ジョンはもう一度、ジェガンの記録が書かれた用紙を見返す。
ジェガンはゲルググの後継機として開発されており、最新鋭の技術がふんだんに盛り込まれているという。
ガンダム[G3]と同型のバイオセンサーの搭載による操縦の簡略化、
ムーバブル・フレームによる拡張性の確保、
駆動系摩擦のキャンセル技術の導入による可動速度の向上、
外付け式の追加装甲に用いられるフェイズシフト装甲による防御力の強化…
「地球連邦の技術もあるぞ…」
サイコガンダムにも見られたムーバブルフレームはもちろんだが、「駆動系摩擦のキャンセル技術」という文字列を見て、ジョンは思い当たる節があった。
地球連邦軍の技師モスク・ハンのチームが開発した駆動系摩擦のキャンセル技術、通称「マグネット・コーティング」がジェガンに採用されている。
戦争は終わっているので連邦の技術がジオンにも行き渡っていても不思議ではない。
だが、マグネット・コーティングはさして注目もされなかった技術だ。
ジョンも論文で存在を知ったくらいで、実際に使用されているという話は聞いたことがない。
マグネット・コーティングの文字列の下にある「フェイズシフト装甲」という文字も気がかりだ。
ストライクとプロヴィデンス、フリーダムに用いられたコズミック・イラの技術が、ジェガンに導入されているという事実。
以前のハロの話を含めれば、異なる時代の技術をナガラ衆が持っていても不思議ではない。
「本来なら機密事項であるGクアックスとジフレド・カルラの話が比較的表に出ているのは、データ取りという意味合いもあるだろうが、ジェガン計画を秘匿するための隠れ蓑だろう。
君が乗っていたG3のバイオセンサーと武装も、ジェガンに導入するための試験を兼ねていた。ジェガンの実用化も、キシリア様にとってはイオマグヌッソと並ぶくらい重要なのだろう」
「キシリア・ザビは何を考えているんですか…?」
イオマグヌッソとジェガンの配備を進めるザビ家の長女は、何を考えているのだろう。
建前こそあれど、そんな危険な代物をナガラ衆のバックアップのもと準備しているのだ。
戦争が終わって五年、キシリア・ザビは一体何を企んでいるのか。
「恐らくは…向こう側の地球を侵略するつもりだろう」
ジョンの疑問に対して、ジュウゾウはばっさりと言い切った。
「何だって…?」
ジュウゾウの言葉に、思わずジョンは思考が口からこぼれる。
「今のところ『私たち』は、キシリア様とその配下たちが尖兵をイオマグヌッソで向こう側に転移させ、ジェガンをその戦力に当てようとしていると考えている。
君は向こう側の地球を見てきたはずだ。そこには『いつもと変わらない世界』が広がっていたはずだ。そうだろう?」
「…はい。向こうでニュースを見なければ、違う世界に行ったとは思えないくらいでした」
実際、アマテと遭遇しなければ、ジョンは「向こう側」という考えにすら至っていなかっただろう。
「イオマグヌッソはそのために作ったんですか?」
ジョンは先ほどのジュウゾウの口ぶりから、イオマグヌッソが軍事兵器だとしてもソーラ・レイの親戚だろうと考えていたので、異世界を跨ぐような装置だとは考えてもいなかった。
「現状把握できる情報を照らし合わせると、そういう結論になる。
イオマグヌッソはソーラ・レイの技術を応用した施設だと先ほど言ったが、あくまで建前を鵜呑みにしたらという話だ」
ジオンが莫大な金をかけて作っている代物が、向こう側へ行ける装置であるとなれば合点がいく点もある。
兼ねてから研究が進められているゼクノヴァの成果と、ナガラ衆の持つ高度な技術力が合わされば、そういうマシンを実用化できるというのはあり得る話だ。
「意図的にゼクノヴァを発生させて向こう側へ行ける。イオマグヌッソはそういうことが可能なマシンだ。
私はキシリア様がこのような暴虐に走ることを止めたい」
初老に差しかかったジュウゾウの顔が、険しいものから悲しげなものへと変わった。
「そのために、君とストライクガンダムに協力してもらいたい」
ジュウゾウからそう言われ、ジョンは困ってしまった。
確かに、キシリア・ザビがナガラ衆と組んでいてもおかしくはない。
ジオンのトップとテロリストが手を組んで異世界を侵略する。
普通ならあり得ない話だ。
だが、ジョン自身が見聞きしてきた事実として、恐らくはできるであろうという妙な確信があった。
ジョンは、以前ハロに言われたことを脳内で反芻する。
『単刀直入ニ言オウ。ナガラ衆トピンクチャンヲ含メタ者達ハ皆…大昔カラヤッテキタ』
『人類ハ何度モ歴史ヲ繰リ返シテイル、我々ハソノ生キ残リダ』
『ナガラ衆ハ黒歴史ノ生キ残リダ。人間トMSガ融合スルコトニヨッテ生マレタ、何処ニモ属サナイ第三勢力…ソレガ彼ラダ』
『ソウダ。奴ラガマチュ達ニ注目シテイタノハ、パラレルワールドデノ動向ダカラナ』
『ナガラ衆ガ世界ヲ制スレバ、ナガラ衆ヲ除イタ全人類ハ滅亡スル』
ハロの言っていたことは、すべて本当だろう。
プロヴィデンス、フリーダムとの戦い、そして向こう側の世界に迷い込み、そこでマチュではないアマテと会った、それは紛れもない事実だ。
その事実が、ジュウゾウの言葉をより一層重くさせた。
同時に、ジョンは目の前の人物を信用して良いものかと迷った。
ジュウゾウ・アマトがアマテラス・コロニーの領主であることは、道中のタクシーで調べており間違いない。
だが、イオマグヌッソの実態や、ジークアクス以上の機密であるジェガンのことを断片的ながら把握しているとなれば、少なくともカタギではない。
自分の隣に座るララァも大概だ。
ララァは明らかに向こう側でのジョンの動向を知っている。
知っているからこそ、メビウスゼロでの支援を進言し、ジオンの戸籍を用意する手筈まで整えていた。
何故、コロニーの一領主がここまでのことをするのだろうか?
ナガラ衆との因縁の前に、彼らを信用すべきか否かが問題だった。
「突然のことだ。理解が追いつかないこともあるだろう」
困惑するジョンを見ながら、ジュウゾウは木刀を手に立ち上がった。
「二日後にまたここに来てほしい。それまではクワトロ中尉と共にいてくれ」
ジョンの前に置かれた個人登録の用紙類を拾うと、ジュウゾウは道場から出ていく。
「ララァ、ジョン君の身の回りの世話を頼む」
「分かりました」
帰りのタクシーの中で、ジョンはララァのタブレットでニュースを読み漁っていた。
ジュウゾウの話に後ろ髪を引かれるジョンだったが、彼の誘いを判断するには情報が少なすぎる。
せめて知れる範囲で事態を把握したかった。
ニュースを読んでいるのは、自分のことが載っていないかが気になったからだ。
「ジョン・マフティー・マティックス」の名前を検索すると、例の月での一件で名前が出てくる。
ゼクノヴァから三週間ほど経った頃に、ジョンの名前が公開されたようだ。
ナガラ衆に拉致されたコロニー公社の社員の一人として名前はあるが、顔写真などはない。
このまま行方不明が続けば、失踪宣告か認定死亡になり、死んだことになってしまう。
その時は、社長のシロウズがその文書を作成することになるだろう。
戸籍上はジョンと家族関係になっているシロウズだが、時おり電話をしてくるくらいで、今どこでどんな仕事をしているのかをジョンは知らない。
「機密保全」ということで多くは語らないシロウズだったが、それでもジョンを気遣ってはくれていた。
(まさか、社長はイオマグヌッソの建設に関わっているのでは?)
そう思い、ジョンはタブレットでイオマグヌッソを検索にかける。
イオマグヌッソの広報担当は、わざわざホームページを作ってまで宣伝している。
そこには、ゼクノヴァを起こすなどとはまったく書かれておらず、あくまで地球環境回復のための施設であると謳っていた。
竣工式も近日中に執り行われる予定で、詳細は未定だが、0085年内であることは確定しているようだ。
イオマグヌッソに関わる写真をいくつか見ても、シロウズは映っていない。
「なかなか面白い人だろ、アマト領主は?」
向かい合って座るララァが、面白そうに言った。
「あの人は私たちを拾ってくれてね。だからこうして今も生きていられる」
「ララァさんたちは何者なんですか?」
「君こそ、何者だい?」
ジョンの疑問は、疑問で返された。
「向こう側のあたしを通して君を見させてもらった。もっとも、向こう側のあたしはこのあたしを認識できていないようだけど」
「カバスの館のことを知っているんですか?」
「もちろん。アマテちゃんのこともね」
やはり、このララァは知っている。
「あたしは向こうのあたしとは違って宇宙生まれでね。気づいたら、ここで農家をやってたよ」
「生まれが違う?」
「向こうのあたしは地球生まれだが、あたしはサイド5のルウムでの生まれだ」
世界が違えば、同じ人物でも性格はもちろん、生まれる場所すら違う。
目の前のララァ・スンを見て、ジョンはそう思った。
マチュとアマテが別人に見えるのも無理はない。
「ジョン、あなた大佐のことをよく知っているみたいだね」
どうやら、あのキラキラでの光景も、このララァは見ていたらしい。
「あたしも向こう側のあたしと同じさ。大佐を探してルウムからサイド6まで行って、ついにはここまで来ちゃった」
「社長のことを探しているんですか?」
このララァもまた、シャアに恋焦がれているようだ。
カバスの館のララァより雑さが目立つが、シャアの話題になると一気に可愛い顔になる。
「もちろん」
ララァはあっさりと言った。
「女ってのは、そういうところあるからね。あなたから社長の居場所を聞こうと思ってたけど…」
「僕が知りたいですよ」
ジョンはララァにタブレットを返す。
知りたいことは、だいたい分かった。
ネット上では、ジョンが行方不明扱いになっている一方で、ストライクとプロヴィデンスの戦闘動画はかなりの再生数を記録していた。
ただ、ゼクノヴァを巡るSNS上の憶測はどれも的外れで、ジョンの知っていることとはまったくかすりもしない。
親しい人たちの姿も、いくつか確認できた。
ネットニュースで見られる範囲では、解放されたシャリアたちが病院に搬送される動画や、それとは別に、サンライズ・カネバンのSNSページでニャアンとシュウジが働いている様子を撮影したものがアップロードされていた。
気がかりなのは、マチュだ。
サイコガンダムの騒動で休校していたハイバリーハウス学園は、とっくに再開している。
パルダ・コロニーからイズマ・コロニーには帰れているだろうし、元の日常に戻っているはずだ。
だが、SNSでマチュの痕跡をたどることができない。
マチュはSNSを鍵アカウントで運用していたので、ジョンは彼女の近況を知ることができなかった。
(元気にしてればいいんだが…)
自分が傷つけてしまった相手、それがマチュだ。
忘れようと思っても、忘れられない。
その証拠が、M-65のポケットに入っているニット帽。
中々に未練がましいと自覚しながらも、ジョンは手放せなかった。
「これからクワトロの家に行くよ」
密閉式コロニー特有の人工の明かりが車内を照らす。
「家に着いたら、クワトロの嫁さんに必ず会ってきて」
「クワトロさんは結婚しているんですね」
「綺麗な人さ。あたしとは大違い」
その口ぶりからして、クワトロの妻とはあまり縁がないのだろう。
ララァはぶっきらぼうにそう言うと、目を閉じてシートを倒した。
車窓から見える人工の夕暮れが、ゆっくりと近づいていく。
掘り下げが足りないと感じる主要人物
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ジョン・マフティー・マティックス
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アマテ・ユズリハ(マチュ)
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ニャアン
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シュウジ・イトウ
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シャリア・ブル
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シロウズ
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サンライズカネバン社長
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シイコ・スガイ