多少の気だるさを覚えながらエグザベは目を覚ました。
目を覚ましたまでは良いが、身体が動かない。
ぼやけた視界でエグザベは周囲を見渡す。
(ここは…ランチか?)
エグザベがいる場所はソドンに搭載されているスペースランチの内装によく似ている。
元々はペガサス級時代の装備であるソドンのスペースランチだが、思った以上に使い勝手が良かったのでリバースエンジニアリングされてソドン以外にも何隻かが運用されている。
(僕は何でこんなところにいるんだろう…)
エグザベは重くなった頭の回転させる。
シャリア達と別れてコモリと地下鉄に乗った所までは覚えている。
座席に座った途端、腹部にワクチン接種の注射のような痛みが襲った。
そこからの記憶がない。
視界が段々とクリアになっていく。
やはり、エグザベがいる場所はスペースランチで間違いない。
スペースランチは月面のクレーターの宙域上を浮遊している。
ロケット噴射もエアーによる制御もないスペースランチの座席にエグザベは座らされていた。
座席から立ち上がろうとしたエグザベだったが、身体が動かない。
最初は気だるさのせいだと思っていたが、首から下を見ると身体が座席に縛り付けられていることにエグザベはようやく気付いた。
服装はデートの時の私服姿のままだが、結束バンドの一種で身体が座席に拘束されている。
(拉致…されたのか?)
その思考に至った時、エグザベの背筋が凍り付いた。
周囲に自身を拘束した人間がいないか改めて周囲を見渡した時、エグザベから離れた席、視界の隅にコモリがいた。
コモリもエグザベと同じように座席に縛り付けられている。
(コモリ!!)
どうにか拘束を解こうとしたエグザベだったが、こういうことを真面目に教育するのは特殊部隊だ。
フランガンスクールもある意味ではニュータイプの特殊部隊員の養成所とも言えるかもしれないが、拘束の解き方などエグザベは学んでいない。
焦るエグザベの背後、スペースランチに採用されている宇宙船仕様の強化ガラスの窓に影がかかる。
スペースランチ内の照明と僅かに入ってくる太陽光を遮る影が気になり、エグザベは窓の方に頭を向けた。
そこにはゴーグル頭があった。
ゴーグルの内部にある光の灯っていない丸目のデュアルアイがエグザベを見つめる。
蒼い機体のゴーグル頭…それを見てエグザベは先程以上の恐怖を覚えた。
アンノウン1、ブルーディスティニー1号機がスペースランチの窓越しにエグザベ達を見ていた。
『ギャンは直ったか?エグザベ少尉』
スペースランチ内に接触回線で男の声がスピーカーから聞こえてくる。
声の主をエグザベは知っている。ブルーディスティニー1号のパイロットはHi-MD男と名乗っていた。
この声はHi-MD男の物だ。
「お前は…」
『これも仕事だ。すまないな』
エグザベの怒りが伝わったのか申し訳なさそうにHi-MD男は言った。
『君達を人質に王子の実力を図ろうという話だ。全く、人質を取ってまでやる作戦じゃないぞ。棺の王子が消えかけているんなら王子でもいいのにな』
Hi-MD男がブツブツ言いながら右腕に装備している100mmマシンガンを構える。
『本当なら君とまた戦いたかったんだが、場合によっては君達ごとランチを撃たなきゃならない』
イズマ・コロニーで暴れていたテロリストがグラナダでも展開していている。
どこの組織も採用していないようなMSを運用、維持が出来ているのなら他所とも繋がりがあっても不思議ではない。
それにHi-MD男が以前にも言っていた言葉…
『ナガラ衆が世界に君臨するために我々は王子を擁立しようとしている。そのためにキシリア・ザビとも協力関係を結んでいる』
欺瞞工作だと思っていたあの言葉に多少の現実味が出てきた。
そして今の自分達の現実は人質だ。
彼らが何を考えているかエグザベは分からない。
せめてコモリを解放できないかとエグザベは思った。
「お前達が何者かは分からない。だが、コモリは解放しろ。人質は僕だけでもいいだろ?」
『俺もそう思う。悪いがボスの意向だ』
参ったぜ、とHi-MD男は周囲を見渡す。
『ボスで思い出したが、この間の話を覚えているか』
「…キシリア様のことか」
『そうだ。君の立場もあるだろうが、あまりキシリア・ザビのことを妄信しない方が良い』
「どういうことだ」
分断工作だと思いエグザベは警戒を強めた。
『君がキシリア派にいること、人事発令で君がキシリア親衛隊の所属になったことは知っているよ』
「全て知っている訳か」
この男を含めナガラ衆はジオンの内部事情について相当詳しいようだ。
自分の情報が漏れている可能性を考慮していたエグザベには予想の範疇だ。
恐らく、自分のプロフィールについて向こうは殆ど知っているだろう。
『俺の立場で言っていい話じゃないが…』
『キシリア・ザビは普通じゃない。
ジオンの看板を背負うザビ家の紅一点だが、冷徹な軍人だ。
コーディネーター計画を推進してきたのもキシリアだ。
エグザベ少尉が思ってるほどまっとうな女じゃない』
聞き慣れない単語がエグザベの耳に届く。
コーディネーター?
「コーディネーターとは何だ?」
Hi-MD男は虚空に100mmマシンガンの銃口を向ける。
『遺伝子操作を行い、優れた肉体・頭脳を持つよう調整された人間のことだ』
「デザイナーベイビーのことか?」
エグザベは以前そんな噂を聞いたことがある。
ジオン軍内ではクローンの実戦投入とデザイナーベイビーの研究が秘密裏に行われているという暴露話が一時期流布されていた。
もっとも、人道的観点で忌避されているクローンとデザイナーベイビーに予算が付くはずがない。
予算が付いているのなら毎年行われる会計監査で突っ込まれるだろうという話になり、噂は早々に鎮火した。
『その認識で良い。キシリア・ザビはコーディネーター技術を確立させるために時の流れを断罪してしまった…自分のエゴのために』
エグザベはキシリアが非人道的な所業を率先してやっているというのが信じられなかった。
軍隊は何万もの人間が働いているのであってその一部が悍ましい所業を請け負っていてもおかしな話ではない。
キシリアがコーディネーターというデザイナーベイビー計画の詳細を知らずに書類にサインをした可能性もある。
だが、Hi-MD男の話ではキシリア自身がコーディネーター計画を率先して行ったという。
あのホテルの時と同様に分断工作だとエグザベは反論を考えたが、窓の外にもう1機の影が見えた。
その影はすぐにスペースランチの元へとやってきた。
見慣れないMSがブルーディステニー1号機に接触回線用のワイヤーを射出して会話を始めたようでエグザベにはその会話は聞こえてこない。
「軽キャノンの亜種か?」
ライトグリーン色で全身に重武装を施し、どことなく軽キャノンの面影を感じるMSはHi-MD男との会話を終えたのかランチに接触する。
『君がエグザベ・オリベ少尉か』
「…そうだ」
『Hi-MD男から話を聞いている。フラナガンスクールを主席で卒業したルーキーでガンダムクアックスのパイロットを務めていたと。
俺の名はマイクロプラグ男、よろしくな』
(ジオンの防諜はどうなってるんだ!?)
覚悟はしていたが、自分のプロフィールを当然のように楽しげに話すマイクロプラグ男の声を聞いてエグザベの顔が引き攣る。
そんなエグザベとは対照的にコモリは気持ちよく眠っていた。
グラナダ基地のゲートへ向かうブラウ・ブロ号の車内ではジョンがカーステレオのラジオに耳を傾けていた。
『…1時間前、ナガラ衆を名乗る者からグラナダ基地突撃機動軍本部とメディア、SNS等にジオン軍人2名を誘拐したというメッセージが動画と共に届きました。
ナガラ衆はジオン公国に対して要求等は示しておりません。
SNSでナガラ衆はこれから12時間以内にエンデュミオン・クレーターには接近しないようと繰り返し発信しており…』
ジョンはこれまで以上に頭が痛くなってきた。
ナガラ衆がまさかエグザベ達を誘拐するとは全く考えてなかった。
『アイツラ何考エテルンダ?』
「それが分かったら苦労しません」
公道を飛ばしながらシャリアは頭を抱えるジョンを一瞥した。
「連中の狙いは恐らくジョン君、君でしょう」
ジョンは顔を上げた。
「彼らのOPSは普通じゃありません。エグザベ君達を人質に君に干渉してくるはずです」
『エンデュミオン・クレーターデドンパチヲヤルツモリダロウナ』
「彼らが君に接触する前に君を軍で保護します。エグザベ君達は交渉で…」
シャリアが言いかけた途中、巨大な影がブラウ・ブロ号の周囲を覆う。
(何だ?)
ジョンはパワーウィンドウのボタンを押して窓を開ける。
窓から頭を出して影の正体を知ろうとして頭上を見上げたジョンは絶句した。
「ジョン君、何がいますか!?」
運転で手が離せないシャリアはジョンに問いかける。
「…MSがいます!!」
「何ですって!?」
グラナダ市内をMSが飛行することはある。
エグザベ達の件もあるので市内の警備のために警備隊がMSを市内に展開することもないわけではない。
だが、この影はずっとシャリア達を追っている。
サイズが明らかに通常のMSではない。
(何だあのMS!?)
ジョンの頭上にはガンダムに似た巨大なMSがブラウ・ブロ号を追っている。
巨大MSのデュアルアイがジョンを見つめ、巨大な両手がジョン達に迫る。
「ガンダムが僕達を捕まえようとしてます」
ジョンは車内に頭を戻してシャリアに伝える。
『飛バナセナイカ!?』
「無理です!!」
ブラウ・ブロ号の周囲に他の車両はない。
巨大MSはブラウ・ブロ号の速度に合わせて飛行速度を合わせ左右からマニュピレーターが迫る。
シャリアはブラウ・ブロ号を左右に動かして捕まらないようにしようとするが、努力の甲斐なくマニュピレーターがブラウ・ブロ号を掴む。
ガルウィングのドアを上から塞がられているので出ようにも出れない。
窓も小さいのでピンクちゃんくらいしか脱出できない。
巨大MSがブロウ・ブロ号を掴んでその車体を宙に浮ばせた。
「うわっ」
『ヤバイゾ!!』
『ヤバイ ヤバイ』
浮遊感を感じながらもジョンは諦めずにガルウィングのドアを開けようとする。
シャリアは端末でグラナダ基地と連絡しようとするが、画面には電波障害の文字が出ており、電話すらできない。
(まさか、このMSはミノフスキークラフトを積んでるのでは?)
ブラウ・ブロ号はみるみるうちに地表から離れていき、その巨体と共にグラナダの「天井」近くまで上昇し、追ってくるグラナダ基地のゲルググを振り切って天井ギリギリを飛んで行った。
掘り下げが足りないと感じる主要人物
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ジョン・マフティー・マティックス
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アマテ・ユズリハ(マチュ)
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ニャアン
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シュウジ・イトウ
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シャリア・ブル
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シロウズ
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サンライズカネバン社長
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シイコ・スガイ