ハンガーではガンダム・クアックスが寝かされ、整備を受けている。
アンノウン1との戦闘で損傷した右腕と左マニピュレーターを修理するためだ。
MS運用能力を備えた元ペガサス級のおかげで、ガンダムの手足をくっつけること自体はそんなに難しい話ではない。
マニピュレーターの予備部品は豊富にあるし、切断された右腕もケーブルの取り替えこそ必要だが、修理は現実的な範囲だ。
「そういえば、よく右腕を回収できましたね」
「あの戦いを見ていたジャンク屋が拾ってくれたんだ」
「蒼い奴のビームサーベル2本も拾おうとしたらしいんだけど、そっちはもう別の奴が持っていったんだと」
格納庫の端で、ランチボックスに入ったナポリタンをジョンとメカニックの2人が食べながら話していた。
「オメガ・サイコミュが使えればとは思ったけど、大人の事情か」
「蒼い奴を整備してる人に同情するよ。何時間パソコンの前に立たなきゃいけないんだか」
「どこにMSを隠しているかも謎ですよね」
整備服のまま食堂に入るのは衛生的にはばかられる。かといって、わざわざ着替え直して食堂へ行くのも面倒だ。
そういう面倒ごとを解決するため、給養員とメカニックの双方の問題を解く手段としてランチボックスがある。
(馴染んでる…)
ふらりとハンガーに立ち寄ったコモリは、クルーでもないジョンがメカニックと仲良くランチボックスでナポリタンを食べている光景を目撃した。
普通はあり得ない光景だ。
ここにいる以上、許可は得ているのだろうが、こういった光景はコモリもあまり見たことがない。
「そういえば、ジョンはバイク持ってるんだっけ」
「ええ。中卒資格とほぼ同時に。道交法は知ってたつもりでしたけど、大変…」
ジョンの表情が変わった。周囲を見渡すようにして立ち上がる。
「敵意だ」
「なんだって?」というメカニックの声をかき消すように、艦内に警報が鳴り始めた。
『総員、第二種陸戦用意。侵入者あり、ブリッジに』
放送装置から切迫した当直の声が入るが、すぐに聞こえなくなった。
警報も同じく途切れてしまう。
何が起こったのか分からず、ハンガーのメカニックたちは困惑した。
艦内電話にも誰も応答がない。
遠くから銃声が聞こえる中、この場で階級がいちばん高い軍曹と数名が直接CPへ向かうことになり、残りは整備機材の撤去を始めた。
「敵が来たんですか?」
軍曹と共にCPへ向かおうとしたコモリが疑問を口にする。
「ここに攻め込むなら、相当アホだぞ」
警報が途切れた後、ジョンはハンガーから動きようがなかった。
他の人たちのように食堂へ戻ろうにもソドンの艦内構造が分からないし、メカニックに案内を頼もうにも、自分の仕事で手一杯という感じで話しかけづらい。
(放送装置が破壊されたのか? MSではないから工作員だろう。
だが、特殊部隊にしては仕事が雑だ。艦に侵入しようにも、どうやって?
ジェットパックを使うにしても距離が足りない。
小型艇を使ったらすぐにバレる。そもそも何しに来た?)
食べ終えたランチボックスを脇に置きつつ、ジョンは思考する。
ガンダム・クアックスが使えるなら今すぐ起動させたほうがいい、とメカニックは言ったが、肝心のパイロットが下へ降りているので動かしようがない。
第一、腕以外の箇所も分解して整備しているので、どうにもならない。
工作員が陽動で、本命がアンノウン1のようなMSならまずい、そう思ったところでハンガーの扉が破壊される音がして思考が中断された。
(来たのか?)
工作員が攻め込んできたのかと思い、ジョンは他のメカニックと共に、扉から見えない位置の壁の裏へ身を隠した。
「何か武器は?」
声を潜め、隣のメカニックに尋ねる。
「あるわけないでしょ」
メカニックたちは困惑していた。整備資格に戦闘はない。
丸腰で戦うのは無理がある。そもそも敵の規模すら分からない。
ジョンは近くにあった整備用の小さな鏡で、扉側をのぞき見た。
小さな鏡には、全裸の中年男性がアサルトライフル片手にこちらへ迫ってくる姿が映っていた。
あまりの現実味のなさに一瞬たじろぐジョンだが、武装した敵が目前にいる現実に、冷静にならざるを得ない。
「まずいぞ。すぐ近くにいる」
ほかに逃げられそうな場所がないか探すジョンだが、その前に中年男性が口を開いた。
「探しましたぞ王子。今はジョン・マフティー・マティックス。今回の任務とは別件ですが、貴方をナガラの元へ連れて行きましょう」
(ジョン、何か呼ばれてるぞ)
(知りませんよ、あんな変態)
(どうする。来るぞ)
「ストライクにならないとは、辛いことがありましたな」
あんな変態と縁はないとジョンは思いつつも、ここから逃げる手段を考えた。
とはいっても、逃げられる場所は今、変態男が迫ってきている方向しかない。MS発進用のゲートは閉ざされている。
仮にゲートが開放されたところで、外に出ればそのまま落下死だ。
「空に逃げるしかないぞ」
一歩一歩迫ってくる変態男に天を仰いだその時、願いは天に届いた。
ジョンの脳内に突然、空飛ぶメガ粒子砲のイメージが湧いた。
そのメガ粒子砲はイチゴの化け物のような姿で、空を飛んでいる。
「ビット!?」
ジョンが名を呼ぶのと同時に、ゲートを閉めていたハッチがメガ粒子のビームで溶けていく。
ビームの衝撃と熱で周囲の空気が変わった。
顔を手で守りながら、ジョンとメカニックたちは壁から顔を出す。
バーニアを鳴らしながら、赤いMSがハンガーへ飛び込んできた。
「ガンダム、再び我らの前に立ちふさがるとは…」
中年男性は憎しみを込めた眼差しで、赤いMSをにらんだ。
(シュウジ、何しに来たんだ?)
以前、宇宙で会った赤いMS――ガンダムがジョンたちの前にいた。
スライディングキックの姿勢から赤いガンダムは立ち上がり、バックパックのビームサーベルを取り出す。
まさか、とジョンは思った。
そのまさかだった。
出力を絞ったサーベルを、ガンダムは中年男性へ突き刺した。
目の前の機体は、自分たちが探し求めていた赤いガンダムだ。
その赤いガンダムが突然ハンガーに飛び込み、全裸の中年男性をビームサーベルで焼いた。
現実にジョンとメカニックは呆然となるが、赤いガンダムは次の行動へ移る。
中年男性が黒焦げになったのを確認すると、ガンダムはビームサーベルをバックパックに収納し、ジョンとメカニックたちの前で止まった。
しゃがみの姿勢を取り、右腕をジョンたちへ向ける。
その右腕のマニピュレーターがジョンをつかんだ。
ジョンは声を上げる間もなく、身体がマニピュレーターの中へと引き込まれた。
生きてはいるが、なぜこうなったのか分からない。
困惑していると、先ほどのビットのように脳内にイメージが湧いた。
『助けに来たよ、ジョン』
ジョンの疑問に答えるように、イメージの中のシュウジが言った。
それからの赤いガンダムの行動は早かった。
マニピュレーターにジョンを握ったまま、赤いガンダムはビットで溶かしたハッチから飛び出していった。
メカニックたちはその光景をただ見送り、何もできなかった。
赤いガンダムが飛び去った直後、ようやくソドン艦内で統制の取れた行動が可能になり、彼らは後手に回りながらも事態の収束に努めた。
しかし、後手の対応の中で、赤いガンダムに焼かれたはずの中年男性がハンガーのどこにもいないことに気づくのは、しばらく後になってからだ。
デジタル・マイクロカセット男と赤いガンダムが引き起こした騒動がマスメディアに正式に公表されたのは、それから3時間近く経ってからのことになる。
一連の騒動を知ったマチュは、寝不足も相まって倒れた。
掘り下げが足りないと感じる主要人物
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ジョン・マフティー・マティックス
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アマテ・ユズリハ(マチュ)
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ニャアン
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シュウジ・イトウ
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シャリア・ブル
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シロウズ
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サンライズカネバン社長
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シイコ・スガイ