『木星には血に塗れた巨人が眠っている』
『木星には金属製の宇宙人が潜んでいる』
ジオン公国が独自に主導する木星船団に参加する際、シャリアは初めてそんな話を聞いた。
大昔に地球を飛び立ち、今となってはどこを飛んでいるのかすら分からない無人探査機のボイジャー1号は木星の大赤斑を撮影していた。
年々大きさは変動しているが、それでも地球を丸ごと覆う木星の渦の写真を見るたびにシャリアは思う。
そんなお伽話が成立するのは無理もない話だろうと。
死臭の世界であってもなお、木星にはクラックス・ドゥガチ達の開拓団による小さなコロニーがあり、木星船団公社によるヘリウム3事業によってそこは地球よりはずっと小さくても確かな生が存在している。
シャリアは木星に行く前に拳銃を購入した。
決して安くはない拳銃を買おうと思った理由をはっきりとは思い出せない。
木星に潜んでいるであろう未知の存在に心のどこかで恐れたからだろうとシャリアは朧げの記憶の中から推理するが、今とはなってはどうでも良い話だ。
血まみれの巨人にも金属の宇宙人にも会わずにシャリア達は地球圏へと帰還した。
拳銃を発砲することはついぞなかった。
目の前には身体を分解された赤い巨人が眠っている。
胴体と頭部を分解され、そこに何やら大掛かりな部品が組み込まれている。
木星に眠る血まみれの巨人の名を知ることはついに無かったが、目の前の赤い巨人の名前をシャリアは知っている。
地球連邦軍のRX-78-02改め、gMS-αと改名された型式を持つMS、ガンダムだ。
『これが噂のガンダムですか?』
シャリアの隣に立つ赤い軍服の男、シャア・アズナブル大佐は自慢げに愛機を指さす。
『ここに新型のインターフェースが搭載される。計画中の専用モビルアーマーに搭載予定だった試作アルファ型のサイコミュを無理をいって詰め込んでもらった』
メカニック達がシャアの声にフフ…と笑いながら作業を続けた。
舐められているというより、単にメカニック達とシャアは仲が良いのだろうとシャリアは思った。
『サイコミュ?』
何やらシャア達は怪しげなマシンをガンダムに詰め込んでいるようだ。
ジオン軍内のシャアの評判を予め聞いていたシャリアは「シャアらしい」と思った。
『人の認知能力を拡大し、ミノフスキー粒子下でも無線による情報通信を可能にする新たなシステムだ』
シャアはガンダムの横に並べられているビーム砲台を指さした。
これに似た物をシャリアはフラナガン機関で見たことがある。
フラナガン機関で見た物は宇宙戦闘機に4基の有線式砲台を持った試作機だったが、扱える者がおらず失敗作扱いされていた。
目の前にあるビーム砲台はあの時の有線式砲台よりもずっと小型化されている。
『あれはサイコミュを介し、操縦者の脳波に直接反応する無人攻撃機ビットだ。戦争を左右すると言って良いテクノロジーだが、実用テストはまだこれからだ。その時には君にも手伝ってもらいたい』
現実的な話題だとシャリアは思った。
木星からの帰りの道中で定期的に送られてくるニュース記事からジオン独立戦争の戦場事情というのをシャリアはある程度までは把握していた。
ミノフスキー粒子の効果的な散布により無線誘導が封じられた地球連邦軍はブリティッシュ作戦とルウム戦役で甚大が被害が生じたという。
ジオン軍はミノフスキー粒子下での運用を前提にしたMSにより大戦果を挙げてはいたが、逆にいえばジオン軍も無線に頼った兵器に大幅な制限がかかっているというハンデを背負っている。
現行のミサイル誘導方式である赤外線誘導方式、画像誘導方式もミノフスキー粒子下では大して性能を発揮できず、戦果を多く挙げているのは有線式ミサイルだという。
こんな戦場で無線通信可能なシステムが復活、それもMSに搭載できるサイズであれば、戦局を変えるというのも決して空虚な妄想ではない。
だが、シャリア自身はただの人間だ。
ただの人間にシャアがそんな頼みごとをする理由は1つだ。
『例のニュータイプというお話ですが、私はただ勘がいいだけの男です』
シャアとめぐり合わせるまでにフラナガン機関の人間から何度も聞いた話だ。
ニュータイプというのが何なのかはシャリア自身、未だに飲み込めていない。
『大佐のお役にたてるとは思えませんが…』
そんなシャリアにシャアはフッと笑った。
『そうかな、君なら出来る』
何故ならば、とシャアは続けた。
『私のカン、SENSEがそう告げている』
85式ベースジャバーの船体に掛かった大きな揺れでシャリアは目覚めた。
隣席のコモリはピンクちゃんと一緒に寝ており、通路を挟んだジョンはハロと共に窓の外を眺めていた。
シャリアの席からはジョンの表情を伺い知ることが出来ないが、シャリアは今のジョンの表情が分かった。
(ニュータイプのカップルを結果的に引き裂いてしまった。私にも責任はある…)
時刻はグラナダ基地へ到着する頃だ。
旅客機程丁寧ではない機内放送がそろそろ流れるはずだ。
シャリアもジョンにならって窓から見える外の世界を見た。
ここは訓練宙域ではないのでMSは見えない。
MSはいないがいつも宇宙船で混雑しているグラナダ基地への宙域が今に限っては85式ベースジャバーしか飛行していない。
シャリアは疑問に思った。その疑問はジョンも同じようでジョンはシャリアが起きたのを見ると声を掛けようとした。
ジョンが窓から目を離そうとした時だった。
突然、グラナダ基地の方面からMSらしき影が見えた。
窓からはシルエットしか見えないMSは85式ベースジャバーへ向かって飛んでくる。
『シャリア中佐、グラナダ基地からの挨拶です。最新鋭のMSのようですよ』
機長も急にそのことを知らされたのか慌てて機内放送のマイクを入れた。
「挨拶だって?」
サプライズにしても唐突すぎないかとジョンは思った。
最新鋭MSが85式ベースジャバーを追い越した。
追い越した後にすぐにUターンを決めて85式ベースジャバーに向かって飛んでくる。
85式ベースジャバーに合わせて最新鋭MSは速度を緩めた。
最新鋭MSの姿がジョンの窓際の席からはっきりと見えた。
「ジークアクス…?」
目の前にはジークアクスのシルエットに似たMSがジョンを見つめていた。
だが、そのMSはジークアクスとは大きく異なる特徴を持っていた。
モノアイだ。
モノアイの視線がジョンを射抜く。
ジョンと目を合わせた最新鋭MSはジョンに向けて敬礼を決めるとすぐにその場から立ち去った。
最新鋭MSの飛び去った方向をジョンは窓から見送ることしかできない。
「ジフレド、先程のMSの名前です。最新鋭のMSでの出迎えとはキシリア様も気合が入ってますね」
『ナンデヤネン』
「軍機とかどうなってるんですか?」
ジョン達のドタバタを聞いてコモリ達も起きたようだ。
コモリ達も先程のジフレドの挨拶を見ていた。
「Gクアックスの2号機が建造されているとは噂程度で聞いてましたが、随分見た目が違うんですね」
「当初の設計からだいぶ変更が加えられた、とは聞いてますが軍機の問題で私も詳しくは知らないです」
ジフレドの姿が見えなくなり、ジョンは窓から目を離した。
「まるでモノアイガンダムだ」
ジョンは呟くように言った。
これまでジョンが関わったガンダムタイプはどれもデュアルアイを採用していた。
だが、先程のジフレドはモノアイを採用している。
モノアイを採用したガンダムをジョンは初めて見た。
「大佐も同じことを言うと思いますよ、ジョン君」
独り言程度の呟きだったが、シャリアの耳にも入った。
「モノアイガンダムというのも良い名ですが、あのジフレドには別の名前があります」
「どんな名前なんですか?」
ジョンの疑問を代弁するようにコモリがシャリアに聞いた。
「ジフレド・カルラです」
その名前を聞いてジョンはどこか強烈な違和感を覚えた。
「カルラとはCal-re.A、レアとも言います」
「洒落た名前ですね」
カルラ、その名前をジョンは昔どこかで聞いたことがある。
どこで聞いたか思い出そうとするが、穴だらけのジョンの記憶の中にカルラという名前は先程の件しか記憶にない。
『ドウイウコトダ、何故ブラックナイトスコードノ名ガ?』
ジョンと同じくらいハロも困惑を隠せない。
そんなジョン達の困惑を解消しないままに85式ベースジャバーはグラナダ基地へと到着した。
修羅場の渦中であるコロニー公社と同レベルで会計監査局も仕事に忙殺されていた。
タマキも時間の合間を縫って何とかマチュと電話が出来る時間を作ったが、そこでマチュに言われた言葉にタマキは電撃が走るような衝撃を受けた。
「ジョン君から縁を切られた?」
『うん…』
電話口から聞こえる感情のないマチュの声を聞いてタマキの中で静かな怒りが再燃した。
文書の決裁のためにタマキを屋上まで探しに来た2人の職員はタマキの殺気に満ちた表情を見て速やかに撤収した。
数分程度の通話を終えたタマキは近くにあった壁を殴った。
息を思いっきり吸い込み、コロニーの河の向こうに見える宇宙の闇を睨みつける。
そしてタマキは叫んだ。
「ジョン君…ぶっ殺してやる!!」
タマキの怒号が空に響き渡った。
掘り下げが足りないと感じる主要人物
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ジョン・マフティー・マティックス
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アマテ・ユズリハ(マチュ)
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ニャアン
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シュウジ・イトウ
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シャリア・ブル
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シロウズ
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サンライズカネバン社長
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シイコ・スガイ