「今夜のクランバトルは何時から?」
ニャアンが肩から下げているハロが、窮屈そうにマチュとニャアンを見ている。
「あと1時間。そろそろカネバンに行かないと」
相変わらずニャアンは抜けてるな、とマチュは思いつつ、内心のウキウキが止まらなかった。
現金払いの信頼性の高さに、少し笑いそうになった。
スペースグライダーもあと2勝すれば手に入るのだ。
地球は目前。決して楽な道のりではなかったが、シュウジとニャアンがいたからここまで来られたのだ。
(…シイコさん)
アンキーはああ言ってくれたが、自分がシュウジにふさわしいほどの力があるとは、さすがに思えなかった。
それでも少し自信が湧いてきたのも事実だ。
今夜の相手に勝って、それを証明しなければならない。
「そこ! 止まれ!」
マチュとニャアンは振り返った。
後ろには2人の軍警がいた。自分たちに声をかけられたと思い身構えたが、軍警たちは別の人物に声をかけていた。
「駅構内でそんな格好をして、どこに行くんだ」
見ると、一組のカップルが軍警に足止めされているようだ。
「フランチェスカですよ。4日くらい向こうでバカンスです」
年齢はマチュたちとそう変わらない。
女の子の方は割と普通だが、男の方は正直、悪目立ちが過ぎた。
シュノーケリング用のマスクとシュノーケルを装備し、トロピカルな花輪を首から下げている。
「しかしね、君……俺たちとしては、君たちのことを聞かないといけない立場にいるのだから」
フランチェスカは、以前マチュが両親と行ったことがある。
レジャー施設としてはサイド6でも屈指で、実際楽しかったのだが、マチュには物足りなさがあった。
海があったのだが、なんだか変なのだ。
地球の海の方がずっと良いに違いない。
そんな場所で海水浴を楽しめる程度の感性なら、この男の人生は楽しいに違いない。
人生が楽しくても「キラキラ」が見えないなんて、可哀想な男だ。
「浮き輪もありますよ!」
「やめてよ、ジョン。お巡りさん困ってる」
ウキウキしながらスーツケースから浮き輪を取り出そうとする男を、全力で止めようとする女の姿を見て、軍警たちは笑っていた。
「ねぇ、行こう」
ニャアンがマチュの制服の裾を引っ張って言った。
「そうだね…」
その場を立ち去ろうとした時、軍警が引くほど熱弁していた――バカンスのどのタイミングで使うのか分からないカボチャマスクを掲げる男の顔を、マチュは見た。
その瞬間、マチュの脳裏に電撃が走った。
(ジョン!!)
ジョンだ。あの白髪交じりの金髪、優しさと獣性が共存したあの顔はジョンだ。
なんで今まで気づかなかったのだろう。やっと見つけた。
マチュは嬉しくなって駆け寄ろうとしたが、身体が思うように動かない。
今すぐジョンの傍へ行きたかったが、身体はニャアンと共に、ジョンたちとは逆方向へと向かっていく。
自分たちの行き先は分かっている。このままカネバンに行って、クランバトルに参加するのだ。
(待って! 止まって!)
身体の自由が利かない。どんどんジョンから離れていく。
こんなこと、初めてだ。
マチュの葛藤はニャアンには届かなかった。とにかくニャアンは軍警から離れたかった。
だが、ニャアンの願いはむなしく消えた。
「そこ! 止まれ!」
ジョンたちに声をかけていた軍警2人が、マチュたちを訝しげな目で見ながら近づいてきた。
片方の男はiCOM製の特定小電力トランシーバーで通信をしている。
「640から123、どうぞ。繰り返します…」
さっきまでジョンたちを楽しそうに見ていた時とは違い、明らかに「仕事モード」というべき顔だ。
おそらく、この軍警の目当てはニャアンだろう。
「この子、友達で」
マチュのフォローを無視して、軍警の1人がニャアンの前に立った。
「お前難民だな。IDを出せ」
高圧的な態度に苛立ちながらも、マチュは軍警の後ろで立ち去っていくジョンたちを見た。
ジョンは心配そうにニャアンを見ていたが、隣の少女はニャアンを侮蔑の眼差しで見ていた。
あまりの軍警の高圧さに、ジョンはカボチャマスクを片手にニャアンの元へ行こうとした。
仲裁に入ろうとしたのだろう。
だが、少女はジョンの手を握り、首を振った。
「行こう。遅れちゃう」
葛藤と逡巡の末、申し訳なさそうな表情のまま、ジョンはニャアンの元へは行かず少女の手を握り返してその場を立ち去っていった。
隣で軍警がギャーギャー言っている声が、ひどくゆっくりと聞こえた。
マチュの脳内がぐちゃぐちゃにかき乱され、思考が錯綜する。
なぜ自分はジョンと一緒にフランチェスカに行かないのかオメガサイコミュ、ニャアンを助けなきゃ、キラキラをシュウジと、クラゲ、ジークアクス、ゼクノヴァ。
そして、思考が爆発したような衝撃を受けた。
マチュはベッドの上で目を覚ました。
眠り始めてから3時間ほどしか経っていない。当然ながら、まだ朝ではない。
マチュはいつものように明晰夢を期待していた。
だが、今日見た夢は不思議なものだった。
ジョンとの明晰夢に負けないほどのリアリティに満ちている。
全身がびっしょりと汗で濡れているのを自覚し、マチュはベッドから降りた。
シャワーを浴びようと自室を出ると、リビングにはタマキがいた。
キッチンで弁当箱を洗いながら、携帯端末で誰かと話しているようだ。
マチュは今の姿をタマキに見られたくなかった。
自室に戻るのも怠く、タマキから見えない廊下の影に立った。
「アナハイムもいいところでしょ、コウちゃん。ガトー君は癖強いけど、いい子よ」
『この間の飲み会では、連邦のパイロットを褒めてましたよ。スティグマの魔女なんか、めちゃくちゃ強かったって』
「あのお侍、馬鹿なところもいいでしょ」
『3号機を見て感激してましたからね』
「コウちゃん、電話ではあまり秘密は言わないものよ」
タマキと電話の相手の会話が、ガンガンとマチュの頭に突き刺さるように響く。
今さらになって、夢の中にいた難民の子が無事にあの状況を抜けられたのか心配になってきた。
もう一度眠れば会えるかもしれないが、今のマチュにはそんな気力はなかった。
汗でびっしょり濡れた髪が耳に張りつき、三日月のタトゥーが彫られた耳たぶにも滴が流れた。
掘り下げが足りないと感じる主要人物
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ジョン・マフティー・マティックス
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アマテ・ユズリハ(マチュ)
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ニャアン
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シュウジ・イトウ
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シャリア・ブル
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シロウズ
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サンライズカネバン社長
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シイコ・スガイ