後、グワダンの一室にぶち込まれ、即座に集団脱走するという嵐のような急展開だった。
あの時は、オレも「あの裏切り者ブッ殺してやらぁ!」と勇んでグワダンを走り回っていたんだが。結論から言うと、シャア総帥に出会うこともなくボコボコにされた。
たまたま出くわしたアジア系のアナハイム社役員と壮絶なステゴロを繰り広げ、返り討ちにあったのだ。
なんでただの会社員があんなに強いんだよ。タイマンでの殴り合いで負けたのは、あれが人生で初めてだったぞ。
民間人に負けたというのが恥ずかしくて、つい三人がかりでタコ殴りにされたとウソをついてしまった。あの屈辱を味わってから、いっそう生身での戦闘技術を磨いたのも、今となっては懐かしいな。
グワダンは良い艦だった。ミネバ様の乗艦という理由もあっただろうが、豊富なスペースを活かして居住区も充実していたし。できればもう一度あんな豪勢な船に乗りたいが、無理だろうな。
あとはそうだな。他に印象に残っている艦といえば、エンドラ級か。ネームシップのエンドラを始めとして、それなりの数に乗った。
特にエンドラはな。良い悪いは別として、思い出の多い艦だ。
エンドラへの配属が決定したのは、グリプス戦役が終結した直後だった。その理由としては、オレの少尉への昇進が内定したことが関係している。
さすがに正式な士官教育を受けていないオレを尉官に上げるのは、上としても不安だったんだろうな。新米少尉として、指揮官のそばでその仕事ぶりを学んで来いと送り出されたのだ。
ただ、その、エンドラの指揮官というのがな……。
「なんで、よりによってマシュマーだったんだよ」
あいつと当時のオレとは、絶望的に相性が悪かったもので。エンドラのブリッジで着任の挨拶を始めたら、三分もしないうちに取っ組み合いの大ゲンカが勃発した。そばで見ていたゴットンの奴も、頭を抱えていたな。
「あの時は、ハレンチなマネをしてしまった。いい歳をした男同士で、激しくくんずほぐれつ……」
「ちゅ、中尉! 詳しく! その場面をもっと詳しくお願いします!」
それからサイド1のコロニー・シャングリラを傘下に収めるため、エンドラはアクシズを出発したのだが。
ことあるごとにオレ、マシュマー、ゴットンの三人の意見が衝突し、それはまあ見るに耐えない大混乱が引き起こされた。
おかげでシャングリラで遭遇したアーガマにも、まんまと逃げられてしまった。あまり考えたくないが、オレがいなかったらスムーズにアーガマを撃沈できていた可能性もあるのか? 今さらそんな歴史のイフについて考えても仕方ないが。
しかし、今になって思うと、エンドラとソドンの空気は似ているものがあるな。エンドラもほとんどのクルーが若者ばかりで、けっこうゆるい空気だった。
なかなかに愉快な奴らだったよ。ガザDの煙幕で薔薇を描くなんてわけの分からん練習を大真面目にしていたり。オレがちょっとした事故に巻き込まれて帰還が少し遅れただけで、勝手に下手な墓を作って葬式を挙げていたり。
マシュマーの奴、この歴史だと今頃何をやってるんだろうな。
当時は何一つお互いに噛み合わなかったが、あいつも悪い人間ではなかった。上官と部下の関係でさえなければ、けっこう楽しくやれていたのではないかという気もしてくる。
軍人なんてならない方がいいぞ。なんか身体が発光する一発芸も習得していたし、ゴットンと一緒にコメディアンとかいいんじゃないか。
「中尉、お時間をもらってありがとうございました」
「気にするな。こっちもいい暇つぶしができた」
「今度、例の場面について詳しくお願いしますね?」
どの場面のことだ?
「…………」
看護兵を見送ったオレは、冷めきってしまったコーヒーをすすりながら食堂を見渡した。
楽し気に談笑している兵士たちに、教本を手に持って勉強会を開いている兵士たち。いったい、こいつらはどこまで理解しているのだろうか。明日、ソドンが健在であるという保証は無いということを。
「最初はムサイだったな」
オレがア・バオア・クーで配属されたムサイは、激戦の中でいつの間にか沈んでいた。デラーズ・フリート時代を過ごした二隻目のムサイは、ソーラ・システムの照射に巻き込まれて破片の一つも残さず蒸発したらしい。
さっきの話に上がったグワダンもエンドラも、激戦の中で散っていった。最後に乗っていたムサカ級に至っては、ルナツーの核兵器を搭載した爆弾として、アクシズと共に地球へと落とされる手筈となっていた。
軍艦の宿命と言えば、それまでの話なのだが。
「ホワイトベースも、ア・バオア・クーで最期を迎えたんだったな」
この艦が本当にホワイトベースなのかは定かではない。だが、ソロモンへの突入から無事に戻ってきたぐらいだ。相当な幸運艦であることは間違いない。
「せめて、腹の中に若い奴らをたくさん抱えている間は、なんとか踏ん張ってくれよ」
戦争するために造られた上に、こんな頼みごとをされるんだから軍艦も大変だよなぁ。