夢見から目覚めた時、視界に映るのが見慣れた天井であることにララァは安堵していた。
日系人の女性の笑みが酷く不気味であったことをララァは思い浮かべながらソファから立ち上がる。
ああいうタイプの夢見は珍しいとはいえ、前例がないわけではない。
今回に関してはジョンが関わっているのだろうとララァは思った。
あの夢見は恐らくはジョンがいた世界の夢なのだろう。
だんだんと曖昧になっていく夢の記憶の中であの嫌な空気感だけがララァの記憶に焼きついている。
ブランケットを畳み、寝起きの感覚が抜けないままララァは仮眠室から出ていく。
「薔薇は向こうに行ってしまったの?」
無意識で呟いた自分の言葉の意味を理解できないまま間接照明で照らされた廊下をララァは歩いていく。
館の一角にある小さなテラスでジョンは日なたに当たっていた。
海に浸かった自身の端末を洗い、端子の水抜きのために端末を風当たりの良いテラスのベンチに置いている。
「地球の日なたぼっこも気持ちいいな…」
イズマ・コロニーでの日なたぼっこも好きなジョンだったが、地球の日なたぼっこというのも悪くない。
ベンチに寝転んだジョンは微睡みながらも離れた場所にあるアマテの部屋を見る。
アマテの部屋は窓が閉められており、バルコニーから部屋を伺うことはできない。
アマテはジョンを警戒している。
部屋から出ていく際の訝しむ視線を思い出し、無理もない話だとジョンは思った。
ジョンにとっては「アマテ・ユズリハ」という少女は切っても切れない存在であるが、あのアマテからすればジョンは「初めまして」なのだ。
ここが別の世界であるのならこの世界の自分はアマテと出会うことなく生きているのだろうとジョンは思った。
そもそも存在しているのかすら分からないが、少なくともここではアマテ、ニャアン、シュウジの三すくみの中にジョン・マフティー・マティックスという人間は存在しないことは事実のようだ。
ここが向こう側の世界、別の世界であるという事実が改めてジョンに突き付けられていた。
その事実にどうしようもない寂寥感を覚えるジョンだったが、ある意味では気が楽になった。
死んだところで骨を拾ってくれる人間はいないという安心感がジョンにはあった。
そんな安心感の中でジョンは今後の動向についてはある程度は決めている。
それは「シャリア・ブルと接触する」ことだ。
アマテが何でインドにいるのかがジョンには理解できない。
シュウジとニャアンの名前を出した途端、ジョンに話を教えてくれなくなったからだ。
そのように自分に対して警戒心を顕わにするアマテだったが、ポロリと口を滑らしたことがある。
アマテがここに来る前にソドンに捕まっていたということを言葉少なく話してくれていた。
どういう経緯かはジョンには分からないが、アマテはソドンではギャルっぽい女性軍人に連行され、髭を生やした中佐階級の軍人に尋問されたとアマテはジョンに話していた。
ソドンに乗った髭を蓄えた中佐とギャル、この言葉からジョンはシャリア・ブルとコモリ・ハーコートが存在する可能性が出てくる。
シャリアであればシャアのゼクノヴァを巡ってそれにまつわる情報を握っている可能性がある。
ここのシャリアがジョンの知るシャリアとは違う可能性は多分にあるが、情報が制限され世界を知る手段が限られるジョンからしてみればシャリアと接触することが現状の打破に繋がる僅かな可能性だ。
自身の横で水抜き中の愛機を眺めながらジョンは端末内にある写真を思い出す。
端末内にはマチュ達と撮影した写真が保存されている。
ジョンが向こう側から来たという証拠ではあるが、今のアマテに見せなく正解だった。
今のジョンにとってはアマテがシャリアとの唯一の繋がりだ。
アマテとは慎重に接しなければならない。
そう思いながらもジョンはひと眠りしようと腕時計で時間を見ようとしてすぐにやめた。
腕時計は完全に壊れてしまい、エンデュミオン・クレーターでゼクノヴァに巻きまれた時間から針は止まってしまっている。
時間を見るのを止め、その腕を枕にしてジョンは置いてきた過去を思う。
イズマ支部とバイオセンサー研究所でやり残した仕事がまだ残っている。
ナガラ衆の謎もまだ何も分かっていない。
マチュ達がどうしているのかも気がかりだ。
ゼクノヴァに巻きまれた以上、マチュ達は自分がどうなったかは知らないはずだ。
シャアが死んだ扱いになっている以上、自分も死んだ扱いになるはずだ。
マチュは無事にイズマ・コロニーに帰れたのか、ニャアンとシュウジはサンライズ・カネバンでどうしているのか…
考えれば考える程、ドツボに嵌りそうになるジョンだったが、バルコニーに響く足音でジョンはすぐに意識を取り戻した。
ベンチから起き上がり、ジョンは足音の方向を見た。
そこにはカンチャナが立っていた。
カンチャナは何か言いたそうな顔でジョンを見つめる。
「王子様」
「僕はジョンだよ」
いい加減王子様呼びは止めて欲しいジョンだったが、カンチャナがだんだんと真剣な表情になっていくのにジョンは気付いた。
「どうした?」
意を決したカンチャナはジョンに近づく。
ベンチに座るジョンと目と鼻の先くらいまでカンチャナが近づいてくる。
「王子様、お姉さまを助けて」
掘り下げが足りないと感じる主要人物
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ジョン・マフティー・マティックス
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アマテ・ユズリハ(マチュ)
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ニャアン
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シュウジ・イトウ
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シャリア・ブル
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シロウズ
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サンライズカネバン社長
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シイコ・スガイ