研究所のロビーにある電話コーナーにジョンはいた。
飲み会に行く前にニャアンに電話するためだ。
備え付けの充電ケーブルに端末を接続し長電話に備える。
「そっか…マチュが」
『びっくりしたよ。アマテ、扉を破壊したんだよ』
ニャアンからマチュのその後の動向を聞かされてジョンは言葉を失っていた。
85式ベースジャバーでジョン達がラビアンローズを離れる直前、マチュは軟禁部屋の扉を破壊して脱走していた。
脱走したマチュはケルゲレンから飛び出し、ラビアンローズの艦内に乗り込んでジョンの元へ向かおうとしていたらしい。
マチュはかなり肉薄しており、ニャアン達がいた見送りゲートに飛び込んできた。
それでも結局マチュは85式ベースジャバーの発進には間に合わず、ニャアン達は崩れ落ちるマチュをケルゲレンに連れ戻すことになった。
その時のマチュの動揺は酷かった。
半狂乱になったマチュに対して対人麻酔銃を撃ち込むか本気で検討されるくらいには暴れていたらしい。
そんなマチュに対してケルゲレンから大急ぎで飛んできたコウ・ウラキが必死で説得して何とかその場を収めることはできた。
コウはタマキを通してマチュとは顔見知りであり、ニャアン達を除いてあの場でマチュとは数少ない面識のある者同士ということもあって何とかなったらしい。
『ルセットで慣れてるよ…』
コウはニャアンに口少なくそう語るとマチュを連れてケルゲレンまで連れて行った。
ケルゲレンのクルーがマチュの脱走を知ったのはコウ達がマチュをケルゲレンに連れ戻した時に初めて発覚した。
破壊した扉を閉まっているように上手く偽装して艦内のクルーにもバレないように行動していたので脱走は全く気付かなかったという体たらくだ。
『今はだいぶ落ち着いている。シイコさんのおかげ』
マチュは今、パルダ・コロニーにいる。
ラビアンローズから出港したケルゲレンはイズマ・コロニーに向かいマチュを降ろそうとした。
だが、サイコガンダムの件で宇宙港への入港は制限が掛かってしまった。
混乱自体は落ち着いていたが、宇宙港はまだ復旧しきれていない。
それにサイコガンダムのような兵器が再び持ち込ませる訳には行かないため、艦内には厳しい立ち入り検査が入るという。
『シュウちゃんのさ、ほら、あれ…』
「そりゃ入れないな」
当然、立ち入り検査が入ればケルゲレンの艦内に偽装してある赤いガンダムが発見されるリスクが高まる。
軍警はかなり神経質になっており、ある艦では内火艇だけを宇宙港に入れたら艦まで立ち入り検査をされるくらいまでには厳重になっていた。
そのため、作業艇でマチュをイズマ・コロニーに帰すことも出来なくなり、マチュはそのままパルダ・コロニーまで行くことになってしまった。
パルダ・コロニーのサンライズ・カネバン社長宅にマチュは身を寄せることになり、おっちゃんの妻であるシイコ・スガイに面倒を見て貰っている。
マチュの今後に関しては、父親のイザギがマチュを迎えに来るらしく、それまでは社長宅に居候することになるらしい。
外交官であるイザギが直接娘を迎えに来るくらいなのでユズリハ家で壮絶なやりとりがあったのだろうとジョンは察した。
「ありがとう、色々教えてくれて」
そう言うとジョンはラビアンローズの電話コーナーの時と同じく、壁に背中を当てて項垂れた。
『今日の夕食は餃子なんだ。今、シイコさんが種を作っているからみんなで餃子の皮を包むんだ』
明らかに落ち込むジョンに対してニャアンは話題を変えた。
『シイコさん、餃子の皮を包むのが上手くてこの間も教えてもらいながら作ったんだ。シュウちゃんがお好み焼き名人の練習で散々お好み焼きを焼いたからで餃子を中々焼けなかったって』
ジョンはニャアンの心遣いが何となく理解できた。
散々ジョンとマチュに振り回されているのに文句も言わずに手助けしてくれるニャアンに対してジョンは申し訳なさでいっぱいだ。
「餃子か、いいな」
『でしょ』
電話では語っていないが、マチュのケルゲレンやパルダ・コロニーでの生活をニャアンがシイコと共に面倒を見ていることをジョンは何となく電話での口調で察していた。
ユズリハ家を始めとした多くの人間に迷惑をかけたことは間違いない。
「何でこうやることなすこと裏目に出るんだろうな…みんなに散々迷惑掛けたし、マチュを傷つけてばっかだ」
マチュをナガラ衆から離すための行動がどれもこれも上手くいかず、ニャアン達に迷惑をかけ続けたのが今の現実だ。
『ねぇ、ジャックはグラナダでの仕事が終わったらどうするの?』
少し時間を空けてニャアンは以前から気になっていたことをジョンに聞いた。
ニャアンはジョンがグラナダに出張することになった本音と建前を以前のショッピングモールの時に聞いていた。
ナガラ衆の行動にマチュを巻き込まないようにグラナダに行く、とジョンは言っていたが、もし何事もなくグラナダからイズマ・コロニーに帰ってきたらどうするのかをニャアンはジョンから聞いたことがない。
「どうするかな、先のことなんか考えてなかったよ」
それに対してジョンはあっさりと返事した。
『え?』
てっきり出張後の事も考えると思っていたニャアンは呆気に取られた。
「マチュから離れることしか考えてなかったからね」
(その割にショッピングモールでイチャイチャしてたでしょ)
ニャアンは内心で突っ込んだ。
あの1日の事を今思い返すとニャアンは無性に腹が立ってくる。
ジョンの事を半ば諦めていた事とマチュの人柄に惹かれていたのもあり、あの時は苛立つ程度だったが、今は別だ。
(こんなグダグダなことになるなら私がジャックの…)
再会時のアパートでジョンを襲うべきだったとニャアンは後悔していた。
決して表には出さないが、そうしておいた方が現状マシだったのではないかとニャアンは心のどこかで思っている。
『私なら、ジャックに着いて行くよ』
「は?」
思わず零れた言葉をニャアンは繋げる。
『ジャックがガンダムになって危険な所に行っても私なら一緒に着いて行く』
「死ぬよ」
『アマテがジャックの事を捨てて行っても私は』
沈黙が続く。
「僕がマチュに恨まれても仕方ないよ。でもニャアンは死ぬことは選ばないで欲しい。僕をジャックと呼んでくれるのはもうニャアンしかいないんだ」
悲しそうにジョンは言った。
アイランドイフィッシュではジャックという愛称を使う友達は多くいた。
だが、もう殆どいない。
ジョンをジャックと呼んでくれる人間はニャアンしかいなくなってしまった。
『ジャック…』
「マチュの事を頼む」
研究所の正面ゲートを出たジョンは駐輪場から出てくるバイクが、自分に向かって走ってくるのを確認した。
バイクはジョンの後ろに着いてゆっくりと走る。
『ソノ様子ダトアマリ上手ク行カナカッタミタイダナ』
『マチュ ニャアン ゲンキカ』
ハロ達が乗っているバイクはイズマ・コロニーでも使用していたバイク同様にハロによる自動運転が可能なモデルをジョンはレンタルしていた。
専用台座に乗せられたハロにピンクちゃんが手足を展開してしがみ付いている。
ジョンはピンクちゃんをM-65ジャケットのポケットに入れるとバイクに跨った。
ハンドルに掛けていたヘルメットを被るとジョンは自動運転から手動へと切り替えた。
「ハロ」
『ドウシタ?』
台座に乗るハロを見てジョンは言った。
「多分、近い内に戦いが起きる。虫の知らせだと思う」
ジフレド・カルラを見た時からジョンにはそんな予感があった。
ニャアンの問いかけに答えなかった理由だ。
『ニュータイプノ勘カモシレナイナ』
その戦いで自分はもう先の事を考えなくて済むような気がする。
死期が近いような気がしてならないのだ。
「そんな便利な力は僕にはない、あったらマチュ達を泣かせてない」
そう言うとジョンはウィンカーを出してバイクを車道へと発進させた。
掘り下げが足りないと感じる主要人物
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ジョン・マフティー・マティックス
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アマテ・ユズリハ(マチュ)
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ニャアン
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シュウジ・イトウ
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シャリア・ブル
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シロウズ
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サンライズカネバン社長
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シイコ・スガイ