ジオン公国軍アマテラス・コロニー防衛隊の庁舎の1階には、女子更衣室が設けられている。
課業中の時間帯で、いつもなら利用者が少ない中、セイラはベンチに座って電話をしていた。
「中佐の予想通り、ジョンは向こう側に行っていました」
セイラの持つ端末は軍用の暗号装置に接続されており、秘匿性を保っている。
「彼からすれば一日くらいの時間しか流れていなかった。ゼクノヴァは時間すらねじ曲げるという話、信ぴょう性が増しているかもしれない」
『ジョン君は今どこへ?』
「ジュウゾウ様の所に行っています。彼の将来について」
『…そうですか』
ジョンの生存に安堵するシャリアの様子が、セイラには電話越しでも伝わってきた。
ララァに連れられてジョンはアマテラス・コロニーの領主、ジュウゾウ・アマトのもとへ向かっている。
ジュウゾウはジョンとの面談を、人目のつかない武道場で行おうとしていた。
そこで話される内容を事前に知らされていたセイラは、多少なりとも思うところがあったが、それを表には出さずにシャリアとの話を続けようとした。
セイラは、別れるまでのジョンの言動を思い浮かべる。
ついさっきまで、ジョンは「フリーダム」と呼ばれるガンダムと戦闘を繰り広げていた。
どうやら向こう側の世界、別の世界か、パラレルワールドとでも言うべき場所でもフリーダムと戦っていたようで、元の世界に戻ってきてもなお、場外乱闘のような戦いをクワトロの駆るメビウスゼロが介入するまで続けていたらしい。
そのことを、セイラはシャリアに簡単に伝える。
『フリーダムですか』
「零式のデータを見たけど、ストライクに似たガンダムでした」
口裏合わせのために消去されたメビウスゼロのレコーダーに記録されていた映像を思い出しながら、セイラは答える。
他に何か言うことがないか考えていたセイラだったが、ふと思い出したことがある。
「ストライクの色が、赤色からトリコロールになっていました」
これまでのストライクの戦闘映像を見てきたセイラだったが、いつもなら赤色のストライクが、今回はトリコロールの色合いに変化していた。
『トリコロール?…白いガンダムですか』
かつてシャアの愛機であった赤いガンダムは、赤く塗りこめられる前はトリコロールの彩色となっていた。
シャリアはそのことを思い出したのだろうと、セイラは思った。
なぜ白く変化したのかは、ジョンに聞く以外に知るすべはない。
「白いガンダム、そうかもしれません」
セイラはそう言いながらも、ジョンがストライクに変身できることをシャリアにどう説明するべきか、少し困っていた。
自動タクシーから降りたジョンとララァの前には、小さな武道館が建っている。
歩道を歩き、玄関の前に立つと、ララァは館銘板を指さしながら言った。
「ここはジュウゾウ様が建てられたのよ。普段は開放されているんだけど、今日は貸し切り。さ、行こう」
ララァと共に武道館の中へとジョンは入っていく。
玄関の上に設置された監視カメラを通して、誰かが自分たちを覗いているような気がしてならなかった。
武道館は簡素な作りをしていた。
自動化された受付と小さなロビー、そして小綺麗なトイレも完備されており、設備こそ最低限ではあるが埃ひとつ落ちていない清潔な空間を見てジョンは持ち主の性格が出ているような気がした。
靴を脱ぎ、道場まで続く廊下の床を軋ませながら、ジョンとララァは歩いていく。
これから一体、何が始まるのか。
道場の放つ空気の前で、ジョンはララァに何も言えなかった。
「ここ」
道場の前で、ララァが小声でジョンの耳元に囁く。
「これからジュウゾウ様と会うことになるから、失礼のないようにね」
「あの、これから何が…?」
ジョンは、タクシーの中でララァに言われた言葉
「ジョン、今から死ぬ覚悟はあるかい?」
という言葉の意味をいまいち掴みきれずにいたが、これからその話をされるのだろうと感じていた。
ジョンは現実に対する認識がまだ追いついていなかった。
ゼクノヴァに巻き込まれ、どうにか生還を果たした当事者であるとはいえ、ジョンの立場としてはつい一昨日まではバイオセンサー研究所に出張していた身である。
それが、なぜいきなりコロニーの領主との面談を組み込まれることになったのか?
「ララァ、ちゃんとジョン君に説明はしたのか?」
突然、ジョンの後ろから男の声がした。
驚いて振り返ると、そこには木刀を手にしたスーツ姿の初老の男性が立っていた。
「ジュウゾウ様!」
ララァが慌てて頭を下げる。
道場にいるはずのジュウゾウが、いきなり背後に立っていたのだから、ララァは驚きを隠せなかった。
そんなララァを見て、ジョンも同じく頭を下げる。
目の前の人物がジュウゾウ・アマトという人物であることを、ジョンは直感的に理解した。
気配を消して背後に立てるあたり、相当な手練れだ。
「その様子だと、きちんと説明をしていないようだなララァ」
ララァの様子を気にすることなく、ジュウゾウは話を続けた。
そしてジョンの方を見て言う。
「人間として会うのは初めてだ。ジョン・マフティー・マティックス君」
どこか引っかかる言い回しだったが、ジュウゾウは道場を手で指し、二人に中へ入るよう促した。
道場内には三枚の座布団が敷かれ、その中央には書類が入った封筒が置かれていた。
「座ってくれ。急ぎのことだから、茶を出せなくてすまない」
「いえ……」
明晰夢の中でマチュに指導された正座のやり方で、ジョンは座布団に座り、ジュウゾウと向かい合う。
「私のことはララァから聞いているな?」
「アマテラス・コロニーの領主、ジュウゾウ・アマト様であると伺っています」
アマテラス・コロニーのトップであるジュウゾウを前に、ジョンはなるべく丁寧な言葉遣いを心がけた。
ジュウゾウはジョンの言葉にうなずく。
「今から話すことは、今後の君を左右することだ。誰にも聞かれたくないのでこの道場を選んだ」
そう言うと、ジュウゾウは封筒の封をペーパーナイフで切った。
「君の経緯はクワトロ中尉から聞いている。ここまでの旅路、大変だったろう」
「僕をご存じなんですね」
「君のことは色々と聞いているからな」
封筒の中には書類が入っており、ジュウゾウはその中から一枚の用紙を取り出した。
「この書類を見せる前に、君に聞きたいことがある」
ジュウゾウは一息ついてから言った。
「君はストライクと呼ばれるガンダムに変身できる能力を持っている。それは間違いないか?」
ジョンは息を呑んだ。
なぜ、そのことをアマテラス・コロニーの領主が知っているのか?
疑問は尽きないが、ジョンは目の前のジュウゾウには話しても良い気がした。
そう思うのは、クワトロ、セイラに続いて三人目だ。
「はい」
ジュウゾウの言葉に、ジョンはうなずいた。
「そうか…」
この質問をするということは、ジュウゾウは確信があった上で尋ねているのだろう。
「君がいなくなっていた三か月の間に、世界は大きく変わった」
ジュウゾウの表情は険しい。
世界情勢については、道中で見たタブレットの情報からも多少は把握していた。
ゼクノヴァの騒動こそあれど、世界は一応、正常に回っているように見える。
「君がストライクに変身できる能力を持っていることを、キシリア様が知ったら大変なことになる」
「キシリア様?」
「ストライクに変身できる。この力を、キシリア様に渡してはいけない」
なぜここでザビ家の名が出てくるのか、ジョンには理解できなかったが、ジュウゾウは話を続けた。
「私としては、君をここに迎え入れたい。そのために君には…」
ジュウゾウは一枚の用紙をジョンに滑らせた。
その用紙を見たジョンは、思わずジュウゾウの顔を見上げる。
「違う人間になってもらいたい」
ジョンの手にある用紙はジオン公国の個人登録、イズマ・コロニーで言うところの戸籍に近いものだった。
その個人登録用紙には、ジョンではない、まったく別の人間の名前が書かれていた。
掘り下げが足りないと感じる主要人物
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ジョン・マフティー・マティックス
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アマテ・ユズリハ(マチュ)
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ニャアン
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シュウジ・イトウ
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シャリア・ブル
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シロウズ
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サンライズカネバン社長
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シイコ・スガイ