ソドンに到着したジョンたちは、到着後の諸々を終わらせたのち、艦内の食堂に関係者全員で集合していた。
艦内で大勢が座れる椅子とテーブルがあり、オンライン会議用の通信機材を用意できるスペースは食堂しかない。
給養員と各分隊から差し出された人員が、スペースランチ到着前に懸命に掃除を済ませ、軍警察ビルに設置された捜査本部とのオンライン会議の回線構成の準備が終わったのは、ギリギリだった。
(疲れたぜ)
そう思いながら、食堂の端には会議のお目付け役として上等兵と伍長の2人が座っていた。
外部から来た者が勝手に艦内を出歩かないよう見張るのと、トイレや急な体調不良に対応するためである。
女性来訪者にも対応できるよう、1分隊から差し出されたWAVEの伍長は、来訪者に見えないようエナジードリンクを飲みつつ眠気と戦っていた。
「あたしたち、いる意味ないよね…」
「ワッチ、グチャグチャっすよ」
「よくあることじゃん」
艦長のラシットが「3日以内に直せる物は直すぞ」と言ったばかりに、1分隊は寝不足になっていた。
2分隊から差し出された上等兵は、艦橋の見張りのワッチを終えるや否や食堂へ回された。
眠れぬまま仕事続行となり、上等兵の背中に艦橋のオシロとセファが「ガンバ」と小声をかけるくらいには、上等兵は疲れていた。
(ここにいるのは軍警、会計監査部、コロニー公社の連中か。こんなの、こっちに来なくてもできるだろ)
『アンノウン1について地球連邦に問い合わせましたが、「そのようなMSを運用したことはない」という返答を得ました。しかし』
普段はテレビを映している大画面モニターには、捜査本部の光景が映っていた。
胸下げ式のケースに入れたIDカードが揺れ、「ワード」と記された人物が続ける。
『一年戦争中に、アンノウン1と似た外見のMSを試作していたといい、機体は現存しないものの、いくつかの資料を提供してくれました。資料の一部をディスプレイに表示します』
(酔っ払いの兄ちゃん達じゃないよな)
上等兵の期待を裏切るように、地球連邦の公文書スタイルで書かれた真っ当な文書が表示された。
いくつか黒塗りはあるものの、文書には予算請求のための計画概要がかいつまんで記されている。もちろん計画の全てを正直に書いているわけではないが、寝不足の2人にも分かる程度には丁寧だ。
『かつて連邦軍では「ブルーディスティニー」と呼ばれるMSを開発していました。地上の陸戦用に作られた量産型ガンダムをベースに進められましたが、計画は頓挫し、そのまま放置されています』
『戦時中、極秘裏に開発されていたこともあり、計画関係者の戦後の足取りはほとんど不明です。今回対応してくれた担当者も詳細は把握していませんでした』
『計画が頓挫した主因は、ブルー・ディスティニーに搭載予定だった特殊なオペレーション・システムの開発失敗です。システム名はEXAMです』
モニターにはEXAMについてのページが映し出される。
examinationから名を取ったこのシステムは、機体に設けられたリミッターを解除して性能を極限まで引き出し、ニュータイプの戦士に対抗することを意図、ここまで上等兵は読み取れた。
しかし肝心な箇所は黒塗りばかりで、資料としては心許ない。
(相当、後ろ暗いことをしてたみたいね)
伍長は察した。
OSに興味はないが、「ニュータイプに対抗する」の一文だけで、無茶を企図していたのは分かる。
「こんなOS、本当に出来るんですか? 連邦のカバーストーリーの可能性は?」
ここでソドンのMSメカニックがワードに質問した。
会議前に質問事項を本部へ送っていたため、ワードは滞りなく続ける。
『写真・動画は現状見つかっていません。予算申請も諜報戦の可能性があります。技術的なことは、ソドンに同伴したコロニー公社のパイロットに聞くのが早いでしょう。ジョン・マティックス君』
正確には何でも屋からの出向なんだけどな、とジョンは思いながら席を立つ。
(俺より若いな。MSを任されるってことは、ベテランか)
(多分、あの子、普通じゃない)
立ち上がったジョンを見て、伍長と上等兵はひそひそ話した。
『マティックス君、アンノウン1の映像は見たね。君に、あの動きはできるかい?』
「できます」
(あんなトンデモ機動ができる時点で、やっぱ普通じゃない)
年下の少年がオッサン連中を前に物おじしない姿に感心しつつ、エグザベ少尉と会わせたら面白そうだな、と伍長は思った。
食堂の緊張した空気とは異なり、ソドンのブリッジは思いのほか平和だった。
コワル、タンギ、オシロ、セファ、ベノワは、持ち込んだプロジェクターで壁に映画を投影していた。
「なんでいきなり話が14年後に行くんだ?」
「紫のロボットほとんど出てこないし、赤いのとピンクしかまともに動いてないじゃん」
「主人公の男の子の話ばっかで、艦のクルーの話あんまりなくない?」
「赤い子、何であんなに偉そうなの? 雰囲気悪くなるでしょ」
「生活用品とか、どこから補充してるんだ?」
(映画観る時くらい静かにしてくれないかな)
ぎゃあぎゃあ言いながら鑑賞しているが、ブリッジには艦内監視カメラの映像を映すモニターがある。
モニターには、ラシットがブリッジへ向かう様子が映っていた。
それに気づいた5人は大急ぎで上映会の撤収を始める。タンギがポップコーンを隠し終えるのと同時に、ラシットがブリッジへ入ってきた。
「食堂での会合はひとまず終わり。食堂では来訪者に昼食を出してるから、それが終わったら各自で食べに行け」
5人の返事を確認したラシットは、ふと床の小さなポップコーンに気づいた。
(勤務中に何してるんだか)
ラシットは5人に気づかれないようポップコーンを拾う。軍隊にいれば、何をしていたかはすぐ察せられる。
「ちゃんと腹は空かせておけよ。今日は確か…」
昼食の献立が何だったか、ラシットは思い出そうとした。
『パスタだ。正確にはナポリタン』
「そうそう、ナポリタン……え?」
接触回線で、どこからともなく中年の男の声がブリッジに響いた。
『ナポリタン、コンソメスープ、野菜の添え物。1245カロリーだ。陸軍ならいいが、艦上体育はやりづらいだろう。日頃から運動は欠かさずにな』
日常会話を続ける中年男の声に、ブリッジの背筋が凍る。
一体どこから声をかけてきている?
「周囲にMSの反応はありません」
「接触回線ですので、直接艦に触れないと、あ」
セファが正面を二度見した。
『宇宙に上がってから、人間は常に身体を鍛えねばならなかった。最近はメタボリックシンドロームがコロニーの問題になっているが、ある意味“幸せ太り”だな』
セファが凍りつくように見ている方向へ皆も視線を向ける。
そこには、存在してはいけないものがあった。
全裸の中年男性が、ブリッジ正面にぶら下がっていた。
そこは以前、アンノウン1がビームサーベルの筒をこちらに突きつけた場所だ。そこに、筋肉隆々の大男がグリップを持ってぶら下がっている。
中年男性は懸垂の姿勢のまま、ブリッジのクルーに朗らかに語りかける。
『Hi-MD男が世話になった』
『今度は俺の仕事だ』
中年男性は懸垂の姿勢のまま足をブランコのように振り、勢いよくブリッジのキャノピーを蹴り破った。
その勢いで、割れたキャノピーとともにブリッジへ侵入する。
ブリッジ上にワイヤーを固定し、ワイヤーをぶら下がり健康器のグリップに似た器具と接続していたため、蹴り込みのエネルギーを確保できていたが、そもそも普通の人間は全裸でコロニー中央部にいないし、蹴り破ることなどできない。
「なんなの…」
あまりの意味不明さに、ラシットは困惑した。一年戦争でも、全裸の男が艦に突入してくることはなかった。
「俺の名はデジタルマイクロカセット男。切手サイズのヘディカルスキャン…そして言いたいことがある」
デジタルマイクロカセット男は背負っていたアサルトライフルを手に取った。2点スリングが銃から垂れる。
生命の危機こそ感じるが、どうすればいいかブリッジ・クルーには分からない。
アサルトライフルは特徴的なセーフティを持つ。セーフからセミオートに切り替えるには、レバーを引き出す必要がある。
デジタルマイクロカセット男は引き金に指をかけた。
「俺の身体はルナ・チタニウムだ」
その叫びと同時に、ブリッジに銃声が鳴り響いた。
掘り下げが足りないと感じる主要人物
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ジョン・マフティー・マティックス
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アマテ・ユズリハ(マチュ)
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ニャアン
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シュウジ・イトウ
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シャリア・ブル
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シロウズ
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サンライズカネバン社長
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シイコ・スガイ