ホテルの一室には2人の男女がテーブルを挟んで向き合っていた。
互いに柔らかいソファに座り、ラフな服装をしているが表情は対照的だ。
真面目な表情を浮かべる女とそれを楽しそうに眺める男、だがその目は鋭い。
「すまないね、ネスカさん。課業後になっちゃって」
男は壁かけ時計を一瞥した。
デジタル式の壁かけ時計は
「0085年7月20日午後6時12分」
を表示していた。
「こちらこそお忙しい時に取材を受けていただきありがとうございます。ドレン中尉」
ネスカはボイスメモのディスプレイに表示されているバッテリーとメモリー残量を気に掛けた。
「ウッドワードから君のことを聞かされて驚いたよ、ジャーナリストというのは大変だ」
今回の取材を通すためにネスカはジャーナリストの先輩であるジャック・ウッドワードにドレンへの仲介を頼んだ。
ネスカは一年戦争時からジャーナリストとして取材の為に各地を回っている。
ジャックとはジャーナリストのコミュニティを通してネスカは出会った。
ドレンとのコネクションを持つジャックを通してようやくこの機会を得たのだ。
現職のドレンへの取材なのでネスカはここに至るまでに気を遣うことが多かった。
機密の問題から始まり、ジャーナリストという後ろ盾がない立場で暗殺される可能性は十分にありうる。
盗聴や暗殺のリスクを少しでも抑えるためにジャックが推薦してくれたホテルの部屋を選び、取材前には盗聴器がないかも調べるくらいにはネスカは細心の注意を払った。
そろそろドレンにインタビューを始めようとネスカはボイスメモの録音ボタンを押した。
ネスカの動きを見たドレンは脇に置いていたタブレットを手に持って文書データを開いた。
カンペだ。
「今回ドレン中尉からお聞きしたいことは2件あります。シャア大佐がガンダムを奪取するまでの動向と戦争末期に起こったゼクノヴァについてです」
その言葉にドレンは少し困ったように笑った。
「どこから話すべきかな…」
思考を巡らせるように天井を見た後、ドレンはネスカの目を見た。
「ネスカさん、あなたは何故この話を調べようと?」
ネスカの目を見ながらドレンは問う。
「大佐の戦記は既に複数の出版物が出ている。私も戦争が終わった後はいくつかメディアに出させてもらった。ウッドワードと君から送られてきたメールを見る分に君が気になっている話の答えは既に世に出ている」
ドレンの言葉を聞いてもネスカの目は揺るがない。
こう言われることは織り込み済みのようだ。
「ならば君が気になっていることは表にはあまり出てこない話のはずだ」
その言葉にネスカは頷くとソファの脇に置いたドキュメントバッグからタブレットを取り出した。
ドレンが使っているタブレットよりも大きなタブレットだ。ネスカは写真アプリを開いて一枚の写真を表示した。
「この写真はブリティッシュ作戦時、地球に落下するアイランドイフィッシュを撮影した物です」
ドレンはネスカの言葉の節々に怒りを感じた。
それもそうだろうとドレンは思った。
ドレンは私としてコロニー落としに対しては決して肯定的ではない。
人類史始まって以来の大量虐殺なのだ。
それを行い、正当化したのはジオンという国、その国民の意思なのだ。
宇宙での人間の故郷を地球に兵器として落とすという事実に対してジオンはあまりにも鈍感すぎた。
ドレンはコロニー落とし作戦には参加しなかった。
それでもニュースや軍報で流れてくる戦果を聞いて戦慄したのだ。
だが、ドレンは軍人だ。
軍人となった以上、課せられた命令を達成するのが仕事だ。
公としてのドレンはプロフェッショナルを自負する以上、どんな残酷な事でも心を無にする覚悟はある。
そう思うのと同時にドレンの心中にかつての仲間達の末路が思い浮かんだ。
PTSDになって軍を辞めさせられて拳銃自殺をした同期と麻薬に手を出して気付いた時には廃人になっていた上官、無意識の内に失禁するようになった元部下の顔が浮かぶ。
自分がこの場に立っていられるのは、コロニー落としという現実を鈍化させた人々と同じように自分もまた心を鈍化させなければ耐えられなかったのかもしれない。
ドレンはタブレットに映し出された写真を見た。
「アイランドイフィッシュは3つに分解して地球に落ちていきました。地球に落下するコロニーがなぜ3つに分解されたのかは未だに公表されていません」
写真には地球に落下する破片の1つが撮影されていた。
「落下する破片の内、1つが大気圏突入前に完全に破壊され被害は局限されました。その理由がコレだと私は思っています」
ネスカはタブレットの画面をピンチアウトで拡大する。
画面いっぱいに宇宙が映し出されるが、そこに映った物にドレンは息が止まった。
そこには落下する破片に吶喊するMAのような物が写し出されていた。
写真自体もAI補正を始めとした補正が相当かけられているのだろう。
すっぴんのままではまず分からないような記録のされ方だ。
「この写真はブリティッシュ作戦の現場に居合わせた民間人が撮影したものです。どこにも公表されておらず、写真自体もミーティアを見やすくする以外の加工は一切していません」
「ミーティア?」
写真に写るMAのような物をネスカはミーティアと呼んだ。
「ジャーナリストの界隈ではこのMAのことをそう呼んでいます」
「こんなMA、見たことも聞いたこともないな」
ドレンはMS開発史に特段詳しい訳ではない。
それでも一年戦争初期にMAが実戦投入、それも落下するコロニーを追撃するなんて話は全く聞いたことがない。
写真が切り替わり、落下する破片にビーム兵器とミサイルが直撃していく様子が撮影された写真が画面に表示される。
ビームの光にミーティアが映し出され、先程よりも見やすい。
巨大なビーム砲から放たれるビームと無数のミサイル…
ここまで来るとMAと考えて間違いないようだが、あの時期にここまで出来るMAというのは無かったはずだ。
「ここを見てください」
ネスカが写真に写るミーティアを指でズームアップさせていくとそこには1機のMSがミーティアと合体している様子がはっきりと写し出されていた。
MSの姿を見て思わずドレンは呟いた。
「オルフェ…」
そのMSはかつて第二次ソロモン会戦で遭遇したあの赤いガンダムだった。
一変したドレンの態度を見てネスカは気を遣いながらも言葉を続ける。
「イズマコロニーで目撃されたゼクノヴァの赤いガンダムによく似ていませんか?」
イズマコロニーでの騒動はドレンも知っていた。
テロリスト相手に2機の赤いガンダムが戦闘を行った。
その内1機がシャアの赤いガンダム、もう1機が、写真にも写っているオルフェのガンダムだ。
「ゼクノヴァのガンダムはブリティッシュ作戦と第二次ソロモン会戦で目撃証言が多数存在するにも関わらず、まるで無かったような扱いになっています。私はこのガンダムについて知りたくて来ました」
(なるほど、だから俺か)
ネスカの言葉にドレンは納得した。
2機の赤いガンダムに接点があるかもしれないのはドレンだ、とネスカは推理したのだろう。
実際、ドレンは2機の赤いガンダムの実物を見たことがある。
ネスカの推理は当たっている。
それを踏まえた上でドレンはネスカに聞きたいことがあった。
「知ってどうする?赤いガンダムのことを世界に広めるのか?」
「真実を、世界に広めたい」
ネスカの言葉にドレンは首を振った
「それもあるだろう。だが、他にも理由があるんじゃないか」
軍人生活が長いドレンは部下の言動を見て相手の本音と建前をある程度までは見定められるようになっていた。
その目で見るとネスカは嘘はついていないものの、本音ではない。
ドレンの問いにネスカは言いづらそうに話す。
「…私が以前お世話になった人が、ゼクノヴァの赤いガンダムのパイロットのことを心配していました。半分はその人のためです」
それが本音だろう。
「その人は今どうしてる?」
「死にました」
「君はその人の意志をついだのか」
「継いだというよりも、私の中で整理したいんです」
言葉足らずなところはあった。
だが、ネスカの本音を聞けてドレンは自分の心にある重い腰を上げようと決めた。
掘り下げが足りないと感じる主要人物
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ジョン・マフティー・マティックス
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アマテ・ユズリハ(マチュ)
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ニャアン
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シュウジ・イトウ
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シャリア・ブル
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シロウズ
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サンライズカネバン社長
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シイコ・スガイ