ジョンの視界一杯に緑色の空間が広がる。
極彩色の光が魚の群れのように動いている。
この世の光景とは思えない世界だ。
あまりの非現実さに本能的にCQCの構えを取ったジョンだったが、思い返せばこの光景をジョンはこれまで、それもほぼ2年間経験していた。
ジョンと左手しか見えなかったマチュの交流の場であった明晰夢の空間とよく似ているのだ。
自分と左手しか見えないマチュしかなく、色すらない明晰夢と比べるとこの空間は比べる間必要もなく派手だ。
それでも空間の持つ質感というのはどこか似通っている。
明晰夢にシュウジのグラフティを合体させればこの空間が出来るだろう。
「キラキラってのはそういうことか…」
あのサイケデリックな「A」の字はこれを現していたのかとジョンは納得した。
これをグラフティに落とし込むとはシュウジはやはり良いセンスの持ち主なのだろう。
「良いセンスだな、シュウジ」
「シュウジのこと知っているの?」
シュウジの描いていたグラフティに得心しているジョンの後ろからアマテの声が聞こえてくる。
振り返った先には宙を泳ぐようにしてジョンを見ているアマテがいた。
「あなた、あの子の彼氏?」
ジョンの顔をまじまじと見ながらアマテは言った。
何の話か分からずに困惑するジョンの後ろから小さな笑い声が聞こえてくる。
「男の子?フフ、うらやましい…」
ジョンの正面にはララァがいた。
ララァは鳥のように空間を飛びまわる。
「ヒマラヤ山脈を越えて飛ぶ渡り鳥がいるわ。鳥が山脈を超えるなんて昔は誰も想像していなかった。人が宇宙で暮らすことを想像していなかったように」
ララァの言葉を聞いてアマテは首を傾げた。
「とても若いジオンの将校さんは私を宇宙へ連れて行ってくれた」
その言葉の直後、ジョンとアマテの脳裏に覚えのない記憶が入り込んできた。
抽象化されているが、それはララァが夢見の中で見た物だろう。
この空間、キラキラの中ではこういったことも出来るのだとジョンは思い、流れ込んでくる記憶を嚙み締めようとする。
「そこから私の本当の人生が始まるわ」
カバスの館から出ていくララァと赤い士官服を着た男の姿がジョンとアマテの脳裏によぎる。
2人は宇宙へ上がる前、ホテルの一室でまぐまう。
喘ぎ声をあげる記憶の中のララァを見てジョンは気まずそうになり、ジョンの隣に来たアマテは赤面しながらララァを見た。
「宇宙へ連れていってもらった私は彼のために戦い、彼のためなら死んでも構わないとさえ思うのよ」
「宇宙へ行きたいんですか?」
アマテの疑問に答えるように記憶が移り変わる。
どこかの研究所で適性試験を受けるララァとその様子をヘルメットとヘッドギアを装着して顔を隠した赤い士官服の将校が見守る。
「あの変なマスクって…」
「シャア・アズナブルだろうね」
一年戦争の戦記物ではしょっちゅう見る顔でアマテもどこかで見覚えがあるようだ。
夢の中、違う世界でララァはシャアに身請けされていたのだと戦記物を知るジョンは表情には出さないが、かなり驚いていた。
記憶の中のシャアは各媒体で見る物よりも生きた人間としての質感があった。
ララァと共に生きていこうとする青年としての肉感がある。
(でもこの感じ、どこかで見た気がするんだよな…)
ジョンは顔を隠したシャアの姿を現実のどこかで見たことがあるような、デジャヴを感じていた。
「宇宙へ行けば私はきっと自由になれる。何でも出来るようになるわ」
研究所から戦場で戦うララァの姿に記憶が移り変わる。
記憶の中のララァは儀礼用の帽子、トリコルヌに似たグリーンのMAに乗っていた。
トリコルヌ似のMAはビットを射出して地球連邦軍の艦艇を沈めていく。
ジョンは何が起きているのかも分からずに死んでいくしかない地球連邦軍の乗組員達の最期を思うと気の毒としか思えなかったが、奇妙なことに気付いた。
「あれ?シュウジのガンダムのビットと同じだな」
MAから射出されたビットはジョンを何度も救ってきたシュウジの赤いガンダムのビットに酷似していた。
ジョンの発言を聞いてアマテは彼から問いただしたい欲求を我慢してララァの記憶に意識を向ける。
「でも彼は連邦軍の白いモビルスーツと戦って命を落とすの…そしてジオンは戦争に負ける」
白いモビルスーツは恐らくガンダムだろうとジョンは推測を立てた。
シャアに盗まれる前の白かった頃のガンダムだ。
シャアが奪取したガンダムも場所が変われば盗まれずにシャアへと牙を向けた。
ガンダムを盗んで英雄になった男が、ガンダムに殺されてジオンが負ける世界があるというのは皮肉というべきか、嫌な因果だとジョンは思うほかない。
その辺の記憶をララァは持っているだろうが、それをジョン達には見せずにシャアとララァがソファでテレビを見ている光景へと切り替わる。
(見たくないんだろうな…)
アマテはララァの気持ちが何となく理解できた。
好きな男が死ぬ光景を思い出したくもないのは無理もない話だ。
ジョンとアマテが見ているソファの2人の光景は死ぬ前の幸せだった頃の光景だろう。
「そいつ悪い奴なんですね?」
ドンパチやってるんだからそういうもんだろう。
アマテの発言に突っ込みをいれようかと思ったジョンだったが、ララァのあまりに悲しそう顔を見て口を噤んだ。
「違うわ、白いモビルスーツの彼も純粋なのよ」
記憶の中のシャアはララァの黄色いワンピースの隙間に手を入れて胸を軽く揉んていた。
アマテの顔が更に赤くなる。
ベッドで寝ているんだから今更だろうとジョンは思いながらヘルメットとヘッドギアを外したシャアの素顔を見た。
素顔のシャアを見た時、ジョンの顔つきが変わった。
シャアとララァの間柄を見ているアマテはジョンの表情の変化に気付かない。
「私はどちらの彼も好きになる。2人とも私には大切な人なのよ」
場面が移り変わっていく。
「でもそれで終わらない。私は夢の中で何度も赤い士官服の彼と出会うわ」
シャアとララァは何度も出会う。
ある時は一晩何もせずに金塊を身請けの代金としてカバスの館に支払い、ザクのマニュピレータにララァを乗せて去るシャアがいた。
ある時はギャンブラーに雇われてカジノで荒稼ぎをさせられているララァがいた。
無数に彼らは出会い、そして死別していった。
「何度も何度もめぐりあい…」
夢の中ではどういう経緯か土方をしているシャアとララァが話している。
グラサンを掛けたシャアの横顔を見て、ジョンは自分が抱えていた1つの疑問への答えを確信した。
「だけど、何度やり直しても、いつも白いモビルスーツが彼を殺してしまう」
シャアとララァの姿が消え、代わりにその場には1体のMSが立っていた。
その白いMSはジョンにはとても馴染みのある顔をしていた。
デュアルアイとV字アンテナの顔立ちは紛れもなくガンダムであった。
「やっぱりガンダムか…」
ジョンがこれまで見てきたガンダムタイプとは異なる意匠ではあるが、ガンダムで間違いない。
シュウジの赤いガンダムというよりはストライクを白色にすればこのガンダムに近い意匠となるだろう。
「私は…大切な人を守ることが出来ないのよ」
そのガンダムもやがては消え去り、キラキラの空間の中には3人が残った。
悲しそうな表情のまま、ララァは目を閉じる。
目の前の女性、ララァ・スンはニュータイプだとジョンは思った。
ニュータイプとしての才能がこのキラキラの空間と「向こう側」を見る力をララァに授けたのだろう。
向こう側の世界でシャアに恋したララァはシャアのために生きようとした。
だが結果としてシャアは一年戦争の戦死者リストに名を残すことになった。
その光景を向こう側の自分を通して追体験しているのだから拷問に近しい。
「もしかしてララァさんは待ってるんですか、その人が来るのを」
ジョンと共にララァの記憶を追体験したアマテはララァの考えが分かってしまった。
一年戦争が終わって5年が経ち、それでもララァはシャアを待っていた。
シャアは一年戦争中にMIAになったのだ。
英雄としてあれだけプロパガンダに利用されたシャアの最期をララァが知らないはずがない。
「王子様」
ララァは目を開けてジョンを見据える。
「あなたは向こう側から来たのね」
ララァの言葉にアマテは思わずジョンの顔を見た。
自分の求める少年の横顔に似ているジョンはアマテを一瞥した。
「はい。パラレルワールドというべきなのか、心の整理はできてません」
「えっ、嘘…」
ララァの言葉をジョンは肯定した。
信じられないと言いたげな視線をアマテは2人に向ける。
「あなたの向こう側であの人はどうしているの?」
その問いにどう答えるべきかとジョンは逡巡を重ねた。
アマテは呆然となったまま、ジョンの返事を待った。
悩むジョンの姿を見てララァはずっと目を反らさずに彼を見つめる。
やがてジョンは口を開いた。
「赤い士官服の彼、シャア・アズナブルは生きてます」
ジョンは言葉を続けた。
「シャア・アズナブルは僕の勤めてる会社の社長です」
その言葉を聞いてララァの表情がみるみる内に驚愕へと染まっていった。
掘り下げが足りないと感じる主要人物
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ジョン・マフティー・マティックス
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アマテ・ユズリハ(マチュ)
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ニャアン
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シュウジ・イトウ
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シャリア・ブル
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シロウズ
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サンライズカネバン社長
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シイコ・スガイ