ザンジバル級機動巡洋艦「ケルゲレン」はサンライズカネバンに払い下げされられた後、ジャンク運搬船として手を付けていない箇所は無い程の改修が施されている。
ザンジバルII級に採用されたMS発進用のカタパルトの増設、搭載ジャンクを載せるコンテナエリア、武装の殆どを撤去したことによってスペースに余裕を持たせることができた。
ジャンク運搬船としての運用以外にもソドンへの補給と修理を実施できたように運搬船一辺倒ではなく、ある程度までは多目的に運用できるようになっている。
宇宙船の発達による自動化の恩恵でクルーの必要人数も少なく済む。
居住スペースに余裕が出来たことによってクルーに個室を与えられることができ、質素ながらも武装を撤去したスペースに娯楽スペースを設けられており、居住性も数ある宇宙船の中でも決して悪くはない。
サンライズカネバンがサイド6の有力企業に数えらえるのも納得できるくらいにはケルゲレンは充実した艦だ。
ジョンはそう思っていたが、実情はそうでもないらしい。
「実際、ケルゲレンは恵まれているよ。ただ、クルーの人員を削ったのは失敗だな」
パイロットスーツを紫外線殺菌装置へ投入しに行ったニャアンを待っている間、ジョンはニャアンの同僚の少年とMSハンガーの待機スペースで雑談をしていた。
ジョンのハロはキャットウォークの上でジークアクスを眺めているのでここにはいない。
少年はニャアンと共にソドンに物資を積載したコンテナの搬入作業を終えて休んでいた。
少年が着用しているパイロットスーツがニャアンが着用していたスーツと同型であることを見るにこのスーツがサンライズカネバンのMSパイロット用に採用されているようだ。
「人数が減るってことはその分、1人当たりの仕事量が増えることになるからしんどい」
少年はジョンと同い年で中学校を卒業した後にそのままサンライズカネバンに入社したと語る。
「どこも同じだな」
互いに親しみを感じ、互いに言葉を崩して話を続ける。
「それでもケルゲレンは人員の充足率は足りてるし、一年戦争上がりのベテランも多い。おっちゃんの手腕だよ」
これより酷い艦は他の会社にあるんだから、と少年は続けた。
「おっちゃん、社長はどういう人なんだ?」
ジョンがおっちゃんを見たのはショッピングモールで会った一度きりだ。
外見は髪の薄い普通の中年だが、相当なやり手なのはジョンも分かっていた。
サイド6の有力企業の社長という立場である以上にシュウジと赤いガンダムを匿う、ジークアクスとマチュの処遇を巡ってマチュが有利になるように立ち回る。
どうもジオンにも顔が利く当たり、只者ではない。
「気のいいおっさんだよ、名前や肩書で呼ばれるのが嫌で『おっちゃん』呼びしてくれというのはパルダでは有名な話」
「パルダでは知らない者はいないということか」
「そういうこと」
ショッピングモールでの立ち振る舞いからおっちゃんの人柄についてそう言われるとジョンもある程度は納得した。
ただ、ジョンは何となくだがあの時のおっちゃんは自分から距離を取っているような気がした。
赤いガンダムのシュウジと行動を共にしていたのだから、匿ってる側からすれば多少の根掘り葉掘りがあってもおかしくは無い。
それにシュウジの口ぶりからおっちゃんが自分のことを知っているような素振りがある。
マチュの家にあった写真といい、どうも謎は近くに眠っているらしい。
「お前、シュウジの兄弟か?」
おっちゃんのことを考えていたジョンは少年の言葉で我に帰る。
少年はジョンの顔を見て不思議そうだ。
「髪以外はシュウジとほぼ同じだ。顔つきはお前の方がしっかりしてそうだかな」
前にもこんなこと言われたなとジョンは思った。
「僕に兄弟はいないよ。第一、シュウジはどこの生まれなんだ?」
そもそもアイランドイフィッシュにシュウジらしき人間はいなかったぞとジョンは振り返る。
「シュウジは不思議な奴でな、ある時おっちゃんがふらっと連れてきたんだ。ほら、あのコンテナの奴と一緒に」
待機スペースのガラス越しに見えるコンテナを少年は指差す。
「あれを知ってるのはほんの一握りだ。お前もそうなんだろ?」
「ああ」
サンライズカネバン内でも赤いガンダムの扱いは慎重だ。
ジョンは少年がここまで話してくれる理由の一端をやっと分かった。
あの赤いガンダムを知っている者同士だからだ。
「サンライズカネバンには何かと訳アリな人と物が流れ着く。リリー・マルレーンもそうだしな」
ここにはいない同型艦の名前を少年は挙げる。
『リリー・マルレーン』
一年戦争の戦史を読んだことのある人間なら一度は見る名前だが、戦後はケルゲレンと同様にサンライズカネバンに払い下げられた。
「…何だって?」
少年が放った艦名を聞いてジョンの表情が変わった。
「リリー・マルレーンと言ったな、艦長は誰なんだ?」
ジョンの変化に気付かずに少年は答える。
「シーマって人だよ。俺は会ったことはないけどな」
「シーマ…」
その名前を反芻して首が下がる。前髪が下がってジョンの目を隠す。
「どうした?」
「気にしないでくれ。知り合いと名前が似てたからつい、な」
ジョンはそういいながら待機スペースの出入り口の方を向いた。
ジョンは今の自分の表情が酷く歪んでいると自覚していた。
(シーマさん、生きていたんだな)
リリー・マルレーンの存在自体、ソドンでシュウジの赤いガンダムに救出された時点で分かることだった。
「懐かしいな、シーマさん」
郷愁と恨みを折衷した思いがジョンにはあった。
そんなジョンを少年は不思議そうに眺めていた。
パイロットスーツはサンライズカネバンの備品だ。
宇宙進出から半世紀以上が経ち、大量のノーマルスーツが作られたことで西暦時代では極めて高価だったノーマルスーツはかなり安価になった。
その中でもパイロットスーツは高い。
人の命もかかっているために管理もかなり徹底しており、粗末な扱いは許されていない。
紫外線殺菌装置の中に入れたパイロットスーツを見てニャアンは昔のことを思い出す。
イズマコロニーで運び屋をやる前に勤めていた店で世話になった先輩がパイロットスーツを模したぴっちりスーツを着用してお客さんへの接客をしていた。
身体のボディーラインがくっきりと浮かび上がり、お客さんに胸や尻を触られる先輩は店が終わった後、ニャアンに笑って話した。
『本物のパイロットスーツはそんなにエッチじゃないよ』
当時はその言葉がよく分からなかったニャアンだったが、本物のパイロットスーツを着用してその言葉の意味がやっと分かった。
胸や股間は外から見えないだけでプロテクターが入ってるし、素材もタイツのように薄いように見えてかなりしっかりしている。
(エッチには向かないな…)
ニャアンは一瞬だけ、ほんの一瞬だけジョンにパイロットスーツで色目を使えないか考えた。
そしてニャアンは無理だという現実に直面した。
後ろからドス、ドスという足音が聞こえる。
ニャアンが振り返るとそこには一体の着ぐるみが立っていた。
着ぐるみの頭の上にはコンチが振り落とされないようにしがみついている。
ジオン軍のMS「リック・ゾック」に似せた着ぐるみからボイスチェンジャーで変えた女性の機械の声が流れてくる。
「お疲れ様、ニャアン」
「シュウちゃんまたやってるの?」
中の人はシュウジだった。
申し訳なさそうにコンチも返事をした。
「ジョンに着せたくてね」
シュウジはボイスチェンジャーの機能をオフにした。
『トモヨ クロサワの声でお送りしました』
「着ないと思うよ、ジャック」
自由人なシュウジの行動にニャアンは呆れていた。
それに同意するようにコンチも頷く。
お好み焼き名人に続いてシュウジがシモダ達と共に開発したこの着ぐるみはかなりの高性能のようだが、ニャアンはあまり興味がなかった。
「おっちゃんの用事は終わったの?」
赤いガンダムのコンテナ詰め合わせが終わったシュウジは帰ってきたおっちゃんに呼び出されていた。
ニャアンの言葉にシュウジは着ぐるみの手で頭を掻くような仕草を取った。
「うん、ちょっと面倒くさくなるかも」
「アマテのこと?」
「それ以上の件があったんだ。食事運搬2人分、増えるよ」
話を続けようとしたニャアンとシュウジの間にピンク色の小さなボールが飛んできた。
ピンク色のボールはテニスボールくらいの大きさだ。
それに耳のような器官でパタパタと飛んでいる。
『ハロハロ〜』
呆気に取られたニャアンはそのボールがハロだと気付くのに一瞬だけ間が空いた。
「ハロ?」
サンライズカネバンにはマチュが預かっている白いハロのようなペットロボットを何体か保有している。
だが、こんな小さなハロをニャアンは見たことがない。
「君もハロかい?」
ピンク色のハロは内蔵された手足を展開した。
展開された手足を駆使してシュウジの着用した着ぐるみを登っていき、頭頂部へと到達した。
コンチは戸惑ったようなリアクションを取りながら挨拶のために片脚を挙げた。
『ハロ ゲンキ オマエモナー』
ピンク色のハロはコンチの片脚に向かって握手した。
「シュウちゃん、こんなハロいたっけ?」
「いないよ。ハロ、君のマヴは誰?」
そんなシュウジの問いにピンク色のハロは手足を収納してボールに戻った。
『ラクス』
どうやらこのハロの持ち主はラクスという人物らしい。
だが、ケルゲレンにはラクスという名前の人物は乗艦していない。
どうやら出港前にケルゲレンに迷い込んでしまったピンク色のハロがこれまで誰にも気付かれずにいたとニャアンは思った。
ピンク色のハロはコンチが気に入ったようで着ぐるみの上を離れようとしない。
ニャアンはピンク色のハロはシュウジに任せてジョンのところへ向かおうとした。
「ジャックが待ってるから私行くね」
「僕も行くよ」
シュウジは着ぐるみのままニャアンの後ろをついて行く。
その光景を見たケルゲレンのクルーもシュウジの格好には慣れているので特に気にしていない。
『ハロゲンキ オマエゲンキカ』
ピンク色のハロはそんな2人の様子を着ぐるみの上から騒がしくも、そして静かに見つめている。
掘り下げが足りないと感じる主要人物
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ジョン・マフティー・マティックス
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アマテ・ユズリハ(マチュ)
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ニャアン
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シュウジ・イトウ
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シャリア・ブル
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シロウズ
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サンライズカネバン社長
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シイコ・スガイ