ララァは今すぐにでもこの空間から逃げ出したい。
見てるだけで胃が痛くなってくる、
しかし、覚める気配は全くない。
夢の中くらい好きにさせて欲しいララァであったが、現状を傍観することしかできない。
ギスギスした空気のまま、リビングでの集まりは解散することになった。
中年の男がシイコの手を引いてリビングから出ていく。
その際にシュウジは中年の男とアイコンタクトを取り、ソファに座りこむマチュとニャアンと向かい合うよう別のソファに座った。
「頭は冷えた?」
先ほどのように首を絞めたり、殴打しようとする気配はないがあまり良い空気ではない。
「僕達が出来ることは限られている。今はおっちゃんやジオンの人を信じよう」
「何を信じるっていうの?」
輝きを失ったマチュの瞳が冷静に語るシュウジを暗く映す。
「ジョンがゼクノヴァごときで死ぬ訳ないよ。多分今頃どこかに飛ばされてるんじゃない?」
シュウジはあくまでジョンの生存を信じている。
不老不死の人間がこの世にいないように人間は必ず死ぬ。
ジョンもシュウジもいずれは死ぬ。
シュウジはジョンの死期は今ではない、という不思議な確信があった。
ゼクノヴァの研究は未だ発展途上で分かっていることは1割くらいだ。
分からないことの9割に対する仮説の1つにゼクノヴァは別の宇宙へ転移する力があるという話をシュウジは聞いたことがある。
もっともそれは現状に対する都合の良い仮説にすぎないとはシュウジも分かっていた。
「やっぱり調教すれば良かったんだ」
「何を企んでたのアマテ?」
「ジョンは昔からこうなんだ。いつも私から逃げてさ…」
「私の方が昔からジャックのことをずっと知ってるから」
「6年も会ってないのに?私は2年間毎日会ってたんだよ」
「でもジャックから別れ話されたでしょ」
「やめなよ」
シュウジの慰めも2人は全く効いていない。
それどころか2人の態度が悪化してきている。
シュウジは面倒臭そうな顔を隠そうともせずに2人の会話に割って入る。
「こういっちゃなんだけど、何でアマテとニャアンはそんなにジョンにこだわってるの?」
シュウジの問いかけに2人の頭上にハテナマークが浮かんでいるようにララァには見えた。
言葉が足りなかったかな、とシュウジは呟く。
「アマテはジョンとはイズマで会ったみたいだけど、その出会いがよく分かんないし。
ニャアンはジョンの幼馴染みたいだけど、普通何年も会ってない幼馴染を好きでいられるの?」
『人間そういうのは分からないものよ…』
館の中で経験した色恋沙汰と今の自分が抱いているシャアへの想いを問われているような
気がしてララァは僅かに苦い顔を浮かべる。
シュウジの問いにマチュは神妙な表情を浮かべる。
「私とジョンは生まれた時から一緒だったの。ずっと結ばれてる。前に地球に降りた時にボロボロになったジョンと再会して…ああああああああ!!」
話の途中でマチュの過去の地雷を踏んだのか表情を歪める。
言葉が続かなくなったマチュを心配そうに見た後、ニャアンが口を開く。
「シュウちゃんにはちゃんと話してなかったね。ジャックとは…保育園からの付き合いかな。ジャックは途中から転園してきたんだ」
「転園?」
「アイランドイフィッシュに来る前まではサイド3のマハル、ってとこにいたみたい」
「コロニーレーザーに改造された所か…」
ニャアンはよく分かっていないが、シュウジはその名前を聞いてピンときた。
サイド3のマハル・コロニーは一年戦争時にソーラレイに改造されたコロニーだ。
貧困民を大勢収容していたコロニーであったが、ソーラレイの開発で強制疎開させたことで知られる悪名高い逸話がある。
しかも大勢犠牲を払ったにもかかわらず、結局実戦投入はされないまま今でも放置されているという救いのない話もセットで付いてくる。
「ジョンの生まれはマハルなの?」
シュウジの疑問にニャアンは首を振った。
「地球生まれ。日本のカムロチョウっていう場所で生まれたってジャックのお父さんが言ってた」
「初耳だな…そう考えると僕はジョンのことをあんまり知らなかったな」
「ジャックも知っているか怪しいけどね」
ジョンが地球生まれであるというのをシュウジはこの場で初めて知った。
カムロという言葉の響きはイズマでも聞き覚えがあるので日本語が生まれた日本でそういう地名があっても不思議ではないだろう。
とはいえシュウジから見れば今のジョンから日本、というより東南アジアの要素というのを全く見受けられない。
「今のジャックは昔の事なんか全然覚えてないの…ふふっ」
「ニャアン?」
突然、笑い出したニャアンを見てシュウジは背筋が寒くなる感覚を覚える。
「でもね、ジャックは昔と変わってない。私が好きな頃のまま」
指の隙間からこちらを覗きみるマチュの目がニャアンをギロリと見る。
「好きな子のために身を粉にして頑張ってるんだよ。そういう所、昔から変わってない」
ニャアンはマチュを見つめ返す。
どんなに喚いてもジョンの好きな子というのが、既に自分ではないという現実をニャアンは受け入れたつもりだった。
それでも諦めきれない心が燻っている。
「私はアマテになりたいよ」
小さくため息を吐いてニャアンは言った。
「何であんな事を言ったんや?」
「あなたも軍隊にいたならそういう考えにはなるんじゃないの?」
「あの子達は軍人じゃない。ちっこい姉ちゃんは明日にはお父さんが迎えに来るんやで、あんなことを言うんやない」
「絶望は早めに知っておかないと後で苦労するわ」
イコン画が飾られている玄関でおっちゃんはシイコと向かい合っていた。
「それで、シャリア・ブルは他に何か言ってなかったの?」
おっちゃんの凄味など気にも留めずにシイコは先ほどの話の補足を聞きたがる。
「今はそれどころやない、ちっこい姉ちゃんとニャアンのメンタルが心配や」
「シャリア・ブルは?シャアのマヴなら知ってるでしょ」
シイコはおっちゃんに取り合おうとしない。
「シイ、お前はまだシャアに拘っとるのか?」
シャアという言葉を聞いておっちゃんは困惑する。
「シャアを殺したい程恨んでいるのはあなたもそうじゃない?」
シイコの言葉におっちゃんは言い返せない。
「シャリア・ブルがシャアをわざわざ捜索する、ていうくらいならゼクノヴァに巻き込まれただけでは死なない。ジオンの人もそう思っているんでしょ」
「…さあな」
「それに赤いガンダムがイズマで見つかってるのならゼクノヴァに巻き込まれてもいずれ戻ってこれる」
「何を考えとるんや、シイ?」
動揺を隠すように作業服の裾を正すおっちゃんの言葉に対してシイコは微笑みながらも何も返さない。
次の言葉を探すおっちゃんだったが、突然、おっちゃんの端末が着信音が鳴り響く。
『夏の現在地』の着メロアレンジが玄関に鳴り響き、端末にはシャリア・ブルの名前が出てくる。
「…ちょい待ち」
おっちゃんはシイコから少し離れ、端末を通話モードに切り替える。
「どうしたんや?」
『続報です』
電話の向こうのシャリアは疲労しきった声だ。
『そちらの赤いガンダム、消えたりしてませんか?』
「…なんの話や?」
『建前はどうでもいいんです!!赤いガンダム、ありますよね!?』
「…今日も元気や」
渋々と語るおっちゃんの声を聞いてシャリアは「おお…」と天を仰ぐような音が聞こえてくる。
『いいですか、落ち着いて聞いてください』
「何や、改まって」
シャリアは息を整えて話す。
『エンデュミオン・クレーターを捜索している時に奇妙な物体が2点見つかったんです』
エンデュミオン・クレーターで何かが見つかったようだ。
「ガンダムの残骸か?」
『ジョン君のガンダムではありません』
「じゃあ何なんや!?」
もったいぶったシャリアの声におっちゃんは苛立つ。
『赤いガンダムです』
シャリアは淡々と言葉を続ける。
『エンデュミオン・クレーターで赤いガンダムとMAらしき物体が見つかりました』
「…何やて?」
おっちゃんはシャリアの言葉の意味が分からなかった。
赤いガンダムはサンライズ・カネバンにあるはずで月にあるはずがない。
それにMAらしき物体というのもよく分からない。
『あなたもご存じの通り、赤いガンダムはこの世に1点しかありません。それをあなたは持っている。
エンデュミオン・クレーターにあるはずがありません』
「じゃあ、あんたらは何を拾ったんや?MAって何や?」
『それをこれから調べるところです。問題なのは赤いガンダムの方です』
ようは向こうもよく分かっていない物を回収したというのがシャリアの言い分だ。
MAの事も気がかりだが、シャリアにとっては赤いガンダムの方が気がかりらしい。
『赤いガンダムにはパイロットが乗っていました。彼は現在グラナダの病院に入院させていますが…』
シャリアは息を飲む。
『そのパイロット、ジョン君にそっくりなんです』
「…どういうことや」
『写真を送ります。あっ内密でお願いしますね』
その言葉の直後の後、おっちゃんの端末に通知音が届く。
シャリアから届いたメッセに写真が添付されており、おっちゃんは写真を端末に表示する。
写真には病院の一室、人工呼吸器を装着してベッドに眠っている少年の顔が写っている。
その顔を見て驚愕したおっちゃんは思わず端末を落としてしまう。
端末を落としたことに気付いて慌てて拾おうとするおっちゃんだったが、その前にシイコが端末を拾ってしまう。
シイコは端末に表示された写真を見ておっちゃん程では無いが、驚きつつ端末を耳に当てる。
『つい30分前に撮ったんですが…この子のことを何か知りませんか?』
「うちの子に似てるわ」
通話を続けるシャリアに対してシイコが話しかける。
『…誰ですか?』
「シイコ・スガイと申します。初めまして、シャリア・ブルさん」
「シイ!」
おっちゃんはシイコの手から端末を取り返そうとするが、シイコは身を屈めておっちゃんの手を回避する。
「シャリアさんが何故シュウジの写真を送ってきたんですか?」
『シュウジ?』
「うちの子です。シャリアさん、この写真は何ですか?」
写真に写った少年の顔を見た時、おっちゃんとシイコは一目でこれが誰だか分かった。
だが、その人物が病院にいること自体がありえない話なのだ。
物音を聞きつけてシュウジがリビングから顔を出す。
「どうしたの2人とも?」
リビングから顔を出すシュウジと写真に写る少年の顔は瓜二つ。
目の前にシュウジがいる以上、グラナダにいるはずがない。
「シュウジが2人いるっていうことかしら」
ありえない現実を知りながらもシイコの口元が歪んでいく。
掘り下げが足りないと感じる主要人物
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ジョン・マフティー・マティックス
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アマテ・ユズリハ(マチュ)
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ニャアン
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シュウジ・イトウ
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シャリア・ブル
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シロウズ
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サンライズカネバン社長
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シイコ・スガイ