古びたラジオから流れてくるニュースを聴きながら、シュウジは橋の下の通路でグラフィティを描いていた。
旧世紀に販売されていたSONYのラジオ。大量生産品でいかに安く作るかに挑戦した機種で、耐久性は微妙だが、所持者であるシュウジの扱いが丁寧なおかげで、いまだ壊れることなく機能を果たしている。
シュウジの隣にいる四足歩行ロボットのコンチは、ラジオをつまらなそうに聴いていた。
朝のラジオでコンチのお気に入りは、なかなか無いようだ。
『…ソドン襲撃犯の捜査のため、軍警察ビルに捜査本部が設置されることになりました。
今回の事件の捜査を円滑に進めるため、ソドンへ軍警察、会計監査部の外交部、コロニー公社イズマ支部MS運用部のMSパイロットを派遣すると…』
「コンチ、飽きたら別のにしていいよ」
「待ってました!」とばかりに、コンチは周波数を変えるためラジオに近づいた。
このラジオはAM・FM・TVの三つから選べるが、AMは旧世紀のうちに既に停波しており、TVは規格の問題で受信できない。
よって、現在このラジオはFM放送しか流せない。
コンチもそれを理解しているのでボタンを押し、プリセットされた局の番組が流れ始めた。
電波状態によっては受信が怪しいが、今回はうまくいった。
『…リクエストはルミコ・ワダの「True shining」。
送っていただいたのはラジオネーム・ヤスモトさんです。
私は畜産関係の仕事をしていて、仕事帰りによくこの曲を流しています。
昨日、ガチョウの肉を捌いて、イズマ・コロニーに住んでいる親戚の元に送りました。
ガチョウの肉は新鮮なうちに食べてほしい。ガチョウの卵も一緒なので、いろんな調理もできますよ!とのことです。
では皆さん、お聴きください…』
ルミコ・ワダの歌声が流れ始めると、コンチはそれに合わせてゆっくり動き始めた。
ノリノリで踊ろうとしたコンチだが、橋の下に響く足音と、スーツケースのローラーがガラガラという音に気づくと、そちらへボディを向けた。
足音はシュウジに近づくが、シュウジは見向きもせず描き続ける。
「こんにちは。今の名前はシュウジ・イトウ君で合ってるかな」
名前を呼ばれて振り向くと、そこには虹色のビキニを着た女性が立っていた。
「お姉さん、誰?」
少し困ったように、シュウジは女性から半歩後ろに下がった。
女性の右手にはゲッカビジンの花束、左手にはスーツケース。
「今は話せない」
ビキニの女性は、スーツケースの伸縮ハンドルを収納し、スーツケースを横に倒した。
「ナガラからシュウジへ贈り物がある」
「このスーツケースの中には二百ハイトの現金とノーマルスーツが入っている。この金で身だしなみを整えてほしいと言われた」
「いらない。お金は欲しいけど」
シュウジは即答した。
「いらないなら、それでいい」
あらかじめそういう反応を想定していたのか、ビキニの女性は大して驚きもせずに言った。
「ガンダムが言っている。ビーチでもないのにそんな格好で出歩くな。あと水着のユニコーンは取り消せ、と」
「そんなにダメかなぁ」
ビキニの女性は、シュウジが壁に描いたグラフィティを指でなぞった。
ペンキは既に乾いているが、ところどころ粉がぽろぽろと宙に舞う。
グラフィティを見る女性の目は、この場を見ていないようにシュウジには思えた。
「あたし達はここから来た。役目が終われば砂となるだけ…」
グラフィティの「A」の字を触りながら、ビキニの女性が言う。
「ナガラは人と共にある。あらゆる時代の、人の中にいる」
「どういうことだ、とガンダムが言っている」
グラフィティからシュウジのほうへ視線を向けたが、その目には人間の目のような輝きがない。
「アド・ステラ…ドバンスド・ジェネレーション…ポスト・ディザスター」
「それは刻?」
「そうよ」
ビキニの女性はうなずいた。
「その刻の人達は、どう生きていた、とガンダムが聞いている」
その問いに微笑み、ビキニの女性はスーツケースの上にゲッカビジンの花束を置いた。
そしてシュウジとコンチに背を向け、歩き出す。
「今と大して変わらない。でも、みんな勇敢だった」
ビキニの女性の表情は、シュウジからは見えない。
「己に課せられた現実に立ち向かった。良い人も悪い人も、一生懸命に生きていた」
ビキニの女性は立ち止まり、言葉を続けた。
「近いうちに、君はジョン・マフティー・マティックスという人間と関わることになる」
その言葉に、シュウジは初めて顔色を変えた。顔がわずかに強張った。
「彼の力になってほしい」
それだけ言うと、ビキニの女性は橋の下から去っていった。
シュウジは女性が去った方向へ走り出すが、既にいない。
周囲を見渡しても、どこにもいない。
ふと空を見上げると、緑色の影が見えた。日は昇り、破損箇所を修復しながら上空に居座るソドンの姿だ。
そのソドンへ向かって、スペースランチが飛んでいくのがシュウジにも見えた。
「そこにいるんだね」
ソドンのCPはコモリがこれまで経験したことがないほど張り詰めていた。
何せ1分隊から5分隊の幹部が勢揃いだ。
省人化と部屋の広さからコモリは窮屈には感じないがそれでも周囲の体臭を感じるくらいにはコモリ自身も神経質になっていた。
艦長のラシットは壇場の上で壁に投影されたプロジェクトにレーザーポイントを当てた。
「副長、船務長、シャリア・ブル中佐、エグザベ・オリベ少尉は現在イズマ・コロニーの各種行政へ出頭している。
そのため私が今後の方針について皆さんに説明する。次」
ラシェットの声で映像が切り替わる。
表示されたのは居酒屋で酔った2人の男が肩を組んで笑顔でピースサインをしている写真だった。
写真名は『コウ&ガトー』
「失礼、写真を間違えた」
冷静にラシェットはソドンの破損箇所を撮影した写真へと切り替えた。
「皆も知っての通り、これだけの損傷があったにも関わらず犠牲者はでなかった。軽傷6名、重傷1名、7名は現在コロニー内の病院に収容されており命に別状はない」
「あの蒼いMS、アンノウン1とそのパイロットを名乗るHi-MD男は優れた技量を持っていることは間違いない。何せ…」
「手加減されたのだからな」
「アンノウン1の攻撃により、ソドンの左舷側の武器はほぼ使用不能になっている。
反面、右舷側は殆ど損傷がない。
左舷側で現在修理可能なのは連装偏向型メガ粒子砲とVLA、3日以内に使用可能だ」
「しかし破損したイルミネーターはここでは修理ができない。よってミサイルの運用には制約がかかる」
「現状、艦の戦闘能力は67%しか発揮できない。一年戦争だったら沈められているぞ」
「司令部に応援要請は出しているが、あまり期待はできない。この損傷、本来であればサイド3に帰艦するレベルの話だ。まったく」
だんだん眠たくなってきたコモリだが、この場にいないエグザベのことを考えると眠る気になれなかった。
あの戦いの後のエグザベはコモリは見ていられないくらい打ちひしがれていた。
ガンダムクアックスにはオメガサイコミュが搭載されており、起動すればあのMSに勝てる程の機動力を得れたのではとコモリは思ったが、メカニックとエグザベ本人から否定されてしまった。
オメガサイコミュを使わない、使わせない前提で搭載されていたので使ったらそれはそれで大問題だが…
『あの戦いではオメガサイコミュは封印して出撃していた。規制の問題だ。
あの場では封印は解除できなかったんだ。
でも、仮にオメガの封印が無かったにしても僕が使いこなせたか…くそっ』
艦内でエグザベを責める声が無いわけではなかったが、ガンダムクアックスと同じかそれくらい酷い被害をソドンも受けていたのであまりエグザベを責めれる空気ではなかった。
メカニックもエグザベに愚痴は言いつつも必要以上に責める様子は無かった。
それほどまでにあの蒼いMSは異常なのだ。
(EXAMシステム、エグザベ君はその声を聞いた。中佐は変な顔してたけど)
恐らく今頃各所で頭を下げて回ってるチームに加わっている上司はEXAMと聞いて神妙な表情を浮かべていたことをコモリは思い出した。
掘り下げが足りないと感じる主要人物
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ジョン・マフティー・マティックス
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アマテ・ユズリハ(マチュ)
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ニャアン
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シュウジ・イトウ
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シャリア・ブル
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シロウズ
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サンライズカネバン社長
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シイコ・スガイ