一年戦争からサンライズ・カネバンにリクルートされるまで、ニャアンは自分の生存を第一に動いてきた。
生きるためなら何でもやってきた。
あらゆる汚いことをしてでも、ニャアンは生きようとした。
その原動力となったジョンとの思い出をニャアンは誰にも言わず、大切に心にしまっていた。
サンライズ・カネバンでの仕事は決して甘くはない。
それでも、これまでの生活とは比べ物にならないくらいに平穏な日々を過ごすことができていた。
アパートもイズマ・コロニーの頃より広くなり、物も増えた。
職場でもジェジー達に面倒を見てもらいながら、馴染んできていた。
パルダ・コロニーでの暮らしは「アガリ」と言ってもいいくらい、ニャアンの生活は豊かになっていた。
生活が豊かになり、ゆとりができればできるほど、ニャアンの心には満たされない物があった。
『ジャック…』
彼のことを考えると身体が疼いてしょうがなかった。
心も身体も彼を求めてやまない。
『ジャックの全部が欲しい』
『綺麗な所も汚い所も全部欲しい』
『アマテと別れたんなら、私と付き合ってもいいでしょ?』
ニャアンは寝る間際、ベッドの中で毎回そんな妄想に浸る。
『着信拒否されたアマテと違って私はジャックとつながっている』
ジョンと電話した時もマチュと話し合うように言っておきながら、内心ではそう思っていた。
だが、その願望は永久に叶わない。
あの電話を最後に、彼は死んだのだ。
ゼクノヴァに巻き込まれて死んでしまったのだ。
行方不明扱いにはなっているが、三か月経っても見つからないのであれば、それが答えだろう。
マチュはジョンが生きていると未だに思っているようだったが、ニャアンはそうは思っていない。
橋下で再会した、あの奇跡のような巡り合わせはもうやってこない。
もしもジョンが生きているなら、ニャアンには自分が狂っていく自覚があった。
その時はもう普通ではいられない。
マチュに心奪われているジョンの矢印が自分に向くなんて、そんなことは絶対にあり得ない。
それでもだ。
マチュへの配慮もガンダムのことも、これからのことも、すべての道理を無視して自分のやりたいことをやるだろう。
ジョンが死んだ今、そんな渇欲は無駄だと思いながらニャアンはスペースシップの窓の外に広がる宇宙を見ていた。
『0085年10月23日 午前7時10分』
世間では休日であるこの日、エレカのカーステレオのディスプレイに表示された時刻をジョンは後部座席から見ていた。
運転席に座るクワトロはラフな格好をしているが、助手席のコミリーはスーツを着ている。
「朝から悪いな。コミリーを送らなくてはいけなくてな」
クワトロが眠そうなジョンに対して、あまり悪いと思っていなさそうに言った。
向こう側の世界を挟んだとはいえ、ジョンからすれば海に沈められていたのが昨日なので、疲れは取れていない。
カバスの館で休んだので倒れるほどではないが、疲労感は取れていない。
疲れこそあれど、ジョンはクワトロ達を責めることはできなかった。
朝早く起きているのはコミリーを職場まで送るためでもあり、これからジョンとクワトロは朝食を食べに行く。
クワトロの家では朝食は作らないようだ。
『君に話さなければならないことがある。ついでにアマテラスの飯を味わってくれ』
クワトロはジョンに話があるようで、そのついでというところらしい。
(何を話すつもりなんだ?)
昨日の家では、あまりクワトロと話せていない。
帰ってきたのが夜遅くで、家でジョンとクワトロが顔を合わせたのは朝になってからだった。
ジョンもクワトロ達に聞かなければならないことがあるので、向こうから話をしたいというのは渡りに船だ。
「この辺でいいわ」
コミリーはアマテラス・コロニーのラジオ局に勤めているようで、世間では休日の今日でも出勤のため、こうして朝早く来ていた。
公道に設けられた一時駐車スペースに、クワトロはエレカを止める。
「いいのか? いつもより少し歩くが」
「今日は少し歩きたい気分ですの」
クワトロがコミリーを送っていくのは日常の風景のようだが、今日はいつもより離れた場所にエレカを停めたようだ。
エレカの助手席のドアを開けて、コミリーは外へ出る。
出る間際、コミリーはジョンの方を見る。
「昨日はあんまりお話できませんでしたし、今日の夜はいっぱいお話しましょう」
「…はい」
ジョンは思わず返事をし、コミリーは微笑みながらドアを閉めた。
「さて、俺らも行くか」
クワトロはエレカを公道へと発進させる。
遠くなっていくコミリーの姿を窓から見ているジョンを、クワトロはバックミラー越しにちらりと見た。
「コミリーは幼馴染の間柄でな。戦後に結婚したんだ」
「綺麗な人ですね」
世辞ではあったが、実際コミリーは美人であった。
癖のある喋り方だが、人となりも良い。
ただ、自分を見る時はどこか影を抱いているとジョンは思った。
「お互い地球生まれでさ。ここに来るまでは色々苦労したよ」
「地球の出身なんですね」
このご時世では珍しい話ではない。
一年戦争後、ジオンとサイド6以外のサイドは壊滅状態にある。
辛うじて機能しているコロニーは、コロニー公社の各地の支部が修理を続け人々の生活を維持しているが、安定には程遠い。
弱体化した地球連邦政府と余裕のないジオンからすれば、新規のコロニー建造などもってのほかだ。
そういう状況であれば、宇宙における人の流れはサイド6かジオンに行き着くというのが、ジョンやイズマ支部の社員達の考え方であった。
「アマト領主には感謝しかないよ。俺達を拾ってくれたんだからな」
「昨日、会ってきました」
「ララァから聞いてるよ。返答は明後日だろ?」
ジュウゾウから「ストライクとジョンの力を貸してほしい」と言われても、正直ジョンは返答に困っていた。
ナガラ衆、向こう側の世界、フリーダム…。
常識の外にいるような者達と戦ってきたジョンだったが、司法がまともかどうかは別として、キシリア達が悪人だというのなら、逮捕して裁判にかけるのが筋だろう。
だが、困ったことにキシリアが組んでいるナガラ衆は、司法が相手できるかも分からないような相手だ。
ついでにシャリアが言っていたように、キシリアはナガラ衆と手を組み、天国の記憶とやらに何かを隠している。
「相当悩んでいるな」
困り果てたジョンの表情を見て、クワトロは苦笑する。
「話題を変えよう。昨日の羽付きについて、ジョンは詳しく知っているか?」
露骨に話題が変わり、昨日のフリーダムとの戦いに切り替わった。
「名前がフリーダム。腹に大剣が突き刺さった状態で海を割って出てきた…自分が知っているのはそれくらいです」
ジョンは何故かフリーダムの名前を知っている。
根拠は無いが、あのガンダムの名前はフリーダムだという確信があった。
「ほう、腹に大剣か。あの時は刺さってなかったが、どこに行ったんだ?」
「刺さっていた剣を抜いて襲ってきたんですよ。死ぬかと思った」
「そりゃすごいな」
ゾンビのようにボロボロのフリーダムが襲いかかってくる光景を思い出すたび、ジョンは生きた心地がしなかった。
それを思うと、ジョンは急に向こう側のアマテ達がどうなったのかが心配になってきた。
フリーダムはこちら側に持ってきたので、これ以上戦闘が続くことはないだろう。
ジークアクスはソドンに回収されたのだろうが、コアファイターに乗っていたアマテとララァの処遇や、カンチャナ達がうまく逃げられたのかも心配だった。
指名手配を受けた少女と火事から逃げた高級娼婦。
そんな二人組がジオンで不当に扱われないか、ジョンは気がかりでならない。
向こう側にもシャリア・ブルがいるようなので、ジョンの知るシャリアであれば上手くやるだろうが、向こう側のシャリアが同じ性格だとは限らない。
「多分、僕と同じように誰かが変身しているんだと思います。あのフリーダム」
彼女達の無事を願いつつも、ジョンはフリーダムにも「中の人」がいるのだろうと語った。
「その中の人についてなんだが」
ジョンはバックミラー越しに、クワトロの表情が変わったことに気付いた。
「ジョン、君は…」
ジョンはクワトロの次の言葉を待つ。
「キラ・ヤマトという人のことを知っているかな」
その名前を聞いた瞬間、ジョンに閃きが走った。
掘り下げが足りないと感じる主要人物
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ジョン・マフティー・マティックス
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アマテ・ユズリハ(マチュ)
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ニャアン
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シュウジ・イトウ
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シャリア・ブル
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シロウズ
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サンライズカネバン社長
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シイコ・スガイ