グラナダの行政庁舎は休日であっても人の出入りは絶えない。
行政庁舎内に設けられたキシリア専用の執務室には弁当型携帯FAXの受話器を片手にパソコンのディスプレイを見ているキシリアがいた。
「完成度80%か」
『残りの20%はコアユニットとジフレド・カルラです。カッパ・サイコミュ自体は完成していますが…』
「すまないな、当初の仕様から大幅に変更した上でロールアウトされたから完璧とは言い難いだろう。仕様変更は現場で嫌われるのは分かっている。だが、計画は堅実に進めたい」
受話器の向こうにいるレオ・レオーニ博士の声を聞いてキシリアは申し訳なさそうに話す。
「エムグループ系列の軍需企業から最先端技術の提供があった。そのおかげでジフレドは大幅な性能向上を果たしたが、その皺寄せで不具合や不満も多いだろう」
キシリアはディスプレイにジフレド・カルラの当初の完成予定CGを表示した。
些細な違いこそあるが、ロールアウトした機体と決定的に違うのは頭部だ。
完成予定CGには4つ目を思わせるデザインをしているが、現実にロールアウトされたジフレド・カルラは4つ目のデザインは無くなり、モノアイのセンサーが目立つデザインとなっている。
『驚異的な性能です。相転移装甲の採用にも驚きましたが、純然たるMSとしても最強でしょう』
その言葉を聞いてキシリアは顔を顰めた。
「最強の兵器などない。MSの汎用性に勝る兵器はこの世に存在しない。だが、決して万能ではないぞ」
ディスプレイの画面をキシリアは切り替える。
「MSは多種多様な兵器と組み合わせて初めてその真価が発揮できる。適切な運用をしなければ戦果を出せない」
キシリアは一年戦争終盤のソロモン陥落時にビグザムで出撃した兄のドズルの事を思い浮かべた。
ビグザムはあの場で最大限の戦果を発揮した。
だが、その最期は白い軽キャノンに撃破される顛末を辿った。
ソロモンの陥落は避けられなかった。
それでもビグザムではなく多くのMSを配備できれば、ビグザムを理想的な運用さえ出来ていればせめてドズルは死ぬことは無かっただろう。
「プロパガンダでザクの性能を随分誇張させて貰ったが、重力戦線では61式戦車どころか予備役のM1エイブラムスにやられたケースもある。B-52の爆撃で壊滅した部隊もいたからな」
『死神が出てくる映画もありました』
当時の事を懐かしんだのかレオーニは苦笑い混じりだ。
「ジフレド・カルラは全領域で戦えるが、MSの本領は宇宙だ」
『分かっています。…イオグマヌッソの完成はクリスマスまでには間に合います』
「最高のクリスマスプレゼントを期待している」
そう言うとキシリアは受話器を弁当型携帯FAXに戻した。
電話を終えて一息ついたキシリアは執務室に自分以外の人の気配を感じた。
キシリアから死角になっている部屋の隅に誰かがいる。
弁当型携帯FAXの横に置いてある拳銃を一瞥した後、キシリアは人影のいる方向を見た。
「こんにちわ、お急ぎですか」
その声を聞いてキシリアはフッと笑った。
「別に急いでいませんよ」
物陰から人影が出てくる。
「月の重力というのは趣深い。ここでの料理は地球とは異なる作り方が必要だ」
その人影は初老の男性であった。
ビジネススーツを着こなし、磨かれた革靴で執務室を歩く。
「すまないな、飲み物を出したいのだが…」
「構いません。毒物はミゲルくんとアサーヴくんの専売特許でしょう」
そう言うと老人はどこからともなく紅茶入りのティーカップを手に取って飲み始めた。
「ナガラ衆も月に揃ったか」
「ええ、イズマにはもう用はありません」
老人はどこからともなくチョコを表面に塗ったマクビティを手に持って口に含んだ。
「電話であのように言ったが、ジフレド・カルラさえ完成すればいい」
「アレの建造には色々と手伝わせて貰いました」
中身入りのティーカップを再び召喚して老人は口内のマクビティを紅茶で流した。
「ジフレド・カルラの完成で私の願いは叶う。随分掛かってしまったが、これで全て終わる」
「復讐ですか」
ティーカップとマクビティの残りを宙に消滅させると老人はキシリアと向き合う。
「復讐、違うな。ある意味では挑戦だろう。…貴様がここに来た理由を聞きたい」
「エンデュミオンクレーターで小競り合いをします」
エンデュミオンという名を聞いてキシリアは苦笑いを浮かべる。
「エグザベ・オリベ少尉とコモリ・ハーコート少尉には少々痛い目にあってもらうので事前報告はしておこうと思いまして」
老人は指を鳴らす。
キシリアのパソコンのディスプレイにはエグザベとコモリの顔写真付きの個人リストとその隣にエンデュミオンクレーターの写真が表示される。
「コモリ少尉はともかく、エグザベ少尉は五体満足で返してもらうぞ」
「勿論です」
老人がそう言うとディスプレイから個人情報リストと写真が消えた。
それでは、と老人は言うとキシリアに背を向けて歩き出す。
「貴様は飼い犬に噛まれたことはあるか?」
キシリアは老人の背中に問いかける。
「私もまた、ナガラの飼い犬です」
無意識の内にキシリアは自身の腹部をさすった。
「昔、飼い犬に噛まれたことがあってな」
「中々ヤンチャな犬ですね」
老人はキシリアから離れていく。
「ちゃんと躾けておけば良かったと後悔している」
右手を挙げながら老人の姿が消えていく。
キシリアのその言葉を最後に老人の姿は執務室から消えてしまった。
老人のいなくなった空間を見ながらキシリアは呟いた。
「もう飼い犬はいらん…」
掘り下げが足りないと感じる主要人物
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ジョン・マフティー・マティックス
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アマテ・ユズリハ(マチュ)
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ニャアン
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シュウジ・イトウ
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シャリア・ブル
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シロウズ
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サンライズカネバン社長
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シイコ・スガイ