『ハロ!!』
4基のガンバレルが分離する。
『分カッテイル』
『ヤッテヤルゼ ヤッテヤルゼ』
プロヴィデンスからも大型ドラグーン2基と小型ドラグーン3基が射出される。
接近するガンバレルストライクを見てプロヴィデンスは距離を取り始める。
互いのビームライフルとレールガンが銃口を向け合う。
ビームの嵐が始まった。
船外で繰り広げられるビームの嵐にエグザベは驚愕を隠せなかった。
スペースランチの自動操縦機能が起動してエグザベ達はエンデュミオン・クレーターから離れていく。
ランチの位置、窓の大きさ、拘束された身体のせいでエンデュミオン・クレーターで繰り広げられている全貌をエグザベは見ることが出来ない。
それでも窓から見えるビームは雨あられと降り注ぎ、ある時はカーテンのようなビームが形成される。
ルウム戦役後の難民時代に見た戦場の光景をエグザベは現場で見たことがあるが、ここまでの代物ではなかった。
「綺麗…」
コモリの呟きを聞きながら、エグザベはジョンの安否が心配になってきた。
エグザベはストライクとジョンの関係を知らない。
ジョンはシャリアと共に拉致されて別行動になっているのがエグザベの認識だ。
あのビームの嵐にジョンが巻き込まれていないか不安だった。
エグザベはシャリアに意見を伺おうと思い、首をシャリアの方に向けた。
シャリアもまたエグザベと同じように僅かに見える外の光景を凝視していた。
はっさくの着ぐるみを被せられたシャリアの表情を見ることはできない。
「5年ぶりですね、オルフェ君」
エグザベにははっさくの着ぐるみの下にいつものシャリアではない、戦士としての顔が見えた。
ナガラ衆はグラナダ基地に対して要求した武器一式の引き渡しポイントを予め伝えていた。
直径125kmのエンデュミオン・クレーター内、ガンバレルストライクとプロヴィデンスが戦闘を繰り広げているエリアから僅かに離れた場所をナガラ衆は指示しており、その場所にパープルウィドウが向かっていた。
キシリア・ザビの座乗艦であるパープルウィドウであるが、この日は初動対応艦となっていた。
それにグラナダ基地の艦艇で武器を積み込んだコンテナを安全に運搬できるのはチベ級のパープルウィドウくらいしかなかった。
MS格納庫から4機のゲルググが飛び出して行く。
2機のゲルググが大型コンテナを持ち、2機のゲルググがビーム・スプレーガンを構えながら護衛をしている。
『何が起こっているんだろうな』
『知るもんか』
コンテナを運搬するゲルググのパイロット達がぼやいた。
何やら大事件が起きていることは間違いない。
同胞の拉致とテロリストがジオンにすらないビーム兵器を投入してまで何かしている。
頭では任務を優先しつつも、彼らはどこか現実味を感じれなかった。
パープルウィドウのブリッジにはクルー以外にもブラジャー部長とシロウズの姿があった。
コンテナの運搬が主任務のパープルウィドウであったが、2機のMSの情報収集もまた任務の内にある。
「アンノウン3、4両者共に拮抗状態です」
パープルウィドウでは便宜上、プロヴィデンスをアンノウン3、ストライクをアンノウン4という名で呼ぶことで統一している。
ブラジャー部長、シロウズと共に艦に同乗した情報収集員はセンサーとカメラで捉えた戦場を冷静に観察していた。
両者共にビット兵器は損耗、アンノウン3のビームライフルは破壊されて使用不可、しかしアンノウン4のライフルではアンノウン3の装甲を貫通できていない。
アンノウン3は最初から半壊状態で戦いに臨んでいた。
左腕が修復されておらず、武装はバルカン砲らしき砲と右腕に装備したビームライフル、10基程のビットが確認できた。
そのビットにしても動きがぎこちない。
アンノウン4は今のところ特に損傷はないが、武装の相性が悪く決定打を与えられていない。
(何者なんだ?)
2機のMSはジオン、連邦共に存在が記録されていない。
一年戦争中の試作MSを投入してきたと考えたが、まともに維持できないような試作品を後世大事にする余裕が両陣営にあるとは思えない。
戦後に作られたにしてはどの陣営に似ても似つかない設計だ。
ジオンの最新鋭機であるガンダム・クアックス、ガンダム・フレド・カルラとは似ても似つかない。
頭を抱える情報収集員を尻目にシロウズはブリッジの向こうに広がる戦いを長髪の隙間から見守っていた。
レールガンの弾がフェイズシフト装甲で守られていないプロヴィデンスのデュアルアイに着弾した。
頭部の半分が吹き飛ぶが、プロヴィデンスは全く怖気づいていない。
『この戦い、ソロモンを思い出すなぁ』
『オルフェはあの時、ソードで僕にとどめを刺したね。ランチャーで僕の左腕を吹っ飛ばすし…楽しかったなぁ』
1基の大型ドラグーンと1基のガンバレルが相打ちとなって爆散する。
『お互い弱くなっちゃったね。僕はボロボロ、オルフェはエールもソードもランチャーも使えなくなっちゃった』
余裕のないガンバレルストライクと対照的にプロヴィデンスは追い詰められてもなお余裕を崩していない。
戦いの拮抗するガンバレルストライクとプロヴィデンスの足元、エンデュミオン・クレーター全体に少しずつ赤い光が灯り始めていた。
『無理やシュウジ、パルダから月までどれくらいあると思ってるんや!?』
「ジョンを放っておけない!!」
『それはワシも同じや!!』
テレビグラナダが撮影しているエンデュミオン・クレーターの光景はテレビ以外にも動画サイトにも中継されていた。
クレーンゲームから音楽ゲームにのめりこむシュウジ達を呆れながら見ていたニャアンは端末に届いていたSNSの通知から初めて事態を把握した。
ジョンが月面で戦闘をしていることを知ったシュウジはおっちゃんと電話で口論している。
シュウジは赤いガンダムでジョンに加勢したかった。
だが、サイド6からエンデュミオン・クレーターまでの距離を考えるとどう考えても移動中に戦いは終わってしまう。
「ジャック、なんでまた戦っているの?」
画面に映る赤い機体を見てニャアンは思わず呟いた。
ニャアンはジョンに戦ってほしくなかった。
マチュと一緒でもいいから戦いから身を引いて欲しかった。
(アマテのせいでジャックは)
そもそもジョンがグラナダにいく原因を作ったのはマチュだろうと思うとニャアンは煮え切らなかった。
ニャアンの震える手が持つ端末をドゥーが横から覗き見る。
「…キラキラが始まる」
クレーターを赤い光が包んでいく。
レールガンが残存していた小型ドラグーンに破壊された。
残り1基となったガンバレルがドラグーンをビームガンで迎撃する。
ジョンは2本のアーマーシュナイダーを取り出して構える。
足元の赤い光が強くなっていく。
『この光、ゼクノヴァか!?何故ここで!?』
『ストライクニモプロヴィデンスニモサイコミュハナイゾ!!』
『ニゲロ ニゲロ』
サイコガンダム戦のゼクノヴァは赤いストライクの登場の際に出現したものだった。
それなのに今回に限ってはゼクノヴァが発生する理由などジョン達には全く分からない。
『あの女か…癌細胞め…』
プロヴィデンスは自分達を包む赤い光を見て忌々しそうに呟いた。
4機のゲルググを収容したパープルウィドウは大急ぎでエンデュミオン・クレーターからの離脱を図っていた。
エンデュミオン・クレーター全体をゼクノヴァの赤い光が覆っている。
前例となる第2次ソロモン会戦のソロモンの大質量が消滅したゼクノヴァのように自分達も消滅してしまうことを回避するためパープルウィドウは熱核ロケット・エンジンを全力で運転して月面から離れる。
「武装コンテナのポイントへの投下は完了した。これより離脱する」
わざとらしく言う艦長をブラジャー部長は睨んだ。
未だにジョンの行方は分かっていない。
もしかしたら月面で戦闘をしているアンノウン3、4のいずれかにジョンが乗っているかもしれないのだ。
同時に彼に対して何もできないのも現実であった。
アンノウン3、4にパープルウィドウのメガ粒子砲を発射しても当たらないだろうし、なによりジョンが乗っている可能性を考えれば撃つ訳にはいかない。
そのリスクを無視してナガラ衆の行動に介入すれば報復としてスペースランチがビットで撃ち落とされる可能性があることを考えると猶更だ。
「ジョンなら大丈夫ですよ」
ブラジャー部長の怒りをなだめるようにシロウズは言った。
シロウズはゼクノヴァの赤い光の中にいるガンバレルストライクを見つめる。
「彼はソルジャーだ。僕がよく知っています」
エンデュミオン・クレーターからパープルウィドウが離れていく。
『これまでか…』
互いににらみ合う中、突然プロヴィデンスのフェイズシフト装甲が色を失いグレースケールへと変わっていった。
『元々無理をしてた罰があたった』
右肩から月面へと倒れこむプロヴィデンスを見てジョンは一瞬、止めを刺すべきだと考えた。
だが、ゼクノヴァの光が先ほどよりも強くなっていく。
ジョンも戦史としての第2次ソロモン会戦のゼクノヴァ現象は知っている。
ストライクのゼクノヴァも考えるとここにいると何が起きるか分かったものではない。
プロヴィデンスを放置してでもエンデュミオン・クレーターから早急に離脱する必要があった。
だが、残り1基しかないガンバレルストライカーとストライクの推進力でここから離脱するのは難しいだろう。
地球やコロニーよりも重力は弱いといえ、月にはきちんと重力があって無重力ではない。
『ハロ、離脱してくれ。共倒れになるぞ』
ジョンはストライク側からガンバレルストライカーを分離した。
切り離されたガンバレルストライカーがMA形態へと変形する。
レールガンは喪失し、ガンバレルは1基しかないボロボロの姿だが、飛行は可能だ。
『ジョンヲ置イテハイケルカ!!』
『クルンダ クルンダ』
イズマ・コロニーでやったようにMA形態のガンバレルストライカーに乗り込んで離脱もジョンは考えた。
だが、ストライクへの変身にはジョン自身でも分かっていない部分も多い。
この状態で変身を解除すればガンバレルストライカーのコックピットへ移動できるのか、それとも生身で宇宙空間に放り出されるか分からないのだ。
ノーマルスーツを着ていればまだ良かったかもしれないが、着ていたとしても検証している余地はない。
変身に対してジョンは無意識に距離を取ってきた。
イズマ・コロニーからケルゲレン、グラナダのどのタイミングでもストライクへの変身に対して検証できる時間もハロに聞くタイミングもあった。
それが今になって脱出不能というツケとして回ってきたのだ。
ゼクノヴァの光がより一層強くなる。
『早く行け!!』
ゼクノヴァの光を見てハロも折れた。
ジョンの訴えを聞いてガンバレルストライカーがストライクから離れていく。
『スマナイ…』
『ジョン ジョン』
ボロボロのガンバレルストライカーを見送り、ジョンはプロヴィデンスと向き合う。
プロヴィデンスは機体そのものが消えていく。
機体を構成する物質そのものが原子として分解されているようにジョンには見えた。
『消えてしまう。僕自身が消える…』
ジョンにはプロヴィデンス、棺の王子に何が起こっているのかは分からなかった。
ただ、その「命」がゼクノヴァとは関係なく消えていく光景に自分は立ち会っている。
ジョンが手を下すことなくプロヴィデンスは死ぬだろう。
勝手に戦って勝手に死んでいく。
棺の王子はジョンのことなど眼中になく、残ったプロヴィデンスの右腕でエンデュミオン・クレーターに積もった塵を掴んだ。
そしてプロヴィデンスは塵の中へと消えていった。
その場に残ったストライクをゼクノヴァの光が包んでいく。
ストライクはアーマーシュナイダーを腰のラックへとしまう。
ナイフ2本でどうにかできる事象を超えてしまった。
センサーとその視界も全てが赤くなっていく。
これから何が起こるのか分からない。
ストライクのバッテリー残量はまだ戦闘できるくらいの残量は残っている。
武器もアーマーシュナイダーは健在でイーゲルシュテルンの残弾も僅かだがある。
無駄だと分かりながらも身構えるジョンに誰かが囁く。
『身構えている時は死神はこないものだ』
視界が赤い光で染まり、何も見えなくなった。
エンデュミオン・クレーターでの戦闘はテレビ、インターネットの動画サイトを通して中継されている。
クレーターの縁で撮影していたテレビクルーはプチモビルスーツを退却させながらもその光景を最後まで記録を続けた。
シイコとマチュは自動運転に切り替えたエレカの中でその光景を見ていた。
マチュは端末の画面に映るゼクノヴァの光に顔を歪める。
「ケルゲレンでゼクノヴァを押し返せないの!?」
『出来る訳ないやろ!!今から行っても間に合わん!!』
「あの赤いガンダムにジョン君が乗ってるんでしょ!!ゼクノヴァに巻き込まれたりしたら!!」
『…消えるやろな』
シイコとおっちゃんの電話越しでの言い争いを耳に挟み、「消える」という言葉にマチュは震える。
なんでジョンがまたストライクになっているかは分からない。
戦っている相手が誰なのかも分からない。
それでもマチュは今すぐにでもジョンを迎えに行きたかった。
ずっと抱きしめていたかった。
シャリア達が拘束されていたスペースランチはパープルウィドウに回収されていた。
自動運転機能がパープルウィドウの航路と被るように設定されており、回収に至った。
ジョンを誘導できた時点で用済みであったシャリア達をナガラ衆がこれ以上手を出すことは無かった。
MS格納庫に係留されたスペースランチにメカニック達の手によって拘束から解放されたシャリアはブリッジへと向かう。
(中佐はジョン君を助けにいくつもりだ)
未だ拘束されたままのエグザベは慌てたシャリアの後ろ姿を見送るしかない。
「消えてしまう。あの時と同じです」
着ぐるみを被ったままシャリアはブリッジへと上がり込んだ。
シャリアはブリッジの窓から外に広がるゼクノヴァを覗き込んだ。
ゼクノヴァの光でもうストライクは見えない。
「MSを貸してください」
シャリアはブリッジに上がってきていた副長に直訴する。
恐らくまだ月面に残っているであろうジョンをシャリアは救出するつもりでいた。
「無理です。もう間に合いません」
「ゲルググ1機、修理費用は私の給料から天引きしてもいいから使わせてください!!」
自分の行為は無駄だと思いながらもシャリアは着ぐるみを脱ぎ捨てた。
副長はシャリアの心情を汲み取りながらも、あくまで「副長」としての立場を徹底した。
シャリアの訴えを無視してパープルウィドウは赤く染まったエンデュミオン・クレーターから離れていく。
(大勢の兵士を殺してきたのに人ひとり救えないのか!?)
シャリアは着ぐるみを窓に見えるゼクノヴァに投げつけた。
窓に投げつけた着ぐるみは窓にバウンドしてシャリアの死角へと消えていく。
「危ないですよ。ここで物を投げたら」
着ぐるみを掴む影があった。
「こういう時こそ、落ち着くべきだ。シャリア・ブル」
その声を聞いてシャリアの背筋が凍った。
シャリアの死角からはっさくフェイスの着ぐるみを抱えたシロウズが姿を現した。
「初めまして、シャリア・ブル中佐」
「…ええ、初めまして」
微笑むシロウズと険しい表情を浮かべるシャリア。
その後ろでゼクノヴァの光が爆発した。
エンデュミオン・クレーターから赤い光が消えた。
赤い光が消え、クレーターが大きく抉り取られていた。
2機のMSの姿はどこにもない。
古いクレーターの上に新たなクレーターが形成されただけだ。
そこにはもう何もない。
辛うじてゼクノヴァから逃れたテレビグラナダのカメラはその光景を世界中に映し出す。
テレビクルーは現実離れした光景の前にカメラを止めることを忘れて立ちすくむことしかできなかった。
ストライクがゼクノヴァの中に消えていく光景をマチュは端末越しに見届けることしかできなかった。
『ボンが…消えた』
「本当ね…」
シイコはカーステレオのテレビモニターでその光景を見て、助手席のマチュを見た。
マチュは目の前、画面の中で起こっていることが理解できなかった。
「ジョンは…」
マチュは理解しても理解したくなかった。
シイコは静かに首を横に振った。
マチュの頭脳が冷静に目の前の現実を分析する。
エンデュミオン・クレーターでゼクノヴァが発生、ストライクはそれに巻き込まれて消滅した。
ゼクノヴァに巻き込まれたシャア・アズナブル大佐は現在でも行方不明、死亡したという話が濃厚だ。
ゼクノヴァに巻き込まれたストライク、ジョンは死んだかもしれない。
「ジョンが…死んだ?」
「…その可能性が高いわ」
シイコのその言葉を聞いてマチュの目が見開いた。
「うわぁぁぁぁぁ!!」
声にならない悲鳴が車内に響き渡る。
マチュの頭脳は現実逃避せずに思考を回し続けた。
その思考によって脳髄が破壊できるくらいの現実をマチュは身を持って味わう。
ほんの僅かな時間でマチュは現状の全てを理解してしまった。
「ああああああああああああああああああああああああ!!!!」
シイコの目の前には全てを失った少女の姿があった。
ストライクのフェイズシフト装甲はグレースケールへと変わっていった。
ジョンはストライクの姿を維持できず、人間の姿へと戻っていく。
ジョンは水底に落ちていくような感覚を覚えた。
目を開くとそこには闇しかない。
赤い光も明晰夢のような不思議な空間でもない。
自分の手すら見えないような闇の中だ。
死んだのかもジョンは判断が付かない。
どこからが声が聞こえる。
「直径6,4キロメートルのスペース・コロニーは113,5秒に1回回転し1Gの遠心力を生み出している」
「私たちを地面に押しつけているこの力は本物の重力じゃない。宇宙は頭の上じゃなく 足の下にあるんだ」
「コロニー生まれの私たちは本物の重力も本物の空も知らない。もちろん、本物の海も」
「マチュか?同じ声だが…でも何か違う」
マチュの声に抱かれながらジョンは闇の水底へと消えていった。
掘り下げが足りないと感じる主要人物
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ジョン・マフティー・マティックス
-
アマテ・ユズリハ(マチュ)
-
ニャアン
-
シュウジ・イトウ
-
シャリア・ブル
-
シロウズ
-
サンライズカネバン社長
-
シイコ・スガイ