ニャアンが扉の前から立ち去り、この場に残ったのはマチュと白いハロだけだ。
ベッドの上でマチュはうずくまっていた。
壁に寄りかかったまま、心配そうに覗き込んでいる白いハロすら視界に入らない。
艦の揺れを感じてマチュは顔を僅かに上げる。
用意された軟禁部屋は綺麗で快適だ。
ベッドもフカフカで食事も悪くない。
ケルゲレン側が可能な限りの配慮をしてくれているということはマチュにも伝わってきていた。
ここには友達も家族のような親しい人達がいない。
「ジョン…」
そして一番いて欲しい人もいない。
快適な牢屋の中にいる現状がどうしようもなくもどかしかった。
視界の端に見える端末が震えていることにマチュは初めて気付いた。
身体を起こして端末を手に取る。
ジョンと衝突したことで割れた端末のディスプレイには大量の通知が表示されていた。
タマキとイザギ、ハイバリーハウス学園の友人達からマチュの安否を気を遣うメッセージだ。
メッセージと共にズマコロニー内の避難勧告が周回遅れで表示される。
サイコガンダム出撃時にイズマコロニーにはミノフスキー粒子が散布されていた。
ミノフスキー粒子による電波障害に加え、ケルゲレンが端末の電波が入らない宙域を航行していたこともあって電波が入る地域に到着して今更ながらメッセージ群が来たのだ。
ラビアンローズが待機していた宙域は元々端末の電波が入るエリアであることと、ラビアンローズそのものに端末の移動基地局機能が搭載されているので問題なく電波が入るのだ。
自分の安否を気遣う親しい人達にマチュは心の中で感謝した。
あんな大事件があったのだから自分の周囲で手一杯だろうに心配してくれる気遣いが申し訳なさとありがたさでいっぱいだった。
マチュはジョンに電話しようとした。
すると突然、画面が着信に切り替わった。
少し驚きつつも電話の相手を見た時にマチュの顔がパッと明るくなった。
電話の相手はジョンだ。
すぐにマチュは着信アイコンをタップした。
「ジョン」
『…マチュ』
電話の向こうのジョンが息を飲む。
お互いに声を聞くのは2日ぶりだ。
電話越しに聞くジョンの声はマチュからすれば不安を隠しているような声だ。
ジョンの不安がジオン行きか自分と話すことなのかマチュには分からない。
ただ、不安を隠して電話をしているジョンがマチュにはいじらしかった。
不安なことを隠さずに話せばいいのにとマチュは思いながらも話を続けた。
「ジオンに行くんだよね」
『…あぁ、色々あったがジオン行きは変わらない』
ジョンのジオン行きは一時は危ぶまれたが、ジオン工科大学の受け入れ準備が出来たのでジョンはガンダムと共にグラナダへ行くことになったとマチュは先程ニャアンから話を聞いていた。
このままジョンのジオン行きが頓挫してほしかったマチュだが、現実はそうもいかないらしい。
可能な限りの小遣いとパスポートはある。
ならばマチュがやるべきことは1つだ。
「ジョン、私も連れて行って」
僅かな沈黙の後、ジョンは
『それはできない』
辛そうに答えた。
ユズリハ母娘の尻拭いという建前から始まったジョンのジオン行き。
ショッピングモールでの再会から一夜を過ごしたあの日。
穏やかな日々が続いた1週間。
それらに終わりを告げたサイコガンダムのイズマ襲来、マチュのソドン密航とジークアクスの奪取。
ガンバレルストライカーに導かれるようにストライクになったジョン。
その裏側で行われていたナガラ衆のアンノウン1の再登場とセカンドVの台頭。
ハロから聞かされたナガラ衆と黒歴史、パラレルワールドが絡んでくる異常事態…
ジョンはジークアクスのコックピットの中で考えた。
ただのテロリスト相手なら警察と軍隊の仕事だが、そのテロリストやらは神話の世界からやってきたような連中だ。
警察と軍隊が頼りになるような相手ではない。
そのテロリストは自分を王子様扱いして殺し合いのために狙っている。
ジョン自身は多少MSの腕に自信があって、ストライクに変身する力こそあれど実態としてはマチュと同年代の社会人にすぎないにも関わらずだ。
事態はジョンが想像する以上に複雑で深刻な問題になっている。
マチュ達を巻き込む訳には行かないし、何よりサイコガンダムの戦闘で破損したイズマコロニーでもう一度セカンドVが暴れるようなことがあれば今度こそイズマコロニーは崩壊する。
マチュ達の身の安全を守り、なおかつ生活を守るためにジョンは自分が出来る最善の策を短い間に考えていた…
「別れよう、アマテ」
ラビアンローズのドッキングベイには宇宙港にあるような待合室が併設され、その中には喫煙所と個室の電話コーナーが設置されている。
電話コーナーには防音設備と端末の充電機能が備わっているのでそれなりに利用者は多い。
ジョンもその1人だ。
電話の向こうからは何も聞こえてこない。
ジョンはマチュが絶句しているような気がした。
「ケルゲレンは僕とガンダムを降ろした後にイズマへ向かう。マ…アマテはそこで降ろして貰えるみたいだから帰りは安心して」
マチュからの返事はない。
「色々迷惑をかけてすまなかった。タマキさんには後で頭を下げに行く。だから僕のことは忘れて」
ジョンはタマキの顔を思い浮かべる。
娘想いの母だった。
自分のような男と娘が付き合うのを認めた時はどんな気持ちだったのだろうか。自分がタマキの立場であればOKはしなかっただろうとジョンは思っていた。
いくら媚薬があったとはいえ、自分は娘と性行為に及んだのだ。
殺されても文句は言えない。
タマキのその思いを自分の都合で踏みにじるようなことをやっているという自覚がジョンにはあった。
「2年間、楽しかったよ」
電話の向こうから返事はない。
電話を切った後にやるべきことはマチュの端末からの着信拒否の設定だろうか、そう思うとただでさえ鉛のように重い身体が更に重くなる錯覚がした。
「電話、切るよ」
『…どうしてそんなこというの?』
電話を切ろうとしたジョンの耳にマチュのか細い声が聞こえた。
掘り下げが足りないと感じる主要人物
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ジョン・マフティー・マティックス
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アマテ・ユズリハ(マチュ)
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ニャアン
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シュウジ・イトウ
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シャリア・ブル
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シロウズ
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サンライズカネバン社長
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シイコ・スガイ