おっぱい大作戦   作:そらまめ

180 / 204
第16話は今回で終了になります。
11/11〜11/13の間は過去のお話を訂正するのでお休みします。


16-10 静かな夜に

最初に目に映ったのは、綺麗に剪定された紅葉樹の列だった。

コロニーの居住区の季節に合わせて、紅葉樹の葉の色が紅に変わっていた。

 

公園清掃用のロボットが落ち葉を吸い込んでいくのを見ながら、ジョンは後ろを振り返る。

ジョンの後ろには、駐車スペースに停められた自動タクシーにここまでの移動分の会計と待機を指示するララァがいた。

 

ジョン達は街中にある公園へとやってきていた。

公園の一角にある駐車場はそれなりの規模があり、四十台くらいは駐車できるだろう。

これが昼時なら車が何台か停まっているはずだが、この時間帯ではジョン達が乗ってきたタクシーしか停まっていない。

 

ジョンは無意識のうちに腕時計を見ようとするが、M-65の裾をまくった腕に巻かれた腕時計がすでに機能を失っていることを思い出し、すぐにやめた。

擬似太陽ライトが夕暮れを再現しており、それに連動するように公園内にある街灯も点灯し始めていた。

 

街灯は旧世紀に使用されていたガス灯を再現したデザインになっており、マントルのオレンジ色の輝きに似せた電気の光がガラスを通して周囲を照らす。

 

『人間、ハイテクが過ぎると原始的な物を好むようになる』

 

イズマ支部の先輩の一人が言っていたことを、ジョンは思い出す。

宇宙世紀になってガス灯をわざわざ再現するくらいなので、人間の感性とはそういうものなのだろう。

ジョンがオレンジの光を見ていると、遠くから人の声が聞こえてくる気がした。

 

「星の降る場所で…」

 

若い女性の声だ。

声だけで年齢を判断することは難しいが、おそらくはマチュよりも少し年上だろう。

 

(年齢の話を女の前でするな、というのをマチュは言ってたな)

 

明晰夢の話を思い出しつつも、ジョンは公園の中へと歩みを進めた。

無意識のうち、というよりその歌声に呼ばれるように、ジョンは綺麗に整備された歩道を歩き始めた。

夕暮れの擬似太陽ライトとガス灯もどきの光に照らされた公園の中を、ジョンは進む。

 

「貴方が…笑っていることを…」

 

イズマ支部の近くの公園であったなら、ランナーだったり帰宅途中のサラリーマンや子どもたちが遊んでいたりするのだが、ここの公園には人影がない。

 

「いつも…願ってた…」

 

歌声の主を探してジョンは進む。

周囲を見渡すと、公園の注意書きが書かれた看板が目に映る。

看板の先に、ベンチが並んでいる広い歩道がある。

 

『公園を利用する皆様へ。この公園は有事の際には避難所として使えるように作られています。

公園を綺麗に使うことは自分の身を守ることでもあります。公園を綺麗に使いましょう』

 

指図するような物言いの看板は、作られてからそれほど時間が経っていないようだ。

 

(毒ガスを撒かれたら意味がない)

 

自分が立っている場所がジオンの領土だと思えば、過去に抱いた怒りがふつふつと湧いてくる。

ここで怒っても意味がない。

怒りを抑えて、ジョンは歌声の主を探す。

 

「今遠くても…」

 

広く整備された歩道をジョンは歩く。

公園清掃用ロボットの手がまだ入っていないのか、イチョウの落ち葉が道を黄色く染める。

 

「また会えるよね…」

 

すぐ近くから声が聞こえる。

ジョンがその方向を振り返ると、そこには一人の女性がベンチに座っている。

ガス灯もどきに照らされた女性は、決して大きな声で歌っているわけではない。

 

それでも、この静かな公園にその声は響いた。

ジョンはその女性に近づく。

女性はジョンが近づいてくることに気づき、顔を上げる。

 

「何か?」

 

気品のある容姿だ。

オレンジ色の光に照らされたストレートヘアが風に揺れる。

お淑やかな雰囲気を持ちながらも、自分の芯があるような女性だ。

 

「さっきの歌、あれは…」

 

思考がまとまらず、ジョンは考えていることをそのまま言った。

 

「あぁ、聞こえてましたのね」

 

女性は恥ずかしそうに言った。

 

「ジオンで流行っている曲ですか?」

 

ジョンはマチュと話を合わせるために、テレビやインターネットの音楽番組はなるべく見るようにしている。

 

サイド6、他コロニー、地球で人気のある曲など多様なものがあるため、曲を聞いているだけでも貴重な休みが消化されるが、それなりに楽しいものだ。

 

マチュとの縁切り以降も音楽を聴くことは止めていないので、すっかり習慣となっていた。

そういう経緯のため、流行っている曲については概ね把握しているつもりだったが、女性が歌っていた歌詞を音楽番組で聞いたことがない。

 

ジオンのローカル曲か、自分がいない三か月の間に新たに作られた曲なのかと思ったジョンだったが、同時にある違和感を抱いた。

 

…自分はこの歌を昔、聴いたことがあるような気がする。

 

「いえ」

「自分で作った歌ですか?」

「…分かりません。恥ずかしいですわ、聞かれてしまうなんて」

 

髪を耳にかけながら、女性は言う。

含みのある言い方が引っかかったが、その前にジョンは首を振った。

 

「そんなことはない。懐かしい曲でしたよ」

「懐かしい?」

 

ジョンを優しげに見ていた女性の目が、丸くなる。

 

「何というか、昔聴いたことがあるような歌で…すみません、急に馴れ馴れしくしてしまって」

 

申し訳なさそうに、ジョンは頭を下げる。

 

「あまり気にしないでくださいな。この歌、旦那にしか聴いてもらってなかったので、そう言ってもらって嬉しいですわ」

 

「頭を上げて」と女性が言うと、ジョンはゆっくり頭を上げる。

 

(旦那?)

 

頭を上げながら、ジョンは女性の発言が引っかかった。

ジョンの耳に、走ってくる足音が聞こえてくる。

 

「ジョン! やっと見つけたぞ」

 

ジョンが歩いてきた道をたどるように、ララァが走ってきた。

ララァが自動タクシーにアプリで指示を出している中で、ジョンが勝手に公園内を歩いていたので探していたようだ。

 

ララァはジョンの前にいる女性に近づく。

 

「コミリーさんもここにいるなら教えてくれたって」

「たまには一人でこういうところにいたいの」

「風邪ひきますよ」

「こどもは風の子ですわ」

「もう子供じゃないでしょ…」

 

目の前の女性はコミリーというらしい。

コミリーとララァは親しげに話を続ける。

 

「今日はジョンが来るとメッセを送ったでしょう」

「あら、そうでしたの? 収録中だったので見てませんでしたわ」

「あの…」

 

そろそろ声をかけるかと思い、ジョンは申し訳なさから会話に入った。

 

「ララァさん、この方は?」

 

先ほどの会話から、ジョンはなんとなく目の前の女性の正体が分かった。

 

「ジョン、コミリーはクワトロの…」

 

ララァが紹介するより先に、女性がベンチから立ち上がり、ジョンに近づく。

 

「ジョン・マフティー・マティックスです」

 

先ほどとは違い、ジョンは軽く頭を下げる。

 

「申し遅れましたわ。わたくしはコミリー・バジーナ」

 

ジョンはコミリーの隣に立つララァに視線を向ける。

説明を求めるジョンの視線を理解したララァは、咳払いしながら言う。

 

「コミリーはクワトロの奥さんだよ、ジョン」

 

ふふ、と笑うコミリーの様子からジョンはやっぱりか、と思った。

そんなジョンの腹の内を探るようにコモリーは彼を観察していた。

 

 

 

 

 

エンデュミオン・クレーターでの騒動があっても、世界そのものは円滑に回る。

月面で大規模なゼクノヴァが発生し、当初はパニック状態だった各月面都市も、三か月も経てば通常運行に戻っていた。

グラナダも日常が戻り始め、エンデュミオン・クレーターの騒動は、関係者以外は大して記憶にも留めないくらいには平穏な日々が続いていた。

 

グラナダでもトップクラスの医療レベルを有する病院「グラナダ・クリニック」の個室病棟は消灯時間になり、廊下の照明が消えていた。

 

灯りのない廊下を人影が歩いていた。

看護師の見回り時間と被らない時間帯ではあるが、ナースコールでの呼び出しなどで看護師が現れることを危惧したように、物陰があるなら隠れるように人影は進んでいく。

 

やがて人影は、ある個室病棟の扉の前へと辿り着く。

ネームプレートが貼られていない個室ではあるが、中に人の気配がある。

 

人影は上着に隠していたヴァルタP08-Mを取り出し、安全装置を解除する。

 

人影はゆっくりと扉を開ける。

人工呼吸器の音と、低輝度に設定された機器のディスプレイの光に照らされたベッドに向かって、人影は歩き出す。

 

片手に持ったヴァルタP08-Mが震える。

 

ベッドの前で、人影は眠る少年に目を向ける。

人工呼吸器を付けた少年は肌が青白く、長く伸びた青髪と端麗な容姿から少女にも見えた。

 

人影は、これから自分がやろうとしていることを考え、目の前で眠り続ける少年に憐れみを覚えた。

 

「悪く思うな…坊主。ディアブロになる前に一思いに死なせてやる」

 

意を決した人影は、銃口を少年に向けようとする。

 

突然、部屋の照明が点灯した。

暗闇からいきなり明るくなったことで明順応が間に合わず、人影は思わず目を覆ってしまった。

 

照明の点灯と共に、完全武装の兵士たちが部屋に突入し、人影を取り押さえる。

人数の差もあって、人影はまともな抵抗もできずに床に伏せるしかない。

 

「三か月の休暇でアサシンになったのか? ミゲル・セルベート」

 

自分の上から聞こえてくる声に、ミゲルは辛うじて覗ける左目で声の主を睨みつける。

 

「キシリア!!」

 

ミゲルの目の前には、弁当型携帯FAXを持ったキシリアがいた。

 

「貴様を逮捕する。罪状は山ほどあるが、どれから聞きたい?」

「お前よりは少ないさ!!」

 

キシリアは呆れたような表情で弁当型携帯FAXをサイドテーブルに置き、受信ボタンを押した。

 

「三か月前、私がイズマにいた時に『天国の記憶』に入ったみたいだな。うまく誤魔化したつもりのようだが、ちゃんとログは残ってる」

 

その時のトラウマを抉られたのかミゲルは兵士達へ無意味な抵抗をした。

 

「あのゲルググもどきのジムが何の役に立つってんだ!?」

「メンタルブレイクを起こしたと聞いたから休みを出したというのに…まったく。知らないというのは幸せなものだな」

 

弁当型携帯FAXから印刷が終わった用紙を、キシリアはミゲルに見えるように突きつける。

 

「アサーヴは逮捕した。二人仲良く憲兵のところに行ってもらうぞ」

 

アサーヴの逮捕が記載された行政文書を突きつけられ、ミゲルは悔しそうに兵士に連れられていく。

 

「ミゲル」

 

病室から連れ出される直前、キシリアはミゲルの名前を静かに呼んだ。

兵士たちは動きを止め、キシリアの言葉を待つ。

 

「殺しをしなければ見逃すつもりだった。残念だ」

 

そんなキシリアに激昂するようにミゲルは叫ぶ。

 

「これから大勢人殺しをする奴が言うことか!?」

「貴様らに対しては温情があるつもりだったがな」

 

ミゲルの叫びの直後、弁当型携帯FAXの着信音が病室に鳴り響いた。

 

「ビームで蒸発するよりはマシだろう。連れていけ」

 

今度こそ兵士たちは、再びミゲルを連れて病室の外へと出ていった。

 

ミゲルは、キシリアが最後に自分にかけた言葉の意味が分からなかった。

 

それでも確実に言えることがある。

 

『自分は少年を殺すことに失敗した』

 

これから起こることへの絶望からか、ミゲルは力が入らず、大人しく兵士たちに連れられていった。

 

病室には、キシリアとベッドに眠る少年の二人しかいない。

キシリアは弁当型携帯FAXの受話器を取った。

 

「私だ。そうか、イオマグヌッソにシャロンの薔薇の搬入も終わったか」

 

少年の指がわずかに動いたのを、キシリアは見逃さなかった。

 

「ソドンの改修作業が終了次第、予定通り地球へ。目的は月の処女の回収だ」

 

キシリアは、隠している口元を歪める。

 

「シャロンの薔薇の自爆装置はMk-82型をセット。ゼクノヴァを起こすようであれば、核の光で消し飛ばせ」

 

Mk-82型弾頭と呼ばれる核弾頭を自爆装置にセットするよう指示を出したキシリアは、わずかに目を開けた少年の顔を見て、さらに口元を深く歪める。

 

「彼もそろそろ目覚める。いよいよだ。私の願いも」

 

少年はキシリアの歪んだ口から出た言葉などまるで耳に入っていないように、焦点の合わない目で照明のついた天井をぼうっと見つめていた。

掘り下げが足りないと感じる主要人物

  • ジョン・マフティー・マティックス
  • アマテ・ユズリハ(マチュ)
  • ニャアン
  • シュウジ・イトウ
  • シャリア・ブル
  • シロウズ
  • サンライズカネバン社長
  • シイコ・スガイ
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。